クルーゼ生存_第50話

Last-modified: 2013-12-22 (日) 02:58:49

 政庁、国防本部、セイラン邸の三つの攻撃目標攻略は順調に進んで行った。ザフト軍の
司令官は目的がジブリール捕獲である以上、モビルスーツや歩兵戦力をセイラン邸に集中
させた。それは正しい戦術であったが、すでにそこにジブリールはいなかった。予想外の
手、盲目の導師マルキオの手引きによって、邸から姿を消していたのだ。
「シャトルの用意ができております。月まで一週間、じっくりあなたと話し合いたいもの
ですね」
「・・・・・・SEED理論とやらで善男善女をたぶらかす宗教家か」
「宗教ではありません。理解を求めているのです」
 どうあれこの男にすがるしかない。ジブリールは口をつぐんだ。
 ハッチが次々に開放され、暁が黄金に輝く雄姿をオーブの空に見せた。
「キサカ一佐である。モビルスーツ隊は自分の指揮に入れ」
「「「「はい!」」」」
「「「了解であります」」」
 兵に慕われているキサカだけあって、士気があがった。
 ミネルバのモビルスーツデッキでも驚きの声が上がっていた。セカンドステージくらい
の動きをしていること、後信じられないが、あの装甲はビームを跳ね返すのだ。
「レイ・ザ・バレル、ルナマリア・ホーク、あの金色を落として来い。シン・アスカは
オーブが三の手を使ってくるときのために待機」
「隊長、俺、行きます。行かせてください」
「シン」
 ルナマリアだけでなくレイもシンの顔を覗き込んだ。
「生意気な言い方ですが、俺がザフトのエースパイロットと呼ばれるためには、このオー
ブ戦で戦って勝たなければならないと思うんです」
「それで自分の中でケリがつくのか?」
「はい!」
「いいだろう、ルナマリア・ホークと交代しろ」
 レイとシンは愛機に乗り込み、南国の空に駆けていった。
「あれか」
 シンは挨拶代わりにビームを打ち込んだ。それが反射して戻ってきて、やはりびっくり
する。
「わざわざ遊ぶな」
「遊んだんじゃない。自分で確かめたかったんだよ。なら」
 シンはアロンダイトを抜いた。
 そこにアレッシィから連絡が入る。
「あの金色のモビルスーツの装甲を調べたいので、爆散させずに陸地か浅瀬に落とせ。そ
のあとレイ・ザ・バレルは空を、シン・アスカは艦艇を掃討しろ」
「了解!」
 三人ともあの、ザフトのモビルスーツを何機も落としている金のモビルスーツの撃墜を
前提として会話している。あの装甲にしてもビームを使わなければいいだけ、パイロット
の腕はいいほうだが、戦場に何人もいるレベルだ。
 シン・アスカとデスティニーに目標と定められた時点で、あの金色のモビルスーツとパ
イロットの運命は決まっているのだ。
 避難命令を無視して政庁や軍本部の前で座り込みをしていた民主化運動の青年たちは、
突然の新型もビルスーツの出現に驚いたが、「あんなものを作る予算は下りてないぞ」
「政府、いやアスハの秘密主義は二年前から変わっちゃいない」と、応援されはしなかっ
た。暁に望みを託してくれそうな一般市民は、みな避難所の中で政府の広報テレビを見て
いた。
 まっしぐらに暁に向かうデスティニーを、レジェンドが援護する。暁の周囲の空間がぽ
っかり開くのに時間はかからなかった。
「うむ・・・ザフトの新型か」
 ヘヴンズベースであの巨大なデストロイを切り刻んでいった姿は、強烈に印象に残って
いる。いくら暁の装甲が普通でないとは言っても、実剣やレールガンに対する効力はスト
ライクあたりと代わりがないのだ。もうビームは使ってこないだろうデスティニー相手に、
キサカはビームサーベルを抜いた。これであの巨大な剣を落とす。それしか道はない。
 しかし。それこそ一閃だった。暁の右手首がビームサーベルごと海に落ちた。
「むう」
 オオワシからビームを浴びせるが、ことごとく避けられる。コーディネーターの最高レ
ベルのパイロットには、ビームを跳ね返すヤタノカガミすら不要だというように。
 シンは隊長の命令どおり金色のモビルスーツ浅瀬においやり――陸地にはまだ民間人が
残って移送で怖かった――両手両足を断ち切り、胴体ごと海に落とし、コクピットにレー
ルガンを打ち込んだ。
「シン、空のモビルスーツは俺に任せて、隊長の命令どおり艦艇を」
「了解した!」
 ウズミの希求を託したモビルスーツは新型のデスティニーとオーブ出身のコーディネー
ターの前に、一分と持たなかった。
 シンはアロンダイトでオーブの軍艦を切っていった。対艦刀、インパルスのエクスカ
リバーと相性の良かったシンのために作られた新しい刀、アロンダイト。艦橋を潰しては
次の艦に飛び移るデスティニーは、オーブ軍にとっては悪魔が空を飛んでいるようにしか
見えなかった。
 もう艦載機も尽きた空母にたどり着いたのは、さすがのシンも疲れを感じる時間だった。
さっさと白旗を揚げてジブリールを差し出せば、無駄な人殺しをしなくていいのに。
 タケミカヅチと書いてある空母のブリッジを破壊し、空中のレイと合流する。
「隊長から、マスドライバーを見に行くようにとの指示だ」
「宇宙へ逃げる気か!?」
「とにかく急ごう」
 そんな会話を交わしたとき、磁力を使って物を加速するごおおおおという音が響いた。
一台のシャトルがマスドライバーを進んでいく。あっという間に空中に飛び出し、さらに
加速する。
「ああ!!」
 隊長から通信が入った。
「インパルスを出した。あのシャトルを追撃する」
「俺たちも」
「君たちもできるだけ追ってくれ。あれを宇宙に放すと、プラントが滅ぶかもしれない」
 そう、相手はコーディネーター根絶主義者なのだ。プラントの市民は彼にとって処刑対
象でしかない。核動力を限界まで使って加速しながら、シャトルとルナマリアを追った。
三機の中で射撃が一番得意なのはインパルスだが、射撃が一番苦手なのはルナマリアなの
だ。高度上昇中のシャトルは起動計算さえすれば、オートの射撃でも当たる。
 ルナマリアは一発目を発射した。外れた。手動で撃っているのだ。
「オートに切り替えろ、ルナマリア!」
「えっ?」
 相当混乱している。
 シンとレイは自機に計算させてみたが、距離がほぼ絶望的だった。ただ撃たなければ相
手は秒速10キロを超えるスピードで飛んでいくのだ。
 結局彼らの努力は徒労に終わった。
 下を見るとオーブの政庁と軍本部に白旗が揚がっていたが、ザフトがほしいのはあの我
儘姫の打ちひしがれた顔などでなく、ロード・ジブリールだったというのに。
「まだ地球軌道を出るときに捕まえられる」
「あ、あたしが焦って撃ち損じたから・・・・・・」
「もう、終わったこといってもしょうがないだろ。これで地球での戦いは終わったんだ」
 三機はミネルバへ帰還した。

 
 

「あっ・・・うっうっ・・・・・・」
 キサカが死んでからというもの、カガリは何の命令も発することができなかった。子供
のころから影に日向に守ってくれた。キサカなら自分のために死んで当然だとも思った。
しかしあんなにあっさりと、元オーブ人の少年に殺されてしまった。
「カガリ、白旗を揚げたから戦争は終わった。どういうわけか、ロード・ジブリールはう
ちからマルキオ導師の手引きでアスハのシャトルを使って脱出した。オーブはただ損をし
ただけ。君と僕でどれだけ責任が取れるというか、国民が納得するか。とにかく政庁へ。
プラントの特使が来るはずだ」
 ユウナはカガリを医者に見せるように言いつけた。とにかく人前に『国家元首』として
出せる見た目にしなければ。
 戦争の原因がいなくなったので、町には避難所から出てきた人でいっぱいだった。
 カガリとユウナの車が通ると、ひそひそ言うもの、あからさまに顔を背けるもの、小石
を投げつけるものまでいた。そういう暴力的行為ややめようと、オーブ青年民主主義連合
が拡声器で声を出す。南国の平和な楽園オーブも、一皮向けばほかの国と同じだ。いやそ
んなことわかっていたはずなのに。この繁栄だってロゴスと取引しているモルゲンレーテ
の存在なしにはありえなかった。
 二人は政庁に入って、敗者としてプラントの特使とザフトの士官を迎えた。
 議長の署名の入った書状には『無条件降伏』の文字が躍っていた。
「む、無条件降伏ってそんな。そちらの目当てのロード・ジブリールはうちの屋敷を乗っ
取って、年老いた両親を脅していたんです。オーブはプラントに対し、ひとつも含むとこ
ろはない」
「ユウナ・ロマ・セイランはそうおっしゃいますが」
 特使は一枚の写真を渡した。
「アスハ家のシャトルに乗り込むジブリールです。現在衛星軌道上で追尾中ですが、地上
で捕まえられなかったのはあなた方の責任です」
「そ・・・そんなこと、わたしは知らない」
「知ってようがいまいが、かまいません。無条件降伏さえ飲んでいただければ」
「猶予は?」
「1分です」
 敗者とはここまで惨めなものなのかとカガリは思う。それなら即答だ。
「よろしい。カガリ・ユラ・アスハはオーブ連邦首長国の元首として、プラント共和国へ
の無条件降伏を受け入れる」
 カガリは涙をこらえて署名した。
 オーブの軍港にザフト兵が上陸してくる。オーブ国防軍の兵器はべて封印された。政庁
にもプラントの官僚が入ってきて、居場所のなくなったカガリにユウナが一枚の書類を渡
した。
「離婚届。これで責任が取れるとは思わないけど、僕の気持ち。君がサインして役所に出
すだけだから」
 そういって彼女の夫は去っていった。ジブリールをセイランがかくまった罪に巻き込ま
ないために、体力のないひょうろくだまだったが、子供のころから婚約者だったし、結婚
してからは新しい発見がいくつもあった。ただ、ふたりでがんばった宴の後が、無条件降
伏なのだ。
 カガリにはもうマーナしか残っていなかった。車を久しぶりにアスハの屋敷に向けさせ
る。車は群集にぼこぼこにされながら進んだ。
 アスハの屋敷にも、群衆は押しかけていた。
 使用人たちがおびえる中、ラクスが一人門の前に出た。
「わたくしはラクス・クラインと申します。カガリさんの居候です」
 周囲がざわつく。
「こないだの大戦でザフトを裏切ってうちの馬鹿姫と組んだ嬢ちゃんじゃねえか」
「プラント人はオーブから出て行け!」
 ラクスは気おされることもなく答えた。
「カガリさんはオーブの元首としてこの二年間、たくさんのことをなさりました。オーブ
のすべての島に慰問に回られ、戦争で二度と国土が荒れぬよう努力すると誓われました。
そのカガリさんの努力があって、ブレイク・ザ・ワールドからの戦いの渦にオーブ本土が
巻き込まれずに来たのです。人間、誰もが万能ではありません。今日、ザフトによりオー
ブは蹂躙されました。でもカガリさんを非難できる人間がこのオーブにいるでしょう
か?」
 ラクスは透明でよく響く声で語った。なかには彼女に説得されたものもいたが、ほとん
どは怒号を持って答えた。
「オーブの一納税者として、元首を非難するね。これは権利だ」
「あの姫様がわがままを言ってプラントまで出かけていったのに、結果はこれだ。無能な
んだよ、あの小娘は」
 こういった意見が大勢を占めた。ラクスは沈黙し特徴のあるピンク色の髪を翻し、邸内
に消えた。これ以降、ラクス・クラインの名前が公になることはない。
 屋敷に戻ったカガリはマーナに子供のときのように風呂に入れられ、ベッドに叩き込ま
れた。
「姫様には明日がございます」といって。

 

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