クロスデスティニー(X運命)◆UO9SM5XUx.氏 第050話

Last-modified: 2016-02-17 (水) 23:47:54

第五十話 『俺が考えた答えじゃないんだ』
 
 
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マハムール基地の図書室で、シンは本を読んでいた。隣でごろごろステラが退屈そうにしている
読んでいるのは政治学の本である。マルクスとアリストテレスは、読み終えた
今は韓非子に目を通している

正直言って、最初に読んだ時はちんぷんかんぷんだった
書かれていることもよくわからず、ただ文字を追っているだけという感じだった
それでもようやく、なんとなくだが、書かれていることが徐々にわかりだした
しかしそれでもまだ初心者で、よくわからないことも多い
ただ、大きな収穫はあった。それは

—————100%正解と言える政治体制や政策などない

ということだった。それぞれが『これ』を正しいと主張し、その政治を信じ、貫く
結局はそれである。戦場には勝利というわかりやすい目的と結果があるが、
政治はそうではない。結果が出るのはひどく先であり、たいていの政治家はその評価を死後にゆだねられる

気の遠くなるような話だった。まるで政治という迷宮が自分の前で口を開けて待っているかのようだ
しかし戦争と平和を考えたとき、シンは政治を学ぶしかないと思った

なんのかんのと言っても、今回の戦争で開戦を決定したのは、
ロゴスではなくて大西洋連邦の大統領である。裏の話とか細かい理屈を抜きにすれば、
戦争は政治家が始めたことということになる。ならば平和を作るのもまた、政治家だろう

「うわ・・・なによ、コレ」
「ん・・・・? なんだ、ルナか・・・・」

読んでいた韓非子から顔をあげて、シンは図書室にやってきたルナマリアを見つめた

「気持ち悪いわねぇ・・・・。シン、大真面目になんて本読んでるのよ。熱でもあるの?」
「ねぇよ。それに、俺も内容がよくわかってるわけじゃないしな」
「いきなり政治家志望にでもなったの?」
「俺が勉強してるのがそんなに変か?」
「うん。変」

きっぱりとルナマリアが言う。シンは読んでいた本を閉じて、机の上に置いた
それからうーんと伸びをする。読書が終わったからなのか、ステラがシンの腕にしがみついてきた

「なぁ、ルナ。戦争ってどうすれば終わるのかな?」
「いきなりなに?」
「・・・・ラクスも議長も平和のために戦ってるよな
  どっちも平和を願っているのに、なんで戦争なんかしてるんだ?」
「シン。あんまり危ないこと言うんじゃないわよ。どこに目があるかわからないんだから・・・」
「うぇーい」

ルナマリアが、シンの口をふさぐような仕草をする
確かに、敵を賛美するような言い方はまずかったかもしれない
少し前ならラクスはただの犯罪者だったが、今は明確なプラントの敵なのである

「はー。ぜんっぜんわかんねー。平和ってなんだ? 戦争ってなんだ?」
「私たち軍人が考えることじゃないんじゃない? そういうのは政治家の役目でしょ?」
「俺、そういう態度のままじゃいけないと思う」
「?」
「俺はもう少し、戦争ってヤツと平和ってヤツを考えたい
  確かに、議長やラクスは、簡単に答えを用意してくれる。でもそれは、俺が考えた答えじゃないんだ
  だから完全に納得できない。俺はまだ、もう少し、迷っていたいんだ」
「・・・・・はぁー。なんか難しいこと考えてんのねぇ・・・・。まぁいいわ。それより、艦長が呼んでるわよ?」
「艦長が? なんだろ・・・・」
「多分、ステラのことじゃない?」

ルナマリアが言いながら、ステラをきゅっと抱きしめて、頭をなでている
そうしていると仲の良い姉妹のように見えた

ステラは書類上、ヤタガラスのゲストである。シンはミネルバに戻るよう言われたため、これを連れて行くことはできない
『FAITH』なら別だろうが、ガロードとアスランはタカマガハラに残るのだ

ステラをルナマリアに任せると、シンはヤタガラスに向かう。
艦長室。アスランはいつもどおりの姿でそこにいた

「シン。おまえは軍人だ。軍人は、上からの命令に従わなければならない
  死ねと言われれば、死ぬねばならないのが軍人だ」
「・・・・・・はい」
「だからおまえが軍人である以上、ステラとは離れ離れだ。わかるな?」
「それは・・・・はい」

いきなり、アスランからそんな話題をぶつけられる
だが、今のシンが抱いている最大の悩みだった。あくまでもステラは、ヤタガラスだから一緒にいられたのだ
自分がミネルバに戻る以上、勝手に連れて帰るわけにもいかない

「ヤタガラスはこれから、代表と共に宇宙へ上がる。だがな、俺はおまえを高く評価している
  それにアカツキは、もうおまえのMSと言っていいだろう。正直なところ、俺はおまえと離れがたい」
「いえ・・・ありがとうございます、艦長」
「で、おまえの本音はどうだ、シン?」
「え・・・・?」

予想外の言葉に、シンは戸惑った。アスランはじっとこちらを見つめてくる

「俺と行動を共にしたおまえだ。俺がザフトではなく、オーブのために動いていることぐらいはわかるだろう?」
「ええ・・・・。それは・・・・・」

わかるだろうとアスランに言われたが、シンが気づいたのは今が初めてだった
確かにザフトらしくない行動もあったが、
まさかここまではっきりとオーブのためと言うとは思わなかった、というのが本音だ

「おまえはどうだ?」
「俺は・・・・・ザフトです」
「シン。はっきり言おう。俺はおまえが欲しい
  だから本音を聞きたい。シン・アスカ本人としての言葉を」

きわどい話題をしていると、シンは思った
アスランは言外にザフトからオーブに移る気はないかと勧誘しているのだ
しかしそれをいきなり言われても、答えられる問いではなかった
確かにシンは天涯孤独の身であるし、ステラも気がかりだ
だからといって今の身分をたやすく捨てられるわけでもない

ガロードなら、多分、簡単に軍人としての身分など捨ててしまうのだろう
そういう気楽さが少し、うらやましくもあった

「艦長。俺はずっと考えていることがあります」
「なんだ?」
「戦争ってどうすれば終わるんですか?」
「ふむ・・・・・」

少し思案顔になってアスランは腕を組んだ
しかしすぐに腕を解いて、シンを見つめてくる

「そうだな、シン。俺は常識を言うが、この場合、双方の陣営・・・・
  つまり、プラント、連合、オーブなどが戦争の終結を宣言すればいい。そうすれば戦争は終わりだ」
「・・・・それは、どうすれば可能なんです?」
「まぁ、これも常識だが、何度かの非公式な交渉を経て条件を調節し、
  落としどころを見つけると公式に和平交渉をして発表する。それでだいたい終結かな
  ただ、一方の政府を完全に制圧して勝利しても、戦争は終結する
  今回の戦争は、プラント対連合の場合は後者になるだろうな。大西洋連邦の大統領も月に逃げたそうだし
  まぁ、他にも戦争が終結する形はあるが、おおむねこうだ」
「・・・・・・うーん」

雲をつかむような話だった。シンのような一軍人が、和平交渉のことなどわかるはずもない
ただアスランの口ぶりからすると、対連合の戦いはもうすぐ終わるが、
代わりにオーブが厄介になりそうな感じだった

「シンは、戦争を終わらせたいのか?」
「ええ・・・・・約束ですから。でも、連合を完全に倒して、本当に平和になるんでしょうか
  こんなことをしたことで、コーディネイターをさらにナチュラルは憎むんじゃないでしょうか」

するとアスランは、ふっと穏やかな顔になった
ずっと張り詰めている顔をしたアスランの、久しぶりに見る優しい顔だった

「昔な・・・・言われたことがある
  殺されたから殺して、殺したから殺されて、それで本当に最後は平和になるのかよ・・・・と」
「・・・・・それを言ったのは?」
「カガリだよ。憎悪の連鎖に、嫌気がさしていたんだ、彼女は
  理想主義者だったけど・・・・俺は、言ってることは間違ってなかったと思う
  けど、理想は理想だ。理想でどうにかならない感情も、確かにある」
「・・・・・・・」
「だが、戦争も憎悪の連鎖がすべてじゃない。いろいろなものが複雑にからみあって、戦争は起きる
  だから軍人とは別に、政治家がいる。正直に言えば、軍人が平和がどうのと言い出したらそれは、軍人失格だ
  平和になればいいのに。なぜ俺は戦っているんだ。今、殺した敵は俺になにか悪いことをしたのか
  そんなことを考えていたら、戦うことなんかできない
  とはいえ、一軍を率いる人間ならまた別だがな。今度は政治的に、和平も考えながら戦わなければならなくなる」
「・・・・・・」

なにか、とんでもないヒントが、アスランの言葉に含められているような気がした
しかし思いつきそうで思いつかない。シンはこんこんと自分の頭を叩いているが、思考がぼやけてまとまらない

「質問には答えたぞ、シン。おまえはどうだ?」
「俺は・・・・ラクスとキラが許せません。故郷を踏みにじられたんですから」
「・・・・・・だろうな」
「俺、テクスさんと話しました。デスティニープランについて
  あれは欠点だらけの政策だと、俺も思います。それに議長も人が変わったように好戦的になって・・・
  だからザフトに黙ってついていけるかって言われたら、それは・・・・・正直、疑問です」
「・・・・・・・・」
「俺、本音を言えば確かにヤタガラスについていきたいです・・・・・・・・」
「シン。なにを考えている?」

いきなりアスランが切り込んできた。それは、シン自身ですら自覚していないことだった
そう、自分は『なにか』を考えている。なにか途方も無いことを考えている
シンの頭の中にもやもやしたものがあって、そこに手を伸ばすと、
自分を別のものに変貌させてしまうような、化け物がうずくまっている

「俺は・・・・・戦争を・・・・・。自分で戦争を終わらせたいです」
「は?」

アスランが目を点にしていた
そんなに自分はおかしいことを言っただろうか。少し戸惑う

「戦争を終わらせたいです、俺は。俺のやり方で」
「おい、シン。バカを言うな。おまえはラクスやキラにでもなりたいのか?」
「まさか」
「じゃあなんだ・・・・。まったく。ただのパイロットが戦争を終わらせられると、本気で思ってるのか、おまえは」

するとバンッと隣室の扉が開いた。そこから金髪の男が出てくる
シンの知っている男だったが、話したことはない
ミネルバ所属のエースパイロット、ハイネ・ヴェステンフルスだ

「おい、いいじゃないか、アスラン。こんな愉快なことを素で言えるヤツはなかなかいないぞ」
「ハイネ・・・・。まだ呼んでないぞ」
「ゲストの登場は、劇的だから効果があるのさ。なぁ、シン?」

にやりとハイネが笑って、こちらに視線を注いでくる
ぎこちない感じでシンは敬礼したが、ハイネは首を振って肩を叩いてきた

「は・・・・」
「おい、そう堅苦しいのは抜きで行こうぜ。俺はシン、おまえはハイネ。それでいこう」
「はぁ・・・・・・」
「で、唐突だがシン。おまえ死ね」
「え?」
「俺がおまえを殺す。だから死んどけ」
「???」

ハイネがわけのわからないことを言ってくる
アスランが血相を変えて、告げた

「ハイネ・・・・!」
「いまさら腹の探り合いしても仕方ないだろ、アスラン?
  それにもしかしたらシンは、おまえより器がでかいかもしれないぜ?
  おまえ、言えるか? 戦争を自分の力で終わらせたいって・・・・・」
「夢物語だ・・・・。やろうとすれば、キラやラクスと・・・・」
「おい、シン。おまえ、なにがしたい?」

アスランの言葉を無視して、ハイネがシンの肩をつかみ、揺さぶってくる

「まだ、わかりません。戦争を終わらしたい・・・・もう、俺やステラみたいに悲しいやつを作りたくない・・・
  考えてるのは、それだけです」
「ザフトにいればそれがわかるか、シン?」
「あ・・・・いえ・・・・・。わからないと、思います」
「・・・・ザフトを抜ける気は無いか、シン。いいか、詳しいことは後でアスランからでも聞いとけ
  今、ザフトはとんでもないことになっている。表面上は、穏やかだけどな
  そしてヤタガラスで宇宙にあがってみろ。最高の先生が、おまえを出迎えてくれるはずだ」
「最高の・・・・先生?」
「平和ということ。戦争ということ。それを誰よりも考えてきた人がそこにいる
  とにかく、今、ザフトは危うい。それを今から説明する」

ハイネが声をひそめる。盗聴器はすべて外したと、アスランがつぶやく
なにか尋常ではない話が始まるのだと、シンは思った

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偽者、という感情が発生すると、それはなかなか消えなくなる
しかしあえてユウナはそれも忘れた
偽者と交渉していると思えば、どこかでその感情が外に出る
だからできうる限り、感情の色を消す

「ほう・・・・・。オーブとの開戦は、待って欲しい・・・・そうおっしゃるのですか?」

ミネルバの艦長室である。柔和な笑みを浮かべて、デュランダルがそこにいる

「はい、議長。私がアメノミハシラにあがり、工作を開始し、キラ政権を切り崩すまで、どうか・・・・」
「フッ・・・・。いや、私はまったく構わないのですけどね・・・・」デュランダルは立ち上がり、窓の外を見つめた「しかし
 戦争とは相手があることです。オーブの政権を握っているのは、あのラクス・クラインなのですよ・・・・
 これがどういうことかおわかりますか?」
「・・・・・・・」
「いつ攻撃をしてくるかわからない。そういうことですよ。そして工作を行うと代表はおっしゃられているが、
  それはラクスにも言える事なのです。認めたくは無いが、彼女のプラントに対する影響力は大きい・・・
  いつ彼女の支持者が、プラントでテロを行うか、私は常に危惧しているのです」
「ですが・・・・」
「代表。ラクス・クラインは恐ろしい。そう思われませんか?
  オーブという、軍事力を持ち、かつ伝統のある国をわずか数時間で乗っ取ったのです
  いや、前大戦での彼女の所業も、普通ではない。たった数機のMSで、戦争を止めたのですからね
  なぜそのようなことが可能だと思いますか?」
「・・・・・いえ」
「遺伝子ですよ。彼女は尋常でないカリスマを持つように、遺伝子を調整されているのです
  だが悲しいかな。彼女は失敗した・・・・・。己が役目を彼女ははき違えているのです
  彼女は本来、誰か有能な政治家に付いて、カリスマ性を発揮すべきなのですよ
  ところが彼女は、自分で政治をやろうとした。カリスマだけの人間が参政した悲劇が、そこにあります
  我々はその失敗を繰り返すべきではない。第二のラクス・クラインの出現は防がねばなりません」
「そのためのデスティニープラン。そうおっしゃるのですか?」
「代表は察しがよくて助かります。・・・・そう、デスティニープランさえ施行されていれば、
  ラクスも自分の役割を知ることができ、このような過ちをせずにすんだはずなのですよ」

こういう風に話していると、デスティニープランは欠陥も多いが、必ずしも悪い計画ではないと思えてくる
確かにラクスは、自分の立ち位置を間違えている。そして悲しいことに、本人はその事実に気づいていない

しかしそれとオーブは別問題だった。どうにかして開戦を遅らせたい

「議長のおっしゃることはよくわかりました。ならば余計のこと、開戦をお待ちになるべきではないでしょうか
  立ち位置を間違えたラクス・クラインは、必ず失策を犯します
  そこにつけ込む方が、まともに戦争を行うよりも効果的ではないでしょうか?」
「代表。もう議論はやめにいたしませんか? はっきり言いまして、私はあなたに最大限の譲歩を行っているのですよ
  本来ならばあなたは、我々と共にオーブを目指されるべきなのです
  ところがそれを無理に勧めず、アメノミハシラ行きを認め、さらには『FAITH』を二人つける・・・・
  どれほどザフトがあなたに譲歩を行っているか、わかりますか?」
「うっ・・・・・」

デュランダルの眼光が、色を変えた。殺気、というものがこもっている
情けないがユウナは、この手の視線に弱い。かすかに膝が震えた
しかし、それでも、どうにか頭を働かせる

「いつ開戦をするか、それは私が決めます。オーブはすでに友好国ではなく、敵国なのです
  戦争となれば容赦はできません。・・・・私はただ、早期の戦争終結を願うのみです」
「・・・・・・だが。キラ・ヤマトと正面から戦うのは危険です、議長
  クラウダという量産MSも驚異的な性能を誇っています」
「サザビーネグザスがなんのためにあると思いますか、代表。その危惧は愚問というものですよ」
「しかし・・・・・」

ユウナが呼びかけるが、デュランダルは唐突に背を向けた
もはやなにも聞かない、ということだろう。何度か呼びかけたが、背を向けたままだ
ユウナは打ちのめされた気分で、部屋を出る

とうとう、自分はオーブを戦火で焼いてしまうのか
それはもうどうしようもないことで、誰にも止められないのか

泣きたくなったが、どうにかこらえた
敗北を認めるにはまだ、早すぎる

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ヤタガラスに宇宙へあがるための使い捨てブースターが取り付けられている
ガロードはその工事をじっと見つめていた

しかし考えるのは、レジェンドのことばかりである
あのデュランダルが敵であるのはいい。だが、どうやってティファを取り戻すのか
そしてまたレジェンドがやってくればどうなるのか
真正面からやれば、DXでも負ける。ならば力量差を埋めるための、作戦を考えなければならない

「おーい、ガロード。本当にこのバビ、ヤタガラスに積み込むのかよ?」

キッドがこっちにやってきて、ハンガーに固定されているMSを指差す
バビだった。ザフトの量産型高機動可変MSである。『FAITH』権限で一つ、回してもらったのだ

「おう。頼むぜキッド」
「なにに使うんだよ、こんなもん?」
「ティファを助けるのに使うんだよ。つーか、クラウダの装甲はがしたら、
  こいつにAWのコクピットを移植してくれねぇか?」
「おい・・・・ガロード。簡単に言うなよ・・・・。バビはクラウダと違って可変式だぜ?」
「別に変形できなくてもかまわねぇよ。頼むよ、キッド・・・・」

両手をあわせて拝み倒すと、キッドはしぶしぶうなずいてきた

「ったく・・・・ちょっとはガロードも手伝えよ」
「へへっ、サンキュなキッド!」
「ちぇっ。現金なヤツ・・・・」

呆れたようにキッドが肩をすくめる

ヤタガラスの発進は、もう少しだった

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まってる

そう言って、ステラはシンにキスをしてきた。じゃれつくようなキスだった

窓の外を見つめる。ヤタガラスが空を行く。大気圏用のブースターが火を噴き、凄まじい勢いで上昇すると、
漆黒の神鳥は空に消えた

「いいのか、見送りに行かなくても」
「レイ・・・・。いや、別れるのが辛くなるからな」

シンの背中から声がかかる。振り返ると金髪の美少年がいた

「大丈夫だ、シン。すぐに会える。ヤタガラスはいつまでも、宇宙にいるわけじゃない」
「ありがとう、レイ」

言いながら、少しだけシンは心が痛んだ。なぜかレイやルナマリアを裏切っているような気がしたのだ
しかしこの秘密を、うかつに外へ漏らすことはできない。そんなことをすれば自分はもちろん、
聞いた人間にも被害がおよぶ

「一年、か・・・・。短いな、ステラは」

少し遠い目をして、レイは言った。空に消えたヤタガラスを見つめているのだと、シンは思った

「・・・・・・・・どうにかならないのかな。どうにか・・・・」
「俺に彼女の症状はわからないが、彼女がおまえと一緒にいて、幸せであるということはよくわかる
  それは救いだと思う」
「救い・・・か。それがなんになるのかな」
「生きていてよかったと、思えるようになる。それはただ生きて死ぬより、ずっと幸せなことだろう?」

少し、レイがはかなげな表情をした。今日はどこか悲しそうだ。ヤタガラスと別れたこととは別に、
なにか悲しいことでもあったのだろうか。その表情からはわからない

「人間はおもちゃじゃないよな、レイ。勝手にいじって、苦しませて、利用しちゃやっぱりいけないよな」
「ああ。どんな命でも、生きられるものなら生きたいだろう」
「俺はステラに明日を与えてやりたい・・・・。できれば、平和な明日を」
「・・・・・・・・。シン、俺も同じ想いだ。早く平和な日を、作り上げたい。それが、俺にできる唯一のことだろう」
「・・・・うん」
「・・・・シン、ミネルバに行こうか。おまえも俺も、新しいMSを受領しなければならない」
「わかった」

言って、シンはレイと共にミネルバに向かった。

しかしミネルバは、緊急発進態勢を整えていた。コンディションレッドまで発令されている
尋常ならない様子だった。すぐにMS格納庫へ飛び込み、ルナマリアを見つける

「ルナ、どうしたんだ!」
「どうしたもこうしたも・・・・あんたのMSを運んでいる輸送隊が、オーブ軍に襲われてんのよ!」
「なっ・・・・・! またか、あいつら!」
「とりあえずミネルバ単機で緊急出撃よ。あんたはグフで出ろってさ。で・・・レイは・・・・アレね
  ついさっき届いたんだけど・・・・」

ルナマリアが特別に作られた巨大なスペースに安置されている、巨大MSを指差す

「こ、これ・・・・デストロイじゃないか!」

思わずシンは声を張り上げた。間違いない。連合で使われ、バカげた火力と防御力を誇ったMS、
デストロイガンダムだった。それがまったく同じ形で、ミネルバの格納庫、特別スペースに安置されている

「ヘブンズベース戦のやつを改修し、修理した。高性能機であるのは事実だ。俺はこれに乗る」
「・・・・・なんかなぁ・・・・」

そんな時だ。同じミネルバに所属するジュール隊などもMSチェックをしていたが、
そこからハイネが顔を見せて、シンを手招きしてくる

「おい、シン。ちょっと話がある。来い」

言われて、一気にシンは緊張した。ルナマリアとレイに別れを告げて、ハイネのところに行く

「なんですか?」
「この戦いで死ね」
「・・・・・・はい」
「おまえに受領されるMSは・・・・どうするかな。さすがにそれと一緒に消えるわけにはいかないか・・・・
  かえって動きにくくなる」
「そういえば、俺に与えられるMSってなんなんですか?」
「ナイトジャスティス。前大戦で活躍した、ジャスティスの正式後継機だ
  とはいえ・・・・おまえが乗るわけにはいかないだろうな、こうなると
  いや、それ以前に強奪される可能性も・・・・まぁいい
  それより、手順はわかっているな?」
「はい」

シンは心臓がどくどくと早鐘を打つのを感じた。胃が、きゅうっとしぼられた感じになる

これから行うのは、シン・アスカ一世一代の大芝居である
自分が千両役者か大根役者かはわからないが、見事演じきらなければならないことだった