クロスデスティニー(X運命)◆UO9SM5XUx.氏 第112話

Last-modified: 2016-02-26 (金) 01:10:30

第112話 『戦争なんて……したく、無かった……』
 
 
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ずっと昔の話だ

「君はそれについてどう思う?」

ジョージは、あえて聞いてみた

目前には二人の青年。シーゲル・クラインと、パトリック・ザラ

「私の理解を超えたことです」

シーゲルの言葉。無難な、人を傷つけまいとする言葉

「口にするのは、危険なことではないでしょうか?
 下手をすれば、正気を疑われるようなことです」

パトリックの言葉。はっきりと本音を言う、無遠慮な言葉

ジョージは目を閉じた。二人とも、弟子の中では頭一つ抜けていると思う
しかし、どちらもなにかが足りないと思っていた

たとえば、シーゲルは他人に配慮しすぎる時があり、それは決断力や実行力の欠如につながりかねなかった
逆にパトリックは、自己が強いが、それがゆえに暴走したり敵を増やしたりする危険がある

二人で組み合わせれば、それなりのものになるだろう。しかし、ジョージは物足りなかった
コーディネイターを率いていかなければならない二人だ。彼らが一つ間違えば、ナチュラルとの全面戦争になる
だから、可能な限り完璧を求めたかった

「今のは冗談だ、そう思っておいてくれ」

ジョージは物憂げに立ち上がった。それから、窓の外を見る
作業用の機械がめまぐるしく動き、外壁を張り巡らす作業が続けられている

次世代人口居住地。通称、プラント。ジョージ自らが設計した、コーディネイターのためのコロニー群
それらは拡大を続け、今はかなりの規模になろうとしている

「冗談ですませておくと、そういうことですか?」

パトリックが、詰め寄るような目をこちらに向ける
この男の悪いクセだ。たいした敵意も無いのに、相手に不快感を抱かせてしまう

「私は世界を迷わせたいわけではないのだ。ただ、新しい時代の到来を、できる限り少ない混乱で乗り切りたい
 そう思っているだけだよ、パトリック」
「しかし、ニュータイプというのは、おとぎ話のように聞こえます
 宇宙クジラも同じです」
「……シーゲル」

パトリックから視線をそらし、温顔のシーゲルを見つめる

「はい」
「もしも、だが。
 人類が新たな可能性を見つけられず、人がオールドタイプのまま宇宙へ進出していくのなら、コーディネイターはただ邪魔な存在となるだろう」
「……そう、でしょうか?」
「ニュータイプが存在しないのならば、コーディネイターはただいびつな存在にしかならない
 なら、コーディネイターはナチュラルに帰って行く必要が出てくる」
「……」
「何年かかるかはわからない
 だが、コーディネイターの限界が見える前に、君はナチュラルへ帰す方法を探してくれないか」
「わかりました。色々とやってみます」
「すまない。君たちには、尻ぬぐいを押しつけたような格好になってしまった
 ……私は、コーディネイターの技術など、公開すべきではなかったのかな」

愚痴か。それとも、自嘲か。

いずれ来ると思っていた、ニュータイプとオールドタイプの対立
それを阻止し、両者の架け橋となれるのがコーディネイターと信じていた

しかし、世界は混乱に向かっている
あと、ジョージ・グレンはどれほど生きられるのか。
自分に対する襲撃は、日常的に行われ、今まで暗殺されなかったのが不思議なほどだ

せめて、世界が落ち着くまでは。シーゲルも、パトリックも、どこか器が小さい
自分が死ねば、あっというまに戦争が起こりかねない

ジョージ・グレンが求めたものは。こんな世界なのか

時々、発作的に自分を殺したくなる。いや、赤ん坊の頃に戻って、息を止めて死にたくなる

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ナチュラルと、コーディネイターの共生。
回帰していく、不自然な人間たち

決して、新しい考えでは無かった。むしろ誰でも考えることだ
コーディネイターという、いびつな人種をどう解決するかを考えれば、結局は血を薄めて徐々にその存在を消して行くという結論に行き着く

くだらないことだ
ずっと昔のことだった
話し合いこそが平和を作ると考えていた、甘すぎた自分の季節。夢

「ウィラード、ザフト全軍に通信
 もう一度軍令を徹底させよ」

サザビーネグザスの回線を開き、空母ゴンドワナへ告げる

『はっ』
「戦闘中以外のザフト兵には、命令を復唱させるのだ
 つまらぬ通信で、せっかくの作戦を壊したくはない」
『わかっております』

さっきの、新生ブルーコスモス宣言で、動揺する兵が出ないとも限らない
自分の正体を疑っている人間は、少なからずいるだろう

何度も、ジョージと名乗り出るべきかを考えた
心の中には、どこか後ろめたさが抜けていない
人を殺すのも、だますのもいい。しかし、人の名前を借りて戦っている自分が、時々許せなくなる

バルトフェルドを撃破したが、それ以上メサイアに深入りする気を無くしていた
さすがに総大将である。あまり危険なことはすべきではないし、こうなっては後方で軍を引き締める方に回るべきだろう

ブルーノ・アズラエルが裏切った。遠ざかる戦線を眺めつつ、あの老人の顔を思い出した
ラクスを殺せるなら、やってみろ。投げやりにつぶやいたブルーノの顔。年よりもずっと老けていた
いま、そのラクスを殺そうとしているが、ブルーノははっきりと敵に回った

本気で、ブルーノはブルーコスモスをどうにかできると思っているのだろうか
あの宣言は、馬鹿げた妄言だった
ブルーコスモスの構成員すべてを敵に回すような、危険な言葉なのだ
コーディネイターを嫌い抜いているブルーコスモスが、コーディネイターの血を受け入れようとするわけがない
アズラエル財閥の頂点に立ち続けたあの豪商は、そのことすらわからなくなっているのか

しかし、動いた
敵に回すともっとも恐ろしい男が、動いた
誰が動かしたのか。それが気になる
まるで抜け殻のような男だったのだ

ブルーノの行動を否定しながらも、心のどこかで不気味さがつきまとっている
仮に、絶対ありえないことだが。
ブルーコスモスがブルーノの宣言通り動くなら、ナチュラルとコーディネイターの垣根は一気に取り払われる
そうすれば、大西洋連邦他、世界各国もプラントを正式な独立国として承認し、地球の一国と認められるだろう
それは、誰もが考えながら、ついに誰もができなかったことではないのか

そう。ジョージ・グレンでさえも

「敵は、ラクスではなかったのか」

つぶやいた。
途方もない、馬鹿がいる。誰もが考えながら、やろうとさえしない馬鹿げた考え。

ブルーコスモスと、プラントの間に結ばれる和平条約。

本気でやってしまった馬鹿がいる
その馬鹿が、ブルーノやデュランダルを動かした

モニタを切り替えた。例の放送は、まだ続いている

シン・アスカ。がちがちに緊張して、りりしさのかけらもない少年
ラクスと比べれば、威風は雲泥の差だった

「君が、最後の敵か」

つぶやきが消えようとしたその時、メサイアが動いた

メサイア装備の、巨大バーニアが火を吹いている
ラクスの意図は読めた。メサイアそのものを、ザフト艦にぶつけ、あわよくば逃げようと言うのだろう

予想していたことだ。すぐに通信を開く

「レイ、行け」

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のどに、トゲが突き刺さっている

もう、なにもわからない

「最大加速、ここが最後のチャンスです
 一気に活路を開きます」

ラクスは、命を下した
メサイアのバーニアを開き、ザフト艦隊へぶつけ、活路を開く
最後にバルトフェルドが命じた作戦。

メサイアの司令室に、強烈なGがかかった。その場に居る者全員が、なにかにしがみつき、Gに耐える

Gは長く続かない。加速に乗ってしまえば、どれだけの速度を出そうと、安定して立っていられる
そう思いながらラクスは、司令室のイスにしがみついた

「もうやめてください!」

切り裂く、叫び声。メサイアの司令室を圧する

「やめる……?」

声の元は、Gで地面に叩きつけられた格好の、少女からだった

なにを言っているのだろうか、この少女は
ラクスは、不思議な気分で、縛られた黒髪の少女を見つめた
ティファ・アディール。おとなしそうで、まるで人形のような印象の少女

「あなたは、本当はそんなことがしたいわけじゃないでしょう!」

ますます、なにを言っているのかわからなかった

「ティファさん、とおっしゃいましたね?」
「はい」

Gが、ゆるやかなものになる。ティファが、思ったよりもはっきりした足取りで立ち上がる

「わたくしは戦争をしたいわけではありません 
 それは当然です。誰が、戦いを望むというのでしょうか
 しかし、これ以上の混迷を避けるため、あえて誰かがやらなければならないのです」
「……そうじゃない」
「そうでしょう。わたくしを非難するのでしたら、それもかまいません
 ですが……」
「だから、そうじゃない!」

叫ぶ。なぜかティファの声が、ラクスに流れ込んでくる
ざらりと、頭をなにかが通り過ぎる。いや、埋め尽くそうとする

「ラクス・クライン……。あなたは、私だったのかもしれない
 もしかすると私も、あなたのように産まれて、育ったのなら。
 誰かのために自分の力を使って、ひょっとしたら世界を平和にしようと思ったのかもしれない……。
 ううん、きっとそう思ったでしょう……」
「……わたくしが、あなた?」
「今ならわかります、はっきりと
 あなたはもう一人の私。強すぎる力をもって、そしてキレイな世界で生まれた人
 私は薄汚れた世界で生まれたけれど、あなたの世界はとてもキレイだった」
「なにを、おっしゃってるのかわかりませんわ?」

今、少女の夢物語につきあっている暇は無かった
手をあげて、ヒルダに連れ去るよう命じる

「メサイアの人間すべての、命を救う方法があります」

しかし、その言葉がラクスの手を止めた
思わず、じっとティファの顔を見つめてしまう。似ている顔。だが誰に

「メサイアを、救う方法?」
「はい。とても簡単なことです。今すぐにでもできます」

ティファの顔。ティファの瞳。なにか、これまで出会った誰とも違う瞳
憎しみでもなく、尊敬でもなく、愛情でもない。今まで出会った人間は、それしか自分へ向けてこなかった
ティファだけが、なにか、違う

「よければ教えてくださいませんか、ティファ・アディール
 その方法、というものを」
「はい」

たいした答えを期待しているわけでもない。しかし、なぜかティファを無視することができないでいる
あの瞳が、なにを映しているのか、知りたいとさえ自分は思っている

「今すぐあなたが自殺すればいいんです」

言葉。刃になって、胸へ突き刺さった
思わず、ラクスは心臓を止めた。そんな錯覚さえ覚えた

「あなたがいるから、こんな状況になっても誰一人としてあきらめない
 なら、あなたが死ねば、ここにいる皆はすぐに降伏するでしょう
 あなた一人が、抗戦を叫ぶから、みんな喜んで死ぬ」
「……」
「さぁ、早く自殺してください。そうすれば、みんな助かるんです
 あの男は、人の命をなんとも思いませんが、降伏する人間を殺すのは不利益と考えます」
「……」
「あなたはハーメルンの笛吹きです、ラクス・クライン
 ずっと数年間、笛を吹き続けて、人を操ってきた
 そしてあなたの不幸は、笛を持っていることにずっと気づかなかったことです」
「……っ」

ぴし。ぴしっ。なにかが、ひび割れていく

「自殺してください。簡単なはずです
 ピストルを頭に向けても、毒薬をあおっても、爆薬を体にくくりつけても、そんなに苦しまずにすむはずです」
「……っ。……っ」
「死んでください。なにをやっているんですか
 あなたは、人のために戦ってきたはずです
 自分一人の命で、たくさんの人が救えるなら、喜んで死ねるはずでしょう」
「あ……っ」

全身が、震えている。なにかが割れている

壊れている。毀れていく。コワレていた。

そう、とっくに壊れていた。ああ、そうだった。私はとっくに気づいていたはずだった
その違和感から目をそらしたのはいつだったのか
ずっと昔からだ。気の遠くなるほど、昔の。

ぼんやりと気づいていたはずだった。その恐怖から逃げたくて、生きてきたのだろうか

ハーメルンの笛吹き男。
ネズミを笛で魅了し、おぼれさせ、殺した
子供たちを笛で狂わせ、従え、どこかに消えた

子供に読ませるのもおぞましい、残酷な話は、なぜおとぎ話でいられるのか

気づきたくないもの。だから、目をそらし続けてきたもの
ラクス・クラインが壊れていたという事実。人として壊れながら、しかし、人のふりをしていた

そうだ、私は人間としてどれだけ異質だったのか。

ぽたり。ぽたり。膝に落ちる
熱い。熱い。熱いもの

「う……うるさい」

絞り出せた声。なんだ、この子供みたいな声は
こんなの、ラクス・クラインの声じゃない

「あなたになにがわかるの……。なにがわかるっていうの……」

やめなさい。ラクス・クラインはもっと凜としていなければ
どんなときでも落ち着いていなければ。統率者は、いかなるときも、動揺してはならない

「自殺しろ……だなんて、よくも、よくもそんなひどいことが、言えるわね!
 私がどんなに苦労してきたかわかってるの!
 私だって精一杯やってきたのよ! 静かに暮らしたかったのに! 戦争なんてしたくなかった!」

頭の中にあったリミッターがはじけ飛ぶ。子供の頃、教えられてきたものが消し飛んでいく
凜としていなさい。あなたは人の上に立つのだから。失望させないように、希望そのものであるかのよう
誰かの支えになれるように。人々に笑顔を与え続けられるように

「戦争なんて……したく、無かった……。
 当たり前でしょう。こんな風に世界が、世界がおかしくならなければ、私は……!
 なのになんで!? 私がなにかした!? どうしてみんな従ってくれないの!
 みんな、みんな私をいじめる……! こんな一生懸命やってるのに、それが悪いことだっていうの!?」

あなたはシーゲル・クラインの娘なのだから
あなたは平和の歌姫なのだから
あなたは世界そのものなのだから

自分を包んでいた、鋼鉄の鎧が、音をたてて砕けていく

「いやよ……。もう、いやぁ……。もういやだぁ……
 っ、っ、助けて。なんで誰も助けてくれないのぉ……。こんな、こんなに苦しいのに……
 苦しい……よぉ。ふぇぇぇぇ……」

どさりと崩れ落ちた。全身に力が入らない。終わったと、頭の片隅でラクスは思った
両目から涙が流れ落ちる。鼻水だってきっと出てる。ああ、もう、どうでもいいや
汚い顔見られてもいいや

「ふぇぇぇ……うぇぇぇぇ……。やだよぉ……。もうやだぁ……
 やめてよ……もうやめてよぉ……。なんで私ばっかり、こんなことしなくちゃいけないのぉ……
 もういじめないでよぉ……!」

力一杯、泣いてる。ああ、なんだか気持ちいいな
こうやって泣いたの、いつ以来だろう。

みんな驚いてる。ああ、当たり前だよね。みんな、あのラクス・クラインしか知らないんだから
でももういいでしょ。もう、私、もうダメ。もう限界

いいじゃない。死ぬ前ぐらい好きにさせてよ。思いっきり泣いたっていいじゃない

「もう頑張ったからいいでしょぉ……。お父様ぁ……。
 無理だった……ひっぐ。最初から無理だったんだってばぁ……
 私に平和の歌姫なんて、無理だったんだってばぁ……」

なんで私は、平和の歌姫でなきゃいけなかったんだろう
お父様はどうして私を平和の歌姫にしたんだろう

なんでクライン派なんかあったんだろう。
秘密工場とか、諜報員とか、工作員とか。どうしてそんなものを私に譲り渡したんだろう
それで私にお父様はなにをさせたかったんだろう

戦争、かな……?

「もういやぁ……。ホント、もう……無理ぃ……。
 誰か私を助けて…………。ダメなら殺してよぉ……
 もうやなの……なにもかもいやぁ……」

キラ……。キラ……キラ…………。

「早く殺してよぉ……。ねぇ、ヒルダ、早く殺して……
 銃で私を撃てばいいから……ねぇ……」
「あ……い、いえ……」
「じゃああなたでいい……ひっぐ……私を殺しに来たんでしょ?
 なら、殺せるでしょ?」

もうどうでもいいや。ティファというフランス人形みたいな少女は、無機質な瞳でこちらを見ている

ラクスは、いつも持っている護身用の拳銃をティファの足下に投げた
ティファが拾う。つかつかとこちらに歩み寄る。まるで躊躇することなく、ティファはラクスのひたいに銃口を突きつける

「いいんですか?」

不思議な、侮蔑も嫌悪もない声だった

「いいよぉ……もう、いいんだ……疲れた」
「あと四ヶ月後」
「…………え?」
「どちらも茶色い髪の、かわいい双子。どちらもよく似た男の子と女の子
 二人とも、産まれた瞬間に凄い元気な声で泣くんです
 産まれたことがうれしいって、産まれさせてくれてありがとうって、パパとママに聞こえるように」
「あ……あ…………ああ……」

声、聞こえた。遠くから

「みんな、そうやって産まれてきたんです
 あなたがここで死ぬことは、その二つのかけがえのない命を、失うことなんです」

瞳。ティファと交差する。なにかがつながっていく
なんなのか。こころ。それが、銃を突きつける少女とつながりあう

いったい、これは。

「耳をすませてください。ホラ、聞こえるでしょう?」

ふっと感じた。右腕を誰かがつかんでいる。左腕を誰かがつかんでいる
男の子と、女の子。泣きそうな目で、じっとこちらを見ている

「ああ……。あああああ……」

言葉にならない、声をあげた。

ごめんね。そう言いかけた。でも、なにかがそれを止めた
言えば、きっとこの子たちと永遠に出会えない

ティファがゆっくりと銃を降ろす。

「これは、世界の未来なんかじゃない
 平和とか、戦争とかそんなの関係ない。ただの、小さな家族の未来です 
 けれど、その未来を決めることができるのは、あなたです」

次の瞬間、衝撃が来た。地が、揺れる。とっさに司令室のイスにしがみついた

浅ましい。死にたいと言っていたのに、自分の体をかばっている
でも、おなかを打ちたくは無い。それだけは、嫌だ

「メサイアのバーニア破壊!」

オペレーターの声。これでもう、メサイアをぶつける作戦はダメになった
どうしたらいい。どうしたらいい。どうしたらいい

わからないわからないわからない。やっぱりダメだ。もうダメなんだ

「大変です! メサイア第四ブロックで火災発生……いえ、状況は、詳しく……
 いや、一部将兵が暴動を起こしています! 反乱です!」
「なんだって、どういうことだい!」

ヒルダが、メサイアの状況確認を行っている
反乱。別にもう、驚かない。こうなったら見捨てるのは当たり前だ
自分だって、こんな情けないラクス・クラインにはついて行かない

「ホラ、やっぱりダメじゃない
 どうせ私なんて最後はこんなものなのよ
 みーんな、私を嫌いになって、最後はひとりぼっちになって死んでいくの」

しゃくりあげながら、ラクスは笑った

すると、誰かが手をつないできた

「でも、まだあなたは生きてる」
ティファ。無機質な瞳ではなく、かすかにうるんだ目で見つめている
「いいの……。もういい……。私にかまわないで……」
「私だって、ずっとモルモットにされて生きてきました。
 ずっと実験を繰り返されて、人間扱いされたことなんて無かったけれど、それでもまだ、生きてます」
「…………」

でも、もうダメだ。生きてたってしょうがないし、こんな状況から逃げ出せるわけがない

もう誰もかまわないで欲しい。一人で死にたい。誰にもかまわれずに死にたい

ティファの手を振り払った

「もう、やだ……」

もう一度、絶望を吐いた

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集中力を高める。そのために目を、閉じている。
他のMSパイロットが聞いたら、のけぞって驚くようなことだろうが、レイは目を閉じた方がかえって周囲の景色がよく見えるような気がするのだ
それに、レジェンドのドラグーンもそっちの方が良く動かせる

レジェンドのドラグーンが、妖精になって、光をまき散らす。それが次々とメサイアのバーニアを破壊していく
メサイアは高速で動いている。
だから、バーニアへの精密射撃は、動く砲塔であるドラグーンにしかできない芸当だった
そのためにレイのレジェンドは、ずっと後方で待機させられていたのだ

後方に回されたことを不満に思わないでも無かったが、それでもレイは命令には忠実でいたかった

メサイアで、最後はやぶれかぶれの特攻に出ることを、とうに議長は予想していて、そのバーニア破壊に当たるよう事前に言われたのだ

凄みすら感じる。あの人はなんなのだと、時々思う。彼が前線に立ったときは、依然として無敗。
自分は軍神に従っているのかもしれないと、錯覚すら覚える

「終わったな」

目を開けて、レイは前を向いた

メサイアのバーニアが崩れ落ちていく。次々と誘爆し、堅固な宇宙要塞はついにラクスを閉じ込める鳥かごと化した
後のメサイアは、慣性で動いているだけだ。艦砲射撃を続ければ足は止められるだろう

「こんなものか」

後はしっかりと締め付け、最後は歩兵で制圧すればいい。いや、ひょっとしたらクライン派も降伏してくるかもしれない
あれほど強勢を誇ったラクス・クラインも、滅びるときはあっけないものだ

それにおかしなことだが、ラクスの放つ『気』のようなものが、弱くなっている気がする
以前は、離れていてもそのオーラはレイの肌を刺激してきたものだ
それが今は可憐な乙女のように弱々しい

「バレル隊は残敵の掃討に移れ。刃向かう物には容赦するな
 ただし、降伏する者は受け入れるんだ」

命ずると、追従していた配下の部隊が次々とメサイアに向かっていた
レイはそこまで自分でやろうとは思わなかった。ここまで来れば、後は一方的な戦いになる
そんなことは配下に任せておけばよく、白服である自分はただ報告を待てばいい

ザフト艦からの艦砲射撃が、次々とメサイアに命中していく
まるで宇宙に咲いた火の華だ。つかの間、ほんの一秒ほど、見とれた

「シン」

見とれた時、無意識がやってきた。だから考えまいとしていたことが、独り言になって出た
とっさに口をふさぐ。ヘルメットが邪魔をする。小さな、ため息をついた

何故だ、という想いの方が強かった。士官学校の頃から同じだったのだ
それがなぜ、今になってああいうことをしてしまうのか
ナチュラルとコーディネイターの共生。それを、人は何度目ざし、何度失敗してきたのか
シンはそれを忘れたのか。

全世界制圧の果てにあるデスティニープランが、強圧的な政策であることなど百も承知だ
しかし、それぐらいやらなければどうにもならない
それぐらい世界は狂っていて、馬鹿げた欲望と憎悪で人はまた人を殺す

次に会えば、もう決着は避けられないだろう
シンとは、お互い殺し合いにまで踏み込むことができなかった
両方にまだ友だという感情があるからだ。しかし、友だからこそ他の誰よりも自分が殺すべきだとも思う

シンは、憎悪では殺さない。理想のために殺すわけでもない
ただ、友情のために殺す。もうそれを決めてしまうべきだった

なんのためにか。なぜ、そこまでしなければならないのか
それが、戦争なのか。

うすうすとは気づいていることがある。自分は、多分、あの男が好きなだけだろう
軍務だとか、正義だとか、本当はそんなものは遠い

レイ・ザ・バレルはこっけいなほど幼い。子供のような理由で、戦えてしまう

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ロアビィは感謝した。ここが、AW世界で無いと言うことを、だ
本来ならレオパルドから離れる場合は、厳重なロックをしなければならないが、ここはCE世界である
セキュリティに時間をかけなくてもすむのだ

レオパルドにノーマルロックをほどこして、メサイアのMSデッキに降り立った
大破したジンからも、キラが降りてくる
後からヴェルデバスターと、ブルデュエルが続いてくる

完全に命令系統が麻痺している。
クライン派以外のMSが着艦すれば、迎撃の一つもありそうなものだが、バルトフェルドの戦死後はどうにもならなくなっていた

「キラ」
「ロアビィ」

お互いに声をかけた。お互いの目的も、もうわかっている。

「虎のおっさんが死んだな、キラ」
「見事だった。そう思う。結局クライン派は、あの人が支えていたんだ
 全軍の指揮ができたのは、アンドリュー・バルトフェルドだけだった」

キラの目に、悼むような光があった。しかし、泣いてはいない。悲しんでもいない

「カナメ、だったな。おっさんこそクライン派の最高司令官だった
 それが無くなっちまった今、クラインは雪崩のように崩れるしかないのかもね」
「どうなのかな。滅びは、ずっと昔に決まっていたような気がする」

人は死ぬ。一秒後か、50年後か。それは知らないが、結局のところ死ぬ
あのサザビーネグザスに乗っていた男も、眼前のキラも、あるいは遠くにいるシン・アスカというガキも。
それは変わらない。今のところ永遠の命など無い

死ぬために人間は生きている。

誰でも考えてしまうような馬鹿げたことを、こんな非常時に考えていた

「キラ、死ぬなよ。死ねば俺が殺すよ、おまえを」

言いながら、死んだ人間は勝手だとロアビィは思った
死人との約束は、守るしかない。それを踏みにじったら、夢見が悪くなるのは目に見えている

「そんな死にたがりに見えるかな?」

キラが、皮肉な笑みを浮かべた。この男は、誰に対して皮肉を投げかけているのか
いや、今はそんなことはどうでもよかった

「無駄話はハイここまで。キラ、司令部までは一気に行くぞ」
「わかった。ディアッカ!」

キラが大声を出して、後方のヴェルデバスターになにか手真似で指示を出した
複雑な手の動きを見せると、二度、ヴェルデバスターがうなずき返してくる

ジンを確保して、ヴェルデが格納庫を先行した。

「アークエンジェルに行くよう、ディアッカには言っておいた」

表情のない表情で、キラはちらりとこちらを見てきた

「あいつらとは知り合いなの?」
「前大戦でちょっとね。レオパルドはどうする? アークエンジェルへ、先に運ぶこともできるけど」
「いや、いい。それより急ごう、キラ。アークエンジェルの脱出予定まで、あと15分。
 間に合わなければ置いてかれるよ」

なにかキラに話さなければいけないような気がしたが、見つからなかった
くどいほど死ぬなとは言っているが、それでもキラはあっさりと自分の命を捨てそうな気がする

目の端で、ガロードやジャミルのMSが入ってくるのが見えた
心の中で、ため息一つ。顔をあわせる気になれない。

オーブクーデター以降、敵味方になったことを、別に気にしているわけじゃなかった
傭兵をやっていれば、敵味方になるのも珍しくはないし、クラウダを譲渡するなどして決定的な対立は避けるようにしてきたのだ

いざとなればアークエンジェルへ行け。
それは、事前に伝えてある。あの二人が生き残るには、それだけで十分だろう

キラが駆け出す。その後ろを、ロアビィは追った。

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悪意が渦巻いている。あるいは、これが敗北と言うことなのか
だとすれば、なんて苦く。忌々しい。

メサイアの内部はまだ綺麗な感じだが、銃声があちこちから聞こえてくる
ヘルメットを外さずに、キラは急いだ。

クライン派から、かなりの恨みを買っている。敗戦の全責任が、自分にあるかのように言われているのも知っている
だから、顔をさらして歩けば、とんでもない危険がやってくるだろう

しかし、銃声。それが気になる。もう、ザフトの歩兵部隊がメサイア内部に取り付いたのか
だが時間的に早すぎる。嫌な予感は消えなかった

ロアビィが黙って後ろをついてきている。言葉にはしないが、感謝していた
自分は、すべての人とのつながりを拒否しようとしたが、ロアビィだけがいまだにつきあってくれている
他の人間はとうに愛想をつかしたにもかかわらず、だ

18年間、生きてきた。失うことばかりだと思っていたが、残っているものも確かにある

銃声が近づいてくる。ロアビィと軽く視線をかわした

キラはそろりと拳銃を引き抜いた。実は、あまり銃の扱いに自信は無い
白兵戦の経験そのものがほとんどなく、また訓練もろくに受けていないからだ

ふと、突き当たりの廊下から5人ほどの軍人が駆けだしてきた
アサルトライフルを握っている。見たことがある、確か、プラントでクライン派に投降したザフト兵だ
しかし、ぞわりと悪寒が背中を走った。

「ロアビィ!」

声をかけると同時に、逆方向へ走った。軍人が、こちらを振り向く
今のはキラ・ヤマトじゃないのか。そういう声が、背中をかすめて、次に銃声が聞こえた

「なんだァ!?」

ロアビィもすぐに逃げ出す。突撃銃と拳銃では勝負にならない

「おかしい、見たことがある。クライン派のはずだ」
「どういうことさ、キラ!」

逃げながら、言葉をかわす

「クソッ!」

まったく考えなかったわけではない。しかし、ラクスの下にあってそれはあるはずのないことだった
今の反応。そして、あちらこちらから聞こえる銃声。ザフトがメサイアへ進入するには、時間的に早すぎる、ということ

「おい、まさかキラ。内部で反乱が起こっているのか?」
「……多分」

反乱。目の前が真っ暗になるような言葉だった

寝返りすらあり得なかった。それほど、クライン派は鉄の結束を誇ってきた
それがついに反乱を起こすまでになったのか

逃げながら、メサイアの地図を頭のメモリーから引っ張り出す。
あの様子だと、ラクスのいる司令部近くまで反乱軍は近づいているはずだ

問題は、突発的な反乱なのか、それとも周到に計画された反乱なのか、ということだ
突発的なものなら、目をくぐり抜けさえすれば司令部に行ける。しかし、計画反乱なら、包囲が完成されればどうしようもない

「犬死にだけは嫌だ」

つぶやきを飲み込む。同時に、3人ほどの軍人が前を遮った
彼らも手にアサルトライフルを持っている。どっちら。反乱を起こしている方か、それとも純血のクライン派か

「撃て、キラ!」

ロアビィが叫んだ。キラはほとんど反射的に、引き金を引いた

乾いた音。一人、いや、ロアビィが撃ったために二人、もんどりうって倒れた
同時にロアビィが、横の壁を蹴って、残った一人に組み付く

「キラ、そいつの銃を取り上げろ!」

うなずき、アサルトライフルを引きはがす。ロアビィがそれを確認して後、つかまえた軍人の右膝を撃ち抜いた
軍人が悲鳴をあげかける。ロアビィは少し嫌な顔をして、その口へパイロットスーツの手袋を突っ込んだ

軍人がうめき声をあげる。ロアビィは黙って、近くにある部屋を開け、その中に軍人を放り込んだ
手招きされたので、キラも続く。ロアビィがやることが大方わかった

「さっき撃ったのはおまえさんの右膝だ。次は左膝。その次は右腕、左腕だ。順番はわかったか?
 わかったらうなずけ」

ロアビィの言葉に、軍人がためらうそぶりを見せた。瞬間、容赦なく左膝が撃ち抜かれる
手袋を口に突っ込まれたまま軍人の、くぐもった嫌な悲鳴が聞こえた

「次は右腕、左腕、その次は右のつま先にしとこうか。わかったらうなずけ」

すると、軍人ががくがくと何度もうなずく。尿の漏れる音がしたので、思わずキラは目をそらしていた

「俺の質問に答えるだけでいい。ああ、しゃべらなくてもいいからね
 首を縦に振るか横に振るかで、イエスかノーか言ってくれればいいから
 わかったらうなずけ」

また、軍人が何度もうなずく

「メサイアでは反乱が起こってるのかい?」

軍人がうなずく

「おまえさんは反乱側?」

首を横に振る。ロアビィは、軽く息を吐いて、右腕を撃ち抜いた

「下手な嘘はトーゼン、こういうことになるよ。
 その場を下手に取り繕おうなんて考えないことだね。全部あらいざらいしゃべるんだ
 それが、この場で生き残るただ一つの方法だよ。わかったらうなずけ」

右腕を押さえ、泣きながら軍人はうなずく

「おまえさんは反乱側?」

うなずく

「ラクスはまだ生きてる?」

うなずく

「目的は歌姫さんの命?」

うなずく

「前々から反乱は準備されてたの?」

うなずく

「首謀者はフロスト兄弟?」

首を横に振る。ロアビィが、左腕を撃ち抜いた
しかし、軍人はさらに激しく首を横に振る。涙と鼻水が、その場に散った

「首謀者の名前を言え。大声を出せば殺す。余計なこと言っても殺すよ」

ロアビィは、軍人の口に詰め込んだ手袋を取った

「け、計画したのはヘルベルト。ドムトルーパーの元パイロット
 あ、あいつが色々と仲間を増やして、反乱に参加すれば命までは取られないって……
 そればかりか、そうすればザフトにもおとがめなしで戻れるって……」
「ありゃ、地味な名前が出てきたね。
 ふーん、ザフトに戻れるってことは、あいつスパイだったんだ」
「万全の体勢で、メサイアを落としに来たわけか……」

舌打ちしたい気持ちもあったが、逆に負けて当然なんだという気持ちもわいてきた
ここまで準備されていたのなら、勝てなかったのも無理はない

ジョージ・グレン。さすが、ということか。正攻法と奇策をうまく使っている。

軍人の体が、ぐったりとなった。気を失ったようだ。ロアビィは締め上げていた手を離し、ため息をつく
それから、通風口になっていた窓を外し始めた

「放っておくの?」
軍人のことを聞いてみる
「手当てしている暇があるの? それにその出血じゃ、どっちにしろ手遅れよ
 もともと殺すつもりだったしね」

ロアビィは、平然を装っている。顔にある嫌な汗でそれがわかった

「手を汚すことなら、僕がやったものを」
「バカ言っちゃいけないね。キラ、おまえにそんなことができるとは……お、開いた」

通風口がぱっくりと開く。壁に足をかけ、ロアビィが中へ入っていく。
パイロットスーツを脱ぎ捨て、キラも続いた
なにも言わなくても、意図はわかる。
反乱なんて事態が起こっている以上、正面から司令室に行くのは危険すぎた

通風口は人一人が、四つん這いになってようやく通れる広さだ
闇が全身を包む。自分の呼吸が、闇の吠え声のように聞こえる
ロアビィは行き先がわかっているのか、迷うことなく進む。
じっと目をこらしながら、キラは前へ進んだ

闇の中、這い進む。まったくの闇ではなく、どこからかわずかな明かりがあるため戸惑うことはない。
ただ、薄い闇が自分の神経をかえって逆立たせる

赤ん坊は、立つよりも這う方を先に覚える
ならば今の自分は、赤子なのか。母親の腹から、この世に生まれ出るために前へ進んでいるのか
産まれて、どうするのか。産まれる意味はあるのか

闇が、思考をあいまいにする。ラクスのことを忘れかける

「世の中には汚れることができる人間と、そうじゃない人間ってのがいると思うんだな」
「え?」

唐突に、ロアビィの声が聞こえた。お互いに進みを止めてはいない

「キラ、おまえは綺麗すぎるよ。どうしたってそれは変わらない気がする」
「そんなことはない。僕だって、ずいぶん人は殺した
 僕は自分が綺麗だとは思ってはいないよ」
「そういうことじゃないのさ。俺が言いたいのはね。
 悪党にはなれないんだよ、キラ・ヤマトは。それが良いか悪いかはこの際置いといてね
 だから、ああいう尋問は俺がやるべきだったんだ。おまえは残酷なことはできないんだよ」
「……」
「まぁ、別に借りにしようなんては思っちゃいないさ。ええと、そうだな。
 なにが言いたいかってーと。そうだな、綺麗なのはいいけど、潔癖すぎるのも問題だと思うのさ」
「僕が潔癖すぎる?」
「初めて会った頃のおまえは、ずいぶん世界が気に入らなかったように思うよ
 だから歌姫さんと一緒に世界を変えようとして、まぁ、いろいろやってきた。
 あー、それが悪いってんじゃない。なにより、おまえらは自分の私利私欲で動いてないだけずっとマシだと思う
 ただ、自分たちを信じすぎた。
 自分の正しさを信じ続けて、それでもいつか自分の失敗を突きつけられたら、人間はやっぱり最後は自分が許せなくなるんじゃないかな
 それで償いとか、罪とか罰とか、くだらないこと考え始めちゃう。自分に完璧を求める人間ほどそうさ
 俺は、人間はそんな堅苦しいもんじゃないとは思うんだけど、思い詰めちゃう人間はいるのよね」

ふっと、感じたことがある。自分に死んで欲しくない。
ロアビィが言いたいのは、ただそれだけだった

キラ・ヤマトの中にある、死への憧憬。死ねば、すべてを終わらせることができるという心
それを見抜かれているのだろう。

「どうにもならないんじゃないかな、もう」

それだけを言った。それで精一杯だった。人の優しさに触れたくはない。それもあった

「まぁいいさ。行こうか、キラ。囚われの歌姫様さらいにさ
 白馬の王子様は、おまえがやるんだぜ。おっと、最初は目を薄く閉じとけよ」

時間は、さほど経ってはいないが、アークエンジェルの発進までさほどの猶予は無い
ロアビィがある地点で歩みを止めると、なにかが外される音がした

照明は、圧倒的な質量で飛び込んできた