第八十六話 Vestige
詳しいことは、あとで話す。だから、今は力を貸してくれ。
レイの言葉を信じ、脱出を図るエターナルを守り敵MS隊と戦っていたシンの耳に、男の怒声が響く。
『シィィィィンッ!!てめえ、また俺達の邪魔する気かっ!!』
使っているのは、互いにザフト正規の通信回線。
故に、その声はコックピットのスピーカーに拾われる。
突進してくる、黄金の機体の片方からのものであった。
「!!」
斬撃が、胴体すれすれを薙ぐ。
シンは一瞬冷やりとしながら、叫び返した。
「スティング!?お前……どうして!?」
アロンダイトを引き抜き、二刀流に分割されたサーベルを一度に受け止める。
シンの心情には、スティングが無事であったことに対する安堵と、連合ではなくザフトに身を置き、なおかつ未だ自分に刃を向ける彼への困惑があった。
サーベルと対艦刀のせめぎあいの中、返ってくる返事はつれなく。
『毎度、毎度……邪魔しやがって!!てめえとはいえ容赦しねえ!!……ステラはっ!!』
「!?」
『ステラはちゃんと、助け出したんだろうなァ、おい!!』
「あ……ああ!!それはもちろん!!」
『へ……ならいい!!こっから先は男と男の!!全力全開の戦いだっ!!』
スティングの気迫のなせる業だろうか、シンは気圧される。
ブルーコスモスの軍が壊滅し、もはや彼との間に戦う意味など、ないはずなのに。
その、モチベーションの差なのかもしれない。
『最初っから最後まで……全力!!手加減も、容赦もしねえぞ、シン!!』
「く……」
『……なるほど。手加減も、容赦もか。だがしかしそれは、長すぎるな』
圧すスティングに、圧されるシン。二人の会話に、冷静そのものの声が割り込んでくる。
そして飛来するブーメランが、二機の間を分けた。
『クライマックスというんだ、そういうのは。短く、簡潔にな』
レイの、デスティニーインパルス。
デスティニーと同じ翼もつ機体は戻ってきたブーメランをキャッチし、彼は呟くように言った。
「……それも微妙に違くないか?」
『気にするな。俺は気にしない。それより、もう少しだ。あと少しであちらの追撃が不可能な位置まで抜けられる』
クライマックスどころか、いつもの無感動な口調でレイが告げる。
『アスランが出てきたら……一気に決めるぞ』
彼も、その機体も、ちらりと緋色の戦艦の持つカタパルトに目を向けながら。
カタパルトハッチが開いたそこには、いつのまにか取り付いた一機のザク。
待ち構えていたようにその敵は、両腕に保持したビーム突撃銃を構える。
集中砲火で、内部から破壊してやろうという魂胆なのだろう。
ラミネート装甲のことを考えたその手は、悪くはない。
──だが。
「遅い」
大蛇の顎のようなワイヤーアンカーが、ハッチ内部の暗闇から伸びる。
目にも留まらぬ速さでザクを捕獲したそれは、動揺する機体を一瞬にして艦内に引きずり込み。
わずか数秒後には、右腕が。
左腕が、右足が、頭部が。
カタパルト内部から、蹴り出される。
左足までもが虚空に消えていったあと、残る胴体部もまたハッチから放出され。
最期の断末魔のごとくミサイルを放出せんと背部のブレイズウィザードを開いた
その機体中心を、一条のビームが貫いていった。
『調子はいいようだな』
「……ああ」
『先程、ミネルバ艦隊が敵襲を受けているとの連絡が入った。さっさとここを突破して救援にいくぞ』
「了解だ」
ガイドライトが灯り、アスランは機体の両足をカタパルトに噛ませる。
なかなかどうしてイザークも、艦長が様になっているじゃないか。
……無限の、正義。当然といえば当然の、世の中の理。
そう、正義とはひとつではない。
「アスラン・ザラ、インフィニットジャスティス、出る!!」
「ふんっ!!」
──また、お前達か。
エッジバイザーの機動性を利し、次々にバイザーバグの部隊を切り刻みながら、ニルギースは思う。
お前達がいるのならば、あの白いアムドライバーもいるのか。
「お前達は……知っているのか」
あのアムドライバーと、私の絆というやつを。
ならば、教えろ。ジェナスたちに言われようと、実感の湧かなかったそれを。
記憶のない私に、伝えてくれ。
「私と!!あのシャシャという少女の関係を!!応えてみろっ!!」
エイドロンソードのエネルギー波がバイザーバグたちを薙ぎ払い、
艦上のラグナの射撃によって止めを刺されていく。
無警告の攻撃、こちらの呼びかけに対する無視。そして、部隊の規模。
やはり、これはなにかある。
「数が多い……だけど!!」
かといって、ここで墜とされてやるわけにはいかない。
皆の戻ってくる場所を、そうそう簡単には。
斬っても、撃っても、きりがない。敵MSの群れを前に、キラは自身初めて使用することになる装備を投入することを決めた。
計器を叩き、予めインストールしておいたデータを呼び出す。
それこそは、あの日レイがアスランを通じ、キラに残したもの。
彼自身が組み上げた、彼自身のデータを使った戦闘プログラム。
「完全とまでは、いかなくても!!」
ストライクフリーダムが、その四枚の翼を広げる。
そして、蒼い部分に当たるパーツが全て脱落した。
否。脱落したのではない。射出されたのだ。
スーパードラグーン・機動兵装ウイング。多角的な戦闘を可能にする
ストライクフリーダムの特殊装備である。ただし、その運用には常人離れした高い空間認識能力が必要とされる。
「あたれぇっ!!」
本来、キラにはドラグーンの運用を可能にするほどの空間認識能力はない。
その彼の能力を、ドラグーン適性をもつレイによって組み上げられた補助プログラムがサポートする。
それでも、かつてのラウ・ル・クルーゼのように自然で滑らかな動きは望めない。
あくまで直線的で、ある程度アルゴリズムの決まったものでしかない。
しかし、それで十分。ドラグーンの素早くトリッキーな動きを、戦闘中に読み切ることのできるパイロットなど、そうそういるものではない。ザクやゲイツRが、その数を減らしていく。
レイのプログラムの補助を受け、キラはかつて自分を苦しめた力をその手にしていた。
「!?」
不意に殺気を感じ、機体を急旋回させる。
キラのいたその場所を、何方向からものビームが切り裂いていった。
ちょうど今、キラ自身が敵機に向かい行っていたように。
「敵もドラグーンを!?……っぐ!!」
間髪入れず、集中砲火。機体にかなり無茶な機動をさせ、強引に避ける。
シートベルトに押さえつけられた自身の骨格が、ぎしぎしと鳴った。
キラのような、補助に頼ったものではない。
間髪入れず、四方八方からストライクフリーダムへとビームが降りそそぐ。
『やるねェ、流石スーパーコーディネーターさんってとこかい?』
「……え?」
ちょうど少し前、離れた宙域でシンがスティングの通信を受けたのと同じだ。
コックピットのスピーカーが、受信した通信をパイロットの耳へと届ける。
同じ周波数、故。
彼に砲火を浴びせていたドラグーンたちが戻っていく。
主に撤収を命じられた猟犬のごとく。
キラ自身が、手塩にかけた機体のもとへと。
「レジェンド!?いや、それより今の声……!?」
『アークエンジェルに、フリーダムねぇ。昔は俺のお仲間さんだったらしいけど、まあ』
「!!」
『今は敵ってことだ!!いままで散々な目に遭わせてくれたことだしなっ!!』
その機体よりも、届く通信こそがキラを惑わせる。
機体とパイロット、二重の困惑が彼を襲い、追い討ちのごとくドラグーンが射出される。
「く!!」
無論キラとて、手をこまねいてはいない。対抗するように、翼からドラグーンを放つ。
『ここで墜ちてもらうぜぇ……大天使に、女神さん?それに……キラ・ヤマト!!』
「……ムウさんっ!!」
かつてともに戦った男が、これからともに戦うはずであった機体を駆り彼に銃口を向ける。
二年前男が守り、今男が討とうとしている艦を守りきるるべく、キラもまた撃ち返す。
龍の名を冠する武器を互い、使い魔のごとく使役しながら。
何故、どうして。キラの胸を占めるのは、そのような言葉ばかり。