クロスデスティニー(X運命)◆UO9SM5XUx.氏 第087話

Last-modified: 2016-02-22 (月) 23:57:02

第八十七話 『お静かに願います』
 
 
「確か、か?」

バルトフェルドは腕を組んだ。メサイアのメインルームである
かつてデュランダルが座っていたであろうその指揮所で、モニタを見上げていた
突貫工事でどうにか、ここだけは使えるようになった

「間違いない。キラが撃墜された。どうにかザフト地上軍は追い払ったがな」

モニタに映っているのは、シャギア・フロストである
彼ら増援軍は、オーブ本土に降下し、第一波のザフト攻略軍を撃退している

「シャギア、オーブ軍の動揺は?」

それがもっとも気になる。キラ・ヤマトはオーブ軍の、正確にはクライン派の象徴である
もしもその英雄が、落とされることになったら、軍ははなはだしく動揺するだろう

「緘口令を敷いたが、人の口に戸は立てられんよバルトフェルド
 オーブ兵士は、キラの撃墜をほとんど知ってるだろう。一般市民に知れ渡るのは時間の問題だ」
「キラの生死はどうだ?」
「そんなものを確認する暇があったと思うか?」

シャギアがかすかにいらだちながら答える。降下はかなりの強行作戦だった
オーブ増援軍の被害もかなり出たらしい。ザフトが途中で追撃を止めねば、半数は宇宙に消えていただろう
シャギアの不機嫌も理解できる。作戦の成功は成功だが、うまく行ったとはとても言えないのだ

こういうことになるのは、目に見えていた
だからバルトフェルドは一貫して援軍に反対だったが、いまさら言ってもしょうがなかった

「オーブ本土の被害はどうだい?」
「軍事施設がいくらかやられたぐらいだ。さほどでもない。
 ただ少し気になるのだが……」
シャギアが、思案顔になった。
「気になること?」
「そうだ、バルトフェルド。一般市民が食料不足を訴えているというのだがな」
「……食料……だと?」

かすかに盲点を突かれた気がした。今、オーブは世界から孤立している
ラクスの宣戦布告により、プラントはもちろん、大西洋連邦を初めとした国家とも貿易は途絶えている
オーブは、人口に比べれば食糧生産能力が低い。科学技術で発展してきた国なのだ

自然、貿易をとめられれば食料は少なくなる
それは事実だが……いくらなんでもそんなすぐに一国家の食料がなくなるわけがない
地球全土では食糧不足が深刻化してきていると言うが、オーブはユウナ・ロマがいくらか食料をたくわえていたはずだ

「食料品店などは、品切れになってきているらしい。一般市民も食料の買いだめに走っている」
「……うむ。閣僚はなんと言ってる?」
「事態の沈静化のため、国民へ冷静な行動をと呼びかけているがな
 馬の耳に念仏だ」
「どういうことかな……」

どうも嫌な予感がした。ひょっとしたらオーブ本土は、なにか工作されているのかもしれない
それを調べるために、オーブ以外で動いているクライン派の諜報員を送り込む必要があるか

バルトフェルドはシャギアとの情報交換を終えると、メサイアのメインルームから出てドックに向かった
そこではアークエンジェルやエターナル、ザフト艦やオーブ艦が寄航している

「オーブ少将、バルトフェルドだ」

エターナルの前で名乗ると、クライン派の兵士たちが道を空けた
奥まったところにある、ラクスの個室へ向かう
個室の前では、ドムのパイロット、ヒルダ・ハーケンが警備していた

「なんの用だい、砂漠の虎?」
「ラクスの体調は?」
「今日はいいみたいだけどねぇ。なにか用かい?」
「これからのことで話があってね。通してくれないか?」
「別にいいけどさ。キラのことで、だいぶ落ち込んでいるみたいだから、そっとしといた方がいいんじゃないかい?」

「待て」危うく、バルトフェルドは叫びそうになった「キラの撃墜をもう知っているのか、ラクスは?」
「知っているもなにも、アークエンジェルが引き上げてきた時、クライン派の兵士が目撃してたからさ
 いの一番に教えて差し上げたよ」

バルトフェルドは、さも当然のように言うヒルダへ向かって怒鳴りつけてやりたくなった
なにもわかっていないのか。強靭な精神を持つラクスにとって、唯一の弱点がキラなのだ
こと、キラのことになるとラクスは、年相応の少女に変わる
今も、キラが精神喪失した時に見せたラクスの動揺を、バルトフェルドは忘れられないでいるのだ
しかも今度は精神喪失どころではない。生死不明(しかも、死んでいる確率の方が高い)なのだ

バルトフェルドはそれ以上ヒルダを相手にせず、ラクスの部屋に入った

「ラクス」

部屋の中、ベッドの背もたれによりかかり、ラクスは上半身だけを起こしていた
パジャマ姿で、思ったよりも普段着の顔を彼女はしていた

「どうしました、バルトフェルド隊長?」

いつも通りのラクスがいたため、バルトフェルドはかすかに動揺した
それでも気を取り直して言葉を継ぐ

「いや、クライン派の諜報員を借りたいんだが」

クライン派の束ねは、あくまでもラクスである。キラでもバルトフェルドでもない
彼女の命令無くば、彼らは一切動かないのだ

「なにか?」
「オーブ本土で、なにか工作が行われているらしい
 それを確認、あわよくば阻止したい」
「お断りいたします」

ラクスは、いつも通りの笑顔でそう言ってきた。かえってそれが、バルトフェルドに危うさを感じさせた
なぜか、ラクスに狂気を感じたのだ

「断る……なぜだ?」
「キラを探さなければなりませんから」
「キラを?」
「ええ。彼は、なによりも強い人です。わたくしたちにとって、必要な方ではありませんか?」
「それはそうだが……」

ラクスの言うこともわかる。キラの喪失は、こちらにとって手痛いどころの話ではない
名目上のことではあるが、彼は国家元首なのだ
国家元首がいなくなれば探す。それは当然のことだろう。だから、バルトフェルドはラクスの言葉を否定しなかった

「キラを探すのは、おかしなことですか、バルトフェルド隊長?」
「いや、必要なことだ。キラの捜索は僕も望んでいる。だから一部でいい
 クライン派の諜報員を僕に貸してくれ」
「それはできませんわ。今は、キラを一刻も早く探さねばなりません
 彼の不在が長引けば長引くほど、わたくしたちは危うい立場となるでしょう
 今、なにより優先すべきは、キラの発見です。彼あっての、オーブなのですから」
「……うむ」

なにも言い返せなくなった。工作の阻止よりも、国家元首であるキラの発見
どちらを優先すべきかはわかっている。だから無理にとは言えない
むしろラクスの言葉のほうが、正しいような気がしてきた

「お話はそれだけでしょうか、バルトフェルド隊長?」
「あ、ああ。キラが早く見つかるといいな?」

死んでいるかもしれないと思ったが、それは言わなかった
できれば生きていてほしいと思うのは、バルトフェルドも同じなのだ

「ええ。彼は生きています。絶対に」

ラクスがやわらかく言う。なぜかまた、バルトフェルドはそこに狂気のようなものを感じた
なんとなく居辛くなって、早々にラクスの部屋からは退散した

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バルトフェルドが去って、ラクスはしばらくうつむいた
視線を落とす。思考に入る

ストライクフリーダムが、撃墜された。脱出ポッドの確認もなにも、できなかったという

見落としただけだ。そう言い聞かせる。セーフティシャッターは最上級のものを配備させている
キラが死ぬわけが無い。必ず、生きて帰って、また自分に笑いかけてくれる

「生きています。生きていますわ、絶対……」

(もし、死んでいたらあんたはどうする?)

心の中で、誰かがささやいてくる。ラクスは、乱暴に自分の胸を叩いた

「お静かに……」

生きている。絶対にキラは生きている。信じ抜けば、必ずキラは帰ってくる
ラクスは、そう思って、己の胸を押さえ込んだ

(なにが平和の歌姫だ。なにが前大戦の英雄だ
    自分の命を軽く扱って、キラの命も軽くして、それで戦争をしたがっているだけじゃないか)

  「お静かに……」

(あんたのワガママが、キラを殺したんだ)

「お静かに願います。シン・アスカ……」

ラクスは、胸の中の誰かの声を止めようとて、強く強く己の心臓を押さえつけた

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ゆらゆら。ゆらゆら。

ただような、感じ。それが不愉快ではなかった
それよりも不愉快なことがある。蒸し暑さだった
じめじめとしていて、ゆりかごのような心地よさをさまたげてくる
最初はこのまま眠っていようと思っていたが、徐々に耐えられなくなり、静かに目を開けた

「あ……」

キラ・ヤマトの目に映った世界は、小さなコクピットだった
いつもよりひどく狭苦しい。いや、ここはもうコクピットではない
セーフティシャッターが下りていて、脱出ポッドに変形しているのだ

キラは、どうして自分がここにいるのかを思い出そうとした

なにをしていたのか
なにがあったのか

記憶が軽く混乱している。それよりも蒸し暑い。ゆれは続いており、今度はそれもかんに触ってきた

キラは、セーフティシャッターを開けようとして、ボタンを押してみた
しかし反応がない。不審に思って、キラはコクピットのパネルを叩いた。反応が無い

「そうか……」

キラは思い出した。サザビーネグザスと戦い、負けたのだ
どういうわけか途中でストライクフリーダムが操縦不能になり、陽電子砲で撃墜された
あれはなんだったのだろうと思った瞬間、ぞくりと全身を悪寒が駆け抜けた

(怖い……のか?)

キラは自分の手を見た。震えている
サザビーの姿を思い浮かべたとき、憎しみや勇気よりも、恐れの方が強かった

「こうしてても仕方ない。予備電源……ダメか。せめて連絡だけでも取りたいけど
 保存食料は三日分……空調も死んでる。どうする?」

どこかの街にでも行って、なんとかオーブ軍と連絡を取らなければならない
ラクスのことも心配だった。謙遜抜きにすれば、キラはオーブ軍の最大戦力である
それが離脱することは、かなりの痛手になるだろう

とにかく、ここがどこか確認しよう。そう思ってキラは、セーフティシャッターを手動で開け放った

「これは……」

キラは思わず呆然とした

頭上には照りつける太陽。ひどくまぶしく、目を細める
眼前にはどこまでも広がる大海原。孤島の影すら見えない

「なんて……ことだ」

キラはつぶやいた。宇宙に投げ出されるよりも始末が悪い
人が宇宙を駆け巡る時代に、キラは大海原で漂流者となった

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「つっ……」

シャギアは、頭を押さえた。なにかが頭をかすめる
オーブに帰ってきてからいつもこうだ
なにか、頭に妖精のようなものが入っていて、それに四六時中いたずらされているような感じだった

「どうしたのだ、シャギア・フロスト?」

オーブの軍施設、MSデッキにシャギアはいる
隣では同じく降下してきたキサカが、MSの視察を行っていた

「いや。なんでもない」
「風邪などひくなよ。いつまたザフトが攻めてくるのかわからんからな」

色黒のレドニル・キサカは、そう告げながらMSデッキを見回っていた
シャギアもMS部隊を率いる立場である以上、現有戦力の確認はしておかねばならない
そのためにキサカにつきあって視察を行っている

なぜだかはわからない。ある一時期から、ひどく空間認識能力者が気にかかるようになった
空間認識能力。ある種の超能力者で、それがある者はコーディネイターでなくともMS操縦に秀でるのだと言う
自分が撃墜したムウはそれだった

それだけではない。なぜか、理由は無いが、キラやラクスが空間認識能力者ではないかと思うようになった
記憶のあった頃の自分は、それらと関わりがあったのだろうか
最近、自分が冷酷になったような気がする。戦友とも呼べるムウを殺したのだが、なんの痛みも感じていないのだ

シャギアは、自分を知るのが怖くなっている。しかし、冷酷になっていく自分を止めることができない

「あれだ」

ある場所で、キサカが足を止めて指差す。その先に巨大な……まるでヤドカリのようなMAがいた
青みがかった黒、灰といった暗い色を基調としており、それが逆にムラサメやクラウダと対照的でひどく映えた

「このMAは……?」
シャギアがキサカに問い返す。同時に、なぜか不愉快な感じをそのMAから受けていた
「キラ様が捕獲した、ガンダムアシュタロンを我々が改良したものだ
 技術者たちは、『ガンダムアシュタロンハーミットクラブ』と呼んでいる」
「ハーミットクラブ……ヤドカリ、か」

言われてみれば、そういう形状をしたMAだった
巨大なバックパックを背負っており、そこからハサミが伸びているため、ヤドカリに見える

「変形すればMSになる
 これにサテライトキャノンを取り付けようという話もあったようだが、どうにも原理がわからなかったようでな
 その話は取りやめになった」
「ふん。どちらにせよ、ラクスがうんとは言うまい」

ラクスは大量破壊兵器を嫌いぬいている
サテライトキャノンを仮に開発できたとしても、積み込むのは不可能だろう

「アシュタロンのパイロット、おまえの弟だと名乗っているそうだが?」
「……らしいな」

シャギアはあえて無関心を装った

「会わんのか? 記憶が無いのなら、最大の手がかりだろう、弟というのは」
「……」

本音を言えば、会いたい気持ちはある。だが会ってしまえばすべてが変わってしまいそうだった
だからどこかでそれを避けてきた。自分で、自分を怖がっている
そういう自分をこっけいだと、シャギアは思った

「まぁいい。アシュタロンは操縦機構が特殊らしいのでな
 それをどうにかする作業が、まだ残っている」
「……アシュタロンには、おまえが乗るのか、キサカ?」
「そうだが?」
「……」

なぜか、シャギアはそれを不愉快に感じた
誰にも乗って欲しくない。あれに乗るのにふさわしいのはただ一人だった

(兄さん)

かすかに聞こえる、誰かの声。シャギアは、額にしわを寄せた
自分はどこへ行くのか。なにをしていた男なのか。なぜ空間認識能力者が気にかかるのか

すべてが、恐ろしく感じた

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ユウナは、難民キャンプを訪れた
無論、極秘である。今のキラ政権からすれば、ユウナはなんとしても捕えたい男のはずだった

「このまま家にいたら、頭が腐っちまう」

そう言ってガロードは、ユウナの警護を買って出た
いつまでも隠れ家に閉じこもっていては、カビが生えてきそうだった

「わかったよ」

ユウナはあっさりとガロードの同道を認めた。ジャミルなどは賛成しなかったが、ユウナが顔を出している時点で危険である
ユウナは犯罪者が一人から二人になるだけだと言って、許可したのだ

「話がわかるじゃねぇか、代表さん」
「DXには働いてもらわなきゃいけないからね。僕は君の機嫌を取らなきゃいけないのさ、ガロード」
ユウナはそう言って、また笑った
「はっきり言うぜ」

オーブは島国である。ユウナが動き出したのは日が沈んでからだった
あらかじめアマギという軍人が用意した小型ボートに乗って、難民キャンプのある島へ向かった
操船はガロードである。ユウナは、小船の操縦もできないらしい
それどころか、庶民の店で買い物をしたことすらないと言うのだ

彼は、それでいいのかもしれない。自分はMSで戦う。ユウナは小難しい場所で戦う
役割分担というやつだろう

難民キャンプは、仮設住宅が少しあったが、ほとんどがテント暮らしだった
ユウナとガロードはもちろん変装している。二人とも、染料で頭を黒く染めていた
そしてメガネをかけ、無精ひげに見えるつけひげをつけている

今、オーブはザフトとの戦争に気を取られてそっちに目が向いているが、それでも見つかれば即座に警官が飛んでくる
これぐらいの用心は当然だった。懐には、拳銃ともしもの時のための発信機を持っている
なにかあれば、オーブ近海で潜伏しているヤタガラスが動く手はずになっていた
そうなればユウナの工作はしくじることになるが、彼の命には代えられない

ガロードは携帯ライトで難民キャンプの地図を確認した
これもアマギというオーブ軍人が持ってきたものである

「こっちだ、代表さん」
「ああ」

ガロードがユウナを先導して歩く。ガロードは夜目がきく
AW世界では、電灯が整備されている街の方が少ない
闇夜を歩かねばならないことも多く、夜歩きは慣れていた

「人があんまいねぇな」
「そりゃあね。警察の力が及ばない、難民キャンプってのは、治安がよくないものだからね
 夜に出歩くのは、災難に会いに行くようなものさ」
「それが、俺たちにはプラスになってんな」
「そうだけど、襲われたら頼むよ。強盗にでもあって死んだりしたら、父上たちに合わせる顔が無い」
「へへっ、任せとけ」

しかし、強盗が襲ってくることは無く目的のテントにつく
周囲に比べると少しだけ大きなテントだった。テントと言うが、外には小型の発電機などもあり、電気を使っているようだ

ガロードは、まずテントの周囲を調べた。特に怪しい人影は無い。それを確認すると、ユウナとともにテントの中へ入った

「ユウナ代表。よく来てくださいました」
「突然の訪問、失礼するよ。……あなたがサイ・アーガイル。ずいぶん若いね」

テントの中では、男が一人座っていた。思ったよりも若い男である
男はメガネをかけている。それが、彼に知的な印象を与えた

「そうですね。まだ、18ですから」

サイと呼ばれた男がそう言ったので、ガロードはさらに驚いた。
てっきり20を超えたぐらいかと思っていたのだ。いい意味では、大人びている
悪い意味では老けている。そういう男なのだろうか

「その年で、難民の束ねをしている。驚いたよ」
「いえ、ユウナ代表。俺は、オーブに行けばどうにかなる。そう言ってみんなを励ましただけです
 代表こそ、お礼を申し上げます。国民の反発の中で、我々を受け入れてくださったことを」

口調こそやわらかいが、彼の瞳にどうしようもない悲しみがある
そういう男のように、ガロードは見えた。AW世界にもこういう男はいる
DXを託して死んだ、カトックのような……地獄を見てきた男は、こういう瞳をしていたものだ
サイ・アーガイルという男も、そういう光景を見たのだろうか

ユウナは今日、難民の代表と頼られている、この若者に会いに来たのだ

「サイ・アーガイル」
「サイでいいですよ、ユウナ代表。みなからそう呼ばれています」
「じゃあ、サイ。単刀直入に言おう。オーブ奪還のため、力を貸してくれないか」
「……兵として立ち上がれ。そういうことでしょうか?」
「まさか」

ユウナが苦笑している。確かに、難民が兵士になれるはずがない

「では?」
「うわさを流す。不安をあおる。あるいは、現政権への不満をぶつける
 そういうことをやってくれればいい。別に危険なことをしろとは言わないよ」
「それぐらいならば。でも、俺が賛成しても、他の人間がどう言うかわかりません
 クラインの信奉者が、ここにいないわけでもないんです」
「食料と引き換えなら、どうだい?」
「……」

サイが沈黙した。いま、オーブでは食糧不足と言われている
それは、ユウナがアメノミハシラに上がってから、ずっと流してきたうわさだった
最初は相手にされなかったが、オーブ対ザフトの戦争が不利になってくると、国民は不安になり食料を買いあさるようになった
おかげで食料品店は品切れが続いている。まして、難民の配給は滞っているのが現実だった

「弱みに付け込むような、汚い手だとはわかってるよ。でも、無報酬で人が働くと僕は思っちゃいない」
「いえ。俺たちはしょせん、よそ者ですから。難民がオーブ国民といざこざを起こすこともあります
 盗みを働いてでも、食べ物が欲しい。そう思ってる難民もここでは少なくありません
 俺はそれを抑え続けて来ましたが、このまま配給が滞っていれば、暴動に発展するのは確実です
 そうなれば俺たちはまた、どこかへ流れなければいけなくなる。それは嫌です」
「……」
「代表。ラクスは、政治の素人ですね。彼女のクーデター直後は、俺たち難民への食糧配給はかなりのものでした
 過剰な多さだった……。みんな、それを喜んだものです。キラの代表就任を祝う者さえいたほどでした
 しかし、戦況が悪化するにつれて、どんどん配給が減って行った
 ついにはあなたが統治していた頃の、半分にまで減りました。カロリーの足らぬ者がここではほとんどです
 そこでようやく、俺は気づきました。彼女に政権を握らせておくのはまずいと」
「……」
「どうにかやってみますよ、代表。お役に立てるかどうかはわかりませんが
 代わりに食料の件、どうかお願いします」
「ああ、ありがとう、サイ。食料はすぐに送らせよう」

ユウナは、少しほっとした顔になっていた
ガロードも息を吐く。最悪、警察を呼ばれて拘束されることまで想定していたのだ
うまく行ってよかった

「君が、ガロード・ラン?」
唐突に、サイがガロードの方へ顔を向けた
「いや、俺は」
「変装していてもわかるさ。君はあまり外を歩かない方がいいかもな
 有名人すぎる」

言って、サイという男は笑った

「別に好きで有名人になったわけじゃねーよ、俺は」
「……キラは」
「あん?」
「キラは、強かったかい?」
「あー、そりゃな。あんなつええやつ、そうはいねぇよ」
「……そうか」

どこか、サイという男に影が走った。なにかを抱えている
ガロードには、それだけがわかった

ガロードとユウナは、非公式の会談を終えると難民キャンプからすぐに離れた
どこに目があるかはわからない。長居は得策ではなかった

「一ヶ月はかかるかな」

ユウナは、そうつぶやいている
二人の乗る、小型ボートが夜風を切っている。南国の風が、心地よかった

「そんな悠長でいいのかよ? ザフトに攻め取られんじゃねーの?」
「それはそれで、仕方ないさ。僕はラクスじゃない。短期間で国一つ取るような魔術は、使えないよ」
「魔術ねぇ……。ん?」

ガロードは、かすかに目を薄めた
空が赤くなっている。オーブ本島、ヤラファス島の方向だ。何事だろうか……

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「チッ、くだらない」

デスティニーは、巨大な長射程ビーム砲を引き抜くと、放った
その一瞬だけ、ミラージュコロイドが無効化されるが、闇夜の上空である
発見される心配はほとんどない

ビームが命中し、オーブの軍事通信をつかさどるコントロールルームは破壊された
これでオーブは、通信の復旧にかなりの時間がかかる

「破壊工作なんて、他にも適任がいるでしょうに……」

ニコルはコクピットの中でつぶやいた

「ああ、くだらない。本当にくだらない。くだらないったらないですよ、まったく!」

ビーム砲を闇雲に乱射する。いらだつ。いらつく。なにもかもがかんに触る
それによって、コントロールルームは完全に破壊され、施設は見るも無残な屍と化した

(あんた、致命的に、戦争に向いてねーよ)

アウルが、最後に残した言葉。それが抜けないとげのように突き刺さっている
ニコルは心のうずきをどうにかしたかった。おかげでなにもかもやる気がおきない

それでも手際よく、軍事施設を破壊して行った。ミラージュコロイドはこと破壊工作においてきわめて有用な兵器である
オーブの施設を破壊していくことなどわけはない。それでも、MS戦などは避けるように言われていた

「最後は、ここか」

デュランダルに指示された破壊対象の締めくくりは、刑務所だった
捕虜収容所も兼ねている。ここを破壊すれば、囚人や捕虜たちが外に出るため、治安が悪化するだろうということだ

同じように空中から長射程ビーム砲で、監視塔や詰め所を破壊する。後はバルカンなどで刑務所の壁に穴を開けた
それから、デスティニーはあらかじめ用意していた小さなカプセルをいくつか手に持つと、それを適当に刑務所へ投げた
中には拳銃などの武器が詰まっている

「フン」

工作を終えると、ニコルはオーブ上空から離れた
姿を見られるわけにはいかない。あくまでも自分は亡霊でなければならない
そんなことを考えながら、徐々に騒がしくなる刑務所から離れた

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眠っていたところを、オルバは起こされた
何事かと思うと、囚人や捕虜たちが騒いでいる

「おい、おまえも逃げろ!」

いきなり囚人がやってくると、オルバの牢に来て、扉を開けた。それから銃を投げつけてくる

「なにが……?」
「誰かしらねぇけど、俺たちを出してくれたんだよ!
 武器までプレゼントしてくれてよ!」
「……」

やったのはザフトの工作隊あたりか。そう思いながら、オルバは拳銃を手にした
どういう事情かはわからないが、脱獄できるのはありがたい

まず、服を探したが、意外にあっさり見つかった。オルバのいた牢施設の、ロッカーにあったのだ
ザフトレッドの制服と、私服。オルバは迷わず私服を着た
ザフトレッドは目立ちすぎる

牢の外に出る。南国の夜風がオルバには心地よく感じた

狂騒している囚人もいれば、状況がわからず右往左往している囚人もいる
空は赤く染まっており、なにか攻撃を受けているのはわかった

早めにここから離れようと、オルバは思った。囚人たちと集団で暴動を起こしても仕方ない

そこらを走り回ると、ワゴン車を一台見つけた。それに飛び乗る
乱暴にキーのあたりを破壊し、手を突っ込んで無理矢理起動させた
エンジンがかかる。すぐにアクセルを踏み鳴らし、頭の中に叩き込んだオーブの地図を思い出す

ラクスを襲撃する前に、オーブ本土の地図は頭に叩き込んでいるのだ
どこになにがあるのか、だいたいわかっている

ワゴン車で刑務所から離れると、道を走った
警察か軍隊がすぐに飛んでくるものかと思っていたが、嫌に対応が遅い
ひょっとしたらオーブの通信系統になにかあったのだろうか

あっさりとオルバは、オーブ市街に出ることができた
市街も混乱しており、検問も張られていない。なにが起こっているのか

「あ……」

オルバは、瞬間、全身に鳥肌が立つのを感じた

治安維持のためか。MSの編隊が空からやってくる。そこにある、一機の赤いMS
悪魔をモチーフにしたかのようなそれは、懐かしいものだった

「兄さん!」

オルバは叫び、車から飛び降りた。