クルーゼ生存_第29話

Last-modified: 2013-12-22 (日) 02:30:59

 スティングとアウルは必死で海沿いの道を何往復もし、ステラを探していた。
 先日の作戦で黒海上空を通り、そのあとここからしばらく離れた連合軍の基地に入った。
そこでネオとドクターたちが話し合いをしたようで、ネオとスティングたち三人、あとは
研究員二人がディオキア近くの別荘で静養することになったのだ。基地と戦場の往復は、
思ったより彼らのストレスとなっていたようだ。地球の自然を見て、心も体もリフレッシ
ュした彼らは、今朝ネオが所要で出かけたので、三人で外に飛び出したのだ。
 こんなことは、もちろん初めてだ。街に出ることはあるが、ネオかドクターの誰かがつ
いてくる。ネオと一緒だと楽しい気分になれるが、ドクターとだと、監視されていていや
な感じだ。ステラは海さえ見てれば幸せな子だから、海岸においておいて、二人はドライ
ブを楽しみ、彼女を引き上げようと思ったら、海岸にいないのだ。
「あんの、バカァ」
 アウルが言う。バカは三人の間でのステラの代名詞だ。しかし自分たち三人が、ファン
トムペインの中で特別な人間であることは知っている。ドクターやメカニックたちは仲間
ではないのだ。ロドニアの研究所から一緒の三人だけが、能力と記憶を共有できる間柄な
のだから。
 車を走らせるスティングは、三人の兄貴分として、ステラにもしものことがあったらネ
オはどう思うだろうと考えると、体が震える。ネオは彼らの親代わりだが、上官でもある。
「あいつ、間違って海にドボンとか……」
「黙ってろ!」
 ネオの命令に従って行動して、成果を挙げて褒められることが、彼らの幸福なのだ。そ
の仲間のステラが、戦いでなくこんなところで、彼女が一番恐れている『死』を迎えたな
ぞ、考えたくもない。
 ステラは生きている。
 そのとき、すれ違った軍用車両から声がした。ステラの声だ。スティングはあわてて車
を止めた。相手もステラの声に反応したようで、停車した。
下りてきたのはミニスカートの赤服のザフト兵と、毛布にくるまったステラを抱くように
している少年だった。
「スティング! アウル!」
 まろびながら、ステラが駆け寄ってくる。抱きとめてやりながら、「どうしたんだよ、
一体」と訊いた。答えたのは平服の赤い目――つまりコーディネーター――の少年だった。
「海に落ちたんです。彼女、泳げないみたいで、溺れかけてて、なんとか助けました。で
もファーストネーム以外わからなくて、困ってたんです」
 この少年はザフトの広報テレビで見覚えがある。あの、インパルスのパイロットだ。
 だが、こちらのことは何も知らず、ただの事故にあった民間人として考えているようだ。
だったら、こちらも避暑に来た観光客で通すまでだ。
「そうですか。それは御迷惑をおかけしました。本当にありがとうございます」
 スティングがどこか冷ややかな口調で言ったとき、もう一台の車がやってきて、急停車
した。ツーシーターの紺色のカブリオレ、ネオの車だ。
 長身の彼が車から降りてくるより早く、ステラが「ネオ!」と叫んで駆け寄った。
 シンはステラが一緒にいる人で一番最初に名前をあげた「ネオ」とは彼かと、感心して
見た。金髪碧眼の非常に整った容姿の青年だ。またプラント育ちは天然素材を見たことも
ないので服の素材のよしあしなぞわからないのがほとんどだが、地球で裕福に暮らしてい
たシンからは、この男が着ているポロシャツは海島綿でチノパンは番手の非常に細い糸で
光沢が出るように織られていること、そして足元のローファーはリザードであること、つ
まりこのネオという青年は非常に裕福な暮らしをしているのが見て取れた。
 一方のルナマリアは、新しく現れた青年が、映画俳優かモデルかという美青年なのにび
っくりしていた。地球の映画はプラント時代から見ていたし、地球に降りてきてからは、
こちらのファッション雑誌を買っては、皆でハイファッション雑誌の服の造形的な美しさ
とそれを着こなすモデルの美しさについて話をしている。そうしたらいきなり、雑誌のセ
レブ特集に出てきそうなハンサムが登場したのだ。特例を除いては、ナチュラルの容姿は
コーディネーターより劣ると思っていたルナマリアにとって、こんな田舎町でその特例に
遭遇しようとは思ってもみないことだった。
「うちのステラを助けていただいて、ありがとうございます。ザフトの皆さん」
「あ、あの、あなたはステラのお兄さんなんですか?」
 四人、誰をとっても似ていないので、シンは聞いてみた。
「彼ら三人は、前の戦争でいろいろあって、私が引き取りました。ネオ・リンデマンとい
います。今日は本当にありがとうございました」
「いえ、当然のことをしただけです、な、ステラ」
 ステラはにっこりと笑って「シン」と言った。
「ありがとうございました。家につれて帰ります。まだ体が濡れているようですし」
「そうですね。はやく風呂に入って、着替えたほうがいいと思います」
 スティングとアウルは、こいつはコーディネーターのエースパイロットなのに、なんで
こうも普通にいいひとみたいなんだと、苛立っていた。ユニウス7を落として、罪のない
ナチュラルを何億人も殺したくせに。
「シン、帰るわよ」
 ミニスカートの赤服が声をかける。
 ネオも声を掛けた。
「帰るぞ。ステラは私の車に乗るか?」
「うん!!」
 満面の笑みを浮かべて、ステラは言った。それでも、シンがザフトのジープに乗り込も
うとすると、「シン、行っちゃう?」と訊いた。
「うん。お互い、自分の居場所に帰らなくちゃ。でも、また会いたいな、ステラに」
「ステラも」
 なんかメロドラマっぽいのが不愉快で、ルナマリアは声を上げた。
「行くわよ、シン」
 車が動き始める。しかしシンは小さくなるステラを見ながら、「ステラ、また会えるよ、
ていうか、俺、会いに行くから」と叫びながら、もらった桜貝を握り締めていた。
 基地に戻りながらルナマリアは、あの青年、レイが大人になったらあんな感じだろうと
いう顔だったと思い当たった。淡いブロンド、地中海色の瞳まで同じだ。プラントでコー
ディネーターはナチュラルより優れているという教育を受けてきたルナマリアなので、コ
ーディネーターの中でも抜きん出た美貌と言われるレイとただのナチュラルが似ていると
いうのは、どうもおさまりが悪い。そのあたりプラントの教育は本末転倒で、ナチュラル
の美形の遺伝子を解析して、それに似せてデザインした容姿を持ったコーディネーターが
多く生まれたわけで、確率的には少なくとも、ナチュラルにコーディネーター以上の美形
がいるのは当たり前のことであった。

 

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