クルーゼ生存_第58話

Last-modified: 2013-12-22 (日) 03:11:24

 アーサー・トラインは艦長席で震えを押さえ切れなかった。いまは「どうしましょう」
と泣きつく相手がいない立場なのだ。アレッシィ隊長からは「君が命令しなければこの船
は動かない、砲撃もできない。それだけ覚えておきたまえ」と言われた。確かに艦長の判
断の元各砲撃主が狙いを付けて引き金を引くわけだ。最初の指令、そして大事な最後の撤
退の指令、これを出すことと結果に全責任を負うことが艦長の一番の仕事と心した。
「艦長代理、艦隊指令よりミネルバは本体と合流してアルザッヘルへという命令が入りま
した」
 アビーの物静かな声にちょっと落ち着いたアーサーは、艦長代理として初の命令を下し
た。
「ミネルバ発進、アルザッヘルへ向かう艦隊へ合流」
 こういっったら、肺から息が抜けてしまったようだ。ただアビーがちらりとこちらを見
た。
「あ・・・・・・総員第一種戦闘配置につけ」
 敵は基地を失って必死でくるぞと付け加えたかったが、柄でないのでやめておいた。ま
あこの艦で一番えらいのはアレッシィ隊長なのは前と変わってないんだから、船の操艦と
射撃、防御だけ考えよう、とアーサーが考えている間にも、ダイダロスを出た艦隊とプラ
ント本土から来た艦隊が合流しようとしていた。
(すごい―ー)
 ミネルバは長く地球をさまよっていたので宇宙空間での大艦対戦ははじめてだ。若いク
ルーが多いので、前大戦のそれを経験してないものも多い。
 一方プラント本土では、ザフトの艦隊に激しい歓声が上がっていた。アルザッヘルは連
合がプラントののど元にに押し付けたナイフであり、激しく嫌われていた。その基地が消
滅し、ヤヌアリウス、ディッセンベルで虐殺された同胞たちも天国というものがあれば、
そこで喜んでいてくれるだろう。
 見ず知らずの者たちが、お互いに抱き合ってアルザッヘルの壊滅と残存連合艦隊との戦
いに臨むザフト艦隊を祝福していた。
 黒衣の独立宣言以後に移民してきたものも多く、そういったものたちはプラントでの戦
時下の生活しか知らないのだ。どうみても外交カードもプラントに有利なものがそろった
し、この艦隊戦で負けなければ、完全独立とアルザッヘル基地の放棄は最低でも認められ
るだろう。とにかくデュランダル議長はアルザッヘルを撃つことによって、プラントの覚
悟と矜持を示した。それがプラント人たちを高揚させているのだ。
 その高揚は民間人より軍人のほうが強く、兵士たちは顔を高潮させ、指揮官は自分を落
ち着かせるためにラテン語の活用を呟いたりしていた。
 ミネルバ、そういう高揚感とは一切無縁なアレッシィ隊長は、ブリーフィングルームで
話をしていた。
「指令とも話した結果、ミネルバのモビルスーツ隊4機がかりで連合の宇宙用デストロイ
を倒す。二機がドラグーン運用機なのでドラグーンで相手の見えないところから攻撃を仕
掛け、ビームと実剣でデスティニーとインパルスが挑む。そういうことだ。先日の事件が
なければ、デスティニートインパルスのコクピット部分にオーブの金色のビームを跳ね返
す操行を貼れたかもしれんが、後の祭りだ。デストロイのビームは非常に強力であり、こ
こは宇宙空間だ。ビームがかすった反動で飛ばされたりもする。気をつけて、少々の損傷
でも、ミネルバに戻って修理交換するように」
「あの、隊長。あのデストロイに弱点ってないんでしょうか?」
 ルナマリアが初心に戻って聞く。
「そうだな。あれはブルーコスモスの部隊が運用する機体だ。パイロットは強化人間。連
合の他モビルスーツはあれに救援はしないだろう、それくらいか?」
 シニカルにアレッシィが言うのに、シンはこれまでのブルーコスモスのやり口を思い出
して歯噛みした。アーモリーワン、ステラ、ロドニアの子供たち・・・・・・。
「パイロットは機体にて発進準備。デスティニーとレジェンドには先行してもらうかもし
れない」
「「「了解しました」」」
 してもらうかもしれない、こんなあいまいな言葉を使う人ではないのだがと、レイはい
ぶかしんだ。もしかしてあの宇宙型デストロイが量産化されていてというのを、心配して
いるのだろうか? ただロゴスがああいう状況で、強化人間として育てられていた子供た
ちが保護されている以上、機体もパイロットもないのではないかと思った。

 

「うふふ、これからジャンクが一杯できるよ」
「でも平和になっちまったら、商売相手が宇宙海賊くらいになっちまう」
 ジャンク屋組合の宇宙船の中で、マルキオ導師はくつろいでいた。もう政治には興味が
ない。この戦いでSEEDが人類の新たな光を見せてくれれば。昔ニュータイプと呼ばれた空
間認識能力と感性の共有能力に優れた人間はもう滅びかけている。バイロイトでSEED因子
の主とニュータイプが一緒に行動していたのには、少々驚いたが。
 彼とジャンク屋組合の仲はビジネスライクなものである。彼らは人類の革新に興味がないし
――それより火星旅行をしたい連中だ――導師も戦争をジャンクの元と見る人間は哀れだ
と思っていた。
 コペルニクスでは、両首脳が自室に引き取り、司令部と連絡を取り合っていた。この戦
いの趨勢で、和平の条件が決まる。ザフトはコロニーを守る艦隊を極限まで少なくしてこ
の艦隊に力を注いだ。司令部の判断であるが、市民の意思でもあるだろう。
 完全独立と月起動圏からの連合勢力の排除を求めるには、この戦いで、何が何でも「勝
った」という結果を残さなければならない。幸いアルザッヘル残存艦隊はザフト艦隊より
少数だ。
 どちらも相手艦隊を分裂させる策でモビルスーツを運用してくるだろう。
 先に動いたのは連合だった。
 あの、宇宙用デストロイを二機出してきたのだ。
 ガーティー・ルーの艦橋でエルドリッジ少佐は、出撃していく二台のデストロイを見守っていた。アスラン・ザラの機体は問題ない。しかしもう一台は機体も組み上げただけに
等しいし、生体CPUは施設が暴徒に襲われる前に運び出した10人の子供の脳を並列に組
んだものだ。テストには一応合格したが、実際使い物になるかすら定かではない。
 二台のデストロイはモビルアーマー形態をとって、高エネルギー砲を撃ちまくる。二機
で8台の火力に、ザフトの艦が穴だらけになって月に落ちていく。

 

「くっ、間に合わなかったか」
「だがまだ被害は少ない。最後に立っているのが俺たちならばいい」
 ミネルバから先行を命じられたシンとレイだった。こういうモビルスーツの運用は定石
ではないのだが、相手が邪道で来るのだからこちらも対応せねばならない。
 レイはドラグーンを射出すると、デストロイの一機に向けて飛ばした。
「やっぱりあのほうが少し動きが鈍いよな」
「ああ。慣熟飛行とかやっていられる状態ではないからな」
「では俺らから見て右のほうに集中攻撃だ」
 レジェンドのドラグーンは上下左右でデストロイを囲んだ。相手のパイロットは空間認
識力は持ってないようで、有効だった。これならデスティニーを誤射することなく攻撃で
きる。ドラグーンの欠点は誤射がありがちなことであり、レイはまだ二度目のドラグーン
搭載機での出撃であった。
 相手がモビルアーマー形態であるので、地上用より細い足を狙い打つ。下から股関節を
狙った射撃は効果があり、一瞬煙が上がった。
「レイ、もう一度頼む。ダメージを与えた隙に片足切り取る」
「承知した」
 こうしている間にももう一台のデストロイにザフトの艦船やモビルスーツがやられたい
る。ただそれの対策を考えるのは司令部の役目で、シンたち一兵卒の仕事ではなかった。
 レイが三度ドライしたら目標を射抜いた、すかさず下からアロンダイトが一閃してつい
でとばかりに両足を切り取った。
 これだけのことに、ザフト艦隊は沸いた。この会戦はじめての戦果だ。
「もうこの機体はモビルスーツに変形できない」
「というと、あの背中の円形に出るビームは」
「使えない」
「あとお前のドラグーンで同じ場所を二回やられた」
「そうだ、これに乗っているパイロットは頭がよくない」
「――不良品扱いの強化人間・・・・・・ってか」
「そんなところだろう」
「なら、俺が天国の仲間の下へ送ってやる!」
 もう二度とあんな悲惨な目にあわない天国へ。
「レイ、援護頼む!」
 シンは真っ向からアロンダイトを振りかざして向かっていった。足がないので、もう三
倍の大きさの違いはない。
(やれやれ)
 レイはドラグーンの操作に専念しながら、もう一機のデストロイを観察した。こちらと
連携をとるつもりはまったくないようで、自分の目の前をなぎ払っている。このままでは
ザフト艦隊の足並みが乱れるので、こちらは早くかたを付けたい。
 ドラグーンの直撃にあたふたしているようでは、本気になったシンの敵ではない。右腕
を肘から落とすとそのままコクピットを貫いた。
「ごめん、でも・・・・・・俺はこうすることしかできない」
 アレッシィ隊長とルナマリアが到着し、陣容が整った。他の部隊からもプロヴィデンス
ザクが二機、回されてきた。量産期ではあの宇宙型デストロイのスピードについていけな
いので、遠距離操作の可能なドラグーンは有為な武器足りうる。
 シンはデストロイが緑色のうっすらとした炎のようなものに包まれているのを見た。セ
ンサーで確認すると熱源も光源もない。気のせいだろうか? こんな大事なときに幻覚な
んて――。
 頭を振って気合を入れなおす。

 
 

『シン・アスカ、君に会いたいと思っていた。俺はアスラン・ザラと呼ばれていたものだ』
 頭の中で声がして、デスディニーのコクピットが真っ赤になってそこからデストロイに
赤と緑の糸が絡まってつながっている。
「ぎゃーーーーーーーーー」
 シンは恐慌状態に陥った。

 

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