アム種_134_087話

Last-modified: 2007-12-01 (土) 16:04:25

第八十七話 PRIDE



『何、あの羽根つきに乗ってたの、シンだったわけ?』



 アウルの口調は、どこか責めるようでもあった。

 口を尖らせて、訊いてくる。



「……ああ、そうだ」



 もう、追撃は不可能だった。



 これ以上は、プラントから離れすぎてしまう。

 最大望遠のメインカメラに映る緋色の船体の遠ざかっていく後姿を、スティングは見送った。



『僕はやらないからな?なんてーか、そういうのやだ』

「ああ、わかってる。お前がシンの相手することはないさ」



 周囲のザクが引き返していくのに従い、スティングとアウルもアカツキの機体を反転させた。



「ま、ひとまずは……ネオのやつに任せるさ」







 青と、灰。二種類の色のドラグーンが、それぞれに撃つべき敵の姿を求め飛び交う。



 数は、レジェンドが上。

 破壊力も、レジェンドが上。



 そして、動きのしなやかさ、俊敏ささえも──レジェンドのドラグーンのほうが上だった。



『ほらほら、どーした!!そんなヌルい制御で俺を捉えられるとでも思ってんのか!?』

「く……」



 キラのドラグーンは、当たらない。

 直線的な動きは読まれ、かわされ。すべて紙一重で避けられ続ける。



 一方、キラは変則的で滑らかな動きのドラグーンの驟雨に晒されていた。

 数も砲門数も多いそれらをいくらキラとて捌ききれず、機体全身、両面を覆える出力の

 ビームシールドがなければ、既にストライクフリーダムの四肢のいくつかはビームに

 撃ち抜かれ、もぎとられていることだろう。



『キラ!!艦に戻って!!ラグナとニルギースだけじゃ……!!』

「わかってる!!けど……」

『お願い!!こっちも今、艦長が……!!』



 ミリアリアの悲鳴に似た声に怒鳴り返す。



 彼は、目の前のMSとだけ戦っているのではない。

 心の中に生まれた動揺とも等しく、戦わなければならなかった。



「ムウさん……本当に……ムウさんなんですかっ!?」

『さあね!!俺自身、自分がそーだっていう自信はないもんでな!!』



 アンビデクストラス・ハルバード。デファイアント改・ビームジャベリン。



 両刃の剣が交錯し、二人の声もまた交錯する。

 分割して二刀流で斬りあうも、迷いのあるキラは攻めきれず逆に押し込まれる。



『大したことないな!!スーパーコーディネーターさんよ!!』

「くうっ……!!」



 こうしている間にも、ミネルバとアークエンジェルが攻撃を受けている。

 ラグナとニルギースの二人だけで、到底守りきれるものではない。



『母艦どももなかなかしぶといが……この程度なら、もうおしまいだな!!』

「何!?」

『いいぞ!!出ろ、シャシャ!!』



 そして、敵の母艦の一隻……ナスカ級を改装したと思われる艦の、巨大なハッチがスライドし。

 白い機体が姿を現す。



「あれは……ベルリンの!?」



 正確には、スカンジナビアを壊滅させた機体。

 ベルリンで撃破した黒い機体には、あのステラという少女が乗っていた。



 シンから彼女のことを聞き、説明を受けていくうちに知った悪魔の名は──、



「デストロイ……!!」



 地球では、黒き悪魔が。

 今ここ、宇宙においては、白き悪魔が彼らの前に立ち塞がっていた。







「あれは……そんな!!」

「艦長、指示を!!」



 アークエンジェルのモニター一杯に、白い巨体が映し出される。

 この不利な状況に、ダメ押しの一機が投入されるとは。



 騒然となるブリッジ。

 だが、ただひとりそんなことなどどうでもいいかのように、

 虚ろな目をサブモニターのグレーの機体に注ぐ者もいて。



「ムウ……ですって……?」

「艦長ッ!!」



 マリューはかつて愛した、死んだはずの男の出現に呆然としていた。

 本当に、ムウなのか。ならばなぜ自分たちを狙うのか。



 ストライクフリーダムとの通信を開いたままにしていたが故、彼女は彼の声を聞いてしまった。



 二年間をかけて癒えたはずの傷が、ぱっくりと開いたような心境だった。



「艦長、指示を!!」

「ダメだ、ノイマン!!これじゃあ……」

「自己判断で!!お願いします、ノイマンさん!!」

「ああ、もう……っ!!」



 クルー達の喧騒も、意識の外。

 彼女はキラ以上に動揺していた。



 指揮など、とれようはずもない。







 艦外においても、デストロイの出現は波紋を呼び。



「マジかよっ!?あの化け物の色違いなんてヨ!!」



 バイザーバグの迎撃で手一杯だったラグナとニルギースも、その姿を確認する。



『あれは……』

「わ!!あぶねーぞ、ニルギース!!」



 確認した直後、ニルギースの動きがぴたりと止まった。

 白い悪魔の巨人を、じっと見据えたまま。

 彼を背後から狙うバイザーバグを撃ち落し、ことなきを得るが。

 ニルギースは動きを止めたまま、エッジバイザー上でぴくりとも動かない。



──そして。



『シャシャ……』

「あん?」



 弾かれたように、飛び出した。



「ニルギース!?」

『シャシャ……シャシャ……!!』

「待てよっ……うわ!?」



 白い怪物へと向かって。

 追いかけようにも、バイザーバグが即座に弾幕を張り行かせてもらえない。

 たったひとり、ニルギースが駆けていく。



 彼は、何の確証もなくとも感じ取っていた。

 あの機体、あの場所に。

 一人の少女が待っていることを。







──……行くな、ニルギース……──



 彼を止めたのは、声さえ聞えぬ声。



「シーン……?」



 今は亡き友の声に、彼は我に返る。



──……今はまだ、シャシャは……──



 エッジバイザーを急停止させると同時に周囲を見回す。

 当然、声の主が見えようはずもない。



「今のは……」



 今のは、誰だ。

 ない記憶を探っても、その答えは出てこない。

 それよりも、自分は何をしようとしていた?

 一体あの機体に、あの少女に、何があるというのだ?



 彼のまわりを、バイザーバグとMSたちが取り囲む。



 だが、それによってニルギースが窮地に陥ることはなかった。

 彼を取り囲んだ機体たちは全機、瞬時にしてすべて打ち抜かれていき。



「……?」



 センサーとヘルメットのカメラに、緋色の戦艦とその周囲を飛び交う

 友軍機の姿が捉えられた。







『グラディス艦長!!ご無事ですか!?』

「アスラン?その機体に乗ってるのはあなたなのね!?」



 緋色の戦艦・エターナルと一隻のナスカ級。

 それを取り囲み、先導するように戦域へと乱入してきたMS隊の戦闘にいたのは、紅き機体。

 そこから送られた通信の顔は、先刻送り出した少年達のひとりだった。



『このままやりあっても消耗するだけです!!ここは一旦後退を!!』

「でも……退くといっても、どこに?」



 エターナルがプラントから追われ出てきたということは、ザフト軍関連の施設はあてにできない。

 そもそも、彼らを信じるべきか、ザフト軍として彼らを拘束すべきかもまだ決めかねている状況なのだ。

 そんな状況で、一体どこに?



『月の自由都市……コペルニクスに向かってください。あそこならば』

「!?」

「ら、ラクス・クラインっ!?」



 モニターに割り込んでくるのは、ピンク色の髪の少女。

 その姿に、アーサーが驚きの声をあげた。



『デュランダル議長の……最後の遺産です。話は、つけてあるはずです』



 信じてくれと、懇願するような目で彼女は言っていた。

 同時に、その言葉には確信を持った響きがあった。



 タリアは再度アスランの通信をメインモニターに呼び戻し、確認をとる。



「……信用できるのね?」

『はい。無論、私の個人的な判断ではありますが……“フェイス”として』



 評議会直属、議長直属の士官として。

 自分より彼らのことをよく知っているであろう青年は、強く頷いた。



 彼らの仲間としてではなく、フェイスとして、信用できると。



「わかりました。ならば、現時刻を以ってこの宙域を離脱します。

 機関最大!!目標、月面・コペルニクス!!アークエンジェルにも通達!!」

「はっ!!」

「ニルギースとラグナにも、振り落とされないよう注意するよういって!!」



 たしかに、ここであの白い悪魔と対峙するのは得策ではないといえた。

 他のメンバーが合流したとはいえ、キラさえ押さえ込む敵もいるのだ。



 一度決めてしまえば、彼女の決断は早かった。

 迷うことなく、彼女は命じた。


 
 

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