クルーゼ生存_第54話

Last-modified: 2013-12-22 (日) 03:03:31

(コロニーが割れた。汚らわしいコーディネーターが宇宙の塵になった。これを繰り返せ
ば、地球と宇宙は青き正常な世界に戻る。俺の役目が来るまで、青く清浄なる世界をまど
ろんでいよう)

 
 

「第二射までに、あの巨大ビーム砲の発射孔をつぶせばいい、ということでしょう」
 いかにも簡単そうにいうアレッシィにタリアは少し腹が立った。プラントの何百万人と
いう民間人が死亡したのだ。そう、運が悪ければタリアのたった一人の愛息までが。ただ
アレッシィに情で訴えかけても無駄なのはわかっている。この男は、特別に愛するものな
どなく、数字と確率をそろえて生きていくタイプの人間だ。正しいのに、何か不安――ギ
ルバートと付き合っていたときに感じたものをずっと強くしたような。
「そのために敵に見つからないよう、低空で全速前進しているわ、アーサー」
「はい、ダイダロス基地まで一時間半です」
「では一時間後にデスティニーとレジェンドをを出そう」
 核動力の二機は、パイロットの限界までの起動が可能だ。数分とはいえこの二機が先行
していれば、基地との戦いがずいぶん楽になる。
 タリアは軍人としてドラグーンの働きも見てみたかった。アレッシィが宇宙用にプロヴ
ィデンスザクを選んだくらいだから、無重力の宇宙で飛び交うドラグーンは使い手にとっ
て有利な武器なのだろう。レイもシミュレーションでは完璧にドラグーンをコントロール
している。とにかく月では地平線がすぐそこなこととか、無重力用の武器とか、地球ボケ
したタリアには頭に叩き込まねばならぬことがたくさんあった。
 アレッシィはパイロットたちを自室に集めた。
 月の地図を表示させ、ダイダロス基地を示す。
「53分後にデスティニーとレジェンド発進。ミネルバに一歩先行して、敵基地の防御を
落とせ。インパルスと私のプロヴィデンスザクはミネルバが基地に近づいたところで発進。
インパルスには敵ビーム発射孔の破壊を任せる」
 ルナマリアだけでなくシンとレイも息を飲んだ。
「相手は動かん。一番元気のあるインパルスが適任だ」
「――了解しました!」
 ルナマリアの決意をこめた顔に引きずられて、二人も敬礼で命令に従うことを示した。
 とはいえ、いらぬ節介を焼いてしまうのもシンらしい。
「相手の発射時刻もわからないんだから、一番危険な任務なんだぞ。ほんとにできるの
か? なんなら俺代わって」
「黙りなさい、シン・アスカ」
 これまで見たこともない真剣な表情で、ルナマリアが言った。
「プラントを守るために、一番合理的な作戦よ。あたしの心配するより、先行して基地を
相手に戦う自分たちの心配してなさい」
 ひらひらとミニスカートを揺らしてルナマリアが歩いていく。
「発進まで時間がない。行くぞ」
「あ、あの、レイは今の作戦」
「隊長が示したものは最善だな。次が追いついてきたインパルスとレジェンドが入れ替わ
ってドラグーンを使って発射孔をつぶす。一機で大軍を止める能力があるデスティニーを
ビーム砲破壊に使うのは、理に合わない」
「まあ、確かに」
 戦闘は長くなる可能性があるから、一回シャワーを浴びて汗を流して粉をはたいてパイ
ロットスーツに着替えよう。着替えたら最後、体のどこが痒くても「かく」ということは
できないのだ。そういう点で、アトピー持ちで宇宙服がきられないナチュラルが、アト
ピーの遺伝子を修正されたコーディネーターを嫌っていると聞いたことがある。こういう
いのって、便利な遺伝子改変だと思うけどなあと、パイロットスーツに着替えながらシン
は思った。
「シン・アスカ、目標連合軍ダイダロス基地、発進します」
「レイ・ザ・バレル、同じく、発進します」
 愛機をメンテナンスしてくれる仲間たち、ミネルバ一隻にはきつい任務だが、やり遂げ
てみせる。そのためにユニウス条約違反のモビルスーツが二機も配属されているのだ。後
の二機はデストロイにやられた。月軌道におけるザフトの優位をそ二機と母艦で保ってい
たそうなので、後釜にミネルバが入らなければいけない。プラントは小さい国家だから、
常に英雄、シンボルをほしがるのだとシンも学習していた。
「英雄に、なってやろうじゃないか、俺が!」
 敵基地からの迎撃隊に向けて、シンは吼えた。

 
 

 レイ・ザ・バレルはドラグーンを射出しながら、この作戦が終わったらすべてをシンに話
そうと思っていた。自分が死んでも覚えていてくれる友人がほしい、そう思うようになっ
たのは実戦配備されてからで、シンしかいないと心定めたのはエクステンディッドの件だ
った。コーディネーターの遺伝子的ヒエラルキーの中で上部にいながら、命は平等とおご
らずに行動する少年だから。プラントでレイの能力を誉めそやした人々は、彼の素性を知
れば去っていくだろう。シンはそんなことはしない。一生ものの友達だと思っている。ギ
ルのSEED因子とやらへのこだわりのためにシンに近づいたのだが、他のアカデミーの生徒
だったらこれほど親しくはなれなかっただろう。
 余計なことを考えるのを止めて、ドラグーンの操作に気を向ける。相手はウィンダムだ
から、ドラグーンの火力でもコクピットを狙えば一撃で落とせる。そのほかにも地上で見
たモビルアーマーも出てきたが、陽電子リフレクターはモビルスーツのビーム砲やビーム
サーベルには無力だから、出力の差で簡単に乗り切った。シンも得意のアロンダイトを振
り回して進んでいるようだった。レジェンドに対して、デスティニーは近接戦闘向きの機
体だが、もうシンは自分の間合いまで敵をひきつけて討つレベルに達している。互いに自
分の得意な範囲で戦い、そのフォローもできる関係だった。

 
 

「コープランド大統領が地球を出発したと!?」
 盲目のマルキオ導師が確認の声をあげた。
「はい、ダイダロス基地からのプラント攻撃の直後だそうです」
「彼はそういうかたちで、ブルーコスモスとは違う自分の正義を見せようとしているので
しょう。しかしもうプラント本土は破壊されてしまった。プラントの首脳たちは大統領の
行いをスタンドプレイ、実質は戦争を長引かせるため受け取るでしょうね」
 導師はため息をつき、椅子に腰を下ろした。
 ロード・ジブリールからデストロイのパイロット、アスラン・ザラの情報を受け取った
ばかりだというのに。彼の地上の部下が知らしてきた情報では、SEED因子の持ち主のうち、
ラクス・クラインはアスハ邸に引きこもったきり、カガリ・ユラ・アスハはアルコールに逃
避中、キラ・ヤマトは久しぶりに外に出て、デスティニープランに登録したとか。マルキ
オの立場は、デスティニープランに否定的賛成、である。仕事が見つからず浮浪者になろ
うとしている人が、デスティニープランで自分にあった職業を見つけ職業訓練を受けて職
に就くのはいいことである。ただ、その施政下で自分のような『導師』というあいまいな
職業はありるのだろうか? 既存の宗教が滅んだ社会においては、宗教の教祖さえデステ
ィニープランで選ばれるのか?
 多少稚拙な考えと思うが、キラ・ヤマトに期待を砕かれたことがショックなのだ。彼が
こんなにすんなりと自分の遺伝子を受け入れるなら、前大戦からしばらくの間引き取って
いた自分はなにも影響を与えることができなかったのかと。
 これは他人の知らぬマルキオのエゴであった。
 そんな間にもダイダロス基地の防衛軍はデスティニーとレジェンドに襲い掛かり、二機
の威力に数を減らし、道をミネルバのために空ける羽目になっていた。
「ルナマリア・ホーク、私のドラグーンが援護するから、一気に射出孔に飛び込め」
「了解しました! 隊長」
 その一方基地では「レクイエムエネルギー充填38%」
「アプリリウスを沈めるだけでいい。屈曲用コロニーがザフトに動かされている。撃つだ
けなら、何パーセントあればいい!?」
「50%です。それまでお待ちを」
 司令は熱心なブルーコスモス主義者だったが、実際のロード・ジブリールはテレビで見
るのよりずいぶんと心の小さい人間に見えた。
 発射孔のそばにいたモビルスーツがあっという間にばたばた倒れたかと思うと、その間
をトリコロールのザフトのモビルスーツがすり抜けていった。
「シャトルの準備を。アルザッヘル基地に移る。指令、君はどうする?」
 ジブリールの人の悪い笑顔に圧倒され、また命も惜しかったため、指令は部下を見捨て
た。
 ルナマリアのブラストインパルスは発射孔の中に入ると、エネルギー充填されている危
険な兵器に向かって、高エネルギービーム砲を二門全開で打ち出した。ここまでくるのに
要するエネルギーを僚機が補ってくれたので、100%の出力で射撃ができた。手ごたえを確
かめた後は、急いで離脱する。あのエネルギーが内部に向かって放出されればいいのだが、
外に出てくるとモビルスーツなどひとたまりもない。
 レクイエムが爆発を起こす前、基地の端から飛び立ったシャトルに、レイ・ザ・バレルは
気がついた。あれにロード・ジブリールが乗っている。オーブで見送ったシャトルと同じ
気配だ。レイは複数のドラグーンを送ってそのシャトルを粉々に破砕した。

 
 

 シンたちパイロットはミネルバに戻って休養を与えられた。ミネルバ自体、月に着陸し
てかなりの戦闘員を休息に回した。宇宙に上がってからほとんどの時間スタンバイ状態に
あったので、コーディネーターとはいえ疲れは蓄積する。政治しだいだが、まだ大きな戦
いがあると艦の上層部は思っているし、そのときにはモビルスーツ隊が鍵を握る。だから
エイブス班長の下、整備兵は機体の整備に汗を流した。
 メサイアではデュランダルがダイダロス基地、特にレクイエムとそれに使うコロニー早
急に掌握、工兵による修理の指示を出していた。ザフトはアーモリーワン失ってから月の
反対側に拠点がない。とにかく連合の目障りな基地を再利用して、月の制空権を握らねば
ならない。レクイエムと似たビーム砲がアルザッヘルにあったら、いまごろプラントは壊
滅しているのだから。
「ネオ・ジェネシスの具合はどうだ?」
「はい、議長のご指示があれば、いつでも発射できる状態です」
「ダイダロスのレクイエムが使えるようになるには?」
「それには二日ほどかかります」
「では、コープランド大統領と話すのはその後だな」
 武器を二つ備えねば、アルザッヘルの宇宙艦隊を持つ連合とはもう事を構えたくなかっ
た。ダイダロスのことはブルーコスモスの暴走だとあちらは言い訳するだろう。ただレク
イエムで数百万人のプラント人が死んだこと、ダイダロスから逃げようとしたロード・ジ
ブリールが死んだことは事実だった。
「ところで、君たち第81独立機甲部隊だが、ブルーコスモスの盟主ロード・ジブリール
が戦死された以上、この基地の指令に従ってもらう」
「了解しました。地球で新しい盟主が決まるまでは、そうさせていただきます」
 エルドリッジ少佐が敬礼をしながらいった。司令には扱いにくい女と思われてもかまわ
ない。ブルーコスモスであることに誇りを持たねば。それに、あの宇宙仕様デストロイと
一体になったアスラン・ザラの強さは、月軌道を制圧していたザフトの二機をひねり潰し
たことで証明された。次はあのミネルバのモビルスーツ隊が相手だ。基地で煙たがられて
いるのは承知だが、戦力としてあてにされてもいるのだ。勝って青き清浄なる世界を実現
しなければ、亡くなられたロアノーク大佐に顔が立たないと思った。
 レクイエムの中継コロニーでも工兵隊の工事が始まり、護衛の任につく者を残してモビ
ルスーツ隊は母艦に引き上げた。
「あれは・・・・・・ミネルバ、か」
 しばし考えた末ディアッカ・エルスマンは電池のエネルギーを放出させてぎりぎりに見
せかけて、巨大な戦艦に向かって降下を始めた。
 もちろん友軍のモビルスーツが電池切れで困っているところをつれなくするなどありえ
ない。ディアッカはミネルバのモビルスーツデッキに愛機のガナーザクウォリアーを置い
て、艦長に挨拶に向かった。
「ミネルバ艦長、タリア・グラディスです。ようこそ。しかし電池切れなんて、前大戦を
経験しているパイロットとは思えないわね」
「ディアッカ・エルスマンです。よろしくお願いします。しかしお美しい艦長さんですね。
戦いの後に見る花ほど美しいものはないというじゃないですか」
 白々しいせりふにみんな笑ったが、しっかりとタリアの心に食い込んだ。男性に「きれ
いだね」と言われたのはもう何年前?
 タリアの表情を見てディアッカは第一関門クリアと呟いた。

 
 

 二日後、旧ダイダロス基地の部分的復興とともにミネルバも目を覚ましたが、タリアが
ディアッカの収容を彼の母艦に頼むと、現在地と移動方向から見て受け入れは難しいので
ミネルバで使ってくれとあちらの艦長から言われてしまった。
 しかたなくアレッシィ隊長にしばらくの間部下として使ってくれと頼む。
『正直言って不要だが、使いどころを見繕いましょう、艦長のご希望なら』
 最後の言葉がねっとりとしていたようで、不愉快な気分になる。あの男は非常に人の心
を読むのが上手い。そういう部分でギルバートとウマが合うのだろう。
「これからエネルギーチャージに二時間だっけ?」
「ああ、時間はかかるがワシントンを狙える兵器だ。守らねばな」
 こんどは大西洋連合の人間が、宇宙から降ってくるビームにおびえる番だ。そこで和平
交渉にはいるだろうとレイが言っていたので、シンもそのように思っていた。別に地球の
人を殺したいわけではない。戦いをなくしたいだけなのだ。
 自動ドアが開いて、
「よっ、諸君」
 という調子のいい声が響いた。
「あんた、だれ?」
「ディアッカ・エルスマン。事情は知りませんが、今の挨拶は我々に非礼です」
「ん? ディアッカ・エルスマン! 前大戦でアークエンジェルに味方した裏切り者!!」
 シンのまだ細い声がパイロットルームにこだまする。
「出てけよ、ここから、ミネルバから」シンは自分より背の高いディアッカを吊り上げた。
彼はアークエンジェルの反乱の罪が、士官だけが処刑で以下のものはオーブの国民の権利
を得たという判決に強い不服を持っており、アークエンジェルに組しながら降格のみであ
ったディアッカ・エルスマンへの気持ちも同じであった。
「シン、無駄に力を使うな」
 レイに分けられたが、シンの赤い目は憤怒に染まっていた。
「ごめん、遅れちゃって。今着替えてくる」
 ルナマリアの声にほっとしたのもつかの間、
「女の子の赤服ってかわいいねえ。俺の同期は女の子いなくてさ。今度デートしない?」
「なに、これ・・・・・・」
 おびえた顔のルナって格好かわいいとシンは思い、レイはディアッカを紹介した。
「あ、あんた、イザーク・ジュールと親友でって奴でしょ。汚いからこっちよらないでよ
ね。着替えてくるけど、あいつがあたしの半径三メートル以内に入らないようにガードし
て」

 
 

 シンとレイは勝手に任務を押し付けられたが、もちろんルナマリアを不快な目にあわせ
るつもりはなかった。イザーク・ジュールもう忘れていたが、メイリンを妊娠させた男だ。
その親友となれば、下半身はゆるいだろうし、ハイネに告白しなかったことを少し後悔し
てるとシンにこぼしたルナマリアは絶対に守ってみせる、
 着替えたルナマリアが入ってくると、「女の子のパイロットスーツっていいねえ」
とディアッカが言ったのでシンはすかさず「セクハラだぞ」と応じた。
「大人の部隊じゃ当たり前だぜ」
 といい終える前にアレッシィ隊長が入ってきた。
「揃っているな。これはディアッカ・エルスマン、電池切れを起こしてしばらく預かるこ
とになった」
「隊長、彼はすでにルナマリア・ホークにセクシャルハラスメントをしていますが」
「では人事評定に書き込んでおこう」
 レイと隊長の声は何度聞いても似ている、とシンが思ったとき。
「隊長さん、クルーゼ隊長と声そっくり。金髪もそっくり。驚いたぁ」
 ラウ・ル・クルーゼといえば、前大戦でフリーダム一騎打ちを繰り広げ惜しくも敗れた
ザフトのトップエースである。アレッシィが似ているという噂はあったが、本人の前でこ
れだけはっきり言われたのははじめてだろう。シンはレイが緊張したのに気づいた。
「君は上官に対する礼儀、同僚にたいする礼儀を襲っていないようだな。父親が高い地位
にあって、それに甘えた男の行く末だ。みな、よく見ておくように。とりあえず君の居場
所はミネルバのモビルスーツ隊にはない。あてがわれている部屋に戻るように」
 氷のような声で、アレッシィが言った。

 

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