クロスデスティニー(X運命)◆UO9SM5XUx.氏 第117話

Last-modified: 2016-02-28 (日) 00:35:25

第117話 『地球連邦軍准尉、ルチル・リリアント』
 
 
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—————世界中の人が、あなたみたいならいいのに
        ううん、あなたはきっと、人類すべてを、つなげてしまうことが出来ると思う
         コーディネイターって、いい名前じゃない?

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水を打った……静けさ。
ブルーノ・アズラエルが投げた言葉は、炸裂弾に等しかった。

シンは、思考力を奪われかけた。いま、なんて言った?

「ジョージ・グレン……?」

単語を、反芻することしかできないオウムのようにつぶやく。
言われた当人は、少し鼻を鳴らして、肩をすくめた。

「ファーストコーディネイターに、私をなぞらえていただけるとは光栄ですね」

偽者には動揺するそぶりさえ、無い。

「そう言うしか無いのだろうな、貴様は。ここで認めるぐらいなら、最初から隠しはせんか。
 名を明かせば、プラント最高評議会議長にも、ブルーコスモス盟主にも、大西洋連邦大統領にもなれようものをな」

ブルーノが、あきらめたようにイスへ身体を預けている。

「私はギルバート・デュランダルですよ。それ以上でも、それ以下でも無い」
「議長はここにおわす、猿芝居はもうやめろ!
 おまえの正体がどうだろうと興味はないが、その恥知らずな経歴詐称をいい加減にしたらどうだ!?」
「ハイネ・ヴェステンフルス。たいした忠臣ぶりだな。
 国家ではなく、個人に忠を誓うか。だがそれでは犬とは変わらないよ」
「犬もいいさ。おまえののど笛をかみ切るぐらいはできる……!」

相変わらず、ハイネは抜き身のような殺気を、隠そうともしていない。

「まぁ、軍人と話していても仕方ない。つまらぬ邪魔が入った、が……。
 返答はいただけるのかな、ユウナ・ロマ?」
「猶予をいただきたい。
 しかし、プラントに従わねばコロニーを落とすなどと……世界を滅ぼしかねないような非道ですよ。
 死の間際まで、ナチュラルとコーディネイターの和平に奔走していたジョージ・グレンが、あなたを見ればどう思うでしょうか」
「さて」
「嘆くでしょうね。僕は、そう思います。
 あの人が今もなお称えられるのは、彼が最後まで武力という物を否定し続けたからですよ。
 残念ながら我々は凡人だ、今なお兵器を抱えて戦争をしている。
 ジョージ・グレンの前では、ただその事実を恥じるばかりです」
「猶予とおっしゃられたが、いつまでに返事をいただけるのでしょうか?」

偽者は、ユウナの言葉をあっさり無視した。
ユウナは、一つため息をつく。

「全面降伏となれば、いかに国家元首とはいえ1人で決められることではありません。
 閣議の調整や、国民感情にも配慮すれば、一ヶ月は待ってもらわないと」
「見え透いた時間稼ぎはやめていただけますか。
 すでに作戦は実行されています。十数カ所からの、同時コロニー落とし。
 3日後までに返事をいただけねば、小隕石程度のデブリ(ごみ)を落とします。
 そしてその2日後までに降伏を決定せねば、国土が灰になると思っていただきたい」
「そんな無茶な決定が……」
「要求は以上です。一歩の譲歩も無い、そう思っていただきたい」

「ならばこちらからも一つだけ通告したいことがある」

アスランが、いきなり口を開いた。
偽者がそちらに視線を向ける。

「ほう……?」
「オーブを灰にしたならば、サテライトキャノンでプラントを吹き飛ばす。
 この交渉がどういう結果に終わるのかはともかく、コロニーを本土に落とした時点で、その作戦は決行される
 アプリリウスを落とすのなら、その結果をそちらも覚悟していただきたい」
「なるほど。地球は壊滅し、プラントも吹き飛ぶ、か……。
 人類は死滅し、いっそ美しくなるかもな」

偽者が笑った。なにか、そこに悲しみのようなものが、シンには見えた。

「だが君にはできぬよ、アスラン・ザラ。
 君とラクス・クラインの弱点だろう、そこは。
 それにプラントを吹き飛ばしたところで、オーブ本土が灰になったという事実は変わらない。
 君は、戦略上不利になることを承知で、オーブに落ちるアプリリウスを迎撃するため、DXを使うだろうな」
「貴様……!」
「ブラフなら、もっと上手にやるのだな。
 まぁ、無駄話が過ぎたか。では私は帰らせて……」

偽者が背中を見せて去ろうとする。
その瞬間、シンの手が動いていた。

肩。掴んでいた。

「どうしたね、シン・アスカ?」

こちらをのぞき込む、偽者の両目。きらきらと、光っている。
そこだけが嫌に、まるで子供のようで、綺麗だと思った。

「なんで……」
「離してくれると嬉しいのだがね」
「なんで、あんたはそんなに人を殺すんだ?」
「なんの質問かな、それは?」
「人が死ぬの、嫌じゃないのか?
 自分のやることを受け入れさせるために、そんな……何万どころじゃない……何億の人間を殺すなんて……そんな、そんなこと。
 なんでやろうとするんだ?」

するとまた、偽者が笑った。

「それは君とて同じだろう。
 MSに乗って、どれだけ殺してきた?
 それは、自分の想いを果たすため、望んだ修羅ではないのかね」
「それは……そうだ。俺は殺してきたよ。
 でも、戦争に無関係な人間まで殺そうとは思わない。
 それに世界を壊すような戦い方、俺はしないし出来ない。
 いや、人間って、そんなこと絶対に出来ないと思う
 あんた、変だよ、おかしい。どうしてそんなひどいことが出来るんだ?
 罪悪感とか無いのか?」
「これは参った。まるで子供のような質問だね。
 帰って、ママにでも答えてもらったらどうだ?」
「家族は死んだよ、戦争で。
 あんたもそうなのか?」
「答える筋合いは無いが、シン・アスカ」
「俺、家族が死んだとき、色んなもん憎んで、恨んで、壊そうとしたよ。
 強くなろうとして……頭の中、怒りでいっぱいになって。
 フリーダムのパイロットは同じような目にあわせてやるって、思って……。
 人間ってさ、辛い目にあうと、人に平気でひどいことができるようになるんだって……今ならわかるよ」

偽者と、目があう。やはり心の底まで見透かされているような目をしている。

「だからさ、やっぱあんたもさ、ひどい目にあったのか?
 そんな、世界をめちゃくちゃにしても平気なぐらい、不幸なことがあったのか?」

すると、シンの手が偽者に握られた。凄い力だ。
コーディネイターで、鍛えているつもりだが、あっけなく押されていく。

そう思った瞬間、身体が回った。
投げ飛ばされたのだと、地面に打ち付けながら悟った。

「シン! 無事か!」

ミナに抱き起こされる。衝撃で、数瞬息が吸えなくなった。

偽者がこちらを見下ろしている。
なんの感情もない目だ。まるで、空洞。
先ほどまでの、きらきら輝くような目とは違う。
あらゆる光を、吸い込んでしまうような、深すぎた瞳。

「君は阿呆か、シン・アスカ」
「なに……?」

手をついたまま、見上げる。まだ呼吸が少し、苦しい

「誰にだって不幸はある。どれほど幸せそうに見える人間だとて、例外なく苦しみを抱いている。
 しかし、男がそれを理由にして戦うのか。
 自分が不幸だからと、誰かに不幸を押しつけるのが、男のやることか」
「あんたは、そうじゃないのか? だからこんなひどいことが平気で出来るんじゃないのか?」
「違うな。男が、いかなるものを犠牲にして手にするものはいつの時代も一つ、だ」
「なんだよ、それは?」

聞いていた。それが、なぜか衝撃だった。

「夢」

偽者はそう言い残した。
そして、気がつくと目の前から消えていた。

正確には、交渉の決裂を確認して出て行ったのだが、シンにはそうとしか思えなかった。

夢の残り香。偽者が去った足跡に、それが染みついているような気がする。

「本当なんですか」

力無く、シンは会議室の席に座った。
場にはブルーノだけが残っている。他のメンバーは、対応に出て行ったのだろう。

「あやつがジョージ・グレンだと言うことが、か?」

ブルーノはただ、物憂げそうだった。

「……はい」
「間違いはない。一つ質問だが、ジョージ・グレンはどこの誰が作ったか、知っておるか?」
「いえ、どこの誰でも無い人間が作ったって、公式記録に……」
「馬鹿げた話だな。なにごとも保存するこの宇宙時代、物事は記録に残るものだ。
 ましてやジョージ・グレンの誕生という重大事、不明というわけが無かろう」
「どういうことなんですか?」
「もみ消した、というだけのことだ。ジョージ・グレンを産んだ団体がな」

ブルーノの言葉が、パズルのピースになった。
ばらばらに、うずたかく積もったパズルピースが、一つ一つかち合っていく。
その完成図を見たとき、なぜかシンに動揺は無かった。

「アズラエル財閥が、ジョージ・グレンを産んだんですね」
「……さてな。どうとも答えようが無い。それに今さら答えてもどうしようもないことだ」
「……」
「しかし勘違いだけはするな。コーディネイターというのは、ただ偶然の産物だ」
「どういう意味ですか?」
「さぁな。ただ、富と権力を極めた人間が、最後に望むのはたいてい決まっている」

ブルーノは、ひどく下品なジョークでも聞いたような顔で、笑っていた。

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意味があるか、と言われれば無いと答えるしかない。
ただ、敵の空気を感じ取ったのは、これからの戦いについてプラスになる。

タカマガハラとは正面切って一度も戦っていない。
これまでが対ラクスに精一杯だったということもある。
そしてタカマガハラは、ザフトとラクスの戦争の合間を縫って、大きくなってきたところがある。

サザビーネグザスで、宇宙要塞メサイアに向かっていた。
やはりアスランが総指揮ということなのだろう。
最後まで自分を捕縛しようとしなかったのは、なかなか見上げた物だ。
人によっては甘さに映るだろうが、どこかに高潔さを残している指揮官は、たいてい手強い。

弟子であるパトリック・ザラの息子だった。これも因縁という物だろうか。

「サトー、聞こえるか?」

宇宙要塞メサイアへ、通信を開く。

『無事でありましたか。いや、何事も無いと思っておりますが』
「交渉は決裂だ。軍の再編を急げ。配置は、かねて私が決めた通りに。
 準備が終わり次第、アメノミハシラを攻める」
『はっ。コロニー落としについては?』
「同時にやれ。DXの所在がつかめていない以上、相手に対応しきれないほど戦域を広げるしかない」

DXをアスランは隠していた。あれがあっちの切り札である以上、当然の処置だ。

『わかりました。しかし、コロニー落とし作戦を公表したことにより、地球は動揺が広がっております。
 地球連合の、プラントへの全面降伏は近いかもしれません』
「楽観するな。たいていの国は、アメノミハシラが落ちるまで日和見を決め込む。
 そういう国には、作戦を仕掛けることになる。
 甘くは無い、対ラクス以上に厳しくなることを覚悟しておけ」
『はっ』
「ああ、それとだが……」
『なんなりと』
「サザビーネグザスの予備ファンネルを、一部実弾仕様に換装しておいてくれないか。
 あまり時間のかかる作業ではないが、優先して頼む」
『はっ』

それだけを告げて、通信を切った。

「シンというのは、味方になるはずだったっけ、ルチル」

自嘲の笑みを浮かべて、つぶやいた。

「キラとラクスを倒せたよ、君のおかげで」

脳裏に、うごめくもの。なにか。

思い出すな。思い出すな。悪夢を恐れる子供のように念じる。
あの呆然、どう表現すればいいのか。

設計図になったよ!

やめろ。

一枚の設計図になったよ!

やめろ。

ラクスを倒すために、彼女を犠牲にしたんだろう?
二つの世界。つながっている世界。
あの世界とこの世界はつながっている。しかしあの結末と現在は乖離している。

別れていると思うものは実はつながっていて、そして思いもせぬ物が分かたれている。

シン・アスカとレイ・ザ・バレルを従えて、しかしラクスとキラ、そして『アスラン』に敗北したという世界。
その結果しか自分は知らない。
過程も心情もわからない。なぜ自分がそうなってしまったのかさえ知らない。

けれども、そんな未来を変えるにはどうすればいいと聞いた。

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老人が居た。その男はただ、自分を見て、醜悪な顔つきで笑っていた。

—————生涯を賭けて研究しろ。人が死なない方法を。

それがおまえの存在理由。
偶然の産物とはいえ、人より優れた脳を持って生まれてきた。
だから、投資に見合うだけの結果を残せ。

ジョージ・グレン。
その存在は光輝に包まれていたと、人は言う。
しかし絶望と汚辱の人生だった。

アズラエル財閥の総帥が、あらゆる贅を極めた男が、最後の望みとしたのは不老不死。
巨万の富をつぎ込んだその極秘プロジェクトは、しかし神の領域に踏み込むことができず、空虚な失敗を繰り返した。

そして、一つの試みが行われた

「今いる人間を不死にするのではなく、不死になって産まれてくるようにすればいいのではないか」

その実験は、失敗に終わった。

「なんだ、普通に成長するな。細胞パターンにもおかしなところは見られない。失敗か?」
「どうする……?」
「とはいえ、貴重なサンプルだ。まぁ、育ててみようか」
「名前は……そうね。アメリカの偉大な宇宙飛行士、ジョン・グレンから取って、ジョージ・グレンとでもしましょうか」
「おいおい、それはひねりがなさ過ぎるぞ。ハハハ」

仕方なく、孤児として育てられたその存在は、しかしやがて科学者たちを驚かせる。

「1才で文字を読めるようになっただと?」
「10才の計算ドリルを3才で解いたぞ。
 しかも、走ってもまったく転ばない」
「間違いない、この子はなにか特別なスキルを持っている」

驚嘆する科学者。日々繰り返される、試験と実験。
ジョージ・グレンは、なにも知らず、ただこなされた課題を続けた。

最後の課題は、マサチューセッツ工科大学での、博士課程の修了だった。
それは17才で終わった。

課題が終われば、当然仕事だった。

表向きはいくらでも華々しいことをやれた。
アメフトのドラフトにもかかったし、国から頼まれて空軍のパイロットもやった。
遺伝子調整によって手に入れた身体能力は、圧倒的で、アメフトではまたたく間にスターへとのぼり詰めた。

「しかし、本職を忘れてはならんぞ」

せせら笑う老人の顔。

「ジョージ、わしに不老不死を授けておくれ。いったい、今まで無能な科学者どもにいくら無駄金を使ってきたことか。
 だがおまえは違う。おまえの脳は特別だ。それならば、幾万もの科学者がたどり着けぬ境地に、おまえならたどり着ける」
「お言葉ですが、アズラエル。人の英知というのは、歴史の積み重ねによって生み出される物です。
 私にどれほどの能力があるかは知りませんが、今の技術レベルでは不老不死は不可能です」
「黙れ。逆らうことは許さぬ。
 アメフトをやろうが、パイロットをやろうが、構わぬが、不老不死の研究は続けよ。
 おまえがわしの飼い犬をやめることは、生涯できぬよ」
「おやめください。不死は、人が手にしてはならない領域です。
 もしもそんな技術が提示されれば、世界は大混乱におちいりますよ!」
「ならば技術を秘匿すれば良かろう」
「技術は必ず流出する物です。
 核開発の技術と同じですよ……どれだけ隠しても、いつかは世界の各地へ散らばるのです。
 どうかご再考を」
「抗うのならば、殺すまでだ、ジョージよ。
 おまえは英雄になりすぎた。
 そしてもしおまえの過去が暴かれるのならば、アズラエルにとってもそれは不都合なことになる。
 いいか、ジョージよ。おまえが生きていられるのは、わしがおまえの頭脳を愛するがゆえにだということを忘れるなよ」

飾り気もなにも無い、野蛮な脅迫だと思った。
しかしそれを拒む強さが自分には無い。

「ハハハ、そう怖い顔をするでない。
 そうだ、わしの孫の家庭教師でもやってくれぬか。時間がある時で良いからな」
「それぐらいならば、喜んで」

無力を呪い続けた。ただ、不老不死という醜悪を望む老人の、奴隷たる自分を憎んだ。
アメフトで何度タッチダウンを決めようと、国からどんな賞をもらおうと、自分の惨めさは消えて無くならなかった。

悪い夢を見ている気がする。
尽くせぬほどの言葉で称えられる自分と、愚かな犬として禁断の技術を研究する自分。
そして賛辞を送られるたびに襲われる、手ひどいコンプレックス。

いま、称えている君たちも、私が遺伝子調整されている人間だと知れば、手のひらを返すんだろう?
そして、凶悪なドーピングで栄誉を勝ち取った者として、侮蔑の渦に落とし込むんだろう?

私は、いったいなんなのだろう。
こんな能力を持って、なんのために産まれたのだろう。
完成した実験機を前にして、ジョージ・グレンであることを呪い続けた。

不死は不可能だが、不老技術の実用化にメドがついた。ついてしまった。
クローン技術の応用で、自分とまったく同じ肉体を作り出し、そこへ脳を移植する。
テロメアの問題も解決し、人は脳が生きる限り、老いない人生を生きることができる。
細胞の拒絶反応も、解決した。

この技術を、なんのために使うべきなのか。
呪った。呪い続けた。アズラエルにこの技術を提出すれば、喜ばれるだろう。
賛辞も受けるし、多大な特別ボーナスをもらえるに違いない。

しかし、こんなものが実用化されていいのか。
老いというものを人は恐れ、恨むが、それを消滅させてしまっていいのか。
なにより、これが新たな戦乱の火種にならないか。

老いる者は、老いぬ者を憎むだろう。
そしてその技術がため、人々は愚かな争いに身を投じるかも知れない。
そう思うと、夜も眠れなくなる。

戦争は嫌いだった。

「先生は、化石が好きなんですか?」

勉強を教えていたある日、アズラエルの孫、ブルーノ・アズラエルに尋ねられた。
ジョージの部屋に飾ってある、恐竜の骨のレプリカや、アンモナイトの化石などを見て発せられた言葉だった。

「ああ。化石は嘘をつかないから、かな」
「え?」
「化石は、そこに生き物が確かに在ったという証拠だろう?」

ブルーノは首をかしげていたが、本音だった。

化石が好きだった。特に恐竜などが好きだった。
無残に滅びたとて、こうして確かなものを、万年もの歳月を超えて伝えてくれる。
その永遠には、感動を覚える。

そして、自分の生きた証を考える。なぜ、自分は産まれてきたのかと。

とにかく、不老が終われば、不死である。
研究技術の成果を提出しなかったにも関わらず、パブロフの犬がごとく研究を続行する自分を、ジョージは嗤うしかなかった。

そして、不死の領域を、まったく違う形で踏み込めないかと考えた。
つまりタンパク質にアプローチするのではなく、時間という概念に接触できないか、ということだ。
思いついたのが、バックトゥーザフューチャーを見た時なのだから、自分の単純さには呆れる。

装置を作った。時の流れを計測するもの。
神の領域に踏み込んでいく自分。
それを静かに、作動させた。

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「バカな……」

気がつくとジョージは、硬質な場所に居た。
あたりは鉄鋼で埋め尽くされた、人気の無い廊下。

着ていた白衣以外、持ち物は無く、誰かに連絡の取りようも無かった。

「ここはどこだ、誰も居ないのか?」

あたりを見回す。取り乱すことは無かった。
過去か未来へジャンプすることは、ジョージの想定に入っていたのだ。
まぁ、まさか本当にそうなるとは思わなかったが。

「しかし、そうだとしても……参った。戻る方法がな。
 いや、それよりも現状把握が先か。過去か未来ならば、未来の方が確率としては大きいな」

廊下に触れる。
明らかに、現代より高度な技術が使われている。
そして身体が妙に軽い。いや、明らかに重力が弱い。

「こういうときは動かない方がいいが……水も食料もない状態では、な。
 体力が落ちる前に行動するのがベターか」

不安はあったが、押しのけた。
重圧を感じる場面なら、これ以外にいくらでも経験してきたからだ。
想定にあることなら、特に動揺することはない。

しかし参ったのがそれからのことだった。
廊下は広く、ところどころに部屋があるが、すべてロックされていて入れない。
同じところをぐるぐると歩くだけで、なにかをすることもできない。

3時間もあれば、ほとんど調べ終えることが出来た。
それから舌打ちを漏らす。

「ここを管理しているところにアクセスできれば、どんなウォールでも突破して、ロックを解除できるものを」

廊下に腰を落ち着け、愚痴を吐く。
今の自分は丸腰で、携帯一つ持っていない。

仕方なく、窓の方へ歩いていって外を見た。
考えた通り、ここは月にある施設らしい。大きなパラボラアンテナらしきものが見える。
施設はかなり広大で、半径3キロはありそうだ。
そうならばそうで、まったくの無人というのはやはり奇妙である。
監視カメラらしきものも発見しているので、なんらかの対応があってしかるべきだと思うが。

その時、光芒が見えた。目を懲らす。常人より視力もずっといい。
集中すれば、10.0まで視力を上げることも出来る。

見た。

「なんだ……!?」

巨大ロボットが、ビームを撃ち合って戦っている。
しかも、かなり機敏な動きで、息詰まるような銃撃戦を展開している。
そう思えたのは数秒ぐらいで、すぐに一方のロボットが、片方のロボットのビームを受けてバランスを崩す……いや。

呑気に見ていられたのはわずかな時間だけだった。

「落ちて……!」

ロボットが、ジョージの居る方に落ちてくる。急ぎ、走った。

落下にまきこまれたらひとたまりもない。
いや、それどころじゃない。
もしもここが破られれば、空気が外に漏れて無くなる。
こんなところで死ぬわけには……

—————しかし、生きてなにをする?

そう思った瞬間、廊下に備え付けられていたボックスが、べろんと開いた。
宇宙服。そうとしか形容できないもの。
何故、どうして。考える余裕は無く、それを手に取る。

落下の衝撃。
ロボットが仰向けに倒れ、廊下が無残に破壊される。
宇宙空間の空が見える。
空気が一気に漏れ出す。ボックスに捕まり、耐えながら宇宙服を着込んだ。
この程度のことに、耐えられるぐらいは鍛えてきたつもりだ。

「ずいぶん軽くて、着心地がいいな」

宇宙に行くときは、こんな宇宙服を作っていこうと思った。

宇宙に行くのは、ジョージの夢だった。まだ確証されているわけではないが、木星に生物が居た可能性があるという。
ならば、そこへ行って、発掘作業をしてみたい。
できれば、生物の化石も発見したい。
そういう自分を想像するたび、胸が躍るのだ。

「……とにかく、調べてみるか」

こうしていても仕方ないので、ロボットの方へ飛んだ。
月は重力が軽い。廊下から出て、ロボットに取り付く。

「まったく、SFだ。こんなもので戦争でもしているのか?
 あいつ等は……なんだ、どこへ行った?」

撃ち落とした方のロボットが、確認できない。
襲ってくるのでないなら、それで構わないのだが……

ロボットを調べる。すぐに機体構造は把握した。
パネルを見つけるのもたやすかった。何回か調べて、操作方法を試行する。

「よし、多分これで開放……どうだ!」

パネルを操作。空気が漏れる音がして、胸の部分が開く。

「ン……?」

開いたとき、目が合う。
懸命に、レバーをがちゃがちゃとしているパイロット。
数瞬して、ジョージと目が合う。
自分と同じような宇宙服を着ている、女。いや、少女と言っていい年齢か。

次の瞬間、少女の瞳に敵意が満ちた。
そう思った瞬間、腕が動いていた。

「やめろ!」

少女が抜こうとした銃を、抑える。
海軍でも対銃の訓練は、嫌と言うほど受けて来た。

「触らないでッ! いやッ! 触らないでッ!」

ヘルメット越しに響く声。ジョージは少女の銃を抑えたまま、中を見回す。

操縦席、か。少女は宇宙服を着ているが、酸素を供給できるようだ。
さっとパネルを操作し、ハッチを閉め、ジョージは中へもぐり込む。そして片手でヘルメットを脱ぎ捨てた。
このままでは説得も出来ない。

「私は、君に危害を加えるつもりはない!」
「うるさいッ! なんで、こんな……人がいるわけないのにッ! 嫌いッ!」
「ヒステリーを起こしたってしょうがないだろう!
 よく見ろ、私は丸腰だ!」
「信じられないわよッ! なにを信じろって言うのッ! なにも信じたくないッ!
 みんな私を……あああッ!」

わけがわからないことを叫んでいる。心に病でも持っているのか。
厄介な状況になったと思ったが、現状を打破するにはこのロボットの力を借りるしかない。

「レディにすることではないが……すまないッ!」

軽く腹部の急所を打った。それで、暴れていた少女が気を失う。
やれやれと息を吐く。

「とりあえず銃は没収させてもらう」

取り上げ、宇宙服のポケットに入れた。
それからコクピットの内部を調べる。マニュアルが出てくる。
これ幸いだった。

それを調べる。5分もあれば十分である

「覚えた」

ぐったりしている少女に少しどいてもらって、操縦桿を握る。
動力系にスキャンをかけ、異常を把握する。
コクピットからの応急でどうにかなる損傷だ。
キーを入力する。それでロボットに力がよみがえる。

「なんで……動くの……なにしても無駄だったのに……」
「ああ、起きたのか。銃は没収させてもらったよ。
 いや、本当にすまない。女性にすることではないと思ったが、撃たれてはさすがに困るからね」
「なに……言ってるの?」
「そうそう、動けない理由だったが、ダメージよりも伝達系の小さなバグが原因だよ。
 もうちょっと洗練したOSを作った方がいい。それなら、このロボットももっと丈夫なものになる」
「……なに、それ」
「とりあえず、その敵意むき出しの目をやめてくれないか。
 私もさすがに操縦しにくいんだよ」

すると、うめいていた少女が急に起き上がった。

「待って、なんで操縦できるの!?
 この実験用ドートレスは、今までとまったく違う操縦機構を備えているのよ!?
 ニュータイプでさえ難しいのに、普通のパイロットには動かすことさえ出来ないはず……!」
「ふむ、そのニュータイプかどうかは知らないが、とりあえず備え付けのマニュアルで覚えたよ」
「覚えたって……!」
「だから、まぁそう興奮しないでくれたまえ。えっと、そうだな。私はジョージ・グレン」
「はぁ?」
「ええと、そう。名乗ったら応えてくれると嬉しいのだけどね。
 名前も知らないとなると、会話が味気なくなる」

ごまかしながらも、ジョージ・グレンの名前になんの反応もなかったことに、不審を抱く。
そうとう遠い未来か、あるいは自分は歴史に名を残せなかったのか……

「地球連邦軍准尉、ルチル・リリアント」

不審に染まった瞳で、彼女はこちらを射貫いてきた。