クルーゼ生存_第18話

Last-modified: 2013-12-22 (日) 02:19:09

 ネオにとって休暇は久しぶりだった。母親に挨拶をして、士官学校に進んで以来休暇の
時に帰るだけだった自室にはいる。習慣で盗聴器や隠しカメラをチェックしたが、そうい
うものは見つからなかった。セキュリティには母親が大金をかけている。
 休暇が取れたのは、コーディネーター部隊を率いてパナマに派遣していたエルドリッジ
少佐が帰ってきたからだ。彼らはスエズ基地攻略でなかなかの戦果を上げてくれた。さす
がにザフトの元トップガンのアスラン・ザラはパイロットとして頭ひとつ抜けているとい
う評価だった。ただ防戦に追われたザフトは大胆にも、スエズ基地を放棄して、ジブラル
タルに兵員を移した。そうなると、戦争はナチュラル対コーディネーターではなく、前大
戦前からの遺恨を引きずる大西洋連邦対南米合衆国になる。第81独立機公団はナチュラル
と戦う舞台ではない。そういうことで、エルドリッジ少佐以下は基地に引き上げたのだ。
 ナチュラルの部隊は単独で行動させられるが、コーディネーター部隊にはネオか少佐、
エクステンディッド部隊にはネオ本人が付いていないと作戦行動がとれない。中でも一番
手間がかかるのがエクステンディッド部隊だ。薬で能力を上げて使い捨てにするなら、大
層なメンテナンスも、ネオに従うような刷り込みも必要ない。彼らにどの程度の耐久性が
あり、コストパフォーマンスがどの程度になるか、まだ実験中ということだ。
 スティング、アウル、ステラ。なついてくる三人の顔を思い浮かべる。
 ファントムペインの隊長職を受けたのは、彼がブルーコスモスの一員だということだけ
でなく、エクステンディッドという存在に興味があったからでもある。士官学校時代、能
力の高さと優れた容姿のために同級生から、コーディネーターじゃないのかと陰口を叩か
れた彼にとって、ナチュラルをコーディネーター以上の存在に作り変える技術は興味を惹
いた。
 使い物になるエクステンディッドができるまでに、多くの実験体が処分されたことは知
っているが、彼はそういうことを気にするほど甘い人間ではない。
 彼本人が、望まれて生まれてきた子供ではないからだ。母親は彼が幼児の頃に『相手も
私も避妊してたのに、私は妊娠してしまった。だからお前には生きる権利があると思って
産んだんだ』と語った。確率論の問題だが、生まれてきたからには最大限の努力をして明
日を掴むべきだ。彼にとっては、処分される実験体も、世の中で上手く行かないといって
いる人間も努力が足りないという点で同じ程度のものだった。そして親が望んだのと髪の
色や目の色が違うといって捨てられたコーディネーターの赤ん坊達。彼の母親はそういう
赤子を引き取っては、ペドフィリア相手に売春させていた。コーディネーターは体が丈夫
なので、三歳になれば、セックスの対象となる。裂傷を負っても、ナチュラルより治りが
早い。ただ10歳を越える頃には力が強くなって危険になるので、責め殺すためのペットを
求めるサディストか若い子供の肉が好きなカニバリストに売却していた。
 そういうナチュラルの変態の存在を知っていても、彼はコーディネーターのいない世界
を支持していた。遺伝子を人工的にいじることより、自然の変異性を重んじるべきと思う
からだ。プラントのように、エリート主義で優れたものを追い求めた社会の結果が、最高
評議会議長の子供が二代続いてテロリストになり、母国に反旗を翻すこととなった。コー
ディネーターの民族としての限界はもう明らかだ。あとは青き清浄なる世界のために、全
滅させて、彼ら自慢の遺伝子のかけらも残さないようにするだけだ。最終的には、彼の部
下であるコーディネーター部隊のパイロット三人とメカニックや開発でエリア81に勤務す
るコーディネーター全てを殺すことで。

 
 

 イザーク・ジュールは自室でぼうっと横になっていた。軍艦において、船室はくつろぐ
場所ではない。最低限の睡眠と少々の個人生活を行う場所だ。だからすわり心地のいい椅
子ひとつないので、自室謹慎と言われたら、ベッドの上で過ごすくらいしかない。
 そして先ほど隊長に言われた、一生母親が国家反逆罪を犯した罪人だという事実が付い
て回る、という言葉がぐるぐると頭のなかを回っていた。それは母親が逮捕されて、アス
ラン・ザラがコーディネーターを裏切って地球軍に入隊したことを知って地球に転属願い
を出し、結果平パイロットとしてこのミネルバに配属された時にも感じたことのない奇妙
な感覚だった。自分が平パイロット扱いされたのは、エザリアの逮捕が原因だと思ってい
た。ただ彼にとって、母親が犯罪者だということは何とか認められても、国家反逆罪だの
泥棒だの言われるのは認められないのだ。
 確かに隊長が言ったことは正しい。テロリストに武器を横流ししたのが母でなく他の議
員だったら、イザークはその議員の子供や親戚と友人であったとしても、即座に関係を絶
っただろう。いや、ディアッカ・エルスマンだけはなにがあっても友人で居続けると思う。
(オレに友達というのは、ディアッカしかいないのではないか、元から)
 不意にそんな思いが胸を掠めた。
 自分より成績の悪いものには基本的に興味がなかった学生時代、わがままを咎める相手
は罵倒し、殴りもした。イザークに味方すれば将来出世できるだろうと思って付いてくる
取り巻きはいたが、そういう連中を友人だと思うほど間抜けではなかった。
 そう考えると、少し気が楽になった。プラント中がエザリアのことを泥棒だの戦争の引
き金を引いた女だのと言い立てても、ディアッカはそれで彼を責めはしないだろう。これ
まで人と知り合うとき、必ず親なり家族なりの職業を訊き、クラス分けして相手をしてき
たイザークだ。これからの自分は、そういうクラス分けで最下位のカーストに属すること
になるということ、これが現実だ。
 身にまとう白服は、誇りの証だった。しかしなんの役職もない平パイロットである。こ
れから彼ががんばってザクで戦果を上げようとも、おそらく隊長職への復帰どころか新型
機を与えられることもないだろう。軍部の扱いが不満で不満で、ミネルバの若いパイロッ
トたちを逆恨みするほどになっていたイザークだが、やっと上層部から『死んでこい』と
放り出されたのだと理解した。
 これまでその事実に気がつかなかった自分があまりにも馬鹿で、哄笑していたら、涙が
あふれ出た。プラント一番のエリートでザフトの出世頭を自負していた自分が、これほど
了見の狭い男だったとは。
 イザークが落ち着いた頃、インターホンが鳴らされた。
『夕食です。開けてもらえますか?』
 メイリン・ホークの声に、少し和まされた。彼女は食事の乗ったトレイを手渡すと、一
時間後に取りに来るからちゃんと食べてくださいねと言って帰っていった。
 食欲はなかったが、食べてなければあの少女が心配するだろうと思い、食事を平らげた。
でも、彼女に心配されるなら悪くないような気もする。とにかくミネルバでイザークに悪
意でない個人的関心を抱いているのは、彼女だけだろう。たんに相手が女性だから食事の
同席を断らなかったことから始まった関係だ。しかしミネルバのクルーがイザークを犯罪
者の息子という目で見ていたとき、彼女はそれを気にせず声をかけたのだ。イザークは、
自分には絶対できない思った。国家反逆罪で禁固300年の刑を受けた女性の息子を蔑まな
いプラント人が、一体何パーセントいるだろうか? 宇宙に浮かぶ人工の大地のスペース
コロニーは核ミサイルだけでなく通常兵器の攻撃でも、簡単に潰れてしまう。地球と違い、
空気と重力はただではないのだ。その苛酷な環境に生きるからには、国家への忠誠心を高
く持つのは当然であった。
 トレイを回収にきたメイリンは、きちんと食べ物がなくなっているのを見て、安心した
ようだった。
 そして夜も更けた頃、もう一度インターホンが鳴り、何事かと思ったイザークが出ると、
メイリンの『あの、お話があります。入れてもらえませんか?』という震える声が聞こえ
た。女性に優しくと躾けられたイザークは、夜更けであることを心配しながらも、メイリ
ンを部屋に迎え入れた。
 コンピュータデスクの椅子をメイリンに勧めた。
「あ、あの、シンのことですけど、あまり怒らないであげてください。彼、前大戦のオー
ブ戦で両親と妹さんを亡くして、一人でプラントに移民してきたんです。軍人になったの
も、民間人を守りたいからだって。性格はつんけんしてていやなところもありますけど、
根は単純な男の子なんです」
「処分が下りたのは俺だけだ。喧嘩したわけじゃなくて、俺が一方的に殴った。当然の処
分だ。君が気を遣う必要はない」
 こう言いながら、もし立場が反対だったら、イザークのために弁護してくれる人間がい
るだろうかと思う。はるか宇宙のディアッカしか思い浮かばない。自分の交友関係がいか
に狭いものであるか、イザークはしみじみと思い知った。
「それで……あの、わたし……イザークさんのこと、初めてあったときから、すごく気に
なってて。だから、お母様のことで落ち込んでるんじゃないかと思って」
 自分の部下ならこんなしどろもどろした物言い、女性であろうと叱り飛ばすが、精一杯
気を遣っているのがわかるので、イザークも受け入れた。
「母上のことは、ある程度受け入れた。ただ自分が犯罪者の息子という事実と、そういう
目で見る人間に馴れるには、時間がかかるだろうが。俺は、わがままだからな」
 イザークは自分の口から滑りでた本音に驚いた。自分がわがままな性格なのは重々承知
していたが、それを自戒すべきものとして他人に言ったことなどないのに。
「わがままは、言える相手がいるうちが華じゃないですか」
「……確かに、そうだな」
「わたし、イザークさんのわがまま、聞きたいです」
 目を上げて言うメイリンの表情に押されて
「イザークと呼んでくれ」
 と言った。
「はい、イザーク。わたし、あなたのわがままもエゴも、受け入れたいんです。お母様の
代わりにはなれないけど」
「君は君でいてくれればいい。優しい、人を思いやる気持ちを持っているんだから」
 自分にはそれがない。そういう心を持つことより、他人より優れた成績を獲り業績を上
げることを母は期待した。それもひとつの愛情だと、イザークは信じている。ただ自分が
プラントのエリートでなく、一庶民以下になった以上、これまでの価値観にこだわってい
ては生きていけないことはわかった。それを受け入れるのに、一月以上かかったわけだが。
そっとイザークはメイリンの小さな手をとった。握り返してくるぬくもりこそ、今の彼が
求めて止まないものだった。
 イザークは自分を戒めたが、メイリンは受け入れた。狭い船室のベッド、訓練を受けて
いるといっても、少女の体は柔らかいのだと、イザークは知った。
 生まれて初めて他人と肌をあわせるのは、お互いさまのようだった。本能の導くままに
二人はひとつになった。メイリンの赤い髪がベッドの上で乱れ、イザークに昔憧れていた
少女を思い出させた。
「ラクス嬢」
 小さく呟いた。あのピンクの髪の少女、彼女の歌が好きだったし、最高評議会議長の娘
という血統を求めて、婚約者に選ばれたかった。しかし彼女が婚約したのはアスラン・ザ
ラだった。
 ラクス・クラインがテロリストになるずっと前、アスラン・ザラと婚約する前、彼女の
崇拝者をしていた頃の無邪気な自分を思い起こし、イザークの青い目から涙があふれた。

 

【前】 【戻る】 【次】