クルーゼ生存_第53話

Last-modified: 2013-12-22 (日) 03:02:30

「あ・・・・・・あの、議長の言ってたことって、こないだレイが言ってた『遺伝子と経験』の
施行案なのか」
 シンは議長がレイの保護者だったことも知っているので、そのあたりは色々草案を聞い
て育ったのだろうと思う。レイの規律正しく、常に正解を求めていく姿勢は、『遺伝子と
経験』のデスティニープランのモデルにふさわしい。
「『デスティニープラン』、遺伝子適性により最もあった、ストレスの少ない職を紹介し
ようというものだ」
「でも、遺伝子だけで適性チェックされたら、俺みたいな性格が荒くて復讐のためにモビ
ルスーツに乗りたいなんてのは、弾かれるんじゃないか?」
 実戦で成長したという自負がシンにはある。家族の死も、ステラを殺したことも乗り越
えて、戦いのない世界を作るために自分はデスティニーの一部になって戦うと。
「性格がどう育つかは幾通りもシミュレーションをして、可能性を出す。まあ、お前のよ
うに傑出した才能がなければ、モビルスーツパイロットにはなれないかもしれないが、そ
の性格では」
「才能か。インパルスのパイロットに選ばれたときから、自分にはパイロットの才能があ
ると信じ続けて、今では自信を持って俺にはモビルスーツパイロットの才能がありますと、
言えるようになったかなあ」
「その半年間の迷いを軽減するためのデスティニープランだ。いまでもプラントでは幼児
教育で才能のある分野を見つけて、そこに親が進ませる。デスティニープランは本人が気
がつかない才能、適性を見つけるためのものでもある。たとえば、お前が保父に向いてい
るかもしれない」
「えーっ、子供ってうざったいじゃん」
「でも面倒みるの好きだろ」
 シンは胸をぐさりと刺された気がした。マユ、一瞬にして右手を残して炭になってしま
った少女。シンは保育園から帰るとベビーシッターを手伝うつもりで邪魔をしながら、可
愛い妹を育てた。あの子の笑顔を曇らせるものには、オーブの台風にだって向かっていっ
たものだ。
「まあ、妹の面倒は大好きだった」
「妹は君と親の次に遺伝子的に近いから利己的遺伝子論からいって、当たり前だと思うか?」
「いや、もし養子で血のつながらない弟か妹がいたとしても可愛がったと思う」
「なら、保父に向いているかもしれないのは嘘じゃないな」
「まあ、そうだ」
 可愛い子供に擦り寄られる図というのは、シンを幸せにするものだった。
「レイは、モビルスーツパイロットより参謀本部勤務とかの方が向いてると思ったけど―
―あのこともあるし」
「それは・・・・・・実を言うとギル、議長に直訴した。モビルスーツパイロットになりたいと。
コネでセイバーを、レジェンドを手に入れたわけだ」
「そういう言い方よせよ。議長はレイを信頼してパイロットにしたんだろ。たぶん辛いな
ら止めるようにって」
 レイは少々驚いた。ギルバートから「君の体に負担なら、すぐに配置換えするから」と
いわれてのミネルバ配属だった。
 一緒に暮らしているとなんとなく感情が通じ合うというのはこういうものか。それとも
シンが持っているというSEED因子なるものの作用なのだろうか。それでも被観察者である
友人の心遣いがありがたい。周囲から自分とシンが親友と見られているのも根拠がないわ
けじゃないとレイは思った。

 
 

「冗談じゃない、遺伝子の適性で仕事を決めるだと!」
 オーブの首長を追われて以来、実家の屋敷にこもっていたカガリは、ウィスキーグラス
をテレビに投げつけた。
「まあ、ひめさ、いえ、お嬢様。そんな乱暴はおよしください。アスハ家のレディらしく
ございません」
「マーサ、お前は知っているだろう。わたしにはオーブ一の名家アスハ家の血など一滴も
流れていないことを。みな、お父様が身分違いの女性との間に作った子供だと思っていた
ようだが、そんなのはお父様が巻いた噂だ」
 カガリは瓶から一気飲みして続けた。
「遺伝子の適性による職業判断だと? 偉大なウズミ・ナラ・アスハの遺伝子をまったく
持たぬ私がオーブの元首だったから、オーブはプラントに敗れたとでもいいたいのか、こ
の男は!!」
 ウズミの実の子でないというのは、カガリの根深いコンプレックスだった。偉大なお父
様。自分を強く優しく見守ってくれるお父様、しかしそれは赤の他人で、ウズミが子供を
作れば奪い去られるものなのだと。女らしい格好を好まず、あえて男っぽく振舞ってきた
のも自分がアスハ家の嫡子であると確認するためであった。
「――でも、いまはプラント領オーブ、身分差別のない平等な国だったな」
 むかしユウナがいっていた『世襲で権力を受け継ぐことが理解できない人々』がこれか
らこのオーブに生まれ育っていくし、敗戦処理はカガリが思ってもみなかったほどあっさ
りとすんだ。国民を食べさせるのが一番とはいえ、軍部ですら何の抵抗もなくザフト軍
オーブ防衛隊に組み入れられたのには、正直驚いた。
 結局、身分や権力があったからカガリにしたがっていただけで、彼女と信念を同じくす
るものはいなかったということだ。国民がすべて亡きウズミの行為を賞賛し、その娘の自
分に期待していると思っていた。それが独り相撲だったと知らされた。歴史は民衆の意志
で動く、カガリ・ユラ・アスハの意思ではこの屋敷一つしか動かせないのだった。

 
 

 同じころ彼女の双子の弟は、ベッドにもぐりこんで震えていた。
「キラ、今日は実験があるっていってたのに、大学にいく用意しなくていいの?」
 義母のカリダに声をかけられて、ちょっとだけ頭を出した。
「さ、さっき、テレビでやってた、プラントの新しい政策・・・・・・遺伝子で職業を決めるっ
て」
「遺伝子により、向いた仕事を斡旋するって感じみたいよ。お母さん、興味あるのよ。政
治や行政の仕事がしたいとずっと思ってて、もし適性があれば下っ端でも採用してもらえ
るかもって」
 キラは自分が若くて優れた遺伝子を持っているから、プラントの軍人に身柄を拘束され
るのではないかと思った。しかし母は、平凡な主婦から働く女性への転進を夢見ているら
しい。自分を引き取ったから、義父母にはずいぶん迷惑をかけたのだろう。夫婦が不妊だ
ったとしても、不妊治療で子供を持たなかったのはたぶんキラがいたから。マッドサイエ
ンティストの理想の遺伝子を持つコーディネーター。でもまだ一人前にもなれず、大学を
飛び級してさっさと社会に出る気力も努力もしない。戦争で人を殺した自分が罪を償うた
めにはと入りなおした医学部だが、あまり向いている気がしなくてまじめに勉強してない
から、成績は上の中だ。キラは人を救うより、まだ救われたいのだ。それはもう甘えでし
かないとわかっていても。そして実父がそういう性格に自分を作ったんだから、自分のせ
いじゃないとか思い悩んでは沈み込むの繰り返しだった。
「キラは今の医学部が本当にやりたいことなの?」
「あ・・・・・・その――」
 キラは口ごもり、カリダに背中を向けて呟いた。
「僕は・・・・・・なにもしたくない。特に、学校へ行ってみんなしゃべってとか、いやだ」
 声がだんだん涙声になる。情けないけど、本音なんだよ、わかって、母さん。
「別に大学中退でもかまわないわ。デスティニープランがあなたでもできる仕事を紹介し
てくれると思うの」
「僕でも、できる仕事・・・・・・」
「キラは身なりをちゃんとすれば人当たりがいいから、接客業とかね」
 キラはハンバーガーショップの帽子をかぶっている自分を想像して、小さく笑った。
オーブに帰ってから、アルバイトができる状態でなかったから、そういう自分を想定した
ことはなかった。自分ならワインの味と香りと名前を覚えるなんて簡単だから、ソムリエ
にもなれる。カリダの言葉でキラは悪夢から覚めた気がした。

 
 

『高貴なナチュラルから、下賎なコーディネーターへのレクイエムをお楽しみに』
 マルキオ導師にこういってダイダロス行きのシャトルに乗り込んだジブリールも、デュ
ランダルの放送を見ていたが気にも留めなかった。明日の今頃には情勢は一変している。
そう、『プラント』などという国が存在しなくなるのだ。一足早い乾杯をあげたいところ
だが、1/6Gではよほど慎重に飲まないとグラスから飲み物は飲めない。宇宙で一般的に使
われるストロータイプの飲料ケースや真空トイレ、酸素マスクを付けての入浴は彼には苦
痛だったし、人間が宇宙に住むべきではないというブルーコスモスの主張を裏付けるもの
だった。
 ダイダロスの基地司令官は熱心なブルーコスモスだ。多額の寄付金の謝礼をいい、さっ
そくレクイエムの全容について聞いた。彼のようなブルーコスモス主義者の寄付金でこの
基地は作られたのだ。
「あとは照準を定め、スイッチを押すだけです」
「それは重畳。汚らわしい化け物の住処ごと焼き払ってやりましょう」
「さすがですな、盟主。近頃の政治家は腑抜けでいけません」
「しょせん有権者の顔しか見てない政治家に、高邁な理想が実現できるでしょうか? 私は
そうは思いません。ブルーコスモスこそ、ナチュラルの理想を具現化した団体なのです」
 当たり前ながら、ふたりともブルーコスモスが強化人間を作るために数多くのナチュラ
ルの子供を犠牲にしたことは知っているが、彼らにとってはそれは未来への尊い犠牲であ
り、無理な人体実験の結果などではけしてないのだ。
 そのころミネルバは本土防衛のためにプラント近くにやってきていた。アーモリーワン
が破壊されて、この戦争で失われたプラントのコロニーは二つになった。両方とも特殊な
目的のコロニーで、住居用のものに比べれば人的被害は少ないが、連合が本気になってコ
ロニーをつぶしにかかるとなると、宇宙を本拠とするザフトに伍する戦力がある。さらに
月基地からの砲撃も予想されていた。人類がナチュラルもコーディネーターもなく平和に
暮らすことを理想としたジョージ・グレンが設計しただけあって、砂時計型コロニーは非
常にもろい。平和な世の中ならシリンダー型コロニーより暮らしやすいだろうが、戦争に
は不利だ。
「で、目標は?」
「化け物の首都、アプリリウスにきまっている」
「デュランダル議長はザフトの宇宙要塞に移ったようですが」
「デュランダルは小物だ、それよりコーディネーターの繁栄の象徴となっているコロニー
郡を落とさねばな」
「確かに、雑魚の数を減らすのも大事です。レクイエム、照準、アプリリウス!」
 オペレーターが反射に使うコロニーの角度の微調整をした。先ほどから廃棄コロニーが
動いているのに気がついたか、ザフト軍の攻撃が始まっている。
「準備完了、トリガー、渡します」
 ロード・ジブリールは大きなトリガーを右手に握り、重いスイッチを迷わず押した。
「宇宙の化け物たちよ、レクイエムの音色に乗って滅びよ」
 プラントからみて月の裏側のダイダロス基地からビームがプラントに届いたのは瞬き一
回する間もない時間だった。ヤウアリウス市とディッセンベル市に崩壊コロニー多数。中
には隣のコロニーが被害を受けて軌道を外れてぶつかったために破壊されたものもあった。
「なんという・・・・・・」
 宇宙要塞メサイアで、さすがのデュランダルも息を呑んだ。月に二つある連合の基地の
うち、プラントに近いアルザッヘルに意識がいっていて、反対側のダイダロスにはあまり
興味がなかったのは事実だ。先日のアーモリーワンへの襲撃もダイダロスとは無関係の部
隊だった。アルザッヘルと本土防衛決戦、これで引き分けて講和というプラント上部の思
惑の裏をかかれた。側近にしても、魂の抜けたようなったデュランダルの顔ははじめた見
たほどだ。
「早急に被害をまとめろ。第二射までの時間を計算できるか?」
「誤差が5分ほど出るなら、ダイダロスのエネルギーと粒子貯蓄の設備、今の発射で見ら
れたビームの太さと発射時間から計算できます」
「早急に頼む。それから、月起動艦隊のミネルバを至急ダイダロス基地に向かわせるよう
に。目標はあの反射ビーム破壊だ」
 ミネルバでは兵士たちがコロニー破壊という一般人への蛮行に、怒りを燃やしていた。
「あ、ヤウアリヌスが・・・・・・」
「お母さん!」
 自分の故郷が、家族の住まいがビームに切り裂かれ、コロニーとしての機能を失ってい
く。シンたちもたまたま一番大きなレクリエーションルームでこの光景に遭遇した。
「――ブルーコスモス、ジブリールだな」
 レイがこんなときでも冷静な声で言う。
「あ、あたしが逃がしたから」
「おい、レイ」
「だが彼が宇宙に上がったのは事実だ。そしてブルーコスモスのシンパは連合のどこにで
もいる。俺たちはオーブで彼を止めるべきだった」
「それは、わかる。宇宙に出しちゃいけない奴だったんだ」
「でもそれはルナマリアにシャトル追撃を任せた隊長の責任でもある」
「それはそうだ」
 シンはうなずいた。三人の中で一番射撃が下手なルナマリアに、加速中のシャトルを狙
い撃ちしろというのは、なかなか難しい話だ。
「つまり隊長をフェイスに任命した議長の責任でもある」
「うん」
「だから次はあいつを落とせ、プラントのために、ルナマリア」
「わかった。基地に潜入して暗殺でもやってやるわよ」
 そんな間にも、ミネルバには特別回線で指令がはいっていた。
 アビー・ウィンザーがめずらしくあせったような声でブリッジに告げる。
「ダイダロス基地、反射衛星砲破壊せよ、という命令です」
「作戦はこちらに任せる、ということね。会議室にアレッシィ隊長を呼んで。アーサーあ
なたも来なさい。艦は低空飛行でダイダロスへ全速前進」
 タリアは第二射までに間に合うのか不安だったが、とにかく作戦が必要だった。

 

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