クロスデスティニー(X運命)◆UO9SM5XUx.氏 第118話

Last-modified: 2016-02-28 (日) 00:36:56

第118話 『DOMEにでも聞くのね』
 
 
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閃光が、あった。
咄嗟。
身を沈める、同時に右腕を突き出す。

「いい加減にしないか……ッ!」

紳士的に振る舞おうと思っていたが、堪忍袋の緒が切れそうになってくる。
ジョージは目前の少女をにらみつけた。
彼女が振り下ろしたのは、ステンレスのフォーク。しかしそれも、訓練した人間が使えば十分凶器となる。

「離してッ!」
「なぜ私を殺そうとする、ルチル・リリアント!
 この状況下、それになんの意味も無いことぐらいわかるだろうッ!」
「さぁ……どうかしら!
 殺してしまえば、少なくともあなたに襲われたりする可能性は無くなるわ!」
「どうしてそんな考え方しかできない……君は異常だ……ッ!」

ルチルの右腕から、フォークを奪い取る。
その間も、彼女はじっとこちらを見つめている。
そう。にらんでいるというより、見つめているという感じなのだ。
しかも、心の奥底まで見透かすような目をしてくる。

「確かに、人間がすべて死ねばこの世から犯罪は無くなるだろう。
 だが、どんなポリスだってそんなこと考えはしない。
 見ず知らずの私を信頼してくれとは言わないが、少なくとも害するのはやめないか!」
「私に命令しないで」

フォークを取り上げられると、まるでこちらに興味を失ったかのように、ルチルはジョージへ背を向けた。
いらだち、手に力を入れて、フォークをねじ曲げる。
この身勝手さを見ていると、本当にルチルをレイプしてやろうかと考えたりする。
それでも暴力的な行為に走らない自分を、ジョージは褒めてやりたい気分だった。

部屋にある簡易ベッドに、彼女は寝そべった。
意味のない視線で、天井を見つめている。

「私以外の人間なんて、みんな死んでしまえばいいのよ」

ジョージはいい加減、反応するのにもくたびれた。
彼女はどう見ても精神を病んでいる。
早めに病院へ入れた方が、得策というものだ。

しかし、唯一コミュニケーションを取れる人間が、狂人というのは厄介だった。
おかげで現状が把握できない。
ここがどこか、そしていつの時代か、まるでわからないのだ。

モビルスーツ……とかいう巨大ロボットを操って、居住空間らしき場所にたどり着いた。
それでどうにか空気は確保できたが、食料や水が見つからない。

ジョージはもう一度、居住空間を探索した。
部屋は五つ。それぞれにベッドとイス、机。PCらしきものもあるが、完全に死んでいる。
一応、奥へ続きそうな扉があるが、開く気配は無い
それから、出入り口にガレージのようなところがあり、そこへMSを置いていた。

MSは、ここへたどり着いた途端、動かなくなった。

嫌な感じだった。
どうも、ここの施設が完全に死んでいるとは思えない。
『誰か』が、意図的にロックを管理していて、『わざわざ』自分たちをここへ導いたとしか思えないのだ。
つまり自分とルチルは、どこからか監視されていると思った方がいい。
MSがいきなり故障したのも、なにかの意図を感じる。

しかしそれならさらに疑問が出てくる。
どうして誰も居ないのか。人の気配がまるで無いのは、どういうことなのか。
刑務所は、看守がいるから刑務所で在れるというのに。

「まるでモルモットだな」

握りしめたフォークが、手からずり落ちる。

空腹はまだ耐えられるが、乾きはひたひたと迫ってきている。
このままでは尿を呑むようなことになるだろう。
しかしそんな浅ましさをさらしても、生還は保障されない。

ジョージはガレージの方へ足を向けた。

FS試験用ドートレス。それが正式名称だという、3つ目のロボットを見上げる。
これを修理するしかない。

コクピットからマニュアルを取り出し、ぱらぱらとめくる。
専門用語が多いが、だいたいはニュアンスで理解できた。
しかし、あくまでパイロット用のマニュアルで、応急処置の方法しか載っていない。
本格的な修理となると、手探りということになりそうだ。

「さわらないで」

声をかけられる。狂人のお出ましだ。

「これを修理するしか、状況を打開する方法なんて無いだろう」
「無駄ね。その子は動かないわ」
「よく調べもしないで、よくそんなことがわかるものだ」

鼻で笑う。しかし少女は、さらに見下すような嘲笑を向けてきた。

「断言してあげる。その子は絶対に動かないわ。だって、私がそれを望んでいるから」

ルチルの瞳。
妙な力。嫌な遠さ。
まるで未来まで見てしまっているような、少女の目。

「理由を、わかりやすく説明してくれないか?」
「私が、帰りたくないだけよ。ここで死ねたら幸せだから」
「いや、ロボットが動かない理由を教えて欲しいんだが……」
「そんな焦らなくても平気よ。多分、ここから出られるわ。嫌でもね」
「確信があって喋っているんだろうね、そのこと」
「さぁ? 私はあなたがさっさと死んでしまえばいいと思っているわ。
 あなたの色は、いびつでイライラするのよ。
 一緒にいればいるほど、私まで狂ってしまいそう」
「まさかそんな理由で私を殺そうとしているのか?
 意味がわからない……八つ当たりでも、もう少し論理的にやってくれないか」
「これでも私は自分を抑えているのよ。その子が動けば、きっと私はあなたを握りつぶしているわ。
 あなたはそれぐらい不愉快。十分、殺す理由になるわ」
「……ここから帰ったら、そうだな。
 君に、精神安定剤を一ダースぐらいプレゼントしようか」

すると彼女は、ひどく冷めた顔をした。

「なにそれ、ジョークのつもり?
 センスのかけらも無いわ。もっとユーモアを磨きなさい」
「……君よりはマシなつもりだが」
「あ、そう。じゃあ……」

途端、ルチルの目が妖しくきらめいた。
心を、まるでわしづかみにされるような、錯覚。
身体が、蜘蛛の糸にからみ取られる。飢えた女郎蜘蛛は、よだれを垂らしてこちらに歩み寄る。
そんな幻覚。

「私からとっておきのジョークをプレゼントしてあげるわ」
「なに……? 面白いんだろうね?」

嫌な、冷や汗。背を伝う。

「あなたは、最後、絶望の中で死ぬわ。
 なにもできずなにも成し遂げられず……そうね、ラ、クス……キラ、アスラン、カガリ……
 そんな名前をした人に、完膚無きまで叩きのめされ、ただ世界に恥をさらしたまま死ぬの。
 あなたは、……シン、レイ……そんな名前の人間を切り札に取っておくけど……
 切り札は、ただの役立たず。壁にもならず砕け散るわ」
「……笑えないどころか、意味がわからない」
「あはは、ただの予言よ。
 ノストラダムスよりは信頼性があるつもりだけどね
 まぁ、これをどう受け取るかは、あなたの勝手よ」 

また、ルチルが笑った。
世界のすべてを、あざ笑うような笑顔。
可愛らしげな容貌を裏切る、醜悪な彼女の精神。
それが浮かんでくるようで、視線をそらした。

「君がなにを思おうが、私についてどう言おうが勝手だ。
 しかし、私はここで朽ち果てるわけにもいかないし、例え可能性が低くとも現状の打破には全力を尽くす。
 君の、根拠無き妄想に、振り回されるつもりはない」
「じゃ、無駄な努力をご勝手に」

ひらひらと手を振って、ルチルは部屋の方へ帰って行った。
邪魔をしに来たのか、からかいに来たのか。

自制は続けるつもりだが、そろそろ彼女の拘束も考えるべきかもしれない。
非紳士的なことだが、限度はある。

「ニュータイプ……」

MSの、マニュアルを読む。
文字は一度読めば暗記できるが、こうして眺めていると発見することもあると思って見ていた。

ところどころに見えるニュータイプという単語が気になった。
このMSは、ニュータイプというもののために作られたらしい。

しかし、肝心のニュータイプという単語を説明する項目がない。

「ニュータイプ、か」

ふと、ルチルは正気なのではないかと、思った。
自分は彼女が狂っていると早々に断定したが、それで彼女に関するあらゆる思考を止めてしまったというところがある。
ルチルは、はっきりと連邦軍准尉と名乗った。
そこに偽りが無いとすれば、彼女は軍属で、そして軍は狂人をパイロットになどしないだろう。

だとすれば、ルチルの発する意味不明な単語の羅列にも、なにか意味がある……ということになる。

ジョージは、腰をあげた。倉庫を出て、部屋に向かう。

部屋に戻ると、ルチルは缶詰めをあけて、固形食品を口に運んでいた。
つい、ため息が漏れる。

「なに……?」
「レーションかな、それは?」
「いいじゃない、私のよ。どう食べようと勝手でしょ」
「ふぅ……。まぁ、いいさ。それよりいくつか質問があるのだが」
「……」

ルチルは、ぷいっと反対側を向いて、口を動かしていた。

こんなことに、いちいち構っていたら日が暮れる。

「ニュータイプという単語の意味、良ければ教えてくれないか」
「……バカじゃないの。常識でしょ」
「私は君の言う通り、どうも知識に欠ける愚か者のようだ。
 どうか哀れな私に、知識を授けてくれたまえよ、懸命なルチル」
「自分で調べたら」
「そこだ。何故、君はそうまで私に敵意を抱く?
 記憶力はいい方だと思っているが、私は君になにかをした覚えはない。
 そんな態度を取られては、私は戸惑うばかりだ」
「わかるのよ。それだけ。わかりすぎるってのは……、いや、あなたに説明する義理なんて無いわ」
「結構。ヒントは十分。ニュータイプとは、エスパーのことだな?」

言うと、ルチルが半目でこちらを見つめてきた。
知っているなら聞く必要は無いでしょ。
そんな目線のおかげで、自分の回答が当を得たことに満足する。

「なるほど。では、MSとは、エスパーのために作られた軍事兵器なのかな」
「……」

表情から読み取る。

「そうか、そういうわけではないのか。
 エスパー専用ではなく、一般用もあるということか。
 ただ、君がたまたまニュータイプだった……というわけかな」
「……」
「では少なくとも君が私に敵意を抱くのは、そのニュータイプとしての力ゆえだね。
 ただ、君に読心術があるとしても、私は君に対して今のところ敵意は抱いていない。
 そして私は君になにかをしたわけではない。
 ならば、別の要因で君は私を憎んでいるというわけだ。
 ふむ……例えば、ジョージ・グレンがルチル・リリアントに不幸をもたらす……
 というようなことが、あるいはエスパーたる君には見えているのかな?」
「……ッ!」

ルチルの表情が、さっと動いた。
会心の推理、シャーロックに見せてやりたいほどだった。

「結構」
「あなた、私の心を読んで……ニュータイプだというの!?」
「違うさ。私は推理しただけだよ。
 ある程度の情報さえ得られれば、それぐらいできる」
「……」
「エスパーと言ってもいろいろある。
 だが、君の反応を見る限り、ニュータイプというものには読心術、そして予知能力があると考えていいのかな?」
「定義なんか無いわ。バカな技術者は、フラッシュシステムへの適応で、NTを定義づけようとしているけど。 
 それより、あなたはなんなの……いったい、なんなの」
「ただの人間……とはいえないか。
 さて、どう言えばいいのかな……フム。
 そうだな……コーディネイター、というのはどうかな?」

遺伝子を調整しているから、コーディネイター。
たったいま閃いたネーミングだった。

「調整者?」
「そういう言い方になるかな。ニュータイプは、新人類とでも呼べばいいのかな?」
「……」
「とにかく、なにを考えているのか知らないが、捨て鉢になるのはやめたまえ。
 誰かを殺して解決する問題など無い、むしろ新たな問題が増えるだけだ」
「黙って」
「いいや、言わせていただくよ。
 そんな風に他人を拒絶し、あまつさえ排除するような生き方しか出来ないのなら、君は孤独に死ぬことしか出来ないぞ。
 誰も来ない自分の葬式を想像してみたまえ。
 そういう寂しさを避けるためだけでも、人を愛する意味はあるだろう。
 両親にそういうことを言われなかったのか?」
「黙って!」

ぎりっと、ルチルが歯を食いしばっている。

「親は私を軍に売ったわ。いくらもらったのかしらないけれど」
「それは、ひどいな……だが」
「黙って。
 同情したり、哀れむようなことを言ったりすれば、今度こそ殺すわ。
 あなたなんかに一言で私を語られたくないの」
「しかしな、それでは会話が出来ないじゃないか」
「あなたと会話したいなんて思わない。
 私を、自分の不幸を見せびらかして同情を買って、それでいい気になるようなバカたちと一緒にしないで。
 私の人生は私のものよ。だから、私の不幸も私のもの。
 誰にも分けたりしないわ」
「君はいつもそうなのか?
 例えば君の言う通り、不幸を見せびらかすことが見苦しい行為だとしても、
 相づちを打って肩を叩くぐらいの優しさが人にあってもいいだろう」
「……幸せなのね、あなたは」

ルチルが、嗤った。
ひどい笑顔だ。絶望と蔑視をこめ、世界を呪うような顔。

どうしてこんな笑い方をするんだろうか、彼女は。

「どうかな……誰にだって、不幸はある」
「頭の中が幸せだって言ったのよ」

また鼻で笑って、ルチルは立ち上がった。

「どこへ行く?」
「寝るの。あなたと話していると、消耗するだけだから」
「食料はどこにあるんだ?」
「さっき食べていたのは、MS備え付けのヤツよ。
 パスは私しかしらないから、あなたには分けられないわ」

それは良いことを聞いた。

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ルチルが、ぽかんと口を開けている。

「フム、君も常にそういう顔なら、かわいげがあっていいのだが」

言いながら、ジョージはレーションを分けた。
1人用で一週間分。2人だが、食い延ばせば2週間は持つ。

「どうして……生体パスと高度に暗号化されたセキュリティが使われているのよ!?
 なんで開けられているの!?」
「もちろん、パスを解読したに決まっているだろう?」
「……解読!?」
「ちなみにMSの設定をいじらせてもらった。私以外、もうこのドートレスは動かすことが出来ない」
「あなた、本当になに?」
「さてな。君も推理してみたまえ」

大声で笑った。
子供っぽい感情だが、少し溜飲が下がった。

余裕を見せているが、思ったよりはパスの解読に手間取っている。
同じコンピューター、基本は同じとはいえ、やはりここは未来と考えた方が良さそうだ。

「食料は分ける。異論はあるか?」
「全部私のよ、あなたにあげる必要なんて無いわ」
「そうだ、だから半分だけ君に預けている。
 私がその半分をいただくのは、このMSを修理するための代価と思ってくれ」
「無駄な努力よ。そう言ってるでしょ。あなたが修理しようがしまいが、関係ないの。
 どうあがこうと、ここからは脱出『できる』のよ」

ルチルの嘲笑。
相変わらず、ひどい笑顔だ。

「その、一ついいかな。ルチル、君に是非とも言っておきたいことがある」
「結構よ。壁にでも向かって話しかけてなさい」
「とにかく、だ。
 もう少しまともな笑い方が出来ないのか、君は?」
「はぁ?」
「その笑い方、なんというのかな……まるで笑うことで誰かを呪っているように見える。
 そんな笑顔をされたら、かわいい顔が台無しだ」
「へぇ、いいわね、それ。
 私の笑顔に呪いがあるなら、確かに私は呪っているわ」
「……」

はっきりと言い切った。
ルチルの禍々しさは、力を増したまま、瞳を通じてジョージの心をえぐる。

「生きるのよ、生ききるのよ、なにがあっても
 それで、どんなくだらないことでも笑ってやるわ。
 どんな辛いときでもいつだって笑ってやるわ。
 それが私の復讐、こんなくだらない世界への、私だけの反逆。どう、楽しいと思わない?」
「さてな。
 世界はいつだってくだらないだろうが、それを理由にしていじけてみたところでしょうがない気がする」

思わず反論すると、ルチルの目から禍々しさが消えた。
代わりに、興を失った顔で、その場から去って行く。

ルチルに振り回されているのか。
面倒な相手だ。
こういうとき、大切なのは自分を見失ってしまわないこと。

「自分を見失わないというのは、感情を激発させないということだ」

ジョージはドートレスのマニュアルを取って、修理を始めた。
未知の技術だが、なんとかやれるはずだ。

それにしてもこのモビルスーツというのは面白い。
戦争の道具に使われているが、宇宙での作業や土木建設など、有効に使える場所はいくらでもあるだろう。
これがあれば、海底だろうが宇宙だろうが、どこでも人は拠点を作ることが出来る
 
油まみれの手で、缶詰めを口にした。
意外にいける。スパムの味付けも、そうしつこくなかった。

薄汚れた軍手を見て、思うこと。
なんのためにこうも努力して、元の世界に帰ろうと思うのか。
帰ったところで不老不死の研究を続けるのならば、いっそ死んだ方が自分は人類のためとなるだろう。
神の領域に、人は踏み込むべきではない。

産まれてきた、理由が欲しい。

恵まれた才能を持ちながら、そんなことを望むのは浅ましいとわかっている。
この世に、どれだけの持たざる者がいるか。
例えば、容貌が醜い。人はそう思うだけで、たやすく自分の世界を地獄に変えられる。

三日経った。

「さて、37回目のトライだ、上手く行ってくれ」

コクピットで、エンターキーを叩く。
機体のチェック……セーフモードで動作、フラッシュシステムをオフ。
火器管制エラー……無視。
右腕マニピュレーター、OK
左腕、右足、左足、OK。

バーニア、OK。

「よし!」

バーニアのOKが出たとき、ジョージは両手を叩いた。
これで月面から離陸することが出来る。

「本当に、直したの?」

モニタの先、ゆらりと、ルチルが立っていた。
コクピットハッチを開け、ジョージはそちらに顔を向ける。

「ああ。
 余計なことをしたとは、言わないでくれたまえよ」
「あなたが……」

ルチルはなにかを言いかけて、止めた
うつむいて、言葉をかみ殺すような顔をする。

妙な。
ルチルの敵愾心が、和らいだ感じがする。

「なんだね。辛辣な言葉を吐いてきた君だ。
 今さら遠慮するのもおかしいだろう」
「あなたが、DOMEなの?」
「ドーム? どういう意味だ?」
「ううん、そんなわけ、ないか……。
 オールドタイプが、DOMEのはず、無い……」
「相変わらず、君1人で納得してしまうのだな。
 情報の共有ぐらいしてくれてもいいのではないか?
 例えば、君を襲ったあのロボットたちがなんなのか、とかを」
「それはこっちのセリフよ。あなたこそなんなの。
 月は、人の存在を許さない聖域なのよ。
 そこに居た、あなたの方が不審だわ」

「確かに。
 黙っていたことは謝るが、おとぎ話に近い話なのでね」
「私が信じるかどうかわからないってこと?」
「そうだな。
 だがそれよりも、私がどうなってしまったか……それを知るのが一番怖い」

本音を言っていた。
ジョージ・グレンの名は歴史の断罪を避けては通れないだろう。
だが、どんな形で刻まれたのか……それを想うと恐怖しか無い。

「前置きはいいわ。話して」

また、ルチルの笑顔。見たくなくて目をそらす。

「わかった」

ジョージは、すべて話した。
自分が遺伝子調整された人間であること、そして不老不死に携わっていること。
そしておそらく、自分が過去から来た人間であろうことを。

「……」
「おおむね、こんなところでいいかな。
 どうだね、私という存在を聞いたことはあるか?」
「……聞いたことが無いわ。
 デザイナーベビーは、まだ実用化されていないはずよ。
 不老不死なんて、いわずもがな、ね」
「フム。それらの技術は、闇に葬り去られたのかな。
 まぁ、それが一番良いのだろうが」
「でも……」

ルチルが少し、思案顔になった。

「ルチル、なにか思い当たることが?」
「ズレ過ぎている、のかもしれない……」
「どういう意味だ?」
「これ以上は、DOMEにでも聞くのね」

いきなり、ルチルの全身からなにかが放たれた。
ぞわり。
悪寒が、身体を突き抜けていく。

瞬間、メカの駆動音。
疑った、己が目。

ドートレスが、操縦者無しで立ち上がっている。

「ありがとう、ジョージ。
 ドートレスを直してくれて。私はこれで、DOMEへ会いに行くわ」
「なにをするつもりだ、ルチル!」

叫びが、むなしい。
胸にある拳銃のことを、意図的に忘れる。
それを抜けば、ルチルは容赦なくこの身体を叩き潰すだろう。

ルチルが、そっとジョージの手に触れた。
軽くその甲に口をつけ、つ、と舌を這わす。
妙な快感が、脳髄から下半身へ降りる。

そして。
また、あの、呪いを込めた彼女の笑顔。

「年上は好みじゃないけど、お礼よ。
 さようなら、ジョージ・グレン。
 できれば二度と会いませんように」
「君は……!」

ドートレスが、手を添えてくる。
ルチルがそれに乗り、コクピットに戻っていく。

「待て……ッ!」

叫び。空気に消える。
ルチルは滅びの笑顔を浮かべた後、コクピットに消えた。

ドートレスが、倉庫を破壊せんと腕を振り上げる。
ジョージは胸の苦みを抑えながら、居住区の方へ走った。