クルーゼ生存_第36話

Last-modified: 2013-12-22 (日) 02:37:20

 アスラン・ザラ少尉はアポイントメントを取っておいた時間きっかりに、ネオ・ノアロ
ーク大佐の部屋をノックした。
「アスラン・ザラ少尉です。入室の許可をお願いします」
 以前より音は高くなったが、ぴりっと引き締まった声だった。
「入りたまえ」
 落ち着いた声に答えて、ドアが開いた。入室して大佐の前で敬礼する。規律を守ること
に喜びを感じるようになった。軍人とは本来、そういうものでなければ、国を、国民を守
れない。階級のない適当なザフトにいた時代は、遠い昔のように思われた。
「君からの上申書は読んだ」
 こう話す上官は、淡い金髪といい、声音といい、ザフトのころの上官を髣髴とさせるも
のがある。ただこうして素顔で、汚らわしいコーディネーターの自分を部下として認めて
くれるノアローク大佐は、立派な『軍人』だと思う。ラウ・ル・クルーゼ隊長は、彼の父
親のパトリック・ザラと親しかったために、政治的な思惑でアスランを贔屓したのだ。
「ありがとうございます」
 叩き殺されてもかまわないつもりで書いた上申書だった。冷静でハンサムな上司がどう
評価したのか気にはなるが、とにかく口をぎゅっと結んだ。
「君の、アシーネイージスとヴァーチャー少尉のウィンダムについて、OSのヴァージョン
アップなりなんらかの手段で、戦闘力を高めてほしいという要望はよくわかった」
 アスランは目礼で答えた。
「エルドリッジ少佐からも同様の意見が出ていて、方向性を考えていたところだ。」
 少佐の指揮下、まだアゴストも元気に生きていて、必死にパナマ攻略戦に参加した日の
ことが思い出される。彼女は自分たちを見ていてくれたのだ。汚れた遺伝子を持つコーデ
ィネーターであっても、部下として。
「OSのヴァージョンアップは可能だ。鹵獲したザフト機から入手したデータがある。それ
を君達の機体用にカスタマイズする。あと、先日の戦いで君達の反応速度が機体性能を上
回ることがたびたびあった。OSだけでは心もとない。いったん本国に戻らなければならな
いが、部品にマグネットコーティングをかける技術が開発された。ただしまだ、部品にコ
ーティングをかけて動きがよくなったという段階だ。モビルスーツ一機の部品すべてにか
けたとして、理論値では6%機動性が増すということだ」
「大佐、もし自分に選択権が1%でもあるようでしたら、自分は是非にとお願いいたしま
す」
「よろしい。君の意見は理解した。あとは技術部と相談して決める」
「了解しました、サー」
 心を込めた敬礼をして、アスランは大佐の部屋から下がった。
 部屋に戻って、深呼吸する。大佐や少佐が自分たちのことをここまで考えてくれている
とは、思わなかった。所帯の小さなファントムペインにとって、パイロットは一騎当千で
あるべきであり、そのための訓練や装備には資金をかけることは厭わないとは、入隊前か
ら聞いていた。そして本拠地のエリア81も、最新設備が揃った基地だった。
 指揮官として駒と武器は出来るだけ大切にする、という姿勢なのだろう。自分は前大戦
での実戦経験を認められて連合軍のコーディネーター用に作られていた機体を受領するこ
とができた。以前の愛機の発展形であるアシーネイージスはいい機体だし、使いやすい。
しかしザフトの最新モビルスーツに乗ったトップガンたちを打ち落とすには、機体性能が
足りない。ザフトはこれからも、最新鋭のモビルスーツを投入してくるだろう。工場、を
国の名前にしただけあって、重工業は一番の得意分野だし、技術的にぎりぎりのモビルス
ーツを設計したとしても、それを可能にする冶金技術、製造技術、さらにその性能を十全
に発揮できるパイロットもいるのだから。

 
 

 こうして一人で部屋にいると、死んだアゴストのことが思い出される。彼は入隊時に、
戦死時は私物はすべて処分してほしい旨の誓約書を書いていたので――これはアスランも
同じくだ――部屋にはなにものこってないし、処分場へ送られる遺品を、タニスが悲しそ
うに見送っていた。仲がよかったし、思い出のよすがに、本音は何かほしかったのだろう。
でもそんなことはおくびにもださない彼女は、尊敬できる。アスランはここに来て、『尊
敬するに足るコーディネーター』に初めて出会った。
 彼の父親のパトリック・ザラはプラント建設の功労者の一人だし、最終的にはプラント
議長も勤めた。父親がプラントの皆のためを考えて行動する政治家だというのは、子供の
ころのアスランの胸を熱くさせたものだ。しかし、プラントで教えられていたC.E.史は欺
瞞に満ちていた。父は反コーディネーターのテロにあって、息子の安全を願い、中立都市
の月面コペルニクスに留学させた。しかしコペルニクスの幼年学校では、父親の命令で、
現代史を選択することは許されなかった。ナチュラルの偏見に影響を受けてはいけない、
と。AD史とBC史を選択して、人類の歴史を学んだ彼だったが、歴史の中からひとつ学んだ
ことがある。
 自分がテロの脅威に晒されているからといって、子供を国外に逃す政治家は小物である、
ということだ。第二次世界大戦中、王位継承者の王女たちをカナダに疎開させてはという
側近の声を、英国の王と王妃は聞き入れなかった。王位継承者は危険があっても国から逃
げることは許されない、という理由で。もちろんただの政治家と王族が違うのはわかって
いる。ただ、気高い気持ちをもてるかどうかの問題だと思った。
 プラントのザフトアカデミーで初めて現代史を学んだアスランは、コーディネーターが
こんなにもナチュラルに虐げられてきたのかと知って、涙した。
 そして訓練を終え実戦配備、いろいろあったものの、幼馴染のキラや元婚約者のラクス、
まぶしいナチュラルのカガリと協力して、犯罪行為は犯したが、地球を焼くという最悪の
事態は避けることが出来た。
 戦争後オーブに亡命、カガリが手を尽くしてくれたが、アークエンジェルの士官たちは
本国送還ののち軍事裁判で処刑された。プラント人のラクスやアスランは、ラクスがすべ
ての責任を負うといい、また不穏分子を追い出したい独立したばかりのプラント政府の意
向もあって、ラクスが莫大な賠償金を負う以外は全員がプラント入国禁止となっただけだ
った。
 オーブで初めてナチュラルの目から見た現代史や、できるだけ中立であろういうスタン
スで書かれた現代史を読んで、アスランは仰天した。
 父親のパトリックが生まれたC.E.22年には、コーディネーター技術は違法であった。
 これはプラントの現代史の教科書には書かれていない。C.E.55年にトリノ議定書が発効
されるまで、ジョージ・グレンの遺伝子公開以来、地球でのコーディネイトは合法だと習
っていた。祖父母の話をしたことがない父親、ザラという珍しい苗字。大西洋連邦の出身
だとしか知らなかった。あぶないデータベースまで入り込んでわかったことだが、いわゆ
る裏社会の家系だったようだ。調べてみると、違法時代に生まれたコーディネーターの三
分の一はアンダーグラウンドにルーツがある。祖父母の話を聴いたことがないのも、父親
が高貴な精神的素質を持っていなかったのにも得心が行った。
 そして一番辛かったのは、プラントはユニウス条約締結まで、自治を許された『植民地』
にすぎず、プラント理事国の人間からは、宇宙で働く猿とまで言われていたということ。
そのくせプラント議会では『対ナチュラル強硬派』『ナチュラルとの融和派』が対立して
いたのだから、しょせん宇宙の田舎者、プライドの高いバカな少数民族でしかなかったと
いうのに、それに気付かず自分たちは地球と対等だと思い込んで。
 ザフトのアカデミーでは、コーディネーターはナチュラルより優れた人種だと教えられ
たし、プラント政府は『自治』の単語をできるだけ抜かしていた。
 あの戦争、結果としては独立戦争だったわけだが、兵士のどれだけがそう認識していた
か。自治政府をえただけで、一国になったように思いこんでいたプラント人は多いだろう。
そして地球にも勝てると錯覚した、彼の父のように。
 地球に来ていろんなことを知って、アスランはプラントが嫌いになり、そのぶん自分と
交流を持ってくれるナチュラルが好きになった。
 優れた子供を持てば得になると考えられて生まれたが、実は穢れた遺伝子に他ならない
初期のコーディネーターたち。そのあとに生まれた者にしても、親のエゴで遺伝子をいじ
られるとは、人権無視もはなはだしいではないか。だからタニスがコーディネイトされた
金髪碧眼を嫌って髪を染め、カラーコンタクトレンズをつけているという気持ちはよくわ
かる。アスランも藍色の髪をさっぱりスキンヘッドにした。
 そういう歪んだ存在を生むから、コーディネーターは不要なのだ。彼らの宇宙の工場が
なくても地球のナチュラルは生きていける。コーディネーターがナチュラルの人口を減ら
すという暴挙があった。戦争がなければ、地球ではナチュラルによるスローライフが可能
なのだ。しかしプラントのコーディネーターには地球からの食料が不可欠だ。親プラント
国家にしろ、ユニウス7落下の影響で自国の食糧生産が悪くなれば、プラントへの輸出を
控えるだろう。
 戦争であの砂時計ごと一掃されるか、砂時計の中で飢え死にするか、コーディネーター
の運命は二つに一つしかないのだ。
 最後のコーディネーターとなった自分が殺される時のことを考えると、アスランは甘い
陶酔を感じずにはいられなかった。

 

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