クルーゼ生存_第25話

Last-modified: 2013-12-22 (日) 02:27:40

「ちょっと、なんであんた達の部屋、スィートルームなのよ!!」
 チェックインした三人組だが、すぐにルナマリアが連絡を取ってきて、部屋にまで押し
かけてきた。
「フロントで話したら、二人別々ならツインルームのシングルユースだけど、二人一緒な
らスィートルームがお取りできますっていうからさ。ちょっとでも広いほうが気持ちいい
だろ」
 シンはそう言って、ふかふかの本革のソファの上で猫のように伸びをした。
「でもあんた達、ミネルバでも同室じゃない。たまには一人部屋で寝たいとか、思わない
の?」
 スィートへのやっかみ混じりでルナマリアが言う。同室であっても、スタンバイシフト
の関係で、同じ時間に睡眠をとるのは三分の二程度だろう。
「二つ寝室があるから、別の寝室だ。片方が黒海に沈む夕日が見える部屋なのでじゃんけ
んをして、俺が勝った」
 ちょっとレイが自慢そうに言う。
「ふん、オレはこのソファで十分満足さ」
「私の部屋、夕日が見えないのよ! 女性にはできるだけ紫外線の入らないお部屋をって。
街はこじんまりして、映画で見たみたいな雰囲気だけど、やっぱりクライマックスは夕日
よ。だから、レストランに食事に行きましょ。六時に予約を入れれば、ちょうどいいわね」
 勝手にルナマリアが話を進めるのに、シンが文句を言う。
「明日の朝食までフリードリンクフリーフードなんだから、この居間でルームサービスと
ればいいじゃん、なあ、レイ」
「それもそうだな」
「むさくるしい男の部屋より、華やかなレストランに決まってるでしょ。ほら、予約の電
話いれて」
 ルナマリアの命令に、シンはしぶしぶ従った。レイは海を見詰めていて、何も言わなか
った。

 
 

 イザークはミネルバに一人戻ったものの、スタンバイに入ろうとはしなかった。連合軍
がこのあたりから撤退したというのは聞いたし、沢山の船が並ぶ基地である。居間のミネ
ルバに一番必要なのは、このあいだのアスラン・ザラとの戦闘で受けた被害の修理であっ
た。だから、隊長が帰るまで、オフだというメイリン・ホークを自室に呼び出して体を重
ねた。この少女の姉が、ついさっき、イザークを汚いものを見るような目で見、そしてあ
からさまに椅子を動かして近くにいるのが不愉快だと示したことは、一生忘れないだろう。
庶民の出身のくせに、少々アカデミーでのできがよかったからといって大きな顔をして。
「っ…」
 まだ経験の少ない者同士なので、加減がわからず、メイリンが痛みの声を上げる時もあ
る。イザークはそれには十分気をつけているつもりだし、これからも気をつけるつもりだ。
しかし彼がプラントの最高評議会議長になるとき、妻として横に立つのは、メイリン・ホ
ークなどではなくラクス・クラインが正しい運命だと思った。

 
 

夕日の見えるテーブルと言って予約した席は、眼下に広がる基地とこれから行われるミ
ーア・キャンベルの慰問ライヴの様子がよく見えるし、水平線に沈む夕日が正面から見え
る一番いいテーブルだった。
「ステキ、ねえ、食前酒、何にする?」
 プラントの食文化は貧しいが、形式は地球のものが残っている。そしてここは食材の種
類に恵まれた地球である。
「食前酒だけじゃなく、コース全体を考えろよ。俺はオードブルは魚介、メインは肉にし
たいから、白ワインと赤ワイン、必須な」
 シンが言う。
「俺も料理の選択はシンと同じだろうな。オードブルはこのザリガニのボイルがいい」
 メニューを読みながら、レイが言う。
「なら、オードブルは色んな海の幸盛り合わせでどうだ? 多分段重ねの、アフタヌーン
ティーみたいな器でくるんじゃないかな」
 シンが楽しそうに言う。食べ物の知識では負けているのをルナマリアも自覚しているか
ら、面白そうだと思った。
 そんなこんなで、突き出しの小魚のフリッターと食前酒、ルナマリアはキールロワイヤ
ル、レイはシャンパン、シンはシェリーのフィノを選び、これまでの無事を祝って乾杯し
た。
「アーモリーワンからディオキアまで生きてこられたことを!」
「乾杯!」
 ちょっと声が大きかったかなと思ったら、先ほど案内してくれた青年が彼らを見つけて
やってきた。
「やあ、ミネルバの諸君。夕食かい? もしよろしければ、同席の名誉を賜りたいと思い
ます」
 端正な容姿の青年が、見事なコーテシーをしてくれたので、ルナマリアは嬉しくなった
し、男性二人はフェイスがこんなに愉快な部分を持っているとは思いもよらなかったので、
ただ頷いた。
「ハイネ・ヴェルテンフルス、今は議長の護衛兼雑用係、というところかな」
 彼を三人は席を立って握手で迎えた。
「お近づきになれて光栄です、ヴェルテンフルスさん」
 とルナマリアが言うと、
「そんなかたっくるしい呼び方はなし。ハイネ、こう呼んでくれよ」
 その緑の瞳が真面目に見えたので、シンとレイはファーストネームで呼んだ。
 彼は食前酒に彼の目の色に近い、濁った緑色のぺルノーの水割りを選んだ。
「本で読んで、飲んでみたかったんだが、はっきり言ってこれ、臭い」
 そんなこともいう気楽な性格に、三人の緊張はさらにほぐれた。
 確かにグラスを回してもらうと、薬臭いとしかいえない匂いがする。
 結局四人で突き出しをつまみながら、食事のメニューを決めた。そのころにはそとは太
陽の最後の揺らめきが見えるばかりになっていて、この光景は、地球生まれのシン以外の
三人にとっては、何度見ても神秘的で大自然の大きさを感じられるのだった。
 そして黒海の海の幸とりあわせと、地元の辛口ワイン、ザリガニ、牡蠣、茹でた巻貝、
アサリ、貽貝、何種類かの魚の燻製の盛り合わせとマヨネーズソース、レモン、シブレッ
トの小口切り、オーロラソースなど。
 自然の恵みがたっぷりで、四人ともほとんど喋らずにむさぼり食べ、ワインを飲んだ。
 担当のウェイターが、邪魔にならない程度に解説してくれるのもありがたい。彼らは地
球で経験を積んで、プラントの食文化を豊かにしようと色々勉強しているので、聞いたこ
とには打って響くような返答があった。
 メインディッシュが届く頃には、外は真っ暗になり、強烈な花火がミーア・キャンベル、
プラント一の人気歌手のライヴの始まりを告げた。
 ルナマリアはガルナハンで羊が苦手だとわかったので、プラントで食べなれた鶏肉のパ
プリカ風味、レイは子羊のあばら肉のローストミントソース、シンは地球育ちの牛肉好き
をここでも発揮して、ロニョンとリ・ド・ヴォーのフリカッセ、ハイネは案外地道にシュ
ニッツェルを頼んでいた。
 料理とともに、注文した赤ワインが運ばれてくる。このあたりでは甘口と辛口の赤ワイ
ンが両方有名で、8000年を越える歴史があるという。そんな話を聞いて、彼らは興味を持
って注文したのだ。ワインが注がれる頃には、ステージの上でミーア・キャンベルが歌い
始めていた。ミネルバ組三人は彼女に別に興味はない。仲良しのヨウランとヴィーノがフ
ァンなので、上手くライヴが見られていればいいなと思うだけで。
 まず素焼きのボトルに入った甘口のワインを口に含んだハイネは、「うわ、あま」と言
い、続いてシンも「あまーい」と言った。レイは冷静に「デザートワイン用かな、これは」。
「甘くて飲みやすいじゃない」
 ルナマリアは気に入ったようだった。
 ハイネは彼らと初対面とは思えないほどに打ち解け、また他人を警戒しがちなレイにも
隔意を覚えさせないようだった。
「ここにくるシャトルでミーア・キャンベルと一緒だったけど、アイドル歌手でもいつも
にこにこしてて、愛想も機嫌もよかったよ。多分、本当にいい子だよ」
「そうなんですか。『アグリキュート』とか持ち上げられて、アイドルになって、いい気
になってるわがままな子じゃないかと思ってました」
「アイドル歌手のイメージって、大体がそんなもんだろ。彼女の前にプラントで人気があ
ったラクス・クラインは可愛い顔をしてプラントの財産を盗んだテロリストだったし。戦
友が何人もあいつらに殺されたよ。まともな講和ができてれば、死ななくてすんだ隊や艦
が沢山あったのにな」
 前大戦に従軍していなくとも、今日議長の話を聞いた三人には、ハイネの気持ちは深く
響いた。講和は政治である。テロリストという第三勢力の介入で、戦争は早くおさまった
という見方もあるが、プラントはようやく、あれだけの犠牲をはらって『独立』を勝ち取
った。
「ハイネは、議長付きの武官でフェイスなんですよね。護衛以外に、具体的にどんな任務
があるんですか?」
 興味深げにシンが訊く。
「俺の仕事が議長の護衛だけですむのが一番いいこと。もし有事に議長が巻き込まれたら、
俺はフェイス権限でその場の指揮を取ることになるけど、そういう目には遭いたくないね」
 猫のような目を光らせながら言う。ハイネ・ヴェルテンフルスといえば、前大戦のエー
スパイロットだし、人格的にも高い評価を受けていると聞く。一緒に食事をしていて、自
然体で楽しい人だと、シンたちにしても思う。上層部に評価が高くて当たり前だ。
「そういえばさ」
 ハイネの猫を思わせる緑の目がきゅっと細くなる。
「お前達の艦に配属になったイザーク・ジュール、あいつが今日やけにいらいらと落ちつ
かなげだったのは、母親のジュール議員のことがまだ気になってるのか?」
 三人は顔を見合わせた。そして代表でレイが答える。
「彼はミネルバに着任して以来、非常にセンシティヴなのです。我々とも、任務以外で話
をしたことはありません。隊長はそのあたりまで面倒は見ないようですし、もう大人同士
うまくやれと言われてるような気はしますが、イザーク・ジュールも我々も、同じくらい
子供のようで……」
「ふーん、いや、あの軍事裁判の後、てっきり退任すると思ってたら止めずに続けて、出
世までしてるから、なんか不思議だなと思ってたんだよな」
 確かに戦争の歴史を習うと、戦争のあとは退官するもの、残った者も多くが降格する-
-というより戦時昇格のため通常時より二階級ほど高くなっているのを平常に戻す--の
が、地球の軍隊での常識だ。役割はあっても階級のないザフトにしても、大体同じになる
のが常だろう。
「俺は前大戦のあと退官しようと思ってたら上司に止められたんで残ったけど、たいがい
は除隊して予備役にはいって、今度の戦争でまた帰ってきたからなあ」
 彼らはまだ戦争が終わった後どうするか、具体的に考えたことはなかった。生き延びる
ことだけが大事だ。でも、イザーク・ジュールが軍法会議にかけられてまで、ザフトの軍
人でいることを望んだ気持ちは、いくら母親が議員でコネがあるからとはいえ想像できな
いものだった。
 辛口の赤ワインも注がれ、四人は楽しい食事を続けた。
「俺たちはミネルバの修理が済むまでしばらくここにいますが、ハイネは?」
「ん? 議長のお供。行き先はひ・み・つ」
 そう言ってハイネはもう一口ワインを飲んだ。
「とはいえ、地球まで来て自由時間がないのは、正直残念だけどね」
「あ、お祖父さんお祖母さんが西ユーラシアにいらっしゃるとか?」
 こういうことは女が鋭い。
「うん、ベルリンに祖父母が住んでる。俺が五歳の時までプラントで一緒に住んでたんだ
けど、地球との関係は悪くなるし、ナチュラルの祖父母はプラントの土になるより生まれ
故郷の地球の土になることを選んだ、それだけのことなんだけどね」
 こういう形の離散家族は結構ある。コーディネーター第一世代の親が、子供とともにプ
ラントに移住して働いたものの、コーディネーターには宇宙適応能力で劣り、年を取って
退職してからは周囲のコーディネーターからナチュラルゆえにプラント理事国の味方、ス
パイとさえ見られる風潮があったのだ。
「地球でも、あ、俺はオーブ生まれなんですけど、東アジアの祖父母と会ったのは赤ちゃ
んの頃だけ。そのあとも両親は連絡を取ってたみたいだけど、俺たち子供にはなにも教え
てくれなかったですね」
「地球じゃ、コーディネーターの子供がいるってだけでブルーコスモスに狙われることも
あるみたいだからな」
 ハイネは眼下の盛り上がるコンサート風景を見ながら言った。
「コーディネーターでもナチュラルでも、同じ人間なのに」
 ルナマリアが呟く。
「そう思わないから、戦争するんだな、人間って。さて、デザートはなんにする?」
 ハイネが話題を替え、彼らの晩餐は楽しく進んだ。

 

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