クルーゼ生存_第59話

Last-modified: 2013-12-22 (日) 03:12:07
 
 

『お前は優秀なザフトの兵士で、優れたコーディネーターだ。しかし考えてみてくれ、
コーディネーターがなんのために生み出されたか。人類が宇宙に進出するのに便利な遺伝
子を寄せ集めて作られたのが、ファーストコーディネーター、ジョージ・グレンだ。彼の
誕生までにどれだけの胎児や受精卵が廃棄処分されたかまで俺は知らないが、相当な数だ
っただろう。その当時地球環境は疲弊し、宇宙移民を早急に行わないと母なる地球が耐え
られなくなるところまで来ていた。ジョージ・グレンは自分が‘造られたもの’であるこ
とを公言し、遺伝子配列を公開した。それに基づいて非合法に遺伝子操作された、ジョー
ジ・グレンタイプとでもいうべき初期のコーディネーターたち、俺の父親もその一人だ。
一人の遺伝子をモデルに遺伝子操作を行った結果、初期のコーディネーターたちは兄弟と
言ってもいい近い遺伝子を持つにいたった。それはコーディネートの技術が花開き、宇宙
で必要な無重力への耐性、たとえば骨からカルシウムが溶け出しにくいとか、宇宙酔いを
しないとか、そういった基礎の上に髪の毛や瞳の色、容姿をいじっていくようになった。
お前は知らないだろうが俺の髪は藍色だ。お前の眼は赤い。こんなものはアクセサリーに
すぎない。本質的に、コーディネーターは宇宙開発用の労働奴隷として生みだされたこと
を忘れないでほしい。コーディネーターを働かせて宇宙コロニーを作ったあとは、地球か
らナチュラルが移住する予定だった。しかしS2インフルエンザの流行により、地球のナチ
ュラルの人口は激減し、宇宙に移住する余剰人口はいなくなった。その間にコーディネー
ターたちはコロニーを乗っ取りプラント理事国にはむかって、独立国家の顔をし始めた。
お前はコーディネーター二世代目の繁殖率が低い理由を知っているか? もともとジョー
ジ・グレンというひとりだけのアダムから人為的に発生したコーディネーターは遺伝子の
変異性に欠け、二世代目で既に近親相姦の様相を呈しているんだよ。ただそれも計画通り
だ。コーディネーターは子孫を残せず自然に滅ぶ。今頃は木星の探査を本格的に行う予定
だったが、コーディネーターはいっぱしの人間のつもりでプラントを不法占拠していた。
本来なら今、コーディネーターは生きて帰るものが何人残るかという木星への旅に出、
コーディネーターが開拓した月周辺の宇宙をナチュラルが手に入れることになっていた。
S2インフルエンザで計画が狂ったが、俺はコーディネーターをすべて殺し、最終的に自分
も死ぬことで創造主にして純粋なるナチュラルへの恩を返す。だから俺はお前を、ザフト
を殲滅する!』

 
 

 緑色の意志の糸がデスティニーに絡まっているようだった。この感覚はバイロイトの舞
台を見ていた時、登場人物の感情の流れや動きが色の糸で感じられたのに似ている。
 しかし、一瞬の間にアスランの思惟を強制的に脳に送り込まれたシンは叫び声をあげ、
同僚および上司から報告を求められた。
「シン!」
「どうした、シン!!」
 そのあとに隊長から、
「精神が持たんならミネルバへ帰還しろ、シン・アスカ」
 と平静きわまりない声で言われた。
 これまで戦ってきて、妙な超常現象だか幻覚だかを見たからと言って戦えないなどあり
得ない。隊長だってそれをわかって言ってるはずだとシンは思った。
「問題ありません。デスティニー、完璧に起動していますし、俺が唯一のパイロットで
す」
「それなら、誇りを持って戦うのだな」
「了解しました!」
 アスラン・ザラのたわごとは本当なのかもしれない。コーディネーター三世を産むには、
遺伝子適性の壁がある。四世となるといまよりもっと交配出来る相手は限られるだろう。
もしコーディネーターが滅びゆく遺伝子改造の仇花であったとしても、シンにはプライド
があった。親から伝えられたコーディネーターの優秀な遺伝子が自分の体を支えていると
いう。それにナチュラルの労働奴隷としてコーディネーターが作られたなど、信じたくな
い。人間はナチュラルでありコーディネーターであり一つの命として平等であり、ナチュ
ラルが『作った』からといって、コーディネーターは人間であり家畜ではないのだ。
 ただあのアスラン・ザラという前大戦のエースパイロットは、創造主であるナチュラル
に服従するのがコーディネーターの務めだと思っているようだ。
(変な奴、おれたちが倒してやる)
 さすがにさっきのデストロイとは動きが違い、レイのドラグーンで1/3、隊長でも半分
ほどしか当てることができない。それでも装甲に軽微なへこみはできるし、数が多くなれ
ばモビルスーツ全体の動きにも影響する。
 シンとルナマリアは必死にビームをかいくぐり、ドラグーンで損傷を受けた個所に切り
つけようとするが、これがなかなかうまくいかない。だいたいデストロイに近づいた時点
で体勢が崩れているから、入る力も入らない。

 
 

 戦場は膠着し、多くのモビルスーツが電池切れの不安を感じ始めたころ、両軍に停戦命
令が発せられた。首脳会談を再開する運びになったのだろう。
 戦士が転職ともいえるシンにしても、無駄に戦って人をたくさん殺すのは嫌だった。こ
ういうとき、政治家が活躍して和平をまとめ上げてくれる軍であれば安心して働ける。
 ミネルバに帰還するすがら考えて、怖気をふるったのだが、あの、アスラン・ザラと名
乗る声はなんなのだろう? プラントを裏切って連合に入ったコーディネーターとして連
合のニュースで名前と容姿は見たことあるが、顔は知らない。そんなやつに『お前』なん
て呼ばれる筋合いはないし、一方的な自説だけを他人の頭に焼き付けていった。でも彼は
なぜそんなことができるのだろう。あのデストロイから伸びてきた緑色の光の糸にデステ
ィニーが巻き込まれたから? デスティニーからも赤い糸がデストロイに伸びていた。と
いうことは、こちらからもあの上から目線の傲慢な男に話しかけることができるのだろう
か? それではSFだ。今いるのは実際の戦場で、この戦いに艦隊が敗北するようなことが
あれば、プラントの一般市民はアスランの言うとおりナチュラルの奴隷にされてしまうか
もしれない。オーブでもコーディネーターとナチュラルは別々の住宅地に住んでいたし、
仕事で必要な時以外付き合いはなかった。シンは大学の研究室のナチュラルを何人か知っ
ていたが、個人的な話をしたのは世話焼きの女子学生くらいだった。
 とにかくミネルバに帰って、いつまで続くかわからない停戦のあいだにシャワーでも浴
びよう。本当は医務室のヴァレンティナに相談したいところだったが、正直に話したら強
制入院させられてしまう。
 ミネルバモビルスーツ隊は無事に帰還し、整備班がモビルスーツに取り掛かった。

 
 

「お久しぶりです」
 会談の席に入ったデュランダルは言った。
「1時間47分ぶりだね」
 答えるコープランドに、「強靭な精神力をお持ちだ。さすが地球一の大国の元首です
ね」とプラント議長は滑るような皮肉を言った。
「プラントからの和平条件書だが、君たちはなにか勘違いをしていないか? 我々プラン
ト理事国はプラントの独立さえ正式に認めていないということを思い出したまえ」
「なら、同時にサインしてくださって結構です」
「な……小面憎い物言いを」
「お互い現実を認める時間は十分にあったと思いますが? どちらかが臍を曲げるたびに
開戦して兵士たちを殺すようでは、我々は無能な為政者です。私は子供のころから、無能
という言葉は嫌いでして」
「わたしもだ。ではプラントは独立宣言を出したし、前大戦の成果で独立したとしよう。
いまは地球連合とプラント共和国の対等な独立国同士の戦争だと」
 コープランドは現実路線に出た。地球のロゴスは壊滅状態だし、ブルーコスモスの新た
なる最高指導者が決まるのを待っている時間はない。スポンサーより部下が大事だ。
「連合の月基地の再建、それだけはプラントとして許せません」
「月の調査には必要だ」
「民間人の住むコロニーを破壊する兵器を配備するためにですか? 私は月は自由都市を
増やし、将来的に独自の自治体に育つべきだと考えます」
「それは実質的にプラントの植民都市を造るということにしかならん。月の1/6Gの生活
は、ナチュラルにとっては苦労が多すぎる」
「コーディネーターが居住することと、プラントと友好関係を持つことがイコールになら
ないことは、地球でナチュラル同士の外交をこなしていらした大統領にはよくおわかりで
は?」
 これは論理的にはデュランダルの言を認めなければならない。みな自分の国家、自治体
の利益のために動くのであって、連合は相手がナチュラルの国だからといって手加減など
したことはない。プラントもそういう『人間的』な外交をすると。
「ナチュラルの方々は我々を『宇宙の化け物』扱いなさいますが、遺伝子的には同じホ
モ・サピエンスだということをお忘れなく。化け物でない代わりに、万能でもないのです。
ファ-ストコーディネーター、ジョージ・グレンはナチュラルの少年に暗殺されましたが、
老いたコーディネーターより若いナチュラルのほうが俊敏なのだと思いませんか?」
「民族の話を個体差に持っていかないでくれたまえ。君たちは無重力、低重力に適応して
いるが、われわれはそうではない」
「宇宙進出がしたいのなら、地球でのコーディネーター作成禁止の法律を廃止すべきです。
実際体外受精を隠れ蓑に子供をコーディネーターにしている人たちはかなりいるようです。
容姿をいじらなければ怪しまれませんから。レオナルド・ダ・ヴィンチ、万能の人ですら、
田舎の村の公証人と村娘の間に生まれたのですから」
 コープランドは苦虫を噛んだような顔になった。
「プラント領オーブでは、以前と変わらずナチュラルとコーディネーターが一緒に暮らし
ています。彼らの生活は融合してはいませんが、確実に重なる部分があります」
「その、プラント領オーブという言葉はまだ国際法で認められていない。プラントが武力
統治しているところのオーブ連邦首長国だ」
「オーブではザフトは嫌われていない占領軍です。アスハ家独裁体制に疑問を持っていた
市民が、オーブのための政策をどんどんだしてきます。それにはナチュラルもコーディ
ネーターもありません」
 デュランダルはふと、アーモリーワンに乗り込んできた金色の目をしたお姫様を思い出した。
夫は離婚して亡命し、彼女はひとりで生まれ育った屋敷にいるという。金色の目と
気性が女豹を思わせたが、やはり甘やかされた猫だったようだ。彼女の遺伝子的にはかな
り離れた双子の弟のキラ・ヤマトも占領統治下の一市民として生活しているという。ヒビ
キ博士は人間の精神をつかさどる遺伝子には弱かったのかもしれない。実際明らかな欠陥
遺伝子を取り除く以外、精神面のコーディネートは進んでいない。SEED因子も同様に
未知の分野だ。そろそろ研究生活に戻りたいものだと、デュランダルは思った。
「連合としては、アルザッヘル基地の再建、プラントがオーブを占領から解くことは譲れ
ん」
 月に基地があるから、プラントを牽制できる。それにプラント――コロニー国家――が
地球に領土をもつなど、認められるわけもなかった。コープランドは寂れている連合所属
のコロニーの存在を忘れていた。住んでいるもの好きな人間も、連合への帰属意識は薄い
だろう。
「プラントとしては、連合の月からの完全撤退、プラントによるオーブ領有は譲れない項
目です」
「そんなに戦いたいのかね、君は」
 コープランドがデュランダルをねめつけた。
「未来のプラント市民のためです。妥協はできません」
「ならば、戦争再開だ」
 二人の国家元首は立ち上がった。

 

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