クルーゼ生存_第49話

Last-modified: 2013-12-22 (日) 02:57:40

「次はオーブ戦!」
 ジブラルタル基地を話が駆け巡った。オーブが故郷のシンにしてみれば複雑な気分だっ
たが、カーペンタリアの戦力と宇宙からの降下部隊で制圧できるだろう。ロード・ジブ
リールは法的には大西洋連邦の一市民なので、彼を守るために多数の戦力を出すというの
もおかしな話になる。外交交渉で素直にオーブがジブリールを差し出せば、戦争にすらな
らない。ただし、自国を頼って逃げ延びてきた有力者でオーブの裏側も知ってそうな男だ
し、オーブの国際社会での面子もあるから、一戦交えずにジブリールを渡すことはないだ
ろう。
 そういったことをレクルームでレイから講釈を受けたが、シンは国の面子を保つために
戦うという考え方がいやだった。だって軍人も、巻き込まれて民間人も死ぬのだ。政治家
は死者の数が少なくてよかったといっていればいいが、家族の悲しみはどこへ行けばいい。
 同じことを考えている青年たちは、オーブにもいた。オーブの民主化運動を進める青年
たちだ。
 ジャーナリスト志望のミリアリア・ハウが一枚の写真をテーブルに出した。
 銀髪の風変わりな禁欲的な服を着た青年が猫を抱いて、車に乗り込む写真だ。
「あたしにだってこれが撮れたんだから、プロのザフト諜報部はもっと確実な証拠を押さ
えてるはずよ」
 仲間が増えたが、代表であり続けるサイ・アーガイルが穏やかに言う。
「オーブでの戦いは避けられない。政府は何より面子が大事だ。連合との同盟を守るため
に何人死んだか。それで結局ザフトに攻められる。政府は民衆の意思を完全に無視してい
る」
「確かに。国民は盾となって死ね。ブルーコスモスの盟主は守りますって?」
「取引材料にするんじゃないか、あのお姫様でも」
「結局あのお姫様がこの国一の権力者っていうのが間違いなのよ。彼女は為政者となるべ
き教育も受けずに、世襲で権力を継承した。忌むべき存在だわ」
 いちおう言論の自由が守られていて、不敬罪がないというのはオーブの取柄といえるだ
ろう。とはいえ、スカンジナビア王国は完全な立憲君主制で、王は国の元首であり誇り高
きバイキングの血を引く象徴であるのだが。
「われわれにできることは?」
「反戦デモ、政庁前の座り込み、署名運動だな。僕たちに武力はない。しかし人の心はモ
ビルスーツより強い。それを誰かが示さなければ、この乱れた世の中の戦いの連鎖は止ま
らない」
 そのためのオーブ青年共和主義連盟だと、皆が言った。
 彼らの理想主義的な言葉は置くとして、オーブの民は戦争に飽いていた。二年前にオー
ブの財産を、それを作り上げた人たちが一緒に連れて自爆してしまった。だからといって、
敵に攻められなかったわけではない。結局そのときの敵と同盟を結んでその力で復興して、
やっと地中海出兵で借りを返した気分なのだ。ヘヴンズベースの戦いはザフトの勝利でこ
のまま戦場は宇宙へ移り、宇宙軍を持たぬオーブは高みの見物と一般庶民は思っていた。
 しかしここに、吼える姫君がいる。
「ぬわんだとぉーーーーーーー!!!! ロード・ジブリールがセイラン家の保護下にはいっ
たぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「父上が失敗したんだよ。信頼してた二重スパイが実は三重スパイだったんだ。彼にはか
なりの仕事を任せていたから、潜水艦の一隻くらい入港させられたんだよ」
「その、二重スパイとか、三重スパイとか、暑っ苦しい言葉は使うな。結局、ウナトは裏
切られたんだな」
 金色の瞳を燃え上がらせてカガリが言う。ああ、こういう女豹のように野生的な奥さん
が好きだなあと思うユウナだったが、そういう状況ではない。
「そう。セイランの屋敷じゃ両親が人質状態」
「お義母様も・・・・・・」
「二人とも政治の道をこれだけ長く生きてきたから、覚悟はしてると思うけどね」
 ひょろりとユウナは言う。カガリにとってはウナト夫婦はためになるアドバイスをたく
さんしてくれるが、理想の嫁にはなれないという関係で、義両親を慕っているのだ。
「ユウナ、お前って奴は」
 首を締め上げながら
「うちの両親とロード・ジブリール、プラントには後者にだけ用がある。高く売れるよ」
「親不孝者、連合が攻めてきたらどうする、また同盟だからって、あんな差別主義者のた
めにオーブ人が命を落とすのか!?」
「く・・・くるしいから、カガリ。でも、セイランの屋敷が乗っ取られていてブルーコスモ
スと連合のパイプが太いのは事実だから」
「私があの議長に、武器を使わせることになるというのか?」
 プラントをおとなったとき、『このコロニーで作られる兵器でたくさん人を殺すんだろ
う』と今にして思えば不躾な発言をしてしまった。そして現状では、カーペンタリア基地
にザフトの地球勢力は集まりつつある。コーディネーターの国プラントにとって、コーデ
ィネーター排斥をとなえ、実際にユニウス7というコロニーひとつ破壊したブルーコスモ
スは実際の力以上に脅威であろう。旧世界とともに滅びた宗教にも似て、人々を熱狂させ
るものだから。
「で、プラントから申し入れがあった場合のオーブの返答は?」
「一回目は知らぬ存ぜず、二回目でロード・ジブリールの滞在を認めてオーブも困ってい
ると匂わせて、ザフトの特殊部隊がセイラン邸に突入」
「そこまでうちとプラントは仲がよくない!」
「ジブリールを守るための戦争を言うのは、ひどくねじれていて嫌なんだけど、同盟関係
にある以上、ワシントン次第だね」
「オーブは独立国なのに自分の意思で罪人の一人も上げられないのか?」
「二年前に瓦礫の山だったオーブに手を差し伸べてくれたのは大西洋連邦。プラントは人
材だけ吸収した」
 まあ、確かにそうだとカガリも思う。モルゲンレーテのコーディネーター科学者たちの
半分は移民してしまった。もともとオーブが移民の国である以上、不満があれば出て行く
人もいると頭では理解していても、精神的にカガリはオーブと同化しすぎていた。自分の
考えることが、オーブにとってよいと思い込みすぎていたきらいがある。

 
 

「オーブへ行くことになるなんて」
 ルナマリアがシンの顔色を伺いながら言う。
「宇宙に帰れると思ってたのになあ」
「オーブ戦より宇宙のほうが重要だよなあ」
 ヨウランとヴィーノが言い合う。
「ブルーコスモスの盟主、ロード・ジブリールが人々を先導してコーディネーター狩りや
コーディネーターを殲滅するまで戦争を続ける方向に世論を持っていくのが、危ないっ
て」
 シンの言葉にみんなびっくりした。
「あ、レイの受け売り」
 スタンバイに入っているレイのいうことなら信用できる。ヘブンズベースの勝利でヨー
ロッパからオーストラリアにかけてはザフトの制空権になった。行きに海を戦いながら進
んだ道を空をひとっ飛びして帰るというのは気持ちがいい。
 シンは気持ちは決めていた。
 オーブが二度目の過ちを犯すなら、配慮せずに戦うと。
 宇宙に帰ったデュランダル議長から、オーブに対し、オーブ軍港に入港する連合軍の潜
水艦、そこから下りてセイラン家の紋章の入った車に乗り込むロード・ジブリールの動画
が流された。
『“ロゴス”のメンバーによると、オーブに入国したブルーコスモスの盟主ロード・ジブ
リールはコーディネーターを全滅させるためなら、核ミサイルでもなんでも使う人物だと
のこと。もともと環境保護団体のブルーコスモスが地上で核兵器を使うとは、私にはにわ
かに信じられませんが、狂信者にはそうした一面もあるのでしょう。私はヘヴンズベース
戦の勝者の代表として、オーブ連邦首長国にロード・ジブリールの引渡しを要求するもの
であります。もちろん、プラントの名誉にかけて人道的な扱いは保障します』
 相変わらずきれいごとをとカガリは思う。でも綺麗事が通る世の中のほうがいいのでは
ないか? 国防本部の前に民主化運動の連中のデモ隊が出ている。「ロード・ジブリール
を引き渡し、平和なオーブを作るために民主化を」。あの反政府主義者たち。若者ならば
軍へ行って祖国を守ろうと思わないのか。思想かぶれして、カガリやユウナをオーブの欠
点のように主張する。確かにまだ未熟だ。でも一生懸命やっているし、まだ国は戦渦に巻
き込まれていない。でもユウナに言わせると、民主主義では未熟な支配者は許されないそ
うだ。成長を見守らず、結果のみを求める。カガリに言わせれば、浅ましい考えだ。孤児
院ひとつ私費で運営していないものに、国民の幸せの何がわかるというのだ。
 ただ今現在カガリとユウナがおかれているのはとても苦しい立場で、ザフトの出方によ
っては国を失う可能性すらある。
 ユウナの言っていた、一回目のブラフをかますべきだろうか? コーディネーターの居
住を認める国家を、プラントも大事にしたいだろうとカガリは思った。ただし彼女は気づ
いていなかったが、いまや大西洋連合以外の国は、コーディネーターにナチュラルと同じ
市民権を与えるようになり、『隠れコーディネーター』がカミングアウトしている状況な
のだ。コーディネーターの居場所がプラント、月の自由都市、オーブしかない時代はもう
終わったのだ。
 カガリはキサカや側近のものと協議して――ユウナは全権をカガリに預けて実家との対
応に当たっていた――ロード・ジブリールはオーブにいないという返答を出すことにした。
オーブで要人を人質にとって立てこもり中という案もあったが、ザフトが特殊部隊を送り
込んできたら、オーブの主権が損なわれるので非とされた。オーブ全土は臨戦態勢に入り、
民間人は防空壕に退避命令が出た。
 カガリはぱりっと首長服を着て苦手だがメイク係にベージュに金のハイライトをいれた
化粧をされた。こうすると自分の顔が少女っぽくない。大人の政治家の顔だ。ここまで含
めて政治なんだと、カガリは悟り、メイク係をねぎらった。
 テレビカメラの前、用意された原稿が彼女の目の前を大きな文字で通り過ぎるテストと、
ライトでなくカメラを見据える練習を10分ほどしてから、カガリの政治家としての世界
デビューが始まった。
『私はオーブ連邦首長国代表、カガリ・ユラ・アスハ。このたびのプラント、ギルバー
ト・デュランダル最高評議会議長による、わが国への仮想捕虜引渡しは、当のロード・ジブ
リールが存在しないことから無理であると返答差し上げるほかはない。繰り返す。ロー
ド・ジブリールはオーブ領内に存在しない。デュランダル議長が流した映像は合成映像と
判断した。なぜならわが国に連合の潜水艦は一艘も存在しないからである。オーブ代表と
しての公式コメントはこれで終わる』

 
 

 その一時間後には。
「ザフト艦隊領海内に進入!」
「主力はオノゴロ島へ向かっています」
「なんだと、返答もなしか」
 カガリは驚きに言葉を失った。あの柔和を装うのが好きそうな議長は一度は返答を返し
てきて、そこから本音の交渉と思っていたのだが、一気に王手をかけてきた。
「ザフトモビルスーツ隊、目標は政庁と軍本部、セイラン家と思われます」
「あ・・・ああ・・・・・・」
 キサカが代理に命令を出した。
「全軍戦闘配備、ザフトからオーブを守れ!――カガリ、お前はこちらに」
「私は逃げない」
「逃げるのではない、オーブの新たな力をお前に、ウズミ様から」
 最後は小声でキサカが言った。
「お父さま・・・・・・が?」
 とにかくカガリはキサカについて、軍本部の地下に連れて行かれた。カガリも知らない
ほど深いところへ。そこにはすこほこりのかぶった板が張られていた。
「『この扉が開けられぬことを祈る ウズミ・ナラ・アスハ』って、お父さま!」
「これがウズミ様からの遺言、受け取る勇気がお前にはあるか」
「あたりまえだ。お父さまが私に悪いものを託されるはずがない」
 巨大なドアが開いた。キサカがバッテリーを上げると、そこにはなんと、黄金に輝くモ
ビルスーツが・・・・・・。
「暁という。ウズミ様はこの扉が開かぬことを祈ってらしたが、カガリが開いた以上、使
うも使わぬも、お前の自由だ」
「お・・・お父さ・・・ま」
 カガリの頬を滂沱たる涙が流れる。あれだけ我儘した馬鹿娘にこんなたいそうな贈り物
などして、だからこそ、この暁の力を引き出してオーブの独立を守らねば。
「乗るか、カガリ」
「いや、キラ・ヤマトを連れてくるように。私が知る限りもっとも腕の立つパイロットで、
オーブ人だ」

 
 

「どうしたの、カガリ、避難シェルターからいきなり呼び出して」
 キラ・ヤマトは入ってくるなりわがままな姉に文句をいい、彼女の目線が自分に向かな
いので、その視線を追った。
 モビルスーツのハンガーに似ていると思ったが、本当にそうだったとは。金色に輝く機
体はどうみてもワンオフ機だ。カガリとモルゲンレーテがひそかに開発したとでも言うの
だろうか?
「この、モビルスーツ」
「・・・・・・暁、という。お父さまがオーブの守護神として作られた機体だ」
「ウズミさんが――」
 オーブを愛し、娘を愛し、しかし何より誇りに命をかけた人だった。尊敬していた。し
かしこのごろ少し見方が変わった。二年前のオーブ戦はこの人のエゴだったんじゃないか
と思ってしまう。共鳴しているわけではないが、サイやミリアリアのいう『国を私物化す
ること』をやってしまった人だと。
「キラ、乗ってくれるな」
 カガリが起き上がりキラの手を握り締めた。結婚指輪がはめられた小さな白い手。オー
ブ元首でもある彼女が戦場に出るなんて、あってはならない。
「ま、待って、カガリ。じゃ、このモビルスーツのパイロットとして僕を呼んだの?」
「お前しかこの暁にふさわしいパイロットはいない!」
「OSはGUNDAMシリーズ、コーディネーター用はここにある」
 キサカ一佐がディスクを掲げた。
「そんな、そんな・・・・・・勝手なこと、言われたって・・・・・・」
 今度はキラが膝を突いた。
「僕は、僕は・・・・・・」
「お前は私が知っている最強のパイロットだ」
 カガリは弟の肩を抱いた。
「ちがう、僕は、ただの学生で、いま、休学中で、ニートみたいなもんだよ。モビルスー
ツに乗るのはもうやめたんだ」
「海に落とされて、死ぬ思いをしたらもう戦えないか。腑抜けだな」
 キサカが言ったが、キラは反応しなかった。
「その通りです。僕は人を殺し殺される軍人の世界では生きていけない。二年前の悪夢は、
いまだに僕を苦しめる。軍人にも、モビルスーツパイロットにもなりたくなかった。あの
時は生きるために戦ったけど、もうごめんだ。僕の避難所が爆撃を受けるなら僕はみんな
と一緒に焼け死ぬよ」
 カガリはびっくりしていた。彼女の頼みには首を縦に振ると思っていたのに、オーブを
守るためにも戦いたくないいうなんて。
「それなら私が乗る」
 止められるのを期待した言葉だった。
「やめたほうがいい。オーブ軍で一番のエースパイロットを乗せるんだ。暁が一番力を発
揮できるし、ウズミさんも才能だけの僕なんかより、才能の上に努力を重ねている、規律
正しい軍人に乗ってほしいと思っているだろう」
「バカーーーーーーーーー!!!!」
 カガリはキラに鉄拳を食らわすと、キサカに命じた。
「オーブ軍一のパイロットを連れて来い!」
「なら、ここにいる」
「キサカ!?」
「実戦経験は少ないが、シミュレーションではオーブ軍トップだ。いま前線に出ているパ
イロットを呼び戻すわけにはいかんからな」
「では、カガリ・ユラ・アスハが命じる。オーブを守れ!」
「はっ」
 暁に乗り込むキサカ一佐を、キラはぼおっと見送った。
 この暁の建造費はムラサメ20機分だ。それだけの働きをしないとコストパフォーマン
スが悪いことになる。ザフトのエースパイロットたちはヘヴンズベースでも見せたように
機体にかかった金の分は働いている。自分にそれができるか、屈強な軍人とはいえナチュ
ラルの自分に――キサカは己に問いかけた。
 発進シークエンスが始まり、キラは外に引きずり出された。
 暁の発進を見送ったあとキラが発したのは、
「避難所まで送ってくれるよね」
だった。

 

【前】 【戻る】 【次】