クロスデスティニー(X運命)◆UO9SM5XUx.氏 第113話

Last-modified: 2016-02-26 (金) 01:12:43

第113話 『なにも出来ない私だけど』
 
 
==========================

胃がひりひりと痛む。
きわどいところを走り抜ける。
それをガロードは感じていた。

フロスト兄弟がどれだけティファに人質の価値を感じているのかはわからない。
好きにはなれないラクスだが、フェアなところがある。だから、命の心配はとりあえず無いはずだ。

しかし追い詰められた人間がどういう行動に出るか予想がつかない。
早めにティファを奪ってしまいたかった。

ドムトルーパーのアームを動かし、壁をぶん殴り、至近距離でランチャーをぶっ放す。
音を立てて、メサイアの内壁が崩れ落ちる。そして道が出来た。
MSが一機通れるだけの進路へ、ゆっくりと入ってく。
そしてまた壁があれば、ランチャーをぶっ放す。

乱暴だが、アークエンジェルまでこの方法で行くつもりだった。
今、MSから降りるのは得策でないと判断したからだ。
外に出れば、あのサザビーネグザスというふざけたスペックのMSと鉢合わせる可能性がある
だからわざわざメサイア内部を進んでいた。

この方法を考えたのはガロードではない、ジャミルだった。
そのジャミル本人は、窮屈そうな格好でコクピットシートにしがみついている。

なぜかガロードとの間に、妙な沈黙があった。自分がティファ救出に賢明なせいもあるが、ジャミルも嫌に切迫したモノがある

「なぁ、ジャミル」
「黙って動かせ、ガロード」
「しゃべっててもMSぐらいは動かせら。
 それより、一つ聞いときてぇんだけどよ」
「……なんだ」
「クラウダ受領の任務だけじゃねぇだろ、わざわざジャミルがメサイアまで来たのはよ。
 キラとも顔見知りみてぇな口ぶりだったし、なにかやってんのか?」
「……」

ジャミルが、少しだけ上を向いた。
ガロードから視線をそらした、ということだった。

「まーただんまりか。
 近頃のジャミルは、なんか隠し事多すぎねぇか?」
「隠し事をしているわけではない。
 我から和を乱したいとは思わないだけだ」
「あん?」
「ガロード、ラクスは許せんか?」
「そりゃもちろん」
「ならこれ以上、私からなにかを言うことはない。
 それよりもティファを助けるぞ」

ジャミルに聞こえるよう、舌打ちをする。
つまり、ラクスに同情的だということか。

どうせラクスがニュータイプだからだろう。
ジャミルの行動原理は、ニュータイプ保護で、それは一貫してぶれることはない

「ジャミル、イッコ確認しときてーんだけど」
「む」
「キラがニュータイプだってのは、まぁわかった。
 ティファの居場所を、NTのテレパスみてーなので探ってたしな。
 けど、ラクスはマジでニュータイプなのか?」
「99%ニュータイプだ。
 前大戦でも強敵の接近を事前に察したようなこともあるらしいしな。
 ティファも感応でそれをおおよそ認めている」
「そんだけか?
 洗脳能力とかあるんじゃねーのか?」
「ニュータイプは妖怪ではないぞ。テンプテーションなどできるわけがない」
「あぁ?」

虚を突かれた回答だった。
何度かラクスには洗脳能力があるんじゃないかと疑ったことがある。
テクスもその可能性は指摘していたし、ガロードも頭がぼんやりして、ラクスの言うことを聞きそうになったことがあった。

「はっきり言っておくが、ラクスに洗脳能力など無い。
 そのあたりは勘違いするな」
「……」

なんで説教されてるんだろうか。
一連の、ジャミルの態度にいら立つ。

そもそもが、自分がザフトにいることを知りながら、連絡一つ寄越さなかったのも気に入らないことだったのだ。
合流してからもまるで本心を見せないし、積極的に戦おうともしなかった。

「おいジャミル、手を怪我してたっての嘘だろ」
「……」
「俺らと最初合流した頃、そんな言い訳並べて、MSに乗らなかったよな?
 けど、後で聞いた話じゃデスティニーともやりあってたそうじゃねぇか。
 おめー、戦いたく無くて、んな嘘こきやがったな?
 ずっと手袋脱がなかったのもも、怪我を隠すためじゃねぇ。
 怪我してねぇのを隠すためだったんだな?」
「……だったら、どうする?」
「……だな、別にどーもしねー。ただ気にいらねーってだけだ。
 俺も大人になっちまったのかな、おまえが黙ってた理由もわかんだよ。
 あの頃、俺らはラクスへの怒りでアタマん中いっぱいだったからな。
 んなところで、ラクスはNTだから保護する、なんて抜かしたらアスランに銃でもぶっぱなされねぇからな」
「……」
「アスランや代表さんにはそこんところ最後まで黙っとけよ。
 まぁ、俺も今はだいぶアタマも冷えてる。
 ラクスもこうなっちまった今じゃ、徹底的にぶちのめそうとか思えねぇよ」
「すまんな」
「ラクスを許せるわけじゃねぇぜ。俺はそこまで人間出来てねぇ。
 ただおめーの邪魔はしねぇし、今はなによりティファだ」
「嘘をついたことを謝っただけだ、私は」

ちょっとうつむいて笑った。頑固なところだけは、どこまでも変わらない

ジャミルが味方だと確認する。今はそれだけで良かった。

時計を見る。ティファを回収して、アークエンジェルまで。
時間はない。焦ってもしょうがない。

壁を殴り、ぶちこわした。隔壁が落ちる。フェイズシフトってのはこういうとき便利だ。
ただ物理的なものを壊すなら、ルナチタニウムより有利に働く。
司令室が近いので、ここまで来ると火器は使えない

こぶしを振り上げ、隔壁をまた壊す。
崩れ落ちた先に、空洞があった

とっさ。ガロードの全身に、緊張が走った。
ドムトルーパーがその巨大なバズーカ砲を構える。

ヤドカリのシルエット。ガンダムアシュタロンハーミットクラブ。
格納庫とも思えない、MSがぎりぎり待機できるような空間で、それは端座している。

アシュタロンも、とっさにクローを振り上げた。
しかし、振り上げただけで止まった。

ビームバズーカを放つかどうか。
司令室にいるティファへ危害を加えるのは避けたい。

通信を開く。スピーカモード。

「オルバ、おい、そこにいやがんのか?」
『ガロード・ランか』
「ぶち殺してやりてぇが、てめぇとやりあって時間食うのはつまらねぇ。
 ティファを返せ」
『いいさ、通ればいい。今の彼女に人質の価値はない。
 取引に利用したかったけど、もうその意味も無い』

あっさりと、アシュタロンが道を空けた。
無論、これまでの経緯を考えれば、安易に信用できない。

「ガロード、私を降ろせ」
「ジャミル?」
「オルバ・フロストと話してみる。おまえを後ろから撃たれないようにすることもできるはずだ」
「おい、話し合いが通用する相手じゃねぇぜ?」
「そうでもない。おまえはフロスト兄弟に、カフェをおごったことがあるのだろう?」
「あ、ありゃモノの弾みっつーか、あいつらが変態だっただけっつーか!
 つかやめろってジャミル!」

しかしジャミルはガロードを押しのけ、コクピットハッチを開けた。
メサイアの、異質な空気。パイロットスーツ越しに香ってくる。
ジャミルがノーマルスーツを脱ぎ、下へ降りるためのワイヤーに手をかけた。

「次に抱きしめたのなら、二度とティファを離すな、ガロード」
「あ……いやそりゃトーゼン」
「約束だぞ」

ぽんっと、肩を叩かれた。ジャミルが下へと降っていく。

息を呑んだ。降りていくとき、ジャミルが笑ったのだ。
あのいつも仏頂面を捧げていた男が、だ。

ジャミルがなにかアシュタロンに伝えている。オルバが、アシュタロンから降りている。
そして、ジャミルはこっちに向かって、大きな丸を手で作って見せた。
行ってもいいということだ。

アシュタロンの脇をすり抜ける。攻撃は、無かった。

==========================

キラの頭が、ざわついた。
強烈な、頭がくらむような共鳴
すぐにそれが、ティファ・アディールという少女が原因だと言うことに気づいた

「おいおい、こりゃいったいなんの騒ぎだ?」

先にメサイアの司令室に降りたロアビィが、周囲を見回している
うなだれ、イスにすがりついているラクス。それを見下ろすティファ。
この非常時に、戸惑った顔をしている、ヒルダを初めとしたラクスの側近たち

「早く」

数十メートル先にいる、ティファのつぶやきがはっきりとキラには聞こえた
感応能力。加速度的に進化する自分のNT能力は、キラ・ヤマトを人とは違うモノに変貌させている気がする

「ティファ、こんなとこでなにやってんのよまったく! 歌姫さんもだ!
 アークエンジェルに急げ! 反乱が起こってるんだよ!
 ぼーっとしちゃって、死にたいの!?」

ロアビィが声を張り上げ、うつむいて崩れ落ちているラクスの手を取った
振り払われる。行きたくない。どこへも、動きたくない。ラクスの態度がそう叫んでいた

「ラクス」

声をかけた。びくりと、ラクスの肩が震える
一歩、二歩と近づく。ラクスが、それにあわせるように顔をそむける

しゃがみこんで、頬に触れた。

「いやぁ……」

蚊が鳴くような、小さな声。ラクスの顔は涙でぬれて、ひどいものだった
しかし、キラはなぜか痛ましさを感じた

いじめられた子供。大きすぎた夢を見て、そして夢を叶えられなくて、どうしようもなく傷つけられた子供
だだをこねることもできず、泣くことしかできない

「早く、逃げてください」

ゆらりと、透明な雰囲気をまとったまま、少女が告げる
キラは、振り返ってティファを見つめた。大きすぎる力を持った少女。ある意味では、ラクスと同じもの
ジャミルがそんなことを言っていたことを思い出す

「ティファ・アディール。君はアークエンジェルに居れば良かった」
「この人と、話すべきだと思いました」
「ガロード・ランがどうなる」
「あの人とは関係のない戦いです」
「でも、これは僕らの戦いだ。君が出てくるべきじゃない」
「それでも、一つだけ、どうしても言わなければならないことがありました」

妙な会話だった。ティファの心を感じ取れる。
だから、余計なことを言わない、ぜい肉のない会話になる
思えば、ラクスともずっとこういう会話をしていた
ごくごくわずかな会話だけで、心をつなげていることができた。

僕らは、人類の革新だった。しかし、その事実を今さら突きつけられたところでどうすればいいのか

「僕らに言わなければならないこと?」
「そうです、キラ・ヤマト」
「話は後だ。
 それよりも、今はここからの脱出だ」

わずかに悪寒を感じた。
ティファの言葉を聞いたら、なにか触れたくもないことに触れてしまうような気がしたのだ

「待ちな、キラ・ヤマト!
 あんたにこれ以上好き勝手にはさせないよ!」

いきなり、銃口が突きつけられた。しかし、すぐにその手が跳ね上げられる
ロアビィの足。それが、ヒルダの銃を蹴り飛ばした

「くだらないことしてんな! 今、守らなきゃいけないのは歌姫さんただ一人だろうが!
 キラ! 急げ、一秒で生き死にが決まるぞ!」

ロアビィの必死が、言葉に出ていた。彼の、優れた生存本能が、今が分水嶺だと感づいているのか

「でも、どうやって脱出する、ロアビィ?」

反乱軍に会わないまま、通路を抜けてアークエンジェルへ。至難である
さっき使った通風口では、大人数での移動に向かないし、なにより時間がかかりすぎる

ロアビィが司令室のパネルを叩き、マップを写した
ディスプレイに、ルートが赤で表示される

「ここを通る。リスクが一番小さく、アークエンジェルへの距離も近い。
 クライン派の人間、ここで全員集めて、速やかに移動。
 もし反乱軍にカチ合った場合は強行突破。
 気に入らないけど、フロストブラザーズにも連絡。いいな?」
「ま……」
「わかった、全員ロアビィの指示に従って」

なにか言おうとするラクスの侍女連中を、キラはにらみつけた。
この非常時に言い争っている場合ではない。
ヒルダに、力なくイスにもたれかかっているラクスを、背負うように手で示す。
不愉快そうだったが、それでもヒルダは一つ二つと声をかけ、ラクスの肩をかついだ

ラクスの顔色が異様に悪い。体調が悪いと言うより、魂そのものが抜けてしまったかのような顔色の悪さだった

「キラ、後は頼む。
 犠牲を出すことはためらうなよ」

ロアビィが司令室で地図をプリントアウトし、それをキラに渡してくる

「……わかった。ロアビィは?」
「俺もすぐに行くよ。野暮用だけすませてな」

ウインクして、ロアビィは司令室の装備棚を開け、中から短機関銃を取りだしていた

いや、今はそんなことはどうでもよくて、気が重い逃避行をやらなければならない
ヒルダを含めたラクスの親衛隊は、こちらを殺すほどの目線でこちらを見つめている
こんなのを引き連れて逃亡するのだ、後ろから撃たれるかもしれない

「あなたは、先頭へ。案内を」

ティファが、ぴたりとキラの背中についた。ほとんどくっつくような距離だった

「……助かる」
「いいえ」

後ろから撃たれるのを、邪魔するためにティファがそうやった
それぐらいのことは、NT能力を使わなくてもわかることだった

ラクスは、ついになにも言わなかった

==========================

年上好みって、良く言われる。
まぁ、そりゃ嘘じゃない。実際、本気になった女は年上が多かった。

けど一個勘違いして欲しく無いのは、好きになるのに年齢は関係ないってことなのね。
俺の場合、好きになった相手がたまたまそうだったってだけで、別に年齢は重要じゃない。

女の子の好み?
そりゃあ、ぜいたく言ったらキリがないっしょ。みんなそうじゃないの?
顔はいいにこしたことないし、性格もいいにこしたことはない。
あと、夕食が楽しみになるぐらいの料理の腕は欲しいかな。
それと、やっぱりHなことは好きな子がいいね。
胸の大きさは……以外とそれを重要視してる男って少ないもんよ。
まぁ、強いて言うなら大きい方がいいけどさ。

でも、一番大事なのはわかるでしょ。
愛よ、愛。
ちゃんと俺のこと愛してくれて、俺がその子のことちゃんと愛せるなら、さっき言った条件なんかどうでもいいよ

だから、俺は凄い才能持ってるのさ。
簡単に女の子を好きになれるってのがそれ。
こうなれば、後は相手の子が俺のことを好きになってくれればもう完璧ってワケ。

凄いと思わない、この才能?
これがあるから、俺はずっと恋愛してられるのよ。

え、いい加減なだけじゃないかって?
ううん。俺はいつだって本気よ。恋に手ェ抜いたことなんか一回もないね

あと、女の子は泣かさない。
それどころか、泣いてたらいつだって駆けつけて、笑わせてあげるよ
せいぜい男にできることなんて、それぐらいだからね

「ハー、しんどい。
 あー、もー、王子様も楽じゃないねホント」

荒い息を吐き捨てる。整える。転がっている死体を、蹴り飛ばす。
ちゃんとくたばっているかの確認だ。

反乱軍と運悪く遭遇したので、サブマシンガンで殺した。二人しかいないのが幸いだった
相手も応戦してきたので、いくらか傷を負っているが、どうにか致命傷は避けている

ロアビィはすぐに走り出した。こうなるとギリギリ間に合うかどうかだ。
メサイアの重力が無くなってきている。システムはほとんど死に始めている。
走っているのか、泳いでいるのか、もうわからない状態だ

「どいつもこいつも、もういいだろうよ」

ここまでしなくてもいいじゃないかと、ロアビィは思う。
なにが戦争だ。メサイア包囲した時点で勝っただろうが。たかだか18才の小娘を、ここまで追い詰めて楽しいのか
そんなの色男のすることじゃないだろうが

そう吐き捨ててやりたくなるが、走るのに忙しくて愚痴も出てこない

息が切れる。運動不足だよまったく。AWに居た頃はもうちょっと体力あったような気がする。
あーあ、トレーニングサボったらそりゃこうなるよね。でもしょうがないでしょ、ずっとお姫様のお相手だったんだもの

目当ての部屋。ロアビィは懐から、カードキーを取り出す。

ちょっと照れくさそうに笑う顔、ちょっと震える手を押さえた感じで差し出された。
女の子からキーを渡される。それがどういう意味なのか、痛いほどわかってるけど、これを使うのは初めてだった

俺は、いつからこんなヘタレになった?
言いたいなら、はっきり言えばいい。気を持たせるだけ持たせて、なにもしないってのは卑怯だろう
そんなことするぐらいなら、最初から関わらなければいい

キーを通して、部屋を開ける。中は特に荒らされた様子など無かった

ベッドの上で、枕を頭にかかえて、ぶるぶる震えているピンク色の物体がある。

「ろ、ロ……ア、ビ、ィさーん……」
「ハイハイ、遅れちゃってごめんねもう一人のお姫様。
 あーあ、すっかり涙目になっちゃって。ハイ、ごめんねちょっと待って」

携帯していたサブマシンガンを、そっと地面に置く。そして両手を差し出した

「ハイ、準備完了。
 おいでミーアちゃん。怖かっただろ〜?」
「うー!」

両手を差し出すと、ミーアが飛び込んできた
ぽんぽんと、その頭をなでてやる

「ごめんなぁ、ちょっと外せない用事があってね」
「怖かった、本当に怖かったですよぉ……もー」
「あー、その件についてだけど。
 もうちょっとだけ怖い思いしてもらうけど、我慢してね」
「はぐれたりしちゃ嫌ですよ……」
「わかってますって、ハイ」

言って、ミーアと手をつないだ。
彼女を安心させるために、できるだけ切迫したものは表に出さないようにしている

そうしながら、ロアビィは計算を始めた。
わざわざレオパルドをメサイアのMSデッキに置いてきたのは、ミーアの部屋から近いからだ。
ここから、レオパルドのところまで行って、それからアークエンジェルまで行く。
時間的にかなりきわどい。が、やるしかない

サブマシンガンを拾い上げ、ミーアと手をつないだまま部屋を出た。
重力が弱い。完全に死ねば、移動する時間がさらにかかることになる。

気ばかりが焦る。落ち着け、俺。こういうときにこそ、冷静さが必要だ
大丈夫だ、今度も上手くいく。これまでだってこんな危ないことはいくらでもあった。
そのたびに針の穴を通るようなことをやってのけてきたのだ。
こんなところでつまずくものか

「ロアビィさん、ケガしてるんじゃ?」
「かすり傷さ。あ、変なおしゃべり今はナシよ。
 発見されたら面倒だからね」
「発見って、敵がもう中に来てるんですか?」
「ハイ、おしゃべりはもうおしまいね」

ミーアの顔に、切迫したモノがある。それでも今はそれに構っておられず、脱出が最優先だった
気を落ち着かせるなら、もっと安全な場所に逃げおおせてからだ。

走りながら考える。今のところ、バルトフェルドの策は上手くいっていた。
ラクスを生かし、キラを生かす。それができればこの戦い、バルトフェルドの勝ちだ。

数え切れないほど女を口説いてきたが、それは数え切れないほどフラレて来たと言うことだ。
失恋は簡単に忘れることができたが、一つだけ失恋とも言えないものが、苦い感じで喉の奥に引っかかっている

死ぬほど惚れた女が、居た。初恋だった。レオパルド、元の主。
賭けに負けた、それだけの理由で自分にMSを与えてくれた女。

俺はレオパルドが欲しかったんじゃない、あんたが欲しかった。それを、最後の最後まで言えなかった。

いつもそうだ、マジな恋愛になるととたんになにもできなくなる。
そんなクソヘタレな自分を隠したくて、プレイボーイを気取ってきたんだろうか。

なにを考えているんだ、この非常時に。

「ざけんなっての……クソが」

荒い息を吐く。転がっている死体は三つ。反乱兵のものだ。
仕事熱心なことだ、裏切り者ほどよく働くってのは本当のようだった

「大丈夫ですか?」

ミーアが駆け寄ってくる。

「大丈夫……」

余裕の笑みでかわそうとしたが、視界がゆがんだ。
何発か喰らっている。出血が、徐々に深刻なものになっている

「しっかりして、ホラ、肩を」
「おいおい、女の子におぶさるなんてそんな真似でき……」
「変な見栄を今さら張らないでください」

ミーアが、強引に肩を貸してきた。あらがいきることもできず、ミーアに体重を乗せる
色男が台無しだ。もうちょっと白兵戦の訓練やっときゃ良かった。のん気なことを考えて、自分を落ち着かせる

「戦争なんて、嫌なモンだ。心の底からそう思うよ
 あー、ホントにヤダヤダ。なんでこんなに死ななきゃならないんだ?」
「ロアビィさん?」
「なーに、愚痴よ愚痴。
 とにかくもう、人が死ぬのはたくさんだ」
「バルトフェルドさんが言ってました。一つだけ、終わらせるとはいかないまでも、死なせない方法があるって」
「終わらせる方法ねぇ」

そんなものは誰でも思いつく。
キラとラクスが死ねば良いだけだ。

「この世から消えちまえ、理想も大義も」

かすれた声で吐き捨てる

多分、自分はキラとラクスが好きなんだろう。
歌姫の騎士団という集団が、嫌いではなかった。
子供のような理想を本気でぶちまけるここが、なぜか居心地悪くなかった

一つだけ、キラやラクスに気に入らないところがあるとすれば、ある種の堅苦しさだった
どこか二人とも、完璧であろうとするところがあった。
能力的な完璧さ、ではなく、完璧な『理由』を作り出そうとするところが。

いや、それすらも自分は嫌いじゃなかった。なぜならそういうものがロアビィのどこにもないからだ。
ずっとそういうものから背を向けてきた。リアリストを気取った自分に残ったのは、矮小なエゴだけだ

誘蛾灯。自分は、ラクス・クラインという光に誘われた蛾に過ぎなかったのか

MSデッキの近くまで来た。物陰に隠れて、MSデッキをうかがう。
まだ、クラインのMSは抗戦を続けていて、ザフトの侵入を許しては居ない。
ただしあちこちで、反乱兵と純粋のクラインが閉所戦闘を続けている。

なにが今のクライン派を支えているのか、少しだけロアビィは不思議だった
もう勝利の芽は完全につまれている。それでも人は戦えるのか

「どうやってあそこまで行くんですか?」

ミーアの吐息が、張り付きそうなほど近い。
ロアビィはわずか、目を閉じた。覚悟を決める。決めてしまえば、怯えを殺す。
これまで何度もやってきたことだ。

「このまま行く。小細工なんか無いよ。
 レオパルドが奪われたら俺は死んだも同然だ」
「その傷で、ですか?」
「死ぬような目になら、それこそ何度も会ってきたよ」
「私も行きます」
「ダメだ」
「その傷じゃ……」
「ダメだ」

ロアビィはミーアを、とんっと廊下の方へ突き飛ばした。それからパネルを操作し、隔壁を降ろす。

でたらめに逃げていたわけではない。最初から、ミーアをここに閉じ込めるつもりだった。
弾丸爆薬舞い飛ぶところを、非戦闘員連れていくわけにはいかない。

「ロアビィさ……!」
「男はいくら傷作ってもいいけどね、女の子は顔にかすり傷一つ作っちゃいけないの
 わかる?」
「あ……」
「だーいじょうぶ、すぐ迎えに来るから」

隔壁が下りる。
ロアビィの心臓がはねる。かっこつけたところで、レオパルドを取ってこなければミーアも死ぬ。

振り向く。わずかに、視界が暗くなる。痛みは気にならないが、出血が嫌な感じだ。
こんなところで俺が死ぬわけ無い。根拠のない自信で、前に進む

ありったけの閃光手榴弾を握りしめ、あちこちに投げ込んだ。
そこらじゅうで光と爆音が響き渡る。すぐに廊下の手すりを蹴って、無重力空間へ飛んだ。
レオパルド。近づく。

また、目がくらんだ。なんなんだよ、もう。
俺が死ぬわけ無いじゃない。死んだら、何人女の子が泣くと思ってるのよ?

両腕がつかまれているのを感じた。視界が明滅している。
自分がレオパルドのコクピットに据えられているのを、ロアビィは感じた。

「大丈夫ですか、ロアビィさん」
「あんたは」
「ここはもう持ちません」

ダコスタ、とかいう男だ。何度か話したことがある。
確か、バルトフェルドの副官をやっていた元ザフトだ

「傷口にはバンを当てておきます、これだけでも出血はかなり抑えられます。 
 ただ早く輸血を受けた方がいいと思います」

慣れた手つきで、絆創膏を傷口に当ててくる。
ものの数十秒というところだった。

何度か攻め寄せようとする反乱兵の姿が、コクピットからも見えた

「おい、おまえさんはアークエンジェルに行かないのかい?」
「自分がバルトフェルド隊長から受けた最後の軍務は、あなたのサポートでした。
 レオパルドを守り切れたので、ヨシとすべきだと思っています」
「……そうか。クソが、カッコつけすぎだぜ、あのネコ科」
「ミーアさんは?」
「お姫様は休暇中だ」
「真面目に話しているんです」
「なに?」
「バルトフェルド隊長の策は、彼女が居て初めて完成します」
「……どういうことだ、そりゃあ」

ぞわりと、なにか嫌なモノが走り抜けた。
策。一連の動き、なにかを示していたのか。

手を伸ばしかけた。しかし、ダコスタは拳銃をこちらに向けた。
震える手。動くな、という声。なにかが、暗転した。

==========================

あたしは、みにくい。

この顔が嫌いだったの。
そばかすだらけで、垢抜けなくて、地味で、陰気で、鼻も低くて、嫌なところを挙げたらキリがない。

もしもあたしがナチュラルだったのなら、そこまで悩まなかったかもしれないけど。
でも、あたしはプラントで産まれて、育った。
まわりはみんなコーディネイターだった。

コーディネイターは、みんな顔がいい。美男美女の楽園だ。
なんであたしだけ。学校に通っても、あたしのみにくさは際だった。

同姓からはそのみにくさを嗤われ、異性からはそのみにくさを笑われた。

人間は残酷だよ。自分より劣っているモノを、情け容赦なく迫害する。

どうしてあたしだけ。なにか私が悪いことをしたわけじゃないのに。

父も母もコーディネイターで、どちらもまた美男美女だった。
あたしだけが、なぜみにくいのだろう。
何度もそのことで両親を呪ったの。
もっとキレイに産んでくれたらいいのに。

そんなこと言ったって、しょうがない。わかってる。
遺伝子だって、時々間違っちゃったりするんだろう。
だからあたしみたいな出来損ないが産まれる

わかっているのは、あたしがもう一生恋愛なんかできないだろうなってことだけだった。
こんな顔の子を愛してくれる奇特な人なんて、多分いない。
いつの間にか学校にも行かなくなった。
馬鹿にされるのがわかっていて、なんで行かなくちゃいけないの……ってね。

でも、あたしはある日、知ったの。
テレビで流れる歌。ラクス・クライン。ライブで歌う彼女は、とてもキレイで、光り輝いていた。
そこにいるだけで、周りが明るくなって、そして癒されるような感じだった。

でも、一番驚いたのは、あたしと似た声ってことだった。

声を聞けば聞くほど、そっくりだった。
でも、それだけだ。声が似ているだけで、それ以外はなにもかも違う。
あたしは汚くて、あの人は美しい。

それでも、嬉しかったな。あんな素敵な人と、同じところがあるっていうのが。

その頃から、あたしはラクス様のおっかけを始めた。
おっかけって言っても、楽屋に押し寄せたりすることなんか、とてもできなかったなぁ。
せいぜい、新しくできた歌を買い漁ったり、ポスターを部屋に並べてみるぐらい。
出演番組は、書かさずチェックしたけどね。

けど、ラクス様はただの芸能人じゃなかった。
戦争を終わらせてしまった。
それは、もう、言葉に出来ない衝撃で、地球とプラントが和平を結んだとき、あたしは涙が止まらなかった。
こんな凄い人と同じ時代に産まれただけでも幸せだと思った。

ラクス様は、あたしに生きる力をくれた。
大げさかもしれないけれど、人間はあきらめなかったらなんでもできるんだって、教えてくれたんだ。

でも、ラクス様は居なくなった。オーブに隠れたっていうのは、後で知ったんだけど。

寂しかった。なにをしているかだけでも知りたかったけど、情報はなにも無かった。
そこであたしは、いたずらを仕掛けた。本当にたわいないことだったけどね。

ネットで、ラクス様のフリをしていろんなメッセージをあちこちにアップしたんだ。
有名ミュージシャンの歌をコピーしてみたり、ラジオのパーソナリティみたいなことをしてみたり。
みんな、ラクス様だって騒いで、本当におかしかったし、楽しかった。

まるで、自分がラクス様になったような気がした。

そしたら、凄いことが起こった。
プラント最高評議会じきじきに呼び出しがあって、ラクス様になってくれ、だって!

それからのことは、知ってるよね。

ねぇ、ロアビィさん。
聞こえてる?
それともこんな話つまらなかった?

じゃあ、アスランとHしたときの話でもしたげようか?
あはー、ロアビィさんでもそういう顔するんだ。

だからね。

==========================

怖いよ。怖い。

「じゃ、そろそろ行かなくちゃね」

ぱんぱんと、膝元のほこりを払って立ち上がる。
やだなぁ、ひざががくがく震えてる。しっかりしなきゃ。

ぱんぱんと、両手で顔を叩いた。
気合いを入れる。そうだ、気合いがあればなんでもできる。

救えるのなら。

震える手で、隔壁を操作した。
だから震えてちゃダメなんだって。

スイッチを入れる。隔壁がのぼる。
銃弾の音は少しだけ休んでいた。

逃げたいよ。

あたしは息を吸って、吐いた。深呼吸。
うまくやれる。それなら、生きていける。

「おやめなさいッ!」

喉が破れてもいいから。
もう、どうなったっていいから。

なにも出来ない私だけど

あたしの声、世界に響いて。

赤いレオパルドが見える。
ロアビィさんがいる。
ありがとう。
あなたは、初めてあたしを、女の子として扱ってくれた。
ミーア・キャンベルっていう人格を、ちゃんと見てくれてたよね。
女たらしで、プレイボーイみたいで、彼氏にすると凄い苦労しそうだけど……それでも。

ラクス・クラインだ。
誰かの声がする。
そうだ、あたしが、ラクス・クラインだ。

「おやめなさいッ! わたくしは、ラクス・クラインです。
 このわたくしの首が欲しいのでしょう……ならば、とって手柄にしなさいッ!」

不思議だ。
意外と、怖くないや。
ええい、もう、どうにでもなれって感じ。

ごめんなさい、ラクス様。
あたし、あなたになんてなれないのに、あなたになろうとしていました。
暗く、引きこもっていたあなたに、光をくれたあなたを、貶めました。
そんなあたしを、許してくれてありがとう。
いま、凄い辛いと思います。
でも……それでも、生きてください。

こんなにも、あなたに生きていて欲しいと、思う人がいるんですから。

なにか。
朱。
胸を貫いていった。
ああ、撃たれたんだ。

もう……。

==========================

ミーアが、人形のように倒れた。
ダコスタが、拳銃を降ろす。

「終わりました」

そう言うや否や、ロアビィはダコスタを殴り倒した。

「ふざ……」

声が震える。
全身が震える。

ロアビィ・ロイの命を聞け、レオパルド。
おまえに、俺の、命をくれ。
今だけ、キラ・ヤマトさえ超える力を、俺に。

「ふざけ……ふざけ……なにがッ!」

まただ。また、目の前で。
また目の前で、女が……。

「死んじまえ……死んじまえ、貴様らぁあああああああああああッ!」

叫んだ。レオパルドが命を吸う。
銃弾、ミサイル、ビームの華が咲く。
音が消える。
ミーアまで、あと何メートル。

ザフトの地上部隊、裏切り者たち。クライン派。
全部、全部死んじまえ。
皆殺しにしてやる。

ミーアを、ミーアを、最後まで影武者に使いやがったな!
クソッ、バルトフェルド、生き返れッ!
俺が八つ裂きにしてやるからッ!

ラクスを生かすために……そのためだけに、ミーアを殺させたな……!

「なんでだ……ふざけるな……命に、命に価値をつけやがってッ!
 この子はこれからなんだぞ、これからなんだぞ……ひどい失恋したまんまだったんだぞ……!
 なんでそのまま、なんで……クソッ……これからいい女になって、さんざん男悩ませる予定だったんだぞッ!」

気がつくと、メサイアのMSデッキにいたザフト兵、裏切り者は、すべて血祭りにあげていた。
それでも、一つの冷静が、ザフト兵を1人だけ逃がす。
ラクスは死ななければならない、ミーアのために。

レオパルドから降りた。
ミーアの死体に近づく。
即死、だったのだろう。
綺麗ななきがらで、それだけが救いだった。

信じられない。
さっきまで、笑って、泣いて、怖がっていた子が。
これが、死、だ。
圧倒的な理不尽。万物が逃れ得ぬ者

亡骸を、抱き上げた。
見開いた目、そっと閉じてやる。

「満足か……満足か、コズミック・イラッ!
 こんなに……こんなに人を殺して!」

音がない。
世界が、ただ朱だけに分類される。
ミーアの重さが、肩にのしかかる。

どうすりゃいいんだ、俺は?
これで3人目だ、女に死なれたのは。
とんだ間抜けで、クソッタレだ。
畜生、それでも俺に生きていけってか。

「ロアビィさん、早くアークエンジェルへ」
「るせぇ、ダコスタ。死ね、てめぇ」
「……」
「わかってる、死なないよ、俺は。
 これまでもそうやって生きてきたし、これからもクソみてぇに生きてくつもりだかんな」

なぁ、勝手にするけど、怒らないでよ。
ミーアを引き起こし、唇を奪う。
ぬくもりがあって、今にも起きてきそうだった。

「ごめんな。好きだったよ、ミーアちゃん。
 ライクじゃなくて、ラブの方で。
 信用無いよな、今さら。ごめん、俺、基本ヘタレだから」

ホント、そうですね。

「墓は作るから。俺、一ヶ月ごとに墓参りするから。
 ほら、アフターサービスってやつでさ。
 ……なに言ってるんだろうな、こんな別れでごめん。
 こんなダメ男でごめん。
 守ってやれなくて……ごめん。
 また、いつか会うことが……無いけど、もしもあったら、俺、死ぬまで君のために生きるから。
 うん……信用無いよな。でも、マジだから。
 ありがとう。
 本当、コズミック・イラで一番いい女だったよ、ミーア・キャンベルは」

ミーアの髪を、ナイフで少し刈った。
それを握りしめる。

亡骸を、せめて誰にも見つからない場所に置いた。

うん、それでも俺は、生きていくから。
行こうか、レオパルド。

泣かなかった。
ハン、わかってる。慣れてるんだよ、女に死なれるのは。

レオパルドのコクピットに収まる。

生きていく。それでも。

だから、祈った。