クルーゼ生存_第19話

Last-modified: 2013-12-22 (日) 02:19:54

「現地協力員って、つまりレジスタンスってこと?」
「そうらしいわ。連合がかなり強烈にガルナハンの街を支配してて、反発も大きいんだっ
て」
 シンの質問にルナマリアが答えた。
「マハムール基地とミネルバが共同作戦を取ると決めたからには、それなりに信用が置け
るという判断だろう」
 レイの言葉に、二人は首肯した。そしてブリーフィングルームに入った。
 中には共同作戦でアレッシィ隊長の指揮下に入るマハムール基地のパイロットたちがす
でに揃っていた。そこにはすでに謹慎のあけたイザーク・ジュールが座っていた。三人は、
挨拶をしてイザークの隣の最前列の席に着いた。
「今日はよろしく」
 地上からのザクでの攻撃になるルナマリア。
「こんにちは」
 挨拶だけのレイ。そしてシンは、しばらく黙ってイザークを見ていたがぷいと顔を背け、
「謝る気はないからな」と言った。
「お前を殴ったのは俺だ。お前は報復しなかった。だから謝る必要なぞない」
 この言葉に、正直びっくりしたのはシンだけではなかった。カーペンタリアから何とか
イザークと同僚としてやってきたが、年上のくせにシンより突っかかる性格だわ、母親の
プラントへの裏切り行為もあって誰とも--メイリン以外とは--まともに口も利かない
わ。戦闘時空を飛ぶモビルスーツに乗っているシンとレイはいいにしても、一緒に組んで
戦うことになる自分が不幸だと思っていたルナマリアは、大きな青い目をまじまじと見開
いた。
 なにがあったのかわからないが、イザークが24時間謹慎している間に少しは考え方を変
えたようだ。それはルナマリアだけでなく、ミネルバ全体にとっていい方向のものである
ように思われた。
 ブリーフィング開始時間ぴったりに扉が開き、アレッシィ隊長、12,3歳に見える埃で薄
汚れた少女、そしてマハムール基地のモビルスーツ隊のアンドリュー・ゼレンカ隊長が入
室してきた。シンたちは立ち上がり、敬礼で上官を迎え、手の合図を受けて着席した。
 モビルスーツ全体の指揮はもちろんフェイスのアレッシィ隊長がとることになる。カー
ペンタリア攻防戦でのアレッシィ隊長の見事な指揮と、先日のインド洋での戦闘でミネル
バのモビルスーツ隊が活躍したことは知られているので、マハムール基地のパイロット達
には表向きに不満をむき出しにするものはいなかった。
「……子供じゃん」
 正直なのだが残酷な呟きが、シンの唇からもれた。現地レジスタンスとの共同作戦とい
うからには、中央アジアを舞台にした映画に出てくるような屈強な髭面の男が来るものと
思っていたのだ。
「口を慎め、シン・アスカ。彼女はまだ幼いが、自分の生まれ育った街の自由にために戦
うことを決めて、連合軍の占領地を抜けてここまでやってきた。口を開く前に、他人の事
情を慮るように」
 アレッシィ隊長の論理的な叱責に、シンは素直に謝った。そして他のパイロット達もナ
チュラルを差別しない公明正大な見方に、感銘を受けたようだった。
 彼女、コニール・アルメダは子供扱いされてむっとしたが、そのあと部屋を見渡してび
っくりしていた。ここに連れてきてくれた二人は、金髪の男性で、テレビで見る俳優やモ
デルのような容姿をしていた。しかし部屋にいる連中ときたら……。
 さっき生意気なことを言った少年は真っ赤な眼をしているし、他にも髪の毛が青だの緑
だの、肌の色も白から褐色、黒まで揃っている。そして一番驚いたのは、普通の人間には
ありえない色の組み合わせの肌、髪、目の色だけでなく、全員がガルナハンの街なら一番
のハンサム、美女で通る以上の整った顔立ちをしていたことだ。
「マハムール基地とミネルバ共同で行う、『ローエングリンゲート攻略作戦』についての
ブリーフィングを始める」
 アレッシィの声に、集まったパイロット達の顔が引き締まった。
「まず現地レジスタンスから、重要な情報を持ってここまでやってきてくれたコニール・
アルメダ嬢を紹介しよう」
 コニールは顔を赤らめ、そしてすぐに生真面目な表情を浮かべた。
「ガルナハンのレジスタンスから来たコニール・アルメダです。ガルナハンの火力プラン
トを連合軍が占領して、街にもひどい圧制をしいてる。それで、ザフトが砲台を攻めた時、
こちらも我慢できなくなって蜂起したこともあったんだけど、持ってる武器の性能が全然
違って、連合軍は街中をモビルスーツで暴れまわって……大人も子供も、沢山の人が死ん
だ。今度のザフトに協力してのローエングリンゲート攻めが上手くいかなかったら、報復
に街が潰されるかもしれない。お願いだ、あの連合軍の奴らを追い出してくれ」
 彼女は頭を深々と下げた。
 マユが生きていればあのくらいの大きさなのかと思い、シンはぞっとした。携帯の中の
マユは成長しない。戦いもしない。永遠に、消去されない限り、優しくて暖かい世界にい
る。しかし現実は、こんな少女が自分たちと同じナチュラルの軍隊の支配を嫌って、コー
ディネーターの軍隊に頼る世界なのだ。
 そして室内の照明が落とされ、作戦ボードにこの地帯の立体図が映し出された。
「これがガルナハン・ローエングリンゲートと呼ばれる連合軍の橋頭堡とその周囲の映像
だ。この断崖の奥に、ガルナハンの街と火力プラントがある」
 アレッシィ隊長がボードを指し示した。
「マハムール基地から攻略できるのは、この赤で示したラインのみ。しかし敵のローエン
グリン、陽電子砲が高台に設置されており、渓谷全体が射程に入るため、通常の攻撃では
圧倒的にこちらが不利になる。実際、マハムール基地による作戦が一回失敗に終わってい
る」
 ルナマリアが挙手して発言を請い、アレッシィはそれを許した。
「宇宙からの降下作戦をかけるのが一番効果的だと思いますが、それは司令部で検討され
たんでしょうか?」
「その疑問は軍人としてはもっともだ。しかし現在プラントは積極的自衛権を行使してい
るに過ぎん。地球に対する領土的野心はないのだ。先日スエズ基地が危機に陥る前に、隙
を見て基地を放棄したことは、君たちも知っての通りだ。我々ザフトは戦争を早く終わら
せるために戦っている。今回の作戦も、そのためのものだ」
「でも、ガルナハンの、連合軍の圧政に苦しんでいる人たちを救うためでもあるんでしょ
う」
 シンが口を挟んだ。
「もちろん。だがガルナハンのレジスタンスとザフトの利害が一致したからというのが実
際の理由だ。ローエングリンゲートを破壊すれば、ガルナハンの火力プラントの電力がマ
ハムール基地に優先的に供給されることになる」
「そんな大人の事情……」
 呟いたシンは、コニールがきつい目で自分を見詰めているのに気付き、押し黙った。
「さて、ブリーフィングを続ける。敵砲台の近くには、陽電子リフレクターを装備したモ
ビルアーマーとモビルスーツ隊が配備されている。ミネルバ隊の者は、カーペンタリア戦
で同様のモビルアーマーと戦ったことがあるだろう」
 ミネルバの三人が頷いた。イザークはそのあとに配属されたので、陽電子リフレクター
という強力な兵器をナチュラルが開発して配備しているなど、信じたくはなかったが。
「マハムール基地とミネルバの戦力を持ってしても正攻法で落とすのは難しいローエング
リンゲートだが、今回、ガルナハンからミス・アルメダが連合軍の知らない情報をもたら
してくれた。説明を、お願いできるかな?」
 アレッシィの言葉にコニールは、はいと答え、手に持ったディスクを示した。
「ローエングリンゲートの砲台の真下まで、もう使われてない坑道があるんだ。出口が落
石で数十メートルにわたってふさがっているから、連合軍は存在に気付いていない。坑道
はモビルスーツが入れるような大きさじゃないけど、相手の陽電子砲を避けて砲台に近づ
く道はこれしかないんだ」
 モビルスーツが入れない大きさというところで、皆がいぶかしげな表情を浮かべたが、
シンははっと顔を上げた。
「ということで、この坑道を抜けて連合軍の陽電子砲を破壊するのは、インパルスとシン
・アスカにやってもらう。理由はわかるな?」
「あ、はい!」
 インパルスは、ユニウス条約の関係でモビルスーツ扱いされないような抜け道として考
案された兵器である。チェスト、コアスプレンダー、レッグの三つの部品に別れるので、
戦闘機扱いで登録してあり、普通の大きさのモビルスーツが入れない坑道に入ることが可
能だ。
「ミス・アルメダ、彼が君のデータを必要としているパイロットだ」
「こいつが?」
 最初の印象が悪かったので、コニールは不安げな声を出した。他に大人が沢山いるのに、
こんな少年がガルナハンの街の命運を握る作戦の一番重要な役目をするなど、はっきり言
って不満だ。
「まだ若いが、パイロットとしての腕は一流だ。それは保障する」
 こう言われても、信用しきれず硬い態度を崩さないコニールに、アレッシィは更に付け
加えた。
「君は若いが、ガルナハンのレジスタンスの中で信頼されているから、今回の任務につく
ことが命じられたのだろう。彼も若いが、プラントでは立派な成人だし、優秀だ。そして
地球生まれであり、地球の人々の命と平和を大事に思っている。性格には少々難があるが、
それを上回る能力がある」
 コニールは立ち上がったシンの生意気そうな顔と真紅の瞳をじっと見詰めた。
「このデータは、すごく大切なものなんだ。万が一にも連合軍に知られないように守って
きた。あたしも、ここに来るまでに連合軍に捕まりそうになったら、このデータごと自爆
するつもりでここまで来た。このデータにはガルナハンの街の人間全員の命がかかってる
んだ」
 薄汚れた少女の決意を込めた視線を、シンは受け止めた。自爆覚悟でここまで来たとい
うのか。しかし未知の坑道でインパルスを飛ばすためには、聞いておかなければならない
こともある。
「このデータ、いつ取ったものなんだ? そのあと地震や岩盤の崩れで地形が変わってい
る可能性はどれくらいある?」
「データは三年前のものだ。地震で坑道が崩れたのは30年以上前、それ以来、地形が変わ
るような地震は起こってない。ただ……坑道の中は地下水が染み出してるから、確かに岩
はこのデータより崩れてると思う」
「じゃ、データ通り飛べばいいって訳じゃないんだ」
 シンが腕を組んだ。もちろん自分の操縦技術、反射神経には自信がある。データが100
%正しいシミュレーションなら、絶対にミスしないと思う。
「データをメインに、インパルスのレーダーで補正するようにプログラムを書き換えれば
いい。出撃までにその程度の時間はある」
 結局隊長の命令に、シンは従った。

 
 

 敵に探知される距離に入る前に、シンは発進した。合体せずに三つのパーツに分かれた
まま、坑道に進入する。ここからはコニールのデータと先ほど自分で組んだ修正プログラ
ムが頼りだ。わかっていたことだったが、あっという間に周囲は漆黒になり、シンはモニ
ターに3D映像を表示させた。
「真っ暗じゃねーかぁ。それに、狭い!!!」
 ぎりぎりですり抜けていくが、コアスプレンダーの翼が岩を削る。速度を落としすぎる
と失速するし、本隊の行動とあわせるためには、作戦通りの速度でこの暗黒の行動を飛び
ぬけるしかない。シンは雑念を払い落とし、操縦だけに専念した。

 

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