クロスデスティニー(X運命)◆UO9SM5XUx.氏 第102話

Last-modified: 2016-02-26 (金) 00:56:27

第102話 『生きてるからな、一応』
 
 
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全身が、血に染まっている幻覚を見る。
誰かが、死んでいる。
死体の中で、両手両足をもがれ、地上に釣り上げられた魚のようにのたうちまわっている
誰が、そんなに苦しんでいるのだろうか。

いや、多分、自分がのた打ち回っているのだ。
ああ、苦しい。苦しい。苦しい。
吐きそうで、吐けない。死んでしまった方が楽だ。
なのに、なぜ生きているのか

激しい息遣いが聞こえた。
それが自分のものであるということに気づくのに、数分かかった

「自分の体をいじった、代償か」

ジョージは、口元をそっと押さえた。頭痛のあまり、吐き気がする。
ただ、まだましだ。
シナップスシンドロームが本格的にやってくれば、どこが痛いのかさえ自覚できず、ただ赤い地獄の中にいるような気分になる。

人工ニュータイプに、自分の体を改造した。
ただ、ニュータイプになる代償は、安くなかった
定期的に頭痛が襲ってくるのだ。
頭痛と言えば生易しいが、脳から痛覚だけを取り出して、ミキサーでかき回されるような感覚だった
発作が起これば、苦痛が来て、気を失う。気を失ったら、また痛みで目が覚める。そして、また気を失う

「シナップスシンドロームの、感覚が短くなってきているな」

最初は、薬品でどうにか痛みを抑えられていた。
しかし今は、薬がまるで効かなくなってきている。
薬が効かない、原因はわかっていた。それはどうしようもないことだ

よろよろと立ち上がり、壁を頼りに歩いた
プラントの議長室である。洗面所まで行き、その場でうずくまる
棚の中にある、ビンを震える手でつかんだ。中から錠剤を取り出し、十粒ほどのどの奥へ放り込んだ
蛇口から水が流れ出る。むさぼるようにそれを飲んで、錠剤を体の中へ押し込んだ

息遣いが荒い。ようやく、気持ちが落ち着いてくる
たかが発作で、自分の道を邪魔されたくなかった
ジョージ・グレンである。背負っているものが、常人とは違うのだ

コールがあった。
ふらつく足取りで洗面所から出て、ジョージは応対する

「議長、そろそろ会議のお時間です」

ザフトの指揮官、ウィラードだった。
白髪のでっぷりとした老人だが、今のザフトでは一番優秀な司令だと言っていい

「わかった、行こう」

応対しつつ、会議など無駄なことだとジョージは思った
この場で一番ベストな対応は、自分が前線に出て、ラクスのいるメサイアを押しつぶすことである
それ以上の戦術は無いと思うが、最高評議会議長が前線に出ることへの反発も大きかった

議長室からジョージは出た。すぐに、サトーら腹心の人間が、ジョージの警護についた
待っていたウィラードが、敬礼してくる。
その敬礼は、自分へのものなのか。それともギルバート・デュランダルへのものなのか

「議長、お願いがあるのですが」

会議室に向かう途中、ウィラードが話しかけてきた

「なんだね?」
「この度のオーブ侵攻戦、敗戦の責は指揮官たる私にあります
 私への処分をお決め願えますか」
「罰を乞おうと言うのかね?」
「強化型のDXが相手だったとはいえ、一機のMSに撤退させられたのです
 まして、切り札だったデストロイのほとんどを破壊されました。
 軍人としては恥辱です」
「ウィラード、それほどの大失敗だ。
 罰を下すとすれば、それは死以外にありえない」

死と言っても、ウィラードの表情は変わらなかった

「死罪も、やむをえませんな」
「バカなことはそれぐらいにしておけ
 今のザフトは、君を処分している余裕は無い」
「わかりました。ならば、ヨアヒム・ラドルの処分をどうか軽減してはいただけませんでしょうか?」

マハムール基地の司令で、オーブ攻略を担当していたヨアヒムをプラントまで召還した
そして、一般兵である緑服に降格し、補給部隊に回した
とはいえ、一時的なものであるから、しばらく励めば司令に戻ることも可能だった

「ヨアヒムを司令に戻せというのか、ウィラード?」
「はい。地球での戦いを、知っている男です
 いつまでも一兵卒をやらせてはならぬと思いますが」
「ウィラード。私は、あれは手ぬるい処分だったと思っている」

切り捨てるように、ジョージはつぶやいた

「……」
「圧倒的な戦力がありながら、主力不在のオーブを落とすことができなかった
 私は無理を命じた覚えは無い。戦略面から見れば、オーブ陥落は容易だった
 補給を断ち、民情は不安定で、施設は工作を受けて荒れ放題になったのだ
 あれだけお膳立てをしておいて、落とせぬでは、指揮官の資格無しと言われても仕方あるまい」

なにより、時間という今のジョージにとってかけがえのないものを失いすぎた
二ヶ月もかけながら、落とせなかったのだ

「しかし、ヨアヒムは犠牲を避ける戦いを選んだのです
 じわじわと締め付けて、オーブを弱体化させ、一気に抜く
 そういう戦い方を考えたのでしょう」
「ウィラード、もうやめだこの話は。私は速戦を命じた。
 ユウナ・ロマが介入する余地を作った時点で、ヨアヒムは取り返しのつかない失敗をしたのだよ」

本当は、手を抜いて戦っていたのではないか。ヨアヒムについてはそう思うこともある
しかし、確信の無いことだった

会議室にたどり着く。最高評議会の人間が集ってくる
ラクスがクーデター未遂を起こした事で、議会におけるクライン派の人間は逮捕されていた
人員は減っているが、その分ジョージの方に権力が集中している

それで良かった。警察も、産業も、自分が監督した方がずっとスムーズに物事が運ぶ
自分がやっているから、プラントはレクイエムを撃たれても平穏なのだ
それぐらいの自負はあった

定例の会議なので、特に目新しい議題はなかった
オーブをどうするのか、そしてラクスをどうするのか

和平を唱える人間も、何人かいた。
しかし、その度にジョージは反論する。プラントは、圧勝すべきだった
結局、プラントが世界の覇権を握るしかない
それほどの地球圏に対する影響力がなければ、また地球と戦争をする羽目になる

まず、力で押さえ込む。そしてデスティニープランを施行し、人心を安定させる
強硬に過ぎると、今は批判を受ければいい。
いずれ、世界はそれで永久の平和を手にする

報告を受けながらジョージは、別のことを考えていた
ブルーノ・アズラエルである。プラントで静かにしていればいいものを、よりによっていまオーブに居るのだ

思えば、仕組まれていた。
声紋照合の結果、後でわかったことだが、警察にブルーノの存在を通報したのはハイネ・ヴェステンフルスだった
そうすれば、ブルーノはプラントを出て行かざるを得なくなる
プラントにいる末端の人間は、アズラエル財閥の人間を憎みきっているのだ

今さら、あの男がなにかできるとも思えない
気力を失いすぎている。
自分が協力を持ちかけた時も、息子を殺したラクスを殺してくれればいいと、投げやりに言っただけなのだ
ブルーノの頭の中にあるのは、財閥を維持することぐらいだろう

ただ、立てばあれほど厄介な男もいない
アズラエル財閥である。財産は、大国のそれに匹敵するし、ナチュラルへの影響力も決して低くない
例えば前大戦、息子のムルタはアズラエルの御曹司というだけで、地球連合の中で指揮官のような顔をしていられたのだ

「ザフトは、ラクス・クラインの討伐を優先する。
 我々は一枚岩でなくてはならん
 ラクス・クラインはコーディネイターの結束を乱す
 まずはそれからだ」

会議が終盤に近づくと、デュランダルはしっかりと念を押した
優先順位だけは、はっきりさせておかなくてはならない
ユウナやデュランダルよりも手ごわいのは、ラクスだった

「しかし、民衆の中では彼女と和平を行うべきだと考える人間も少なくありません」

最高評議会議員の、誰かが発言する
デュランダルはため息をつきたくなった

これが、ラクスの恐ろしさである
たいして関係ない人間でさえも、彼女のための弁護を行う
プラントにいる誰もが、クライン派でなくとも、ちょっとした好意をラクスに抱いていた
その魅力はほとんど理不尽なもので、政治家にすればこれほど馬鹿馬鹿しいものはない

「プラントを討つ人間に、和平を行う必要がどこにあるか
 いい加減目を覚ましたまえ。
 ラクス・クラインは敵だ。我々は、そのことを徹底しなければならない
 たとえ前大戦の英雄だろうと、彼女の悪行が消えるわけではないのだ」
「はっ」

そこまで念を押して、ようやくラクスへの弁護はやむ
最大の障害が彼女であることはわかっていたが、ほとんど追い詰められた状態であるにもかかわらずこれというのは、厄介だった
彼女の息の根を止めるまでは、安心できないということだろう

「では、議長。ザフトはメサイア攻略に専念いたします」
「うむ。ザフト地上軍は、しばらく行動を停止。無理にオーブとやりあうことはない」
「レクイエムに撃たれたヤヌアリウスなどの処理ですが」
「崩壊したコロニーはバレル隊に回し、廃棄に備えたまえ」
「新しく構築されている貿易路に関しては」
「火星への交易は、早くやりたいものだな
 ヴォアチュール・リュミエールの技術を、民間企業にも公開したまえ
 そうすれば、惑星間航行も難しくなくなる」
「しかし、ヴォアチュール・リュミエールの技術はザフトが独占すべきではないでしょうか?
 民間が知れば、いずれ大西洋連邦もオーブも技術を入手することになります」
「構わん。国を富ませるには、民を富ませねばならん
 希少な鉱物資源を持つ、火星との交易は莫大な富を産む
 それを民間レベルで始めることが大事なのだ」
「他には?」
「アフリカという土地はやせていて、農作物が育たん。それが南アフリカ統一機構という国の泣き所だ
 だから、宇宙でも食料開発を可能とした、プラントの食糧生産技術をアフリカに渡すのだ
 プラントの技術があれば、サバンナでも、あるいは砂漠でも農作物が取れるようになるだろう
 なにしろ宇宙以上に不毛な土地などありはしないのだからね」
「しかし、我々にとって大切な技術ですよ、それは。むざむざ渡すのは……」
「プラントは、世界の盟主とならねばならん 
 我々は世界を統一する必要があるのだ
 つまり、アフリカもいずれプラントの一部になる
 ナチュラルもコーディネイターもなくなる。小さいことにこだわるな
 なにかを得ようとするなら、まず与えねばならないのだ
 ここはつまらないこだわりを捨てようではないか」

そんな風にして、次々と政策を決定していった
盟主を目指すなら、国際社会からの孤立は防ぐべきだ
ユーラシア連邦とも、東アジア共和国とも、険悪な関係になるべきではなかった
幸い、彼らとは対ロゴス戦で共同戦線を張ったこともあり、さほど緊張した関係ではない

唯一、厄介なのは大西洋連邦とオーブか。

会議を終えて、議長室に戻った。
それから、3時間ほど公務以外の時間を作る

なにをするのかと言えば、一人一人の人間と話すだけだった
やってくるのはプラントの高官から、街でたばこを売る老婆までさまざまである
自分と話したいと望んでいる人間が、プラントにはいくらでもいる
そういう人間と、一人一人話す機会を作る
それだけのことだった

なぜ、デスティニープランを施行しなければならないのか
それを、一対一で向かい合ってしっかりと話す
不合理なことをやっていると、ジョージは思わなかった
確かにテレビなどに自分を乗せれば、ずっと合理的に言葉は伝わる
それでも、一対一で話すことほど、生きた言葉を伝えるすべはない

きちんと話せば、最後には納得してもらえる
もっと時間があれば、プラント中の人間とそうやってもよかった
ただ、時間がない

そういう面会の時間を終えると、夜になる
夜になればたまった書類を、パソコンなどで急いで処理する
どれもこれも目を落とせない案件ばかりで、気は抜けない

本物のデュランダルより、ずっと効率的に働いているとジョージは思った
財政も、治安も、戦争中にも関わらず、平時に近い数字を維持していた

書類の処理を終えると、眠る前に30分ほどシュミレーターでMSの訓練を行う
ニュータイプは、訓練よりも実戦の方がずっと優れた能力を見せるが、それでも訓練は大切だった

シャワーを浴びて、ベットに倒れこむ
疲れが体の中に沈殿している。

「情けないのかな、私は」

つぶやいてみる。本当は、ジョージ・グレンと名乗りたかった
デュランダルの偽者になりすますなどと、馬鹿げたことをしたくはなかった
ジョージと名乗れば、もっとうまく物事は運ぶだろう
自分が、せこい真似をしていると恥ずかしくなることもなかったはずだ

今さら後悔することでもなかった
ジョージと名乗った瞬間、世界は今以上の混乱に見舞われるかもしれないのだ

「ルチル」

目を閉じた
金髪の、長い髪の少女。その幻影だけが、遠くにある
人の、馬鹿げた欲望のために、なぜ彼女が死ななければならなかったのか

優れたニュータイプは、死者との交信すら可能だという
しかし、人工ニュータイプの自分が、ルチルの声を聞いたことは無かった

ルチルが、自分をバカな男だと愛想つかしたのか
それとも、ただ自分がニュータイプとしてできそこないなだけか

友よ、やはり私は、愚かか

ひどくバカなことを考えているうちに、眠りが自分を包み始めていた

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「引いてるぞ」

ウィッツが、声をかけてくる
それでようやくディアッカは、自分の釣り竿に魚がかかったことに気づいた

不慣れな手つきで、リールを巻く
小ぶりな魚が、エサをくわえていた

地面に釣り上げられ、びちびちと魚がはねている

「なぁ、これどうすりゃいいんだ?」
「なんだ、魚を釣ったこともねぇのかよ」

ウィッツが慣れた手つきで、釣り針から魚を外している
そう言われてもしょうがなかった
プラントに釣りができる場所など無かったのだ

「アジだな。生きてるうちに食えばうめぇ」

ウィッツはそう言うと、小さなまな板とナイフを取り出し、器用に内臓を取り出して魚をきざんだ
それにソイソースをかけて、きざんだネギをあえている

それを小さな皿に載せ、ディアッカに突きつけてきた

「なんだそりゃ、食えるのか、ウィッツ?」

生魚など食ったことが無かった

「まぁ、食ってみろ」

言われたとおりに、恐る恐る口に運ぶ
生で食うと腹を壊すんじゃないか
そう思ったが、思い切って口の中へ放り込んだ

「へぇ、うまいじゃないか」

ちょっと驚いた。口の中でとろけるような感じがあるが、歯ごたえもいい
うまみがぎゅっと濃縮されていて、それをソイソースとネギがうまく引き出している

「綺麗な魚なんてAWでも手に入りにくいからな
 生魚は俺もなかなか食ったことがねぇ
 で、こうやって食えばうめぇんだ」
「なるほどねぇ……
 おい、イザーク。おまえも食ってみろよ」

小皿を、同じく釣り糸をたらしているイザークの前に差し出した

「……」
しかしイザークは反応してこない
「おい、イザーク!」
「……」
「イザーク!!」
「な、なんだディアッカ!
 いきなり大声を出すな!」

びくりと肩を震わせて、イザークがようやくこちらを向いてきた
ディアッカは、ウィッツの方を向いて肩をすくめてみせる
オーブ奪還以降、ずっとこんな感じなのだ

元気が出ればと思って、プラントには無い釣り堀に誘ったのだが、イザークは相変わらずぼさっとしていた
絶えずなにかを悩んでいるようなのだ

ディアッカは、もう一度アジを口の中へ放り込んだ
うまい。うまいのだが、イザークはどうでもよさげだった

ちょっと目を離すと、またイザークはぼんやりし始めた

「こりゃ重傷だな、おまえのところの隊長」

ウィッツが、ディアッカの横に来てさおをたらした
どういうわけか、ウィッツは妙に釣りがうまい
多分、エサとはどういうことかを知り尽くしているからだろう

「よっぽど好きなんだろうさ、ラクス・クラインが」

ディアッカはため息をついた
どうやらイザークは子供時代から、ラクスに対して恋心を抱いていたらしい
昔、アスランに突っかかっていたのも、アスランがラクスの婚約者だったことと無関係ではなかったようだ
およそ十年越しの片思いである。半端なものではない

憧れの人と殺しあう関係になってしまったのだ
割り切れればいいが、イザークはひどく生真面目なところがある
それがイザーク自身を追い込んでしまっているのだ

ハイネ一機にほんろうされ、結局ラクスへ寝返ることができなかったことを思い出す
結果はどうあれ、ひょっとしたらイザーク自身にとっては、ラクスの下で戦うことの方が幸せなのかもしれない

そういうことは、ディアッカには理解できなかった
最初からラクスは、イザークにとって手の届かない存在だったはずだ
触れることさえかなわない女を、いつまでも想い続けることができるものなのか

「こうなりゃいっそ、三日ぐらい酒で潰してやろうか」

ウィッツが物騒なことを言ってくるが、それぐらいやってもいいかとディアッカは思った

「風俗に放り込んで、女と次から次にヤラせるとかもいいかもな
 どうだ、ウィッツ?」
「悪くはねぇけどな
 おまえの隊長さん、アレか?」
「多分、童貞だろ
 おまけに筋金入りのカタブツだ」
「じゃあ、すんなりうんとはいわねぇんじゃねぇか?」
「けど、このまんまにしておくわけにもな……」

ディアッカは、ちらりとイザークを見た
またぼんやりし始めている
こんな状態で、戦争に出られるのか

「ウィッツ、おまえ好きな女とかいんの?」
「ま、まぁな
 おめぇはどうなんだよ、ディアッカ」
「一応。フラレたけどな」

好きな女がいても、風俗で女を抱くことができる
女にはちょっと理解できないことだろうが、男とはそういうものだった
ただ、やっぱり器用な男と不器用な男はいて、不器用なヤツはイザークのように悩むしかない

本当に女が好きになるのは、イザークのような男かもしれないと、時々思う
何人もの異性と関係を持つ方が一見幸せに見えて、うらやましがられる。
しかし、一人の異性を愛し続けた人間の方が、老いてからは幸せになるような気がした

思い出したくないのに、ミリアリアのことを思い出す
もう終わったことだった。
少し前までは、なぜフラレたのかを真剣に考えた
ああでもない、こうでもないと悩み続けたが、次第に面倒になってきた
そうやって徐々に、人は辛いことを忘れていくのだろう

今はアークエンジェルに乗っているらしいが、敵として出てきたら討つしかない

そうやって、割り切れてしまう
自分は、イザークのように悩むことも無く、あっさりと殺すと決めてしまえる
ガロードが自分なら、それこそ生身で潜入してでもアークエンジェルからミリアリアを引っ張ってくるだろう

「そういえばさ、ウィッツ」
「あん?」
「ガロードどうすんの。愛しの姫様、さらわれちゃったんだろ」
「なんとかするだろうよ」
「なんとかねぇ」
「あいつは、ちょっと違うんだな」
「やっぱり、ガロードはAWでも特殊なのか?」
「ガロードに似たやつを、俺は見たことはねぇな」

言って、ウィッツが笑った
どうしようもない弟のことを話すような笑みだった

ユウナ・ロマもデュランダルもガロードのことを欲しがっている
あわよくば、一部隊任せてもいいと思っているだろう
しかし、ガロード・ランの指揮能力は正直言って怪しいものだ
戦法の奇抜さは認めるが、部隊を率いて輝く男とはとても思えない

軍隊にも、いる
集団で戦うよりも、一人で戦った方がずっと能力を出す人間が
ニコルも、一人で戦うほうが能力を発揮する
それは優しかった昔から、そうだった
そういう人間の頂点にいるのが、キラなのだろう

まだうわさの段階だが、アスランがオーブ軍を統括するという話があった
当然だと思う
他に適任者がいないし、あれほどオーブを愛している男もいない

釣り糸をながめながら、自分は凡人だとディアッカは思った
昔はそうでもなかった
ナチュラルを討ち尽くして、英雄になってやると意気込んだこともある
しかし今は、嫌というほど自分の限界が見えてくる
所詮はただのパイロットが似合っていて、せいぜい出世したとしても部隊長クラスだろう

そういう風に考える自分が、別に嫌でも無かった
英雄になれる人間が、ボコボコいたら大変だろう
自分は、脇役でも構わない

「釣れるかね」

ふと、声がかかったのでディアッカは顔をあげた
初老の男が、こちらをのぞきこんでくる

ぞわっと、鳥肌がたった
男はブルーノ・アズラエルである
アズラエル財閥の総帥が、一人でなにをやっているのか

「まぁ、そこそこかな」
「そうか」

ブルーノは静かに腰を下ろした
どうやらディアッカの顔は知らないらしい

それよりも落ち着かなくなってきた
どう振る舞えばいいのかわからないのだ

目の前の男が、コーディネイターを間接的にとはいえ何十万、何百万と殺してきたのだ
そう思うとかえって、圧倒されてしまう

ウィッツは気づかないのか、平然としたまま魚を釣り上げていて、相変わらずイザークはぼーっとしたままだった

「釣れんな」
憮然とした顔で、ブルーノはつぶやく
「……そりゃあ、すぐには釣れないだろうさ」
「君はコーディネイターか?」
「ああ、そうだぜ」

オーブには、コーディネイターもナチュラルもいる
だから別に不自然ではない

「コーディネイターは、これからどうなると思う?
 十年先、二十年先、あるいは百年先の話だ」
「俺にそんなこと聞いてどうすんの
 えらい学者さんにでも聞けよそんなもん」
「普通の人間に聞いてみたいのだ」

やっぱり凡人に見えるのか
少しがっくりしながら、ディアッカはブルーノを見つめた

「まぁ、子供産まれねぇっつー弱点もあるし、いろいろ問題はあるんだろうな
 けど、未来がないって言われて、はいそうですかってのもやだよ」
「ふむ」
「生きてるからな、一応」
「……」
「引いてるぜ」

確かに、ブルーノの釣り糸は引いていた
しかし、なぜかブルーノは立ち上がり、ぽいっと釣り竿を投げ捨てた

「君が魚を釣りたまえ」
「お、おっさん?」
「よく考えたら、別に釣りが好きなわけでもないのだ」
「はぁ?」

わけのわからないことを言って、ブルーノはその場から立ち去った

なにか、おかしなことを俺は言ったのだろうか
何度かディアッカは首をひねってみる

とりあえずブルーノの釣り竿を手にした
重い。いや、かなりの引きだ
重い。まるで生き物のように、竿がしなっている

「あわてんじゃねぇ!
 ゆっくり巻け、無理なら糸を戻してもかまわねぇ
 疲れさせるんだよ」

ウィッツが飛んできた
彼の手にはタモと呼ばれる網が握られている

それでしばらく踏ん張った
なんて引きだ、なんて強さだ
自分の体ごと、水面まで引き込まれそうになる

待つと、力が弱まった
ゆっくりと引き上げる
ウィッツが、タモを差し出した。網の中に、魚が入っている

「タイだな」

ウィッツは引き上げた魚の頭を打って気絶させ、そのエラにナイフを差し込んでいる
なぜわざわざ殺すのかわからないが、理由はあるのだろう

「タイって……」
「高ぇ魚だよ。その分、むちゃくちゃうめぇ」
「小さいな」
「んなことねぇよ
 タイはでけぇ魚だぜ?」
「いや、水面まで引きずりこまれると思ったんだよ
 どんな大きな魚かと思ったけど、こんなに小さいんだな」

ぼんやりと、タイを見つめた
小さなものでも、死に物狂いになれば強いということだろうか

「めでたいんだよ」

いきなり、ウィッツが言った

「はぁ?」
「いや、タイってのは縁起物なんだぜ
 めでてぇ時に食うっていう風習もあるぐらいだ」
「ああ、そりゃ聞いたことがあるな」

オーブと繋がりの深い、旧世紀の日本では、そういう風習があったらしい
しかしなにを祝えばいいのだろうか
さしあたって、アスランの昇進(?)祝いにでもしてやればいいかもしれないが、あんまりアスランは喜ばなさそうだと思った

気がつくと、ディアッカの隣にイザークが立っていた

「凍らせておくのはどうだ」

いきなり、イザークがそんなことを言い出した

「凍らせて、どうすんのさ、イザーク?」

聞いてみる。
凍らせて長期保存すると、どうしてもうまさが落ちる

「平和になった時に食べるのがいいと思った。
 それだけだ」

相変わらずぼんやりとしているが、イザークはそんなことを言った

それもそうだな
平和になった時に、食えばいい
こんな長く続いた戦争が、終わる
これ以上めでたいことはないんだろう

凍らせるか。そして、早く食えるようになったらいい
そう思って、ディアッカはタイを拾い上げ、クーラーボックスの中に入れた