クロスデスティニー(X運命)◆UO9SM5XUx.氏 第088話

Last-modified: 2016-02-22 (月) 23:58:17

第八十八話 『煮るなり焼くなり、ご勝手に』
 
 
オーブの夜空が、明るい
次々と施設を破壊されたため、オーブ軍はやっきになって犯人の捜索を行っているのだ
また、これを機としてザフトが攻め寄せるかもしれない
いや、施設破壊は作戦の一段階であり、二段階としてザフトの総攻撃がある。そう予測した方がいいだろう

シャギア・フロストは急報を告げられるとクラウダ隊を率いてオーブの空へ飛び出した
ガンダムヴァサーゴチェストブレイクはそれなりに名が売れている
姿を見せて、オーブ国民の動揺を鎮めねばならない

「またか」

シャギアは頭の中でかすかな声がひびくのを不快に感じた
相手にしている場合ではない。そう思いながら、オーブ本島ヤラファスの広場に降り立つ
夜にもかかわらず、何事かと国民は右往左往しているのが見えた

「避難勧告は出ていないのか? どうなっている!」

吐き捨てながら、シャギアは通信施設が破壊されていることを思い出した
やられた。今のオーブは、目も見えず耳も聞こえぬ巨人に等しい。小人の一突きで殺されかねない

ふと、なにかがヴァサーゴの前に立っていた
人だ。少年か、青年か、微妙な男。なにか、嫌な感じが……そして懐かしい感覚が襲ってくる

『シャギア、ザフトの来襲だ』

ノイズの入り混じった通信が入ってくる。司令部の、レドニル・キサカからだった

「やはりザフトのしわざか、これは」
『海岸線へ迎撃に出てくれ。私もクラウダで出る。アシュタロンがある施設までやられたそうだ』
「……」
『通信がやられている。軍の召集さえうまく行くかどうかわからん。こちらは、人を走らせて伝令を送っている状況だ
 本土もこの混乱。辛い戦いになるな』
「慣れている」

シャギアはつぶやくと、クラウダ隊を引き連れて方向を変えた。先ほどの男はなにか叫んでいるようだが、無視した
いや、無視するように努力しているのか

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「兄さん! チッ!」

オルバは、オーブの広場で飛翔するヴァサーゴを見上げるしかなかった
オルバとシャギアは、特殊能力を持っている
双子であるせいか、双方がどんなに離れていても意思の疎通ができるというテレパシー能力だった
それがこの世界に来てから一切機能しない

刑務所から盗んだワゴン車に再び飛び乗り、ヴァサーゴを追った
しかし車で追いつけるわけもない。みるみる離され、ついには夜空へ消えた
オルバは車の中でハンドルを殴りつける。荒い息を吐いて、シートにもたれかかった

ふと、視線の先に炎が見えた

(……)

オルバは車を捨てた。建物が炎上している。工場かなにかか。ザフトの工作隊は、よほど手痛く施設を叩いたらしい
刑務所を出る時手に入れた、拳銃を調べる。弾はわずか15発。しかもあまり質の良いものでもなさそうだった
それを懐にしのばせ、工場へ向かう

そこはかなり混乱していた。工員たちは、消火作業を行おうとしているが、まとまりが取れていない
オルバが忍び込むのはたやすいことだった

確信が、ある。工作隊がわざわざ優先的に狙った工場
軍がわざわざつぶさねばならぬ工場とは、なにを造っている場所であるのか
簡単な方程式だった

「アシュタロン……フン」

工場は、MS工場である。そこに鎮座する一機のMA。ラクス・クラインが余計なことをしたのか、形状が変わっているが……

変わらぬ愛機の姿が、そこにはあった

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激戦になった
当初、ザフト地上軍はオーブ軍を押しまくっていたが、徐々にオーブ側が戦列を整えると押され気味になっていった
すべては、クラウダの能力である。このMSがクライン派とオーブ軍に与える恩恵は計り知れぬほど大きい

「ザフトのオーブ攻略軍、第二波、撤退しました」

ヤタガラスのブリッジで、メイリンの声が響き渡る。アスランは艦長席でふっと息を吐いた
ザフト地上軍のオペレーション・フューリーはこれで二度目の失敗である

ただ、失敗と言えるのかどうか。ザフトは真綿で首を締め付けるように、オーブを弱らせようとしているのかもしれない
そうなら、ザフトが撤退するのは犠牲を嫌っているだけなのか

「……ご苦労だった。警戒態勢を維持したまま、半舷休息
 イアン、後は頼む。メイリン、戦闘ログを取って、後で持ってきてくれ」

アスランはブリッジクルーにそう命ずると、席から離れた

廊下を歩き、艦長室に戻る。ユウナから食料供出の命令を受けていた
それをウィッツらに渡し、難民に届けねばならない

(強い……)

しみじみとそう思った。ザフトの思惑がどうあれ、ラクスは強い。本当に強い
オーブは主力軍が欠けた状態であるが、それでもザフト地上軍を見事に跳ね返している
クラウダという驚異的な量産MSを保持している限り、ザフトはオーブを攻めきることができないのではないか
食料関連の命令書を記しながら、アスランはそう思う

「どっちがいいのやら」

苦笑した。いずれ、ラクスも偽者も討たねばなるまいが。オーブはどちらが保持しているのが組し易いのか
今のところ、偽者の方が倒せそうな感じはある

ピッ。艦長室の回線が、通信を告げてくる。誰だろうか。ユウナではないようだが……
アスランはちょっと手を休めて、回線を開いた。意外な人物が小型モニタに映る

『よ、アスラン』
「ディアッカ? なんの用だ。俺は忙しい」
『そう冷たくすんなって。おまえには一応教えておかなきゃいけないと思ってな』
「教える?」
『キラ・ヤマト撃墜の情報は知ってるか?』
「聞いているが……うわさのレベルだろう?」

ユウナがそんなことを言っていたが、確証はないらしい
仮に本当ならそれはユウナにとって大きく有利になる材料だが……

『アスラン。本当だぜ、それ』
「……」
『キラは撃墜された。ストライクフリーダムに乗っていたにも関わらずな』

ディアッカの言葉には意味がある。キラとSフリーダムの組み合わせはほとんど無敵である
シンが一度だけ追い詰めたが、あれは奇襲に等しい戦いだった。再戦すれば、やはりキラ有利だとアスランも思う

「キラは」
『……』
「キラは、死んだのか?」

アスランは少しだけ、自分の声が震えていることに気づいた
キラが死んだ。そういう現実を想像したとき、うろたえる自分に気づく
甘い。吐き気がするほど、自分は甘い。あれをいつまで友と思い続けるのか

『だから、俺は教えときたかったのさ。キラ・ヤマトは生きてる。どこで生きてるのかまではわかんねーけどさ
 地球のどっかにいるのは確かだろうけど……』
「生きてる?」
『まぁ、どうやって生き延びたかはこの際聞いてくれるなよ。ただ、ラクス・クラインは今キラ・ヤマト抜きの状態だ
 この情報、アスラン。おまえにとっちゃ耳寄りな話だろ?』
「ああ。撃墜したのは誰だ?」

真正面からやりあって、墜とせるのはアカツキぐらいだろうが、まさかシンが出撃しているはずが無い

『偽者さんの、サザビーネグザスさ』
「サザビーネグザス……それか」
『やっこさん、少しやばいかもしれないぜ。どうやってキラを倒したのか具体的には確認できてないけどさ
 サザビーは、キラよりつえーってことだからな』
「妙だな」
『なにがだ、アスラン?』
「いや、いくらサザビーが強力だからと言っても、それに乗ってるのが並のパイロットではキラに勝てない
 かなりの力量が必要なはずだ。なら、相応の力量をあの偽者は持っているということになる……」
『……だな』
「いったい誰なんだあの偽者は? それぐらいの力を持っているとなると、数は限られるが」 
『クルーゼ隊長でも墓場から出てきたんじゃねーの? ドラグーンみたいなの使ってるし』
気楽そうにディアッカが笑ってくる
「墓場から出てくるのは、ニコルで十分だよ」
アスランは苦笑で返す

それで通信は切られた。アスランは背もたれに体を預け、思考を宙にさまよわせる

キラが不在のオーブ軍。好機が見える。この情報をどう生かすか
代表を失った国は、頭の無い龍のようなものだ。だが……

ラクスがいる。彼女の大きさは、キラの比ではない
本当のオーブ首領が、キラではなくラクスであるのは間違いない
クライン派も、キラにしたがっているのではなく、ラクスに従っているのだ

キラを失ったラクスがどう出るのか。それが読めない
ラクスを本当に読みきれる人間などいないとわかっているが、それでもアスランはあれこれと考えた

そうしていると、メイリンが艦長室にやってきた

「艦長、戦闘記録の編集が終わりました」
「ああ」
「少し気になることがあるんですが」

メイリンが言いつつ、アスランのそばに寄り、顔を近づけてきた。そういう彼女の仕草に、男女の媚びがある
アスランはかすかにそれを不快に感じた

メイリンがてきぱきとパネルを操作し、望遠カメラの映像を映し出す

「アシュタロンか……?」
「はい」

映像は、オーブ対ザフトの戦闘に加わるガンダムアシュタロンの姿である
それはオーブに味方し、ザフトを攻撃していた

「オルバが捕えられたのは知っているが」
オーブクーデターの直後、ザフトのオルバ・フロストはラクスを襲撃し、失敗している
その際、アシュタロンも回収されているはずで、修復されて戦線に投入されてもおかしくはない

「オルバ・フロストがアシュタロンに乗っているのでしょうか?」
「……ザフトを裏切った、か?」

それを確認する術はない。もともと、オルバはAW世界出身である
ザフト、プラントに対してさほどの義理はないし、ガロードの言を信じるならば平然と裏切りを行える人物だという
なにより、ラクスの魅力は尋常ではなく、彼女へ心酔してしまう危険もあるだろう。可能性は低くない

ただ、気になることもあった
ガロードは、オルバがラクスを襲撃したのは、兄を取り戻すためではないかと言っていたのだ
ならば、兄のためにあえてオーブに身を投じたという可能性もある

「まぁ、オルバがアシュタロンに乗っていればの話だな
 オーブ兵やクライン派がアシュタロンに乗っているだけという可能性もある」
「しかし艦長。アシュタロンはAWのMSじゃないですか。CEの人間が、動かすのは難しいはずです」
「それはそうだがな……。断定はできん」

とはいえ、確かめる術はあった。アスランの脳裏に、ティファの名が思い浮かぶ
彼女ならば、乗っているのがオルバかどうかわかるかもしれない

もしもオルバがラクスのためではなく、兄を奪還するためにオーブへ身を投じているのならば
こちらとて利用の仕方もあるだろう
それにひょっとしたら、ティファならキラの行方もわかるかもしれない

しかしティファを使うのにためらいはあった。下手に彼女を使うと、ガロードがへそを曲げかねない

「メイリン」
「はい」
「ついてきてくれ。ティファに会う。俺はどうもあの子が苦手だからな」
「あ、はい。わかりました」

言葉に偽りはない。アスランはティファが苦手だった
彼女の前に立つと、どうにも心の底まで見透かされているような気分になる
それがたまらなく不愉快だった。誰とて、心の中をのぞかれたくは無い
ましてアスラン自身、策謀の多い生き方をしている。それは、後ろめたさにつながっているのだ

「ガロードはあの子のどこがいいのかな」

アスランは、ヤタガラスの艦内の、廊下を歩く。ティファにあてがわれた部屋に続く道

「え?」
メイリンが少し首をかしげた
「いや、ティファがかわいいのは認めるが……。読心術のような能力を持った子と、よく付き合えると思っただけさ」
「そうですね……。でも、私はティファの方が凄いと思います」
「ティファが?」
「心を読めるって、辛いんじゃないでしょうか。それでも誰かを信じられるなら、それは凄いことだと思いますよ」
「……」

そうかもしれない。人の心がわかるというのは、決して楽なことではないだろう
人の憎悪や嫉妬といった醜い感情を、たやすく感じられてしまうからだ

「でも、艦長。人の心がわかりたいと、私も思うことがあります」
「なにが言いたいんだ、メイリン?」
「い、いえ……なんでもありません」

メイリンがなにを言いたいのか、アスランはうすうすわかっていた
今まで彼女に、ミーアやカガリのことを問い詰められたことはないが、それでも気配は感じている

メイリン自身がこういう半端な関係を嫌がるなら、離れてくれてもいい。アスランはそういうつもりでいた
もうこの世にいないが、カガリをもっとも愛しているというのは、自分の中で動かしがたい事実である
そして、それとは別に性欲や人の肌に触れていたいという想いがあるのも、また事実だった

(……ガロードにはなれないな、俺は)

あまり人として褒められたものではないが、アスランはこの件に関しては怠惰だった
カガリが知ったら足腰立たなくなるまでぶん殴られそうだが、しょうがなかった

「アスラン・ザラだ。ティファ、いるか?」

インターホンを押して、彼女の部屋を訪ねる

『どうぞ』

しばらく待たされて、ティファから返答が返ってきた。そのままアスランは、メイリンと共に中に入っていく

部屋の中はイーゼルやキャンバスが置いてあり、油絵の具のにおいがした
かなりにおいはきつく、少しだけ頭がくらくらしてくる

ティファ自身は、以前の派手なゴスロリ服ではなく、地味な服を着ていた
それは、ガロードがいないせいなのか。どうやら彼女は、ガロード以外にはどう見られようとかまわないらしい

「絵を描いていたのか?」
「……」
「まぁ、ヤタガラスはずっと海底だからな。ろくな気晴らしがないのもしょうがないが
 外は危険だ。こらえてくれ」

言いながら、言葉が空回りしているのをアスランは感じた
どうにも空気が重い

それから、アスランは世間話を少ししたが、ほとんどティファは乗ってこなかった

「……どうしました?」

アスランがあまりの手ごわさに閉口して来た頃、唐突にティファがそんなことを告げてきた

「あ……」
「あなたは、私に会いにきました。なにか用ですか?」
「あ、ああ。その、キラ・ヤマトの所在地とかわかるかな?」
「……」
「キラは撃墜されて、行方不明らしい。地球のどこかにいるらしいが……
 できれば、こちらがラクスより早くキラの身柄を押さえたいんだ
 もしもあいつの居場所がわかるなら、教えてくれないか」
「…………」
「わからないか? どうだ?」

つとめてやさしく、アスランは聞いている
しかしティファは首を振った。ぷるぷる、ぷるぷる。彼女の長い髪が揺れる

「私は、あなたが思っているほど便利な存在ではありません」
「っ……」
「ごめんなさい。あなたの力にはなれないです
 それに、あなたはキラ・ヤマトを殺すつもりですか?」
「それはな……」
「もしも殺したりするつもりなら、私はあなたの力になれません」
「だがな。法に照らせばあいつは重罪人だ。それを許すというわけにはいかない」
「……同じことです。みんなが、正しい。そういうことです」
「なに……?」
「……」

しかしティファはそれから、アスランがなにを言っても聞いてくれなかった
さすがに不愉快な気分になってくる。ヤタガラスに乗っている以上、少しぐらいは協力してくれてもいいだろうが
そういう気持ちになってきたが、そんなアスランの気持ちを読まれては厄介なので足早に部屋から出た

結局、オルバのことも聞けずじまいだった

「人殺しの協力はできないということか」

アスランは吐き捨てる。
正義など人それぞれ
ラクスも正義、自分も正義、そしてあの偽者も正義
ならば、アスランが正義面してキラを裁こうというのは滑稽なことだと、ティファに言われた気がした

しかしそんな奇麗事を言って戦うつもりはアスランには無い
そういう思想が好きなら、さっさと頭を丸めて坊主にでもなればいいのだ

自分は軍人である。敵を倒す、殺す。そして最後に、ニコルは八つ裂きにする
そういうアスラン・ザラを、やめるつもりは無かった

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食料を、食い延ばした。しかしそれももう尽きた

空では太陽が照り付けている。それでもキラは、脱出ポッドの窓を開けていた
締め切っていると、まるで蒸し風呂のようで、干物になってしまいそうになるのだ
だが、そのために窓は必ず海面を向かせていなければならない

日中はポッドの中で、日影を探してじっとしている
時々、窓からは海水が入って来るので、そのたびに水をかき出さねばならなかった
幸いなのは、服が海水でぬれてもすぐかわくことで、そのせいで風邪をひくことはないだろう
だがこうまで海水をかぶっては、ほとんどの電子機器は死んでいるはずだった

空腹よりも耐え難いのは、のどのかわきだった
ミネラルウォーターはそれなりの量があったが、この暑さでキラは凄まじい汗をかいている
そのため、水を取らねばならなかった。だから食料よりも水の消費が早かった

水も、もうない。一度海水を飲んでみたが、かえってのどのかわきが増すだけで、とても飲めたものではなかった
それにこんなものを飲み続けては、早晩体がおかしくなるだろう

幸いなのは、夜が過ごしやすいという事だった。太陽が沈み、海風が立てば、それなりにすごしやすくなる

夜。キラはポッドの上に寝そべった。寝そべるぐらいの大きさはある
そしてじっと星を見上げる

「綺麗……だな」

宇宙にいた頃は思いもしない。地球から見上げる空は、たまらなく美しかった

「僕はなにをしているんだろうか……」

そっとつぶやく。いろんな顔が、星空に思い浮かんでは消える
カガリ。ムウ。バルトフェルド。シャギア。ロアビィ……そしてラクス
なぜか、シン・アスカやガロード・ランの顔まで思い浮かんだ

ここで死ぬかもしれない。そう思ったとき、あらゆる顔は憎しみではなく一種の親しみを持って思い出せた
人は死ぬ直前であれば、頬にとまる蚊でさえいとしく思うと言うが、こういうことなのだろうか

ただ、キラはおとなしく死ぬには、大きな疑問が胸の中で渦巻いていた

(あれは……)
サザビーネグザス。それと重なった、ジョージ・グレンの顔
(あれは、本当にジョージ・グレンだったんだろうか)

ジョージ・グレン。その名を知らぬ人は、この世にはいないだろう
人類史上最高の天才と呼ばれた、英雄の中の英雄である

わずか17才でMIT(マサチューセッツ工科大学)の博士課程を修了し、アメフトのスター選手となる
そして海軍のエースパイロットも兼ね、理工界にもさまざまな業績を残した
ついにその才能は地球にとどまることを許さず、木星探査の巨大宇宙船を自ら設計
木星への旅に出るが、その際にみずからの遺伝子をコーディネイトされていることを告白
世界に衝撃を与え、コーディネイターと呼ばれる人種が誕生するきっかけとなる

だが。これまで幾万ものコーディネイターが生まれたが、ついにはジョージを超えるほどの天才は現れなかった
どんな出来のいいコピーでも、オリジナルには及ばない。そういうことなのだろうか

しかしジョージ・グレンはとうに死んでいる。二十年以上も前に、暗殺されているのだ
殺したのは、己がコーディネイターでないがゆえに宇宙飛行士を夢見ながら挫折した少年だが、事件の真相は明らかになっていない
ブルーコスモスの関与が疑われており、単純な逆恨みの事件ではないというのが当時からの見解だった

それにもしも生きていれば、九十近い老齢である。いくら巧妙に整形しても、35歳のデュランダルに化けられるはずがない

星空に、ジョージ・グレンの顔が浮かんでいる。キラはぼんやりとそれを見つめていた
脱出ポッドが、波に揺れている。ゆりかごのようで心地いい

ラクス・クラインがもたらすのは独裁の世だ。敵対する者をすべて殺しつくす独裁の世だ

そんなことをキラに告げた、ジョージの声。違う。そう叫びたいキラののどは、凍り付いて動かない
しかしその声を肯定してしまえば、自分はなんのために戦ってきたのかわからなくなる

(どうして僕は、彼をジョージ・グレンだと思うんだろう……)

のどのかわきに空腹が重なり、頭が動かなくなってくる
思考はとりとめもないものに変わり、現実味が薄くなってくる
やがて、時間の感覚も消えそうになった

徐々に、夜が明ける。キラは依然として寝そべったままだった。気温が上昇する。もうじき、太陽が照りつけるだろう
このまま干物にでもなって死のうか。ぼんやりとそう考えた

そういえば腰のホルスターには銃があったはずだ。干物になって死ぬよりは、そっちの方がずっと楽に死ねる
キラは銃を取り出し、それをじっと見つめた。死のうか。なんだかなにもかもが面倒になってきた
戦うことも、生きることも、愛することも。どうでも良かった

しかしここで死んでいいのだろうか。ここで死ねば、それこそ自分はなんのために生きてきたのかわからなくなってくる
なにか役目があったのではないか。その役目は、ラクスのために戦うことだったのだろうか

ばっと、それは唐突だった。キラの両目から涙があふれる
太陽が昇ってくる。それに向かって、キラは立ち上がり、叫んだ

「僕は誰だ! 僕は誰だッ!
 僕は、こんなもののために生きてきたのか! こんなもののために——————ッ!」

おあぁぁぁぁぁ……ッ

キラは、声にならぬ雄たけびをあげた。僕はけだものだ。ならば叫んでやる

死にたくない。このままで死ねない。このままでいいのか、このままでいいのか
キラ・ヤマトの終焉はこんなもんだったのか

叫び、叫ぶ。のどよ破れよ。そう願ってキラは太陽に叫ぶ
瞬間、空が曇った。たちまち日は消え、世界は闇に覆われる

ザー……

雨。スコール。激しい雨が降る

「はは……はははは……ははははは! ぎゃはははは!」

キラは、大口を開けて笑った。ざまあみろ。僕はまだ生きていられる
急いでヘルメットなどの水をためれるものを用意し、雨水をためた
この雨水は酸性雨かなにかで、毒になるかもしれないが、それもよかった

「生きてやる……! 僕は生きてやるぞ!」

キラは笑いながら、空に大口を開けて雨水を飲んだ。

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生きる。生き延びる。そう思ったとき、なにもかも忘れた

時折、キラの近くにカモメなどの鳥が下りてくる時がある
あるいは、ツバメなどの渡り鳥の時もあった

キラはそれを発見すると、拳銃を構えて放つことを繰り返した

死んだ鳥の羽を無造作にむしり、キラはその血をすすった
最初はあまりの生臭さに閉口したが、やがてそれにもなれた

肉は生のままかぶりつき、無理矢理胃の中に納める
これも最初は肉の生暖かさが気持ち悪く、吐きそうになったが、やはり慣れた

ひげが生えてきたが、それもそらずにおいた
風呂に入ってないせいか、相当汚れているだろうが、それすらどうでもよくなってきた

「地球って素晴らしいな」

食べつくし、骨と羽だけになった鳥を海中へ投げ捨てながらキラはつぶやいた

自然は、なにも持たぬ人すらも生かしてくれる。財もなく食料も無く人もいないが、キラは自然に生かされている
この自然に比べれば人の悩みなど。そういう気分になった

しかしカモメがいるということは、陸が近いということだ
もしも助かれば、自分はどうするのか

(助かってから考えるさ)

キラの心が、ふっと軽くなっている。こうなったらとことん無責任になってやれ
どうせ、雨がふらねば死んだ命である。雨が降る降らないでどうこうなる命なら、たいした価値も無い

最近はクルーゼの亡霊も見なかった
もっとも、血をすすり生肉を食らう自分は、全身血みどろだろう
この場合、キラの方がよっぽど亡霊らしい。そう考えると、たまらなく愉快な気分になって、キラは大声で笑った

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それから数日。生肉を食らうのも飽きた頃、ぼんやりとキラは目を覚ました

「ん……」

目覚めると、少し違和感を覚える。揺れていないのだ。脱出ポッドが、ぴたりと固定されている
不審を覚えて、窓を開き、外に出た

「わぁぁぁッ!」

いきなり、甲高い声がキラの耳を打つ。脱出ポッドは浜辺に打ち上げられていた
その周囲を、子供たちが囲んでいる。子供たちはキラの顔を見ると、失神せんばかりに顔を引きつらせた

「やぁ」

キラはそれに笑いかけてみる。すると子供たちは全身をこわばらせ、やがて逃げ出した

「お、おばけぇぇ——————ッ!」

逃げ出した子供たちを見て、キラは自分が血だらけのひげまみれで、ろくに風呂も入っていないことを思い出した
確かに、子供から見たらお化けだろう

「陸かぁ」

あれほど上陸することを望んでいたが、今はさほどの喜びも無くキラは地上に降り立った
ここはなにかの島らしい。南国の植物があちらこちらに生えている
街のにおいはあまりなく、先ほどの子供たちもさほどいいものを着ていなかった

「どうするかな」

キラは拳銃を取り出し、残弾を確認した。残りは二発
先ほどの子供たちは、多分大人を連れてくるだろう

キラは脱出ポッドに背を預けて、拳銃をなでていた
やがて人の気配が濃密になってくる。どうやら囲まれたらしい
浜辺の向こう側から、警戒するにおいがする

「どうも感覚が鋭くなってるなぁ、僕は」

のんびりキラはつぶやいた。まるで犬みたいだと、他人事のように思う

しばらくそのまま待っていると、島の大人と思われる人たちがこちらにやって来た
ざっと十人ほど。猟銃のようなものを持っている大人もいる

「軍人か? なにをしに来た」

大人の一人が、キラに言葉を投げてきた。キラは聞こえぬふりして拳銃をなでている

「なにをしに来た! ここはようやく連合の支配から抜け出せたんだ!
 軍人とは係わり合いになりたくない! もしもおまえが連合の手先なら、容赦はしないぞ!」

また、別の大人が叫ぶ。キラはどんどん面倒になってきて、なでていた拳銃を大人たちの前へ無造作に投げた

「僕はオーブ代表首長、キラ・ヤマト。煮るなり焼くなり、ご勝手に」

キラはそれだけ言うと、浜辺へ無造作に寝そべった
やがて本当に眠くなってくる。そういえば寝てなかったな。殺されるかもしれないが、まぁいいか

キラはいびきをたてて、眠り始めた