クロスデスティニー(X運命)◆UO9SM5XUx.氏 第064話

Last-modified: 2016-02-20 (土) 02:13:29

第六十四話 『レクイエム。そしてロード・ジブリール』
 
 
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ストライクノワールはミネルバの懐に入っている。ここまで近づけば、攻撃はできないはずだ
時間を稼ぐことだと、ハイネは思った。これで今、ミネルバもジュール隊も行動不能の状態に陥っている

『ハイネ! あなた! なにを考えているの!?』
「すみませんね、タリア艦長。もう少しこらえて下さい。イザーク!」

右腕のビームライフルショーティーをミネルバに向けたまま、ノワールの左腕をブルデュエルに向ける
そして放たれるワイヤーアンカー。動きの取れぬブルデュエルを絡め取ると、ノワールの方へ引き寄せた

『クッ・・・・・! 踊らされていたのか、俺は!』
「ハッ、冗談じゃない。おまえがバカなことをしなければ、俺もこんなことをせずにすんだんだ
  文句を言いたいのはこっちなんだぜ?」
『しかし今の議長に、俺はついていけない!』
「気持ちはわかるさ。だが、今はそういう段階じゃない。言え、イザーク!
  オーブ軍に連絡は入れたのか?」

ショーティーの銃口を、ブルデュエルのコクピットに向ける
裏切るつもりなら、イザークはオーブ軍へ連絡を入れているはずだ
そうならば間違いなく、そろそろオーブ軍がやってくる

『・・・・・・・・』

ガシャァン! ハイネはイザークの沈黙を確認すると、ショーティーを握り締めたままブルデュエルを殴りつけた
ワイヤーですぐに引き戻す。あたかも、胸倉をつかんでいるかのようだった

「そんなにラクスがいいのか?」
『・・・・・・・俺は』
「あいつがなにをしているのか、おまえには見えないのか? ラクスはプラントに宣戦布告をした
  どんな理想を掲げようと、ラクス・クラインはプラントの敵なんだ! 目を覚ませイザークッ!」
『待ってくださいハイネ。来ます、敵MS接近を確認』

ミネルバの通信士、アビーから通信が入ってくる。ハイネは舌打ちをした

「アビー! 識別は!?」
『オーブ軍、ドムトルーパーが3です』
「チッ、思ったより早いな・・・!」

補給艦の救援か、イザークの出迎えかはわからないが、迅速な動きだった
すぐに戦力を計算する。ヤタガラスがいつ来るか。ここはアメノミハシラから遠くないが、
戦艦とは連絡を入れてすぐに発進できるというものではない

動ける戦力は、ストライクノワール一機。ハイネは覚悟を決めた

「アビー、聞こえるか?」
『はい』
「ドムは俺が相手をする。しかし、俺が撃墜されたらミネルバの管制を戻して逃げろ
  アスランがもうすぐ来る。ジュール隊は無理にでも引っ張っとけ」
『はい。了解です』
「ったく・・・・冷静だなアビー。こういう時、死なないでね、ぐらい言ってくれよ?」
『ハイネ。バカなこと言ってないで、さっさと片付けてきてください』
「演技でも、少しぐらいかわいいことを言った方が、男は喜ぶぞ』
『余計なお世話です』

苦笑を浮かべて、ハイネはストライクノワールを起動させた
すぐにジュール隊をワイヤーで拘束し、ミネルバにくくりつける
それから、ミネルバから離れた。少なくとも今のミネルバは無力化しているのだ

『おや、どういうわけだい? イザーク・ジュールが投降するはずじゃ・・・・』

ドムのパイロット。声が聞こえた。気が強そうな女の声だ
ハイネはその声に聞き覚えがあった

「残念だったな、予定は変更だ。イザークはおまえらと一緒に行くのが嫌だとよ」
『なに・・・・!? その声は・・・・!』
「さて、このまま帰ってほしいんだけどな。俺たちは補給艦を見逃してやるからさ」
『おまえ・・・・ハイネ・ヴェステンフルスか!』
「久しぶりだな、ヒルダ・ハーケン。ヤキンではあんたを助けてやったこともあった
  共に酒を飲んだのもいい思い出だ。戦争終わってどこ行ったと思ったが、こんなところで再会とはな!」
『なぜラクス様に敵対するんだい、あんたほどの男が! デュランダルは尻尾を振って楽しい男でもないだろう!?』
「ヒルダ、プラントの人間すべてが、ラクス・クラインを好きだと思うのか? 
  残念だったな。俺は変わり者でね、ラクスが嫌いなんだよ。うさん臭くてしょうがない・・・!」

瞬間、三機のドムが展開し、次々とバズーカからビームを放ってきた
すぐさまストライクノワールは横に避ける

『ラクス様の悪口は許さないよ、ハイネッ!』
「ハンッ! 腕は俺の方が上だって、忘れたか!? だいたいおまえ、22に見えないんだよッ!」
『人が気にしていることを—————ッ!』
「簡単に冷静さを無くすあたり、未熟だなッ!」

横に移動しながら、二丁のビームライフルショーティー。次々と放つ
ドムはビームシールドを展開しながら、受け止めつつ、こちらに近寄ってきた

『なめるなハイネ、こっちは三機ッ! ジェットストリームアタックを仕掛ける・・・!』
「やれるものならッ!」

ドムが三機、縦列にならんだ。悪寒。すぐさまノワールは、なりふり構わず背を向けて逃げ出した

『なに・・・・!?』
「近寄らなければ、怖くはないッ! ジェットストリームアタック敗れたりってなッ!」

ノワールは背を向けた状態で、真後ろへ次々とレールガンを放つ
ヒルダのドムが被弾する。彼女の、舌打ちが聞こえるようだった。

『ハイネ・・・・! コケにしてぇッ!』
「おい、一つ教えてくれよ! どうしてそんなにラクスが好きなんだ!?」

ノワールがフラガラッハを引き抜き、アンカーと接続。それを頭上で振り回し、ドムへと投げつける
三機のドムが、一斉に切り裂かれた

『クッ・・・・! 決まってるじゃないか! ラクス様こそがコーディネイターの未来を創るからだッ!』
「未来ね・・・!」
『デュランダルもロゴスも連合もダメだ! やつらがどれほど人を殺したと思う!?
  おまえにもわかっているだろう、ハイネ! このままでは人類が滅ぶぞ!』
「根拠は!」
『根拠だと・・・!?』

ノワールがフラガラッハを引き寄せ、構え直す。三機のドムはダメージを受けているが、戦闘不能にまではなっていない
 
「道を間違えたのは誰だ!? 誰もが平和を望んだはずだ! なにがいけない、なにが悪い!?
  どこを直せば俺たちは戦争などせずに済む・・・・!? ラクスに世界を任せれば、世界は本当に平和になるのか!?」
『なにを言っている、ヴェステンフルスッ!』
「明確な政策一つ示すことができず、戦争しかやらない女に、
  世界を任せられると本気で思う、おまえの正気を俺は疑うッ!」
『デュランダルに従う男が言うことかぁぁぁ!』

三機のドムが連携し、次々とビームサーベルで斬りかかってくる
鬼神のごとき動きで、ノワールはそれをフラガラッハで受け流す

「そう・・・・だな! 政治の話なんか俺は不得意だ! 俺が言いたいのはただ一つ・・・・!」
『うっ・・・!』
「どうしてラクスは歌手をやめた!」
『なに!?』
「金持ちで、恵まれてて、あっさり歌姫になれたのに・・・・どうして歌手をやめたんだ!」
『おまえ・・・・なにを・・・・!』
「新曲出せばメガヒット! ライブはいつも満員御礼! 俺だって実力で劣っていると思わないが・・・
  うらやましいぞコンチクショォォォォォッ! 俺もインディーズじゃイイセン行ったのによぉぉぉぉッ!」

ワイヤーを両手から放ち、ヒルダのドムを絡み取る。それをぶん回し、残りの二機へと叩きつける・・・!
三機はきりもみをして、その場から勢いよく離脱して行った

息をつく暇もない。敵機接近を確認する。おそらくヒルダが、救援要請を行っったのだ
機影は10。さすがにこれだけの数を相手にするのは骨だった

『待たせたな、ハイネ』
『つっても、急いで来たんだけどよ!』

瞬間、ストライクノワールの横に二機の可変MSが合流してくる。ハイネはほっと息を吐いた

「えらく早いな、アスラン、ウィッツ!」

インフィニットジャスティスと、エアマスターバーストが変形し、MS形態に変わる
彼らはMS用の簡易ブースターを同時に放棄した
なるほど、可変状態でこれをつけたなら、長距離を短時間で移動できる

『ハイネ、状況は? おまえの離脱はもっと後だと思っていたんだが』
「詳しい話は後だ、アスラン。ミネルバとジュール隊を俺はコントロール不能にしている
  こいつらをひとまず、アメノミハシラまで運ぶぞ」
『そうか・・・・。ヤタガラスがここに来るまで、少し時間がかかる
  ひとまずあいつらを始末するぞ!』
『おうよ!』
「待て、二人とも! ここで戦うのはまずい。もしも主力軍がやってきたら、ミネルバが沈む・・・・!」

ハイネは即座に制止をかけた。確かにこの二機なら蹴散らせるかもしれないが、ミネルバは無力化しているのである
今なら一機のM1アストレイでもミネルバは沈むのだ

『逃げる・・・か?』
「ここは宇宙だ。エアマスターとジャスティスの出力なら、ミネルバをけん引できるだろ。急げ!」

言いつつ、ストライクノワールは敵方向へ威嚇射撃を行った
ここからは苦労しそうだと思いながら、ハイネはため息をついた

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追撃をどうにかかわした。ヤタガラスと合流し、ミネルバはアメノミハシラへと入港していく

ハイネはすぐさまストライクノワールから降り、同じくMSから降りているアスランに走り寄る

「アスラン!」
「ハイネ、無事で・・・・」
「挨拶はいい。議長はどちらに?」
「お会いするのか? あそこ、陸上戦艦、フリーデンの医務室だ」
「わかった。タリア艦長も後で連れて来い。イザークたちは拘束しておけよ
  事情が知らないとはいえ、あいつら、ラクスに走ろうとした」
「・・・・・イザークが。わかった」

ハイネは言い置いて、すぐさまフリーデンという陸上戦艦に向かう
陸上戦艦と言っても改造されていて、むしろ宇宙用の大型コンテナという感じだった
その中を進み、医務室へたどり着く

医務室の中は、ベッドが並べられている。医師も看護婦もいない。その最奥
読書をしている、頭を包帯で巻いた男がいた。喋れないと聞いている
無残な姿だった。あの、颯爽としたデュランダルからは想像できぬ格好だ
しかしハイネには、それがまぎれもなくデュランダルだと理解できた

ハイネは歩み寄り、ナイトが王に忠誠を誓うがごとく、片膝をついた。デュランダルを見下ろすのは嫌だ
この男は、見上げて映る姿の方が、よく似合う。たとえ重傷を負っていたとしても、だ

「遅れて申し訳ありません、デュランダル議長。ハイネ・ヴェステンフルスです
  偽者を見抜けぬばかりか、護衛の任、果たせず、誠に申し訳ございません
  『FAITH』の名に恥じる私を、どうか・・・・・」
「え゛う・・・・・」

ひどく聞きづらい声がして、デュランダルは包帯にまみれた腕を差し出してきた
それが二度、ハイネの背中を叩く

「・・・・議長」

ハイネは見上げた。よいのだ。デュランダルの目は、そう言っていた
そしてどういうわけか、この男は、瞳の強さを失ってはいない
いやそれどころか、以前よりも強さを増していた

デュランダルが立てと、うながす。ハイネはデュランダルの手を握り締め、立ち上がる
彼は不器用な手つきで、大きなキーボードを叩き、パソコンのモニタに文字を走らせた

—————プラントを取り戻すぞ、ハイネ
「・・・・・はッ!」

ハイネは思わず泣きそうになった。デュランダルは不屈である
恨み言どころか、愚痴一つこぼさず、彼は目的だけを見据えている

(これがデュランダルだ、ざまぁみろ!)

ハイネは心の中で偽者に向かって叫んだ。しょせん、偽者は偽者だ
本物にかなうはずなどない。その証明が、ここにある

—————報告を頼む
「はッ! 報告いたします。ネオジェネシス発射以後、偽者はオーブ本土への攻略を決定しました
  キラと正面からぶつからずに、オーブ軍を壊滅させる方針かと思われます
  私はもう少しザフトにいる予定でしたが、手落ちがあり、ミネルバを乗っ取ってアメノミハシラにやってきました」
—————そうか、ミネルバが
「事態の急変は避けられぬと思います。ミネルバのアメノミハシラ行きもそう遠くないうちに発覚するでしょう
  できうる限り、オーブに撃墜されたようみせかけ、情報をかく乱するつもりですが・・・・・」
—————いや、そろそろだろう
「議長!」
—————そろそろ、私は姿を見せるべきかも知れないね。ハイネ、肩を貸してくれないか

ハイネは言われ、デュランダルに肩を貸した。彼の足は萎えているようだ
近くにあった車椅子にデュランダルを乗せる。少し前までは、半身を起こすことさえできなかったと言うから、
辛いリハビリをかなりのペースでこなしているのだろう。その様子が、ハイネには鮮明に想像できた

車椅子を押し、フリーデンから連れ出した。外では、ミネルバのクルーたちが騒いでいる
アスランやウィッツが、そこで困ったような顔をしていた
タリアが、こっちを見つけると、ハイネの方へとやってくる

「ハイネ! これはいったいどういうことなの」
「艦長。デュランダル議長です」
「え・・・・?」

タリアの目が大きく見開かれた。ハイネの言葉を、理解できないでいるのだろう
デュランダルが、一度だけ大きくうなずく

「あ゛・・・・・い゛・・・・あ゛」

タリア。耳障りな声で、声にもならぬ声で、確かにデュランダルはそう言った
それがわかったのは、ハイネだけではない。タリアが口元を押さえている

「どういう・・・ことなの?」
「偽者なのです。今、プラント最高評議会を名乗っている男は。議長を襲撃し、彼は入れ替わりました」
「・・・・・・・・・」

呆然とした顔に、タリアはなっている。状況が理解できないのだろう
ハイネもかつては同じだった。ウィッツの言葉を理解するのに、時間が必要だったのだ

タリアが崩れ落ちた。彼女は両手を押さえて、泣いていた
多分、悲しみではないのだろう。ひどい混乱が、彼女を追い詰め、泣かせているのだ

「だ・・い゛あ゛」

タリア。少しだけ、彼女に近くなった言葉。

「ギル・・・・・・」

顔を隠した彼女が、消え入りそうな声で、それに答えた

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ユウナは大西洋連邦にも知り合いがいるらしく、精力的に動き回っている
シンはそれに無理矢理ついて行き、ユウナのやり方をじっと見た

「政治は人脈が大切とか、よく言われるけどね。どんな形でもいいんだよ
  別に特別親しくなくてもいい
  顔と名前と連絡方法を覚えてもらうだけでも、役に立つんだ
  僕たちは友情を取り引きするわけじゃないからね」
「それだけでいいんですか?」
「そりゃあ、友情があった方がはるかにいいよ? でも、友情を築くのは結構大変だからね
  だからまずは顔と名前を覚えてもらうのさ。それでいざという時、結構助かる
  できたら相手と簡単な取引をやるのもいいね
  それで相手が、こっちを信用できると思ったり、使えると思ってくれたりしたら、しめたものさ
  その人脈は、君が大切に扱う限り、非常に有用なものへと変わる」
「うーん・・・・。でも、俺にできることなんて、あるんでしょうか?」
「政治だからって、難しく考える必要はないんだよ。結局は、人間同士の付き合いなんだから
  例えば、君はMSが扱える。それもかなりうまくね。けど政治家でそんなことをできるヤツはほとんどいない
  ほら、これだけでも君は、とても有利な材料を持っていることになる」
「う・・・ん」

とりあえずメモを取った。ユウナはやはり、政治家なのだろう
こと政治という舞台になれば、彼はアスランすら及びもつかない
そのことに、シンは圧倒される

ユウナは基本的に、簡単なあいさつ回りだけをやっているように見えた
彼は時折、シンに話しかけてくる

「彼らに共通する特徴、わかるかい?」
「なんだか、元気がないように見えます」
「そう、当たり。彼らは僕のように、国を追われたわけじゃない
  大西洋連邦の本土は、まだ無事だったはずだ。なのに彼らは僕より顔色が悪い。なぜだろうね?」
「それは・・・・えっと、怖いからですか?」
「なにが、怖いのかな?」
「国を、人を、権力を、金を、その他もろもろを、失うことが、です」
「正解。よくわかったね?」

言って、ユウナはとんとんとシンの頭を叩いた

「ええ。たいていの人は、なにかを得ようとするより、失わないでいようとする想いの方が強いって本で読みました」
「そうさ。このまま戦争が終結すれば、間違いなく大西洋連邦の国土は削られるだろうし、
  彼らは今回の戦争を起こした責任をまぬがれない。そのことに対するプレッシャーは尋常じゃないだろうね
  それにそれだけじゃない。ここへとザフトが攻めてきて、死ぬことも怖いんだ」
「・・・・・・・・」
「彼らはね、みんな言うよ。もしものことがあれば、アメノミハシラにかくまってくれってね
  ほら、つまりこういうことさ。国を失った僕だけど、そんな僕に国が残っている彼らは頼ってくる
  こういう形で恩を売れば、またどこかで役に立つ。まぁ、まれに恩知らずのバカもいるけどね
  ただ、そんなヤツは、たいてい長生きできないのさ。人に信頼してもらえないんだから」
「なんとなく、わかります」
「人脈だなんだというけど、簡単なことだよ。人を大切にすればいい
  まぁ、口で言うのは楽なんだけどね。本当にこれが難しいんだよ」
「そうですね」

そんな風にして、ユウナについて回った。こういうのは得がたい経験だと、シンは思う
ザフトにいたままなら、決してわからぬ世界だった。こういう風にして、世界は回っているのだろう

自分の命や、資産や、権力を守りたいと思うのは人の本能である。ラクスにはそれがわかっているのだろうか。
だが、ユウナは言う。ラクスは決して他人の正義を認めはしないと
そういう人間が頂点にいれば、間違いなく国はおかしくなるだろう
だからデュランダルは、ラクスに頼れぬと言ったのだろうか

しかしシンが思うに、ラクスはあまりに超然としている
こうやって学べば学ぶほど、彼女の恐ろしさが身にしみる
例えば、MS一つ造るにしても、莫大な金が必要だ。それも、一般人が一生働いても届かぬほどの金である
ところが彼女は、国家の後ろ盾もなく、次々と新型MSを生産する。それは途方もない力の証明だった
ラクスを批判するのはたやすい。しかし彼女を超えようとするのは、デュランダルでも無理かもしれない

考えても見ればいい。
国情が安定していたオーブという国家を数時間で制圧し、しかも短期間で世論も議会も味方につけ、
即座にプラントという大国との戦争に移る。こんな芸当はデュランダルでも無理だった

そんなラクスを超えるには、どうすればいいのか。そう思うたび、シンは途方もない気分に襲われる

翌日。シンたちはジョゼフに呼び出された
ジャミル、ガロード、ユウナと共に大統領がいる執務室に向かう

「さて、親書の返事だ」

簡単な挨拶を交わした後、大西洋連邦大統領ジョゼフ・コープランドはシンに書類を差し出してきた
それを丁重な手つきで受け取る

「ありがとうございます、大統領」
「議長は和平交渉を望んでおられるようだな
  プラントとの和平は大西洋連邦としても望むところだ
  だが、君たちの言う本物は、今のところなんの力も持ってはいない
  いまさら改めて言うことでもないと思うが、私が交渉したいのはギルバート・デュランダル個人ではなく、
  プラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルだ」
「・・・・・プラントを取り戻してから、すべてを始めたいとおっしゃるのですか?
  それじゃあ遅すぎると思うんですがね、大統領閣下。証文の出し遅れになりますよ?」

ユウナがシンの肩越しに、言葉を投げつけてくる
しかしジョゼフは、挑発に乗ることなく、手を組んで椅子にもたれかかった

「障害が多すぎる。ロゴスがすべて死んだわけではないということを、あなたは忘れているようですな」
「みずから、傀儡であることを認められるのですか、大統領?」
「アスハ代表。言葉がすぎますな
 首長制の人間は、 選挙の国で大統領になるということの苦労が、わからぬと見える」
「失礼。では連邦はなにをお望みで?」
「・・・・和平交渉の場」

シンは言っていた。大統領の返事を待たずに、口を開いていた

「ほう。若き親善大使殿は、私の意見がわかるのかね?」

ジョゼフがからかうような視線を向けてくる。シンはなぜ、自分がそんなことを言い出したのかわからなかった
しかし大統領の立場になったとき、まず頭をかすめたのはそれなのだ

「発言を許されるならば、いいでしょうか?」
「言ってみたまえ、シン・アスカ」
「戦争を終結させる第一の手段は、和平交渉です。大統領もそれを望んでおられます
  しかしいま和平を行えば、プラント優勢の戦況であり、ロゴスの影もあるため、
  大統領も大西洋連邦も悪役のレッテルを貼られかねません
  いえ、勝者がまず行うのは、敗者を悪役にすることです」

ユウナの言葉が蘇る。人は失いたくないもの。ならば、大統領もまた、地位と・・・・そして名誉を失いたくない
国のメンツ、というものもある。このまま戦争が終われば、間違いなく大西洋連邦はその力を大幅に失う
ジョゼフはそれを避けたがっている

「では私はどうすればいいのかね、シン・アスカ?」
「一番早い方法は、ラクス・クラインに協力するということでしょう」

言うと、ユウナの顔色が変わった。しかしシンは奇妙に冷静だった

「そうだな。彼女は今、苦境に立たされている。そこで協力を申し出れば、ラクスは喜ぶだろう
  しかも彼女は、大きな魅力を持っている。デュランダルという悪に立ち向かう、ジャンヌ・ダルクだ
  プラントに反発を持っている大西洋連邦の民も、ラクスの行いに喝采を送っているよ
  彼女への協力を申し出れば、私も多くの国民から称えられるだろうね」

大統領はかすかに自嘲の笑みを浮かべた
シンはその反応を見て、この男はラクスに協力するつもりなどないことを悟った

「しかし一番早い方法が、一番いい方法とは思いません」
「では、君には見えているのかね。その一番いい方法が?」
「あります。大統領もすでにご存知のはずです。デュランダル議長が国を失っているのは、
  そのことに対して大きく作用することでしょう」
「では、私が望んでいるのは?」
「世論の指示を受け、あくまでも対等の立場で行われる和平交渉
  しかしその道筋が見えず、苦労しておられます」
「合格だ、親善大使。しかし謙虚さが足りない。ぎりぎりの合格というところかな」

ジョゼフが笑った。ユウナがふうーっと、安堵の息を吐いている

「ご無礼ついでにうかがいます
  積極的に大西洋連合が和平に動けぬ理由はなんなのでしょうか、大統領」

言うと、ジョゼフはメモ用紙にペンを走らせた
それをシンに押し付けてくる。そこにはこう書いてあった

      『レクイエム。そしてロード・ジブリール』