クロスデスティニー(X運命)◆UO9SM5XUx.氏 第030話

Last-modified: 2016-02-15 (月) 23:32:11

第三十話  『そういう世界は、間違っている?』
 
 
==========================

夕日が沈んでいく。地中海が赤く染まる

森の中には、ネットを張ってカムフラージュしたアークエンジェルがあった
その甲板でぼんやりとキラは海を見つめていた

(そんなおまえたちの方が信じられない・・・・・か)

アスランの言葉が、キラの中で鳴っている。親友の言葉だった
それだけにひどく、重い

どこで道を間違えたのだろうか。どこで運命は入れ替わったのだろうか

アスランは自分のことを信じてくれているものだと思っていた
カガリが死んだことが、悲しくないわけがない。それでも戦わなければならないから、
フリーダムに乗って戦った。戦いを止めるために

「そっか、負けたんだ・・・・」

ぼんやりとキラは夕暮れを見つめる

正直なところ、今でも自分が負けたことが信じられなかった
アカツキとDXはフリーダムより性能が上だったが、終始戦いはキラのものだった

アークエンジェルが撃墜されなければ、あるいは最初から殺すつもりでやっていれば、
勝っただろう。しかしフリーダムが撃墜された今、それを言っても言い訳にしかならない

「キラ、ここにいましたの?」
「ラクス・・・・・」

オーブの民族衣装である『着物』を着たラクスが、甲板に上がってくる
彼女はこちらに歩いてくると、キラの横に座った

「夕日が綺麗ですわぁ・・・・。まるで、世界に戦争なんてないみたい」
「・・・・・・そうだね」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

二人して沈黙する、なんとなく気が重かった

          「キラ」 「ラクス」

二人同時にお互いの名を呼ぶ。不意にキラはぷっと吹き出した。ラクスもおかしそうに口元を押さえて笑う

「ラクス、なに?」
「いいえ、ここはキラからどうぞ」

ラクスがおどけたように手を差し伸べてくる。キラは少しほっとした気分になって、口を開いた

「アスラン、変わっちゃったね。あの時、DXが止めに入らなきゃ、僕はアスランに殺されてたと思う」

今でも思い出せる、アスランの殺意。フリーダムがDXとアカツキの連携に敗れた後、
向けられたインフィニットジャスティスの銃口。あれは確実に命を奪うための、武器だった

「・・・・・そうですわね。わたくしの言葉も、アスランには届きませんでした。アークエンジェルも撃墜されて・・・」

ちょっと笑ったまま、ラクスはうつむく。夕日が照らす彼女の顔は、ひどく綺麗だと思った

「僕は悲しかったよ、カガリが死んだこと。僕の姉弟だった人が死んで、悲しくないわけない・・・・
  でも、アスランは僕よりもっと悲しかったんだと思う」
「悲しみが、彼のすべてを変えてしまったとは思いたくありませんわ
  わたくしはまだアスランを仲間だと思っています」
「・・・・・僕もだよ。大切な友達なんだ、アスランは」
「なら、信じましょう? アスランを・・・・・わたくしたちの仲間を。また一緒に笑える日を信じて」
「・・・・・・・・うん」

夕日が沈んでいく。またキラはそれを見つめた。戦場が遠いのだと、ふと思った

「では、わたくしの番ですわね?」
「いいよ、どうぞ?」
「・・・・・・迷っていますの」
「迷ってる?」

珍しいことだと、キラは思った。ラクスの決断は早く、いつも迷いがない
そんな彼女が迷っていることなど、かなり珍しいことだ

「わたくしはプラントに戻るべきかもしれません・・・・・。前大戦でナチュラルとコーディネイターの融和を願った、
  シーゲル・クラインの娘として」
「・・・・・・・プラントに、か・・・・」

危険な話だった。ギルバート・デュランダルはオーブ防衛戦以後、ラクス・クラインを指名手配している
罪状はカガリ・ユラ・アスハ暗殺の容疑だった。濡れ衣だが、状況証拠は十分にそろっている
あの結婚式の映像を見られたら、フリーダムはカガリを暗殺したブリッツの共犯者にしか見えないだろう

「デュランダル議長が、ロゴスの糾弾を始めました」
「・・・・・・・・・・・」

プラントの議長、ギルバート・デュランダルはロゴスの存在を暴露した
反コーディネイター組織、ブルーコスモスの母体であり、武器商人たちの集まりと呼ばれるその特殊な会は、
この戦争の元凶とも言われるものだった

デュランダルの言い分によれば、マスコミを使い、世論をあおり、
無理矢理地球とプラントとの戦争に持っていったのはロゴスだと言う
また、ロドニアのラボなどでは非人道的な研究の数々を、ロゴスが行っていたと発表した

それを聞いた地球の民は怒り、反ロゴス、反ブルーコスモスを掲げ、
親デュランダル、プラントへと傾いていった

ラクスは沈む夕日をじっと見つめ、言う

「戦争は終わるでしょう、ロゴスという悪役の登場で。しかしそれで本当に世界はよろしいのでしょうか
  戦う者は悪くない、戦わない者も悪くない・・・・・悪いのは全て戦わせようとする死の商人ロゴス
  それは本当に正しいのでしょうか。誰も他に罪はないと?」
「・・・・・・・・・・」
「デュランダル議長が作る世界は、まやかしですわ。まやかしの平和、まやかしの真実。
  かつてあの、ミーア・キャンベルがわたくしを名乗ったように、
  またわたくしやキラにいわれなき罪を着せたように。
  すべてを偽りに塗り固めて、彼は世界を作る気なのでしょう」
「・・・・・・・・・・・・・・そういう世界は、間違っている?」
「わたくしは、そう思います。議長は、平然とDXという兵器を造られた方ですわ
  あれが都市で使われれば、またどれだけの人が死ぬかわかりません」
「そうだね。あのデュランダルという人、なにを考えているのか・・・・・」

しかしラクスがプラントに戻るというのは、難しい
フリーダムもなく警護がヴァサーゴだけでは、死にに行くようなものだ

「ただ・・・・わたくしがプラントに戻るのは、危険です。キラも含めて、みなの命が危うくなる・・・・」
「・・・・せめてフリーダムがあれば・・・・」
「そうですわね。時間が・・・・わたくしたちには必要かもしれません。あの方もどうにか一命をとりとめたようですし」
「本当はアスランが協力してくれるのが、一番いいんだけど・・・・」

ヤタガラスの戦力は、一隻で大国の軍事力と比肩するとまで言われる
そういう艦が味方にあれば、ラクスも安全にプラントまで運ぶことができる

「ええ。でもアスランにも時間が必要ですわ。悲しみを癒す時間が・・・・」
「・・・・・・うん」
「プラントに戻るため、わたくしも準備もしています。今は耐える時でしょう、キラ・・・・」
「わかってる」

夕日が沈んでいく。やはりこの世界で戦争をしているのが嘘みたいだと、
キラは偽装したアークエンジェルの甲板で思った

==========================

かぽーん・・・・ちゃぷん

「で、俺はいったいなにしてんのかねぇ・・・・」

ロアビィは手ぬぐいをお湯につけた。ぶくぶくと手ぬぐいから空気が吹き出る

「む、いかんぞ。湯船に手ぬぐいをつけるのは、マナー違反だ」

真面目くさった顔で、同じくお湯につかっているシャギアが言う

「じゃあ、あれはマナー違反じゃないのかよ。あれは」

ロアビィが指差した先に、同じく湯船につかっているバルトフェルドがいた

「ふー。天使湯で飲むコーヒーはまた格別だね」

「ああ。バルトフェルドのあれは、病気だ。いちいち気にしていたら身がもたんぞ」
「・・・・・・十分この状況だけでも驚天動地ですよ。だいたいおまえさん、本当に記憶がないのかよ?」

ロアビィがつかっているのはアークエンジェルに設置された温泉、天使湯である。

まず、フリーダムをサルベージしてアークエンジェルに来たら、ガンダムヴァサーゴがいた
そのパイロット、シャギア・フロスト。幾度もフリーデンに立ちふさがり、戦ってきた相手である
ロアビィはすぐさまレオパルドで戦闘態勢をとったが、ヴァサーゴはなにもしてこない
どういうわけかと話を聞いたら、記憶がないのだという

「記憶がないのは本当だ。君は私のことを知っているのか?」

シャギアが真顔で聞いてくる

「知るかよそんなもん。俺が知ってんのは、おまえが俺たちの邪魔ばっかりしてきたってことだ
  命のやり取りしたことも、一度や二度じゃありませんよ?」
「ふむ・・・・・。やはり軍人だったのかな、私は・・・・」
「ケッ。なにたくらんでんだか・・・・」
「私はなにもたくらんではいない。ただ、ラクスの幸せを願っているだけだ」

ロアビィはその声を聞いて、体を湯船に沈めた。鳥肌が立ったからだ
はっきり言って気持ち悪い

湯船からあがると、ロアビィは用意された『浴衣』に着替える
オーブの民族衣装の一つで、温泉に使った後はこれに着替えるのが常識らしい

「フリーのMS乗りと聞いたが。で、これからどうするんだね、おまえさんは?」

同じく浴衣に着替えながら、バルトフェルドが聞いてくる
バルトフェルドは、見るからに軍人らしい軍人といった感じの男だ

「別に? 予定はないよ。まぁ、あるっちゃあるんだけどね・・・・・」

言いながら、ロアビィは考える。いつかはガロードたちと合流しなければならないだろう
しかし気が進まない。正規軍ではなく、遊軍に近い形でヤタガラスは動いているが、
どうしても戦争をすることに抵抗があった

「アークエンジェルをどうにか海底から出したが、こんな状態だ。
  まともに動くのがヴァサーゴ一機だけなんでね。僕としてもロアビィ、君にいられると嬉しい・・・・・」
「専属契約を結んでくれ、ってか? 俺は高いぜ、バルトフェルド?」
「ま、金ならラクスが持ってるさ」
「ラクス・クラインねぇ・・・・。あの姫さん、いったい何者なのよ?」
「さて、救国の歌姫、卑劣なテロリスト。君はどっちが本当のラクスだと思う?」

バルトフェルドがそう言って、笑いかけてくる。確かにロアビィが集めた情報だと、
その二つの異名をラクスは背負っていた

「さーね。俺は傭兵だぜ? 思想なんかどうでもいいのさ
  払うもん払ってくれて、裏切らない、無茶な命令をしない雇い主なら、後はどうでもいい」
「なるほど、それも意見だねぇ。ところでそう言うところを見ると、これは脈アリと考えていいのかな?」
「バルトフェルド、君はマナーがなっちゃいないな。こういう時は美人に俺を口説かせるのが、一番だぜ?」
「たはは、こりゃ一本取られた。おう、それならちょうどいい美人があっちからやってくる」

男湯から出ると、確かに美人が歩いてきていた

「へぇ・・・・・」

ロアビィはうなる
真面目そうな顔つきの中に、母性がある。またきりっとした顔に、一種愁いの色さえ見える
化粧はさほど濃くはないが、唇にひいた紅が鮮やかで、それが強烈な色気になっている
顔の形も美人で、胸の大きさもかなりのものだ。そこにいるだけで男を惑わせるような、強烈な女だった

「あら、あなた・・・・」

美人がロアビィを見て、口を開く

「ん? 俺はロアビィ・ロイ。ええと、名前を聞いても、いいかな?」
「は、はい。マリュー・ラミアス。臨時ですけど、アークエンジェルの艦長です」
「へぇ、そのお若さで。大変でしょう?」

そんなことを言うが、ロアビィ自身は18である。マリューと名乗った女性は、20半ばに見えた

「・・・・いえ・・・・別に、軍属というわけでもありませんし」
「しかしこのアークエンジェルは、今、飛べない鳥だ。大変でしょう?」
「ええ。不安はあります。敵もいつ来るかわかりませんし・・・・」
「あー、そこだ。一つ聞いてもいいかな?」
「はい?」

ロアビィは軽薄な表情を消した
じっとマリュー・ラミアスを見つめる

「あんたら、誰と戦ってんだい?」
「え・・・?」

急に、マリューはぽかんとした表情になる。バルトフェルドの顔には、少しだけ緊張が浮かんでいた

「バルトフェルド、俺はどーもわかんねぇんだよ。ただザフトやオーブから逃げるだけなら、MSはいらない
  ましてや、こんな馬鹿でかい母艦なんて、見つけてくださいって言ってるようなもんだ
  なのにあんたらは武力を持ったまま、なんかと戦おうとしている・・・・なにとだ?」
「・・・・・・・・・」

バルトフェルドが黙っている。
ロアビィの懸念は当たり前のことだった。この艦に雇われるなら、
まず一番最初にこの艦の目的を知らなければならない

「まさか、ザフトやオーブとこんな戦艦一隻でやりあおうなんて考えてないよな?
  もしそうだとしたら、俺はごめんだぜ? 今のところ自殺する予定はないんでね」
「ロアビィ、俺たちは・・・・」

ドォォォォン!!

不意に衝撃が来て、船が揺れた。ロアビィは倒れそうになるマリューを、しっかりと抱き支える

「あ・・・・」
「ま、レディーファーストでね。にしてもなんだよ・・・!」

ロアビィはアークエンジェルの窓に駆け寄り、外を見る。三機のMSが見えた

==========================

千載一遇の好機、というなら今しかない

キラ・ヤマトは超のつく天才である。どれだけ憎い敵だろうと、それは認めなければならない
彼の戦闘能力は異常なレベルで、エースパイロットを百人集めようと倒せないだろう

レジェンド、デスティニー、アビスの三機でやってきたが、正直なところフリーダム相手なら、
これでも負けかねないとニコルは思っている。ただ、ティファがわからない
彼女が本当に自分の意思で戦うなら、キラとやりあえるかもしれないが、
今のところ彼女は戦うのを嫌がっており、それがレジェンドの戦闘能力を大きく下げている

「でも、フリーダムがいない今が最大のチャンスですよねぇ・・・・?」

前の戦闘で、フリーダムはDXとアカツキによって大破させられている
いかにキラ・ヤマトでもその力を十分に発揮させてくれるMSがなければ、この三機にかなうはずもない

「さて、飛べない鳥の翼でももいじゃいますか」

ニコルはデスティニーの、高エネルギー長射程ビーム砲を構えた
デスティニーの全長を上回る怪物のようなビームライフルである
それの照準をアークエンジェルに定め、放つ

ドォォォォン!

巨大なエネルギーを受け、アークエンジェルの甲板が大破される
居住区を狙うのも手だが、ニコルはキラもラクスも殺すつもりはなかった
一瞬の死など、優しすぎる

「アハハハハハ! ヒーヒッヒッヒ! 出てきてくださいよぉ、キラ・ヤマト!」

長射程ビーム砲で、周囲の森を次々と吹き飛ばす。
やがてアークエンジェルの周囲だけが、綺麗に荒野となった
これならアークエンジェルから逃げようとしても、すぐにわかる

「さ、アウル、ティファ、留守番は頼みましたよ?
  逃げる人がいたら、遠慮なく殺してくださいね」
『はいはい。あんたもいい趣味してんなぁ・・・・』
『・・・・・・・・・・・』

ニコルは命令を出すと、長射程ビーム砲を収納し、背から一つの武器を取り出す
アロンダイト。デスティニーの象徴でもある、超大型ビームソードである
取り回しは難しいが、デスティニーの全長を上回るその剣は、破壊力ならばビームサーベルの追従を許さない

ゴォッ!

デスティニーが翼を広げ、アークエンジェルに接近する

ドドドドドド!

アークエンジェルはイーゲルシュテルンを起動し、反撃してきたが、当然VPSのデスティニーにはきかない

「アハハハハハ!! バルカン砲ぐらいで止まると思いますかぁ!? 
  運命はね、それぐらいじゃ変えられないんですよ・・・・アハハハハハああああッ!!」

ザシュゥ、ドゴォ、ザンッ!

凄まじい機動でデスティニーはアークエンジェルの四隅を回り、じわりじわりと斬っていく
このまま斬りつけ続ければ、最後はブリッジだけになるだろう

「怖いですかぁ!? 怖いですか・・・!? なら、その悲鳴を早く聞かせてくださいよぉぉぉぉ!
  ああん、もう! 楽しいなぁぁぁぁぁッ!」

中の人間たちがブリッジに追い詰められた時、ラクスとキラを捕らえる時だ
その時のことを考えると、ニコルは胸がどきどきしてたまらなかった