クルーゼ生存_第34話

Last-modified: 2013-12-22 (日) 02:35:29

 シンとルナマリアは、久々に夕食を一緒にとっていた。といってもミネルバの食堂だか
ら、ざわついたところだが。
 地球に来てから、食糧事情がいいので、主計官も腕のふるいがいがあるらしく、美味し
い料理が続いている。今日は黒海の魚をローズマリー風味でグリルしたものがメインだ。
シンはいま、ぐんぐん背が伸びているように思っていた。ただ同室のレイも同様なので、
ルナマリアとの身長差が広がっていくのが実感できて嬉しい。
 だが先日の戦闘でディオキアの街に37人の死者がでたと聞いて以来、シンの気持ちは
はっきりと下がっていた。街にとってこの基地は、今日の食事に代表されるように、いろ
んな意味でのお得意様だから、表向きは友好関係が続くだろう。だがディオキアには、ザ
フトはいざというときに民間人を守れない軍隊だと思った人が生まれたのだ。それを思う
とやりきれない気分になる。
 問題はそれだけではない。
「で、メイリンの具合はどうなんだ?」
「抑うつ状態。私は家族だから一日十分面会できるけど、上官や同僚は禁止。私が彼女の
部屋にいる間、ずっと医師がついてるし。当然鋏とかとがったものは禁止。ヘアブラシも
持たせちゃだめだっていうから、私が行って、髪を梳いてるの」
 あのおしゃれなメイリンがお転婆の姉に髪を梳いてもらってるなんて、シンには想像も
できなかった。
「そんなに大変なんだ」
「うん。先生が言うには、流産のショックが大きいみたい。第二世代コーディネーターで
流産した女性がうつになる確率は、第一世代コーディネーターの5倍なんだって」
「――俺たち、そんなに弱いんだ」
「妊娠できる相手との子供を流産したら、それはやっぱり辛いと思うのよね」
 さすがにルナマリアも沈痛な面持ちで言う。
「だからメイリンは、プラントに帰れる状態になったらプラントの実家に帰すのがいいだ
ろうって、退役して」
 この戦時下で病気退役を医者が勧めるのだから、それに従うのがメイリンのためだろう。
「新しいオペレーターも来たしな。メイリンは御両親のところでゆっくり体と心の傷を癒
してほしいな」
 あのアカデミー時代から聞きなれた可愛らしい声が聞けなくなるのは残念だったが、前
線には十全に戦える人材だけが必要なのだ。
「そういえば、ルナ、メイリンの代わりにその、子供の遺伝子分析に了承のサインをした
んだっけ」
「メイリンが望んでいるかどうかはわからないけど、わたしたち第二世代全体の問題だか
ら。ただ結果はメイリンにも私にも伝えられない。メイリンが回復して、知ることを担当
医が許したときだけ、わかることよ」
「そっか。おとといイザークの遺品がプラントに返されたけど、結婚してるわけでも事実
婚の届出を出してるわけでもないから、メイリン、なにももらえないんだよな」
 妹のちぎれた手と落とした携帯電話以外の家族の遺品は、一切まとめて家ごと売ってし
まったシンだ。家に帰って両親の形見になるものを持って来るべきだったのだろうが、あ
のときは家族四人で幸せに暮らしていた家に一分でも戻るのが怖ろしくてならなかったの
だ。
 イザークの遺品は、刑務所に入っている母親の元に行く。彼女の独房が、息子の遺品を
収納できる大きさかその自由があるかすら、シンは知らないし知りたいとも思わなかった。
 二人は魚を食べ終え、デザートのカッテージチーズを使ったチーズケーキに移っていた。
「あ、美味しい」
「うん、地球の食べ物はやっぱり美味しい」
 横に座ったルナマリアが、少し睨むような目で見る。
「シンは、プラントより地球が好きなの?」
「オーブは大嫌いだ。連合も嫌いだし、あ、プラントに友好的な国は好きだ」
「ホント、現金なんだから」
 笑いながら彼女は少しシンのほうに腰をずらした。ひっつきそうになって、シンはどぎ
まぎする。
「いいだろ。前線の兵士ってのは、食べて戦って」
「女と寝る?でしょ」
 よく寝るのが仕事だと言おうとしたシンのあとを、ルナマリアが奪った。確かにそうい
うのは伝統的にあるし、コーディネーター第二世代は相性が合わないと子供ができないの
で、逆に子供ができない男女同士ならフリーセックスをするグループもある。だがアカデ
ミーのときから、そういう連中とは一線を画してきたのがミネルバに配属になった六人組
だったのに。
 シンはルナマリアの青い瞳をじっと見詰めた。やっぱりいい友人だ。
「メイリンに先に体験されたからって、自分を安売りするなよ。メイリンは、俺にはわか
んないけど、あのイザークが好きだったみたいだし。ルナと俺は、友達だろ」
 女性に恥をかかせたかもと思いながら、シンは席を立った。
 今日は少々気にかかることがあって、そのせいで彼女にきつく当たってしまったのかも
しれない。
 思うところあって、今日、アレッシィ隊長に面会を申し込んだ。忙しそうに基地とミネ
ルバを往復している隊長だが、簡単に時間をとってくれた。隊長室でのやり取りを思い出す。
「隊長にお願いがあってまいりました。過日アーモリーワンで、セカンドシリーズのモビ
ルスーツ三機が連合軍に強奪されたおりの、ハンガーの警備記録映像をぜひ見せていただ
きたいと思います。なにとぞ御配慮お願いします」
 こう頼んだのだ。アーモリーワンでミネルバに乗り込む直前、金髪の少女とぶつかった。
そして先日ディオキアで休暇をもらった時、ステラと出会った。ステラは宇宙を知ってい
るようだった。アーモリーワンは知らないといっていたが、彼女の知性には少々問題があ
るみたいだったし、シンが掴んだ胸乳の感触があの時の少女とステラ、同じだったのだ。
確かに女性の胸を掴んだ経験はその二回しかない。しかしその二回が同じ感触で、金髪の
少女というだけで、疑う理由にはなった。
 あのハンガーのパトロールヴィデオは極秘事項であり、一兵士のシンが閲覧できるもの
ではない。フェイスのアレッシィ隊長は見る権限があるだろうし、頼めばもしかして見せ
てもらえるかもと思って、願いこんだのだ。
 当然理由を聞かれたので、シンは休暇中のステラとの出会いまで、くどくどしいほど説
明した。話を冷静に聞いていた隊長だが、ステラを引き取りに来た金髪の青年の話をした
ところあたりで、なにやら興味を覚えたように思われた。
「わかった、いいだろう。夕方の、君がオフに入る時間までには問題の映像を見られるよ
うに手続きしておく。有効期限は、ディオキア時間の24時まで」
「ありがとうございます!」
「あと、これはこちらからの命令なのだが、明後日から三日間、君とレイ・ザ・バレルに
ユーラシア軍のニュルンベルグ基地に出張してもらいたい。まあ、休暇と思ってくれてか
まわん」
「は? ユーラシア軍の基地に、休暇、ですか??」
 シンは驚きに目を丸くして聞きなおしてしまった。
「西ユーラシア軍とは実質的に協力関係にある。君達を受け入れる基地にも、ザフトの兵
士が常駐している、ということだ」
「あ、はい」
 先日議長が地球に来た折、ユーラシアの首脳と会談を持ったであろうことはシンにして
もわかる。そのときになにか、好きな言葉ではないが裏取引があったということを隊長は
ほのめかしているのだとろうか。
 とにかく考えるのはあとにして、シンは隊長室を出た。
 夕食から帰ると隊長からメールが入っていて、問題の映像を見るためのパスワードが添
えられていた。シンはこわごわパスワードを打ち込むと、アーモリーワンでのカオス、ア
ビス、ガイア強奪事件の起こったハンガーの固定カメラがディスプレイ上に映し出され始
めた。
 シンは画面を最大に拡大した。固定カメラなので、侵入者の動きにあわせてズームや移
動はしない作りだ。侵入して来たのは三人の若い男女。女性は白いドレスに金髪だ。シン
の胸が高まった。そして後の二人の風体も、先日ステラを引き渡した少年達と似て見えた。
先入観でものを見てはいけないと己に言い聞かせ、続きを見守る。彼らの銃やナイフで倒
されていくザフトの兵士たち。アカデミーで白兵戦が得意だったシンの目から見ても、コ
ーディネーターに混じって一段抜けている。隊長が言っていた『連合のエクステンディッ
ド』とは、こういう意味か。ナチュラルの骨格や筋肉を薬で強化された存在だと聞いたが、
これほどまでの動きをするとは知らなかった。そして金髪に白いドレスの少女がガイアに
飛び乗る。シンはドットが乱れてただの点になるくらい拡大した。少女の目は、菫色に思
われた。
(……ステ…ラ?)
 なんど否定しようと思っても、あのナイフを持ってザフト兵の首を切り裂いてガイアを
強奪したのは、ステラだ。あのドレス、体型、髪の毛、瞳の色、そして顔立ち。ステラが
連合の人間、それもエクステンディッドだなんて。
 あの可愛くて、もう十分成熟している体なのに精神的には子供で、海が好きで、死ぬの
が怖いステラ。彼女がガイアのパイロット? しかしそれならどうしてディオキア基地の
攻防戦で、二人の思い出の洞窟を兵器で破壊できたのだろう。
 自分よりステラのほうが兵士としてプロだからだ、そう思いいたって、シンは目が潤ん
でいるのに気付いた。ステラの年齢で戦いに出るのは珍しいことではない。でも、彼は平
和に優しく微笑んでいるステラが好きで、怖ろしいことから守ったあげたいと思うのだ。
家族を失って以来、戦争で民間人を犠牲にしてはいけないと思ってこれまでやってきたが、
彼が幸せを祈ったガルナハンの街の人々は攻め滅ぼされ、具体的に守りたいと渇望した少
女は、どう見ても敵の兵士だった。
 シンは有効期限がくる24時まで、飽かずその映像を繰り返し見て、涙を流した。

 

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