クルーゼ生存_第24話

Last-modified: 2013-12-22 (日) 02:26:59

 艦内に戻ったら、タリアあてにギルバートからメールが入っていた。ミネルバの活躍は
聞いている。まず君とレイで来てほしい。そのあと、他のパイロット達をお茶に招待する
からそのように用意を、という内容だった。レイ・ザ・バレル、アカデミーをトップで卒
業した完璧な優等生でで無愛想なパイロットだが彼が学生時代から感情的に激昂しやすい
シン・アスカをクールダウンさせる存在だったのは資料で知っているし、何より、レイが
成人するまでの後見人がデュランダルなのだ。戦争をしている時は気にならなかったが、
自分がいかにギルバートの近くにいる人間にこだわっているのか思い知って、タリアは少
しだけ己を醜いと思った。
 とにかくレイには議長の言葉を伝え、他のパイロット三名には30分後に基地の保養施
設に来るように命令した。
 車の隣に座るレイは、最初に礼儀正しく挨拶して敬礼した以外、何も話そうとせず、じ
っと前を見ていた。とことん感情をださない性格と見える。彼と友人関係といえるのは、
アカデミーから一緒だった六人組だけで、ミネルバでは仕事上の付き合いの人間と最低限
の言葉を交わすだけで、新しい友人を得ようとはしていないらしい。軍人としては、その
選択も正しい。戦場で知り合ったものは戦死したり、戦えない体になって故郷に帰ってい
くものがたくさんいるのだから。
 そんなことを考えているうちに、車は指定された場所に着いた。
 長身のデュランダルは予想通りアレッシィと一緒で、基地の中とはいえ数名の赤服の護
衛がついていた。
「レイ、無事でよかった。活躍は聞いているよ」
 優しい声に、レイが首っ玉に抱きついて応える。それをデュランダルも当然のこととし
て受け止めていた。
 正直、タリアは驚いたが、それをあからさまに顔に出さないだけの年季は積んでいた。
レイの兄が前大戦で戦死して、そのあとギルバートが後見人になったということだが、彼
が子供のころから親しい付き合いをしてきたのは明らかだ。自分と付き合っていた時期が、
ギルバートがレイを年の離れた従兄弟のように可愛がっていた時期と重なっているのだろ
うかと思うと、なんとなくむかついた気分になる。子供が望めない遺伝子を持つ二人だか
ら、タリアから別れを切り出したというのに……。
 もしかして自分は、新鋭戦艦の艦長より最高評議会議長夫人という肩書きに惹かれてい
るのかもと、ふいに思い、その未練を消し去った。
 そのあと、海辺にセッティングされたきれいなリネンのクロスがかかったテーブルにミ
ネルバの三人はをめられた。プラントでは天然繊維というのは実験的にしか作られていな
いが、地球ではちゃんとした場所でこういうクロスとナプキン、陶器か磁器の食器、銀の
カトラリーでないと認められないというのは、本で読んで知っていた。
 一国の元首が人をお茶に招くなら、地球ではこうするのが正しいのだ。プラントは生き
ていくだけで精一杯なので、利便性にこだわる性質があるが、郷に入れば郷に従えという
諺もある以上、デュランダルとその周囲は地球の要人と会うための準備もしているのだろ
う。
「美味しいお茶をありがとう。でも大西洋連邦と講和交渉をするには、まだ時期が早いの
ではなくて? 講和の席に相手を引きずり出すだけの戦果はまだ上がってませんからね」
 少々上目遣いにデュランダルを睨む。ザフトのシンボルに祭り上げられかけている艦の
艦長としては、議長が地球に降りてきた理由は知りたい。
「ああ、さすがに慧眼だね、君は」
 ちっとも本音ではない言葉に、タリアは鼻白んだ。心無く人を乗せるのが上手いのを、
こちらは十分知っているというのに。
「大西洋連邦は、ザラ派のテロリストが行ったことをプラント全体の責任にしようと必死
だし、それはほぼ成功している。ただ、あの事件で多大な被害をこうむったユーラシアで
あっても、国民の自由と尊厳のためには、大西洋連邦よりプラントと組みたがる節はある。
今のところ、レジスタンスはばらばらだが、だから稚拙な作戦でも成功しているようだ」
「差し出がましい口を利かせていただければ、西ユーラシアは思想と言論、暴力のカオス
なのですよ、艦長」
 アレッシィの澄ました口調に、そこはかとない毒を嗅ぎ取って、タリアはむっとした。
コーディネーター全体の傾向として、思想より実践、哲学や文学より実学を重んじる傾向
がある。それはプラントが文化的生活を送るだけでかつかつの社会主義経済下にあること
と、遺伝子改造において数学や工学に秀でるようになる遺伝子は見つかったけれども、一
般人の100倍深い思考が出来る遺伝子や、人間を100倍深く観察して小説に構成でき
る遺伝子が見つかっていないことに直結する。実際プラントの大学では人文系の人気は著
しく低いし、地球の学会において高い評価を得た学者もいない。人文系でコーディネータ
ーがまだ得意とするのは、歴史、地理など知識量とそれを分析して計算する能力が大事と
される学問だ。
 このアレッシィ隊長は、自分もコーディネーターのくせに、その能力を見切ったような
言い方をすることが多いと、タリアは思う。
「この紅茶、ほんものの、ダージリンですね。マスカットと薔薇の香りがします。プラン
トで手に入るものは、地球産でもマスカットの香りはしても、薔薇の香りはしなかったん
です。ありがとうございます、議長」
 白い頬をピンクに染めたレイの言葉。いつも冷静で言葉の少ないレイが、こんな微妙な
香りをききわけて味わう少年だとは、タリアは想像したこともなかった。
 そこに入り口から声がかかった。さっき議長についていた、赤服にフェイスの徽章をつ
けたオレンジ色の髪の青年だ。さきほどの新型モビルスーツも、オレンジ。タリアはオレ
ンジのモビルスーツに乗るエース、ハイネ・ヴェルテンフルスの名前を思い出した。
 彼の後ろに、ミネルバのパイロット達が続く。彼は、シン、ルナマリア、イザークの順
で席に案内した。
 デュランダルは立ち上がって、彼らを迎えた。
 シン・アスカとまず握手する。
「シン・アスカ、君とインパルスの活躍は聞いているよ。先日のガルナハン・ローエング
リンゲートでも大活躍だったとか。カーペンタリア戦の手柄で叙勲の申請が来ていた。問
題なく通ったので、すぐに手元にネビュラ勲章が届くはずだ」
「あ、ありがとうごさいます!」
 白い頬を真っ赤に染めてシンが、半ば叫ぶように答えた。
「君がルナマリア・ホークだね。アレッシィ隊長から話は聞いている。優秀なパイロット
だと」
「ありがとうざいます」
 さすがにルナマリアは、シンよりは落ち着いて答えた。
 そして、
「イザーク・ジュール、ミネルバには新任だったか」
「はい。カーペンタリアで合流しました」
 イザークは議長のよく光るオレンジ色の目を凝視したが、そこに何の感情も見て取るこ
とは出来なかった。母のエザリアのことについても一言もない。それに二年前の軍事法廷
で彼とディアッカを助ける演説をしたことも、一切覚えていないという様子だった。
 二年前の軍事法廷は、ザラ派とクライン派の微妙な綱引きがあって、ザラ派としては無
論イザークたちを無罪にしたい。クライン派にしても、テロリストの首魁がラクス・クラ
インである以上、藪をつついて蛇を出したくはないというのが本音だった。そこでクライ
ン派の若手議員だったギルバート・デュランダルが『若者の命を一度の失敗で奪っていて
は、プラントに未来はない』と演説して、両派が納得、手打ちとなった。あのときは、上
手く喋ったクライン派議員お疲れさんくらいにしか思わなかったのだが、その直後、彼は
最高会議議長、イザークの母親の上席に座る身となった。裁判の直後に礼を言って、よい
関係を結べばよかったのだが、そういう政治的行動をとるにはイザークは未熟だったし、
うぬぼれてもいた。しかし、その結果が、白服の自分が一番下座に座らされることになろ
うとは。
 イザークは屈辱に震える手で、ナプキンを広げた。
「この付近が落ち着いたのも、君達がローエングリンゲートを落としてくれたおかげだ。
あれで連合軍はカスピ海、黒海沿いの街に地上兵員を置くことを止めて、基地に引きこも
ったからね」
 薄く笑みを浮かべながら、デュランダルが言う。
「あの、それなら、民間の人たちに犠牲はでなかったんですね?」
 シンがつい勢い込んで聞く。
「いや、撤退する部隊を追ったレジスタンスに若干被害が出たと聞いている。戦っている
のは、軍人ばかりではないのだよ、今のユーラシアでは」
「はい。わかっています」
 レイ、シン、ルナマリアの三人が声を合わせた。彼らはガルナハンの街で、連合と戦っ
てきた人たちに会ったし、彼らが捕虜など置いておく余裕はないとリスクを承知で連合軍
兵士を皆殺しにしたのも見たのだ。
「それで、宇宙の戦いはどうなってますの? 本当の最新情報を伺いたいわ」
「月の制宙圏をめぐってやりあっている。あちらはアークエンジェルに新型の陽電子リフ
レクターを備えた、ザムザザーとかいうモビルアーマーを五台積んでいる。強力だよ」
 あれを!とイザークを除くミネルバ組は息を飲んだ。インパルスに破壊されたものの、
機能は十分と連合は判断したのだろう。しかしあっという間に量産体制に入るとは……。
「エターナルとストライクフリーダム、インフィニットジャスティスを対抗に向かわせた。
あの二機は、君達には悪いが、インパルスやセイバーより上の能力だ。そういった機体で
強力な敵兵器を落としつつ、弱点を探ると、ブラウニング提督は話していた。私は彼を信
頼している」
 母の愛人だった男の名前を聞いて、イザークは拳をぐっと握り締めた。そしてセカンド
シリーズより高性能の機体を駆って戦っているパイロット達を嫉妬した。
「どんどん兵器開発は進んでるんですね。でも、それでいつか停戦できるんでしょうか?
西ユーラシアの人たちは、大西洋連邦への恨みがあって、敵の敵は味方という考えで、私
たちザフトと手をむすぶことを厭いません。ユニウス7を落としたことで地球全体から恨
まれているはずの、私たちコーディネーターであっても。それだけ、人間の業というのは
深いんでしょうか? 私は軍人ですが、できるだけ早く講和できればと思っています」
 ルナマリアが理路整然と述べた。シンはプラント育ちの彼女が「業」などという古臭い
宗教用語を使ったのにすこしびっくりした。地球に降りてからテレビで覚えたのだろう。
「でも、いつだって、戦いを起こそう、拡大しようとする人たちはいますよね。ブルーコ
スモスとか、大西洋連邦とか」
 シンの言葉には、無理解に対する怒りが宿っていた。
「そうだね、確かに。では君は戦争を起こそう、拡大しようとする人たちが、なぜそうす
るか考えたことがあるかね?」
 議長にまっすぐな目を向けられて、シンはアカデミーでわからない問題を教官に解けと
いわれた時より動転した。
 上手くレイが助け舟をだした。
「それは、戦争が一部の人たちにとっては儲かるビジネスだからだと思います」
「そういうことだ。我々プラントのザフトは、武器を全部自国で作っている。だから、あ
のような新型モビルスーツを作ったり、戦うためのミサイルや戦艦を作っても、経済的に
はすべてプラントのなかでまわるし、プラントは市場主義経済をまだ導入していないから、
兵器を作って大儲けする武器商人はいない」
 議長は一息ついて、紅茶で唇を湿した。
「軍需景気という言葉があるほどだ。戦争で儲けることを一度覚えたら、戦争のない世の
中はなんと儲けどころの少ない世の中ということになるだろう。だから、常にどこかで戦
争があってほしいと願うものたちは、裏で手を回して、戦いを起こす」
 少年達は、議長の言葉に本気でびっくりした。
「でも、戦争のない世界で、愛し合って暮らしていくのが、もし少々貧乏だったとしても、
人間一番大切なはずです!」
 シンの声に議長は答えた。時間がとってある分、きっちりと講義をする教師のように。「君のように考える人間ばかりなら、世の中は平和だろう。しかし自分の幸せを当然のも
のとし、他人の不幸から血を吸うことを考える人間はいくらもいる。ブルーコスモス、彼
らはコーディネーターが全滅してこそ、ナチュラルに平和が訪れると信じている。対する
プラントにも、ザラ派というナチュラル殲滅派がいて、ブレイク・ザ・ワ-ルドで三億人
以上の人を殺した。彼らの根絶のためにザフト情報部と警察は頑張ってくれているが。も
し死んだ人間の数でいうなら、ユニウス7の24万3721人の代償にブレイク・ザ・ワールドで三億人殺したコーディネーターの方が罪が深いといえる」
「そんな!! コーディネーターとナチュラルの命を同じに扱うなんて、絶対に間違ってる!」
 沈黙していたイザークの叫び。
 隣に座っていたルナマリアが、穢らわしいものにあったかのように、椅子をシンのほう
にずらした。
 デュランダルには、イザークの声はまったく聞こえていないようだった。
「戦争は産業として考えれば、効率のよいものだ。世界のあちこちで紛争、戦争の火を絶
やさないことで、権力と財力を守ってきた家系が、地球には数え切れないほどあるのだよ」
 ミネルバの初年兵達は、議長の言葉にしんみりと落ち込んだ。
「でも、それは変えられますよね?」
 期待を込めてシンが食らい付く。
「もちろんだとも。あのブルーコスモスの母体ともいえる兵器産業の集合体ロゴス、彼ら
を解体すれば、世界は変わる。我々が求める停戦の条件には、もちろんそれが含まれる。
前の戦争からたった二年でまた戦争だ。コーディネーターのテロに応えたブルーコスモス
とロゴスの反発。必死に前線で戦っている君達には不愉快だろうが、これが戦争の現実な
のだよ」
 デュランダルのそばに赤服の士官がやってきて、小声で何かを告げた。時間だ、という
のだろう。
 アレッシィは南アフリカ統一機構、大洋州連邦、南米合衆国にロゴスより安い価格でプ
ラント=ザフトが武器を売っているからこそ、その三カ国が親プラント国家であること、
南アフリカ統一機構では、プラント製の武器を持った正規軍がロゴスに属する会社やモル
ゲンレーテから手に入れた武器で、10歳以下の子供すら兵士に仕立て上げて泥沼の殺し合
いをしている現状を知っていたが、何も言わずに黙っていた。今日はギルバートの日なの
だから。
「失礼しなければならなくなった。君達のような未来を考える若者と話が出来て光栄だっ
た。スケジュールが許すなら、基地の保養施設に泊まっていきたまえ。軍艦の船室よりは
広い部屋を約束する」
 デュランダルの言葉に、ルナマリアの顔がぱあっと明るくなった。
 そしてイザークが沈痛に言う。
「自分はスタンバイの時間が迫っておりますので、ミネルバに帰還します」
「私も夜にはミネルバに戻るが、それまでのスタンバイはまかせたぞ、イザーク・ジュー
ル」
 アレッシィの命令で、お茶会は終わった

 

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