クロスデスティニー(X運命)◆UO9SM5XUx.氏 第120話

Last-modified: 2016-02-28 (日) 00:39:13

第120話 『同じ人間同士で争ってなんになる!』
 
 
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目覚めると、やはり未来にいた。
そのファンタジーに、慣れてきている自分を、ジョージは自覚していた。

ベッドから半身を起こし、ぼんやりと部屋を見回した。
まるでホテルのスイートルームにも似た、綺麗な客室。
据え置かれたソファやテレビには、ホコリ一つ落ちていない。

ベッドのシーツに散乱している、書類を拾い集めた。
パソコンからプリントアウトしたもので、この世界の情勢や歴史が綴られている。
遅くまで、これを読みふけっていた。

「未来か……」

時間旅行を楽しむ気分には、まるでなれない。
ただ嫌な現実を、淡々と突きつけられているだけのような気もする。

地球に行こうかどうか、ジョージは迷っていた。
理屈はともかく、やはりこの未来に対して興味がある。
それに未来を知って過去に戻れば、とてつもない財産となるだろう。

なにより、未来を変えたかった。
異人種間での戦争などもっての他だし、出来ればあのヒゲロボットもどうにかしてやりたい。
それこそが、ジョージ・グレンの役目だろう。

ただ、不死技術が無いことにはほっとしていた。
やはり人間には寿命があるべきなのだ。

ぼんやりしていると、外側からコールがあった。

「ロックはしていない」

声をかけると、ドアが開く。ルチルが、不機嫌そうに薄目を開けていた。

「ジョージ、朝ごはん」
「これは珍しい、君が呼びに来てくれたのか」
「D.O.M.E.が、あなたと一緒じゃないと食べ物を出さないって言うのよ」

ルチルは一切、目線を合わそうとしなかった。

ルチルに先導され、廊下を歩く。話しかけることもせず、話しかけてくることもない。
ただ、気まずい雰囲気を引き連れて、食堂まで歩いた。

「D.O.M.E.の目的は、なにかな」

独り言を装って、ルチルに語りかけてみた。彼女の背は、なにも語らない。

「君と私に、和解させようとでも言うのかな。
 わざわざ食事に同席させるということは」
「……」
「ま、この閉鎖空間でいがみ合ってばかりいるのもバカらしい気がするがね。
 あいにく私はNTで無いので、君の気持ちはわからないが」

その気は無かったが、言葉に嫌味を混ぜていた。
ルチルの頑迷は、やはりうんざりさせられる。

部屋の中に入った。
食堂というには、バカバカしいほど殺風景な部屋で、長テーブルにパイプイスが置かれているだけだ。

「いいジョークだ」

失笑する。
テーブルの上には、丁寧に折り畳まれたナプキンに、フォークとナイフ。
しかし食事は、無造作にレーションが並べられてあるだけだ。
そのアンバランスがどうとも言えず、こっけいだった。

『本当は、極上の料理でもてなしたかったが、あいにく食べ物はこんなものしかないんだ。
 だからせめて雰囲気だけでも、と思ってね』

頭上のスピーカーから、D.O.M.E.の声が降ってきた。

「いや、斜めに構えてしまってこちらこそすまない。
 ありがたくいただくとしよう」

イスに座らず、ジョージは立ったまま待った。
ルチルが、後ろで不審げな瞳を投げかけてきている。

「なにをしているんだ、ルチル」
「なにをって、あなたこそ」
「レディファーストだ。紳士は、女性より先に席へ着くことを恥とするものだ」

言って、イスをルチルのために引いてやった。

「……はぁ」

顔をしかめて、ルチルが着座する。
それを確認した後、ジョージも座った。

沈黙が重い食卓になった。
なにか喋ろうかとも思うが、どうせルチルにはねつけられるのが目に見えていて、バカらしくなる。
それよりも過去へ帰る方法を探すのが先だった。

未来へ来られたという結果がある以上、過去へ戻ることも可能なはずだ。
もう一度設備を整え、機具をそろえることができれば、そう難しくはない。
ニュータイプという知識も得た。文明を埋葬するという、化け物の話も聞いた。
これだけでも、時間旅行をした甲斐はあっただろう。

いろいろ考え事をしながら、目の前のルチルを見た。
下手くそなナイフとフォークの使い方で、とても見ていられない。

「なによ」

ルチルが、細い眼でにらみつけてくる。

「君の美しさに目を奪われていた」
「……」

ジョークで返したつもりだが、まぁ見事に無視された。
いい加減慣れてきたが。

「ほら」

ルチルの、右手を押さえた。じろりとにらんでくる。
構わず、強い力で抑え付ける。

「ナイフは、人差し指で背を押さえるんだ。それと食べにくいならフォークだけで食べてもいい。
 それは別にマナー違反ではない」
「……」
「もともと、ナイフもフォークも、人がモノを食べやすいようにと作ったものだ。
 そう怖がりながら使っては、先人にも失礼だ」
「私は……! 別に……」
「だが、食事中に席を立つものではない」

立ち上がろうとしたルチルの頭を、右手で強く押さえた。
しばらくそれで押し合いをしていたが、力でかなわないとわかったのか、ルチルが席を落ち着ける。

「嫌な男だわ、あなたは」
「そうかね」
「そうよ。なんでも出来るって、顔してる」
「さて、どうだろうな」

ぴしゃぴしゃと、自分の顔を叩いてみせた。

「うっ……」

不意に、ルチルが頭を抑えた。小さく顔をしかめている。

「どうしたね、ルチル?」
「来るわ、敵が。宇宙革命軍……」
「宇宙革命軍、君たちの地球連邦と戦争している所か」
「今は小康状態よ、全面戦争ってワケじゃ無いわ」
「D.O.M.E.になんの用かな。いや、いくらでも用はあるか」

分析する限り、このD.O.M.E.はオーバーテクノロジーの宝庫だ。
例えば人間を機械化することによって得られる不老不死の技術だけでも、欲しがる人間は多いだろう。

『大変なことになったね』

スピーカーに、呼びかけられる。機械と人声が混じったような、音。
D.O.M.E.。

「そんなことはないだろう。ビットMSというものが、ここを守っているのでは?」
『そこのお嬢さんに、大半を破壊されてしまった。
 月のファクトリーで修理、生産をしているが、今からではとても間に合わないね』

言われて、ルチルを見た。

「ウソよ。私が壊したビットMSの数なんて、半数にも満たないはずよ」

彼女は少し、憂鬱な顔をしている。

『そこで僕は君たちに頼みがある……』
「宇宙革命軍を追い返してくれ、か?」
『そう、それを頼みたい』

どこか芝居じみたものに、乗せられている気がした。
D.O.M.E.がなにを狙っているのか、今ひとつわからないが。

「いいだろう。MSを一機、貸してくれ」
「ジョージ、あなた……?」
「一応、空軍ではパイロットをやっていた。人を殺したこともある。
 それなりのことはできるはずだ」

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D.O.M.E.から与えられたノーマルスーツに、着替えた。
パイロット用のもので、以前着ていたものよりさらに動きやすい

MSの、格納庫だった。
10機ほどのビットMSとやらが、並んでいる。

「なに考えているの?」

同じようにスーツを身につけたルチルが、こちらを見つめている。

「頼まれた。だから引き受けた。それだけだな」
「……」
「それにD.O.M.E.には命を救われてもいる。
 こっちも命を賭けねば、不公平だろう」
「バカげているわ。D.O.M.E.にとってこんなの、ゲームみたいなものよ」
「D.O.M.E.は人の命をチェスのように使うほど、非情ではないよ」
「相変わらず、わかったようなこと言うのね」
「ああ、わかっている。
 D.O.M.E.がなにを考えているのか、ぐらいは」
「へぇ、なんなの?」

首を傾けて、ルチルが挑むような目を向けてきた。

「私の言葉がウソでないかどうか、証明してみろということだ」
「証明?」
「私がニュータイプが受け入れられる世界を、作れるかどうかだ」
「……」
「敵はおそらくニュータイプだろう、それぐらいねじ伏せられなくてなにが救世……というところかな」
「そんなために戦うの?
 MSもまともに扱ったこと無いのに?
 あなた、やっぱりバカじゃないの?」
「褒め言葉だな」

苦笑した。
それから、D.O.M.E.に貸し出されたMSを見つめる。
D.O.M.E.ビットとも、Gビットとも呼ばれるが、正式な名前はないらしい。
背に二枚の羽根を背負い、大型キャノンを装備している。
本来ならD.O.M.E.の遠隔操作によって動くが、人が乗って操ることも可能なようだ。

「これ、私たちから見て10年は進んでいる機体ね」

ルチルが、MSに向き直った。

「ふむ。オーバーテクノロジーユニット……。
 それなりのハンデはもらっているというわけか」
「敵は艦隊クラスよ、ジョージ」
「たとえ……」

Gビットに歩いていく。

「どれほどの力でも、もう私は。
 私は、自分を曲げることはしたくないんだ」

自分の命、人質に取られた。
それで、望まぬ研究をさせられた。

もう、2度とすまい。
ジョージ・グレンは。信念を、もって進みたい。

「行ってくる」

恐怖はあった。

逃げ出しそうな自分、腰を落としそうな自分。
曲げて、歩く。
自分を曲げないために。

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少年兵、という甘えをランスロー・ダーウェルは捨てていた。
自分も一介のパイロットとして、戦場に立つのだ。
それに、宇宙革命軍屈指のNTとして、期待もされている。

月に火線を確認した、という情報を得たとき。
革命軍の動きは素早かった。
今は地球との戦争も小康状態で、軍を動かす余裕があるのも幸いした。

何度か、小さな戦闘での実戦も経験している。
だからコクピットに入っても、初陣の頃に味わったような緊張は無くなっていた。
その代わり、別のプレッシャーを感じる。

『ちびっていないか、ランスロー?』
「大丈夫です、トイレは出撃前に済ませました」

先輩パイロットが、声をかけてくる。
こわばった笑みで、それに応えた。

『その様子なら、大丈夫だなランスロー
 しかし15にもならん子供を、戦場に出すとはな』
「いいんです。戦場に出るために、僕も訓練を積んできました」
『いい覚悟だ。
 しかし相手はD.O.M.E.だ、半端じゃないぞ』

そこが腑に落ちない

「一つ、聞いてもいいですか?」
『どうした?』
「なぜ、月を攻撃する必要があるのですか?
 連邦軍と関係ないのでは?」
『さてなぁ、俺も詳しいことは知らん。
 D.O.M.E.という、亡霊のようなものに、上のお偉方も振り回されているのかもな』

D.O.M.E.のうわさは聞いたことがある。
月にある『なにか』で、そこに行けばなにもかも手に入るとか、うさんくさい話だった。

話はうさんくさいものの、革命軍も連邦軍も何度か月に拠点を築こうとして、失敗したという話だった。
なんでも、近づくものは片っ端から奇妙なMSに撃ち落とされるらしい。

うわさの真偽はともかく、やる気はあった。
そんな亡霊ぐらい、ねじ伏せてやるとも思った。

次々と、戦艦からMSが出撃していく。
だいたい30機ほどか。

ランスローが乗る、セプテムも発進した。
セプテムは、革命軍の新型MSで、これまで主戦を張っていたジェニスよりも一回り上の性能だった。

新型を与えられる。その期待は、十分に感じている。
だから、なんとしても戦果を持ち帰りたい。

「……?」

ニュータイプの感応に、なにかが引っかかった。
次の瞬間、なにかがセプテムの横を駆け抜けていった。
瞬きする間も無い速さだった。

「訓練用の、ペイント……弾?」

セプテムが被弾を訴えている。
しかし訓練用の機能で……実際のダメージはどこにもなかった。

『宇宙革命軍に通告する』

全方位通信。
男の声。

『私はたったいま、諸君らのMSを半数撃墜した。
 これ以上、月への侵攻を続けるというのであれば、武器を実弾に変更する。
 ただちに撤退したまえ。D.O.M.E.は戦闘を望んでいない』

瞬く、影。目で追えないほど。
宇宙空間で、機影が明滅する。そんなことがあるのか。どういう機動性だ。

それが、艦隊の前で急停止する。
姿を表す、背に二枚の羽根を背負ったMS。
Gビット。

妖怪のように語られる、月の守護者。
現実の重みをもって、前に立っている。

「警告のつもりか……!」

舐めるな、という言葉がランスローの中で激情に変わる。
他のMSもじりじりとGビットを包囲していく。

さきほどの攻撃は、殺意が無かった。だから避けられなかった。
NTの感応は、強い意志に反応する。ちゃんとした攻撃なら、かわす自信があった。

誰かが、最初にビームを放った。
それが合図だった。

この艦隊に居るのは、革命軍でも有数のパイロットたちなのだ。
NTだって配備されている。
正確な射撃、正確な機動。
Gビットの能力はかなりのものだが、腕と数で押す。
ランスローも歯車の一つとなって、Gビットを追い詰めた。

『ランスロー、ビームサーベルだ!』
「……!」
『Gビットは格闘兵装を持っていない!』

味方からの通信で、気づく。言われる通り。
セプテムのビームサーベルを抜く。
同じように、5機ほどのMSがサーベルを抜いた。
それ以外の味方機は、ビームでの牽制に回っている。

『同じ人間同士で争ってなんになる!』

Gビット、乗っている男の声。
なにを血迷っているのか。確かに、この男から殺気を感じない。
だからどことなく、戦いにくい。そのせいか、撃墜された味方はいない。

「なにを、考えている……?」

つぶやきながら、踏み込んだ。同じタイミングで、他のMSも突っ込んでくる。
斬撃の、雨を喰らわす。浅い。
いい機動だった。NTのような先読みはないが、機体の能力をうまく引き出している。
Gビットの性能もいい。致命傷を与えるのはなかなか難しそうだった。

『撤退しろ!
 ニュータイプもオールドタイプも、関係ないはずだ!
 なぜ人の進化を、悲劇的なものに変える!』

Gビットからの、声。
追い詰められている、自覚がないのか。
何度も、Gビットに浅い傷を負わせた。
しかし踏み込み切れないのが、気になる。

殺意を持て。
敵のパイロットにそう言いたくなった。
敵意無いから、捕捉しにくい……!

苛立ちながら、振り下ろすビームサーベルの一撃。
Gビットの、背部バーニアをかすめる。
せめて機動性だけでも奪えれば……!

殺気。

全身に、鳥肌が立った。
回避はほとんど無意識だった。

ドートレス、連邦軍のMS。
そして、その背後に在る無数のGビット。

『あなたが、エース!?』

肉薄する、意思。敵意。

「女……!?」
『一応、首はもらっておこうかしら……ッ!』

ドートレス、振り上げた腕。
体勢が間に合わない。
とっさに突っ込み、ドートレスの胸に飛び込んだ。

「……!」

瞬間、意識が頭の中で広がった。
拒絶すべき、他者の風景。犯されるように、脳へ広がる。

嫌な、風景。白い、死の情景。永の孤独。
想像しうる限り、尽くされた残虐。

『っつ、この……!
 革命軍の、NT……! 私の心を……!』
「あなたは!
 やめろ、あなたは戦うべきじゃない!」

叫んでいた。
敵であることを忘れねばならないほどの、悲劇を彼女は内包していた。

爆音、衝撃。
目が覚める。Gビットたちが、次々と味方を撃墜していく。

『双方やめろ!』

例のGビットが、動いた。
機動、殺意無き律動。その時気づく、奇妙。

「OS……が!?」

セプテムのOSが、強烈な勢いで書き換えられていく。
何者かに侵入されているのだ。
いや、しかしMSのセキュリティは完璧なはず……

『チェックメイトだ。戦う意義は、消滅した』

傷だらけのGビット、呼びかけるように右手を挙げる。
それに呼応するように、乗っているセプテムが勝手に動き出した。
月から、背を向ける。味方のMSも、一斉に月から背を向けた。

『なにをしている、撤退命令は出していないぞ!』

戦艦にいる司令からの、通信。

『味方機すべて、OSを乗っ取られています』

MS指揮官からの、返信。

『嘘をつくならば、もう少しマシな……なに、艦の管制も……!?』
『セキュリティを強化しなければなりませんな。
 この世にはまだまだ異能が居るようです』

異能。そうかもしれない。
しかしありえるのか、戦いの最中に敵MSのOSに侵入し、乗っ取るという芸当が。

プログラムを強化すれば、対応できる話だ。
だが、やはり戦闘中にそれを為したということが信じられない。
これがD.O.M.E.の妖力だとでも言うのか。

しかし、あのGビットが持っていたのは、うんざりするほど人間的な感情だった。
ニュータイプのように、洗練されてなどいない、強烈な意思の鉄塊。

他の、無数のGビットは追撃してこない。
ドートレスもとどまったまま。

生還したが、胸に渦巻くのは敗北感。
ランスローは、頭をコクピットに押しつけた。