クロスデスティニー(X運命)◆UO9SM5XUx.氏 第127話

Last-modified: 2016-02-28 (日) 00:46:52

第127話 『ずっと貧乏くじを引いてきたので』
 
 
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「まず、一基……ッ!」

DXの中で、ガロードは大きく息をついた。
こんな瀬戸際が、まだ続く。気を抜いている場合では無かった。

作戦目的を失ったザフトが、整然と引いていく。
いい動きだった。ザフトの中でも、選りすぐりの部隊だったのだろう。

コクピットの中で、後ろを視る。アークエンジェルと、4機のMSが停滞している。

『目的は、達した。もういいだろう。戦場から離脱するぞ』

シャギアの声が聞こえる。
全方位通信ではないので、わざわざDXにも通信を繋いで喋っているのだろう。

「ロアビィ、これからどうすんだ?」

横目で、レオパルドを見た。致命傷は無いが、無数に被弾している。

『さてね。俺はもう十分働いたから、もういいかなって思ってる』
「なんだよ、そんなに俺らのところに来るのが嫌かよロアビィ。
 傭兵だろ、働いた分は払ってくれるぜ?」
『アスランってやつがどうにも気に入らないんでね』
「アスラン? なんでだよ……だいたいおまえ面識あったっけ?」
『生きてれば、いろいろあるさ。とにかく、俺のコズミック・イラはもう終わり。
 縁があったらまた会おうぜガロード』

レオパルドがきびすを返して、アークエンジェルの方へ戻っていく。

「お、おい……!」
『ほっとけ、ガロード。あいつもフリーのMS乗りだ』

呼びかけようとすると、ウィッツに止められた。
ため息をついて、言葉を飲み込む。

エアマスターのことで、ウィッツには借りが出来ている。
持って帰って来ていないから、おおよそ事情は察しているはずだが、とりあえず話は後だと言ってくれたのだ。
後でなにを要求されるかはわからないが、負い目を背負ってしまったのは確かだった。

アークエンジェルの方へ、ジン、ヴァサーゴ、アシュタロンが退いていく。
キラ達がこれからどうするのかも気になったが……

アスランに、すぐ戻ってくるよう言われていた。
感傷は不要だった。
アークエンジェルには、キッドがいる。もう一度ぐらい、話す機会があるかもしれない。
今は、それで良しとすべきだった。

「行こうぜ、ウィッツ」
『おうよ』

まだ青いままの、地球。それを横目で見つめながら、DXは変形した。

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「中将、DXの収容完了しました」

ヤタガラスで、メイリンが報告してくる。
アスランは、うなずきを返した。

「Gファルコンへの補給を急げ! ザフトはすぐに第二波を出してくるぞ!
 時間はどれぐらいかかる?」
「フルならばおよそ、2時間です」
「よし……」

落ち着け、と自分に言い聞かせながら、アスランは艦長室のイスを軽く叩いた。
勝負はここからだ。
うまく相手が踊ってくれるか、どうか。

「タカマガハラ、もう一度全軍で行け! 前線を持たせろ!」

指示を下すと、ヤタガラスや他の艦からタカマガハラのMSが飛び出して行く。
歴戦の精鋭部隊だが、動きが確実に悪くなっていた。
今にも崩壊しそうな、アメノミハシラの戦線をフル回転で支えているのだ。
疲労は限界に近い。しかし今は、30分の小休止も与えられない状態だ。

『アスラン、俺も出るぜ!』

MSデッキから、DXの通信が入った。

「いや、アメノミハシラから動くな、ガロード」
『心配ねぇよ、補給の必要はGファルコンだけなんだ。俺が出たって、構わねぇだろ』
「おまえが出たら、ザフトはDXに集中攻撃をかけてくる。それをおまえがしのぎきれるという保障はない」
『そんなヘマしねぇって!』
「サテライトシステムが破損するかもしれないだろ! レジェンドにやられたことを忘れたのか!」
『……ありゃ!』

なおも、ガロードは反論しようとしてくる。張り切っているのはいいが……

「命令に従え、ガロード」

出来るだけ冷静に、言葉を絞り出した。

『アスラン、俺は軍人じゃ……!』
「俺だっておまえを使いたい。今のタカマガハラは1兵でも必要だ。
 それを一番わかっているのはな、俺なんだよ!
 でも、その俺が耐えてるんだ、おまえも耐えろ!」
『そんな……』
「耐えろ、ガロード。おまえが戦略・戦術の要なんだ。
 勝手な動きをしたら、俺はおまえをジャスティスでぶった切ってでも連れ戻す』
『マジかよ』
「俺はそれぐらいの覚悟を決めてるんだ。おまえも度胸を決めろ」
『わかったぜ。そうまで言われちゃ、我は通せねぇな』

ガロードの声色が、落ち着いたものに戻った。
これだけきつく言っておけば、命令違反は防げるだろう。
今回ばかりは、ガロードの先行を許すつもりはない。

「シンがレジェンドに捕まってるな」

戦場に目を移した。
何度か、突撃と撤退を繰り返させているが、そのたびにアカツキはレジェンドと交戦している。
お互いが、お互いを意識して戦っているのだろう。傍目には、互角に見えた。

これで、シンが封じられている格好だった。
しかしレジェンドとやり合えるのが他に居ない以上、どうしようもない。
自分か、ジャミル、ガロードぐらいだ。しかしどれも、手がふさがっている。

戦闘の初期に比べると、明らかにタカマガハラの動きが悪くなっている。
アスランは、自陣を確認した。守りについている、オーブ軍のMS。

彼らにできるのは、後方からの援護射撃ぐらいで、白兵になればもろさを露呈する。
せいぜい、イザーク旗下の兵がまともなぐらいだ。
いまここで、ジョージの別働隊が来ればひとたまりも無い。

アスランは、ジョージのことを想った。自分なら、全軍を投入する。
DXが離脱した時点で、別働隊を含めた全軍をアメノミハシラに向けるだろう。
そうすれば、こちらは大波に呑まれる小舟がごとく、一撃で破砕されるだろう。

実際のジョージは、戦場の機を読むのが下手なのか。
しかしラクスを滅ぼした手並みを考えるに、軍事に関して端倪すべからざる力を持っていると思われる。
ならば、動く機会はまだ後だと思っているのか。
あるいは、アメノミハシラを重要視していないのか。

考えれば考えるほど、深みにはまっていく気がする。
すでにアメノミハシラは、ジョージの術中にあるのではないかと、際限の無い不安が押し寄せてくる。

「ったく……腰の重い」

ユウナが、ため息をつきながら受話器を置いていた。
各国と交渉をしていたのだろう。
本格的なコンタクトは、ミハシラにいるデュランダルの方がやっているはずだが、ユウナも時間を見ては各国首脳と会話をしようとしていた。

「どうですか、代表?」
「ユーラシア連邦は静観だね、望みナシ。
 東アジア共和国は、元々プラント寄りだし……自分たちにコロニーが落とされると考えていない。
 まぁ、密約があるのかもしれないけど。
 大西洋連邦かな、やっぱり」
「ジョゼフ・コープランドはまだ動かないのですか?」
「言を左右している。まぁ、なにを考えてるのかだいたいわかるけどさ。
 やっぱり、僕らは貧乏くじ引いたのかもね」
「どうでしょう。ずっと貧乏くじを引いてきたので、それが当たり前になっている気もしますが」
「それはそうだね」

ユウナが、けらけらと笑った。
自分よりも、ユウナの方がずっと腹が据わっている。
そう思いながら、苦笑を返した。

不安を押し込め、考えた。戦術を再考する。

ザフトは、DXの補給を計算しているだろう。しかし、補給がどれぐらいかかるか、正確な算段はつかめないはずだ。
そこで、今回の補給を元に戦術を組み立てるはずだ。
DXの再出撃。そこから、ザフトは第二波のコロニー落としを用意する。
しかし、第二波のコロニーもまた囮。
敵は、第三波を本命に使い、DXの補給が終わる前に落とそうとする。
その時が、決戦だった。いまだに別働隊が姿を現していない以上、ここでの投入しか考えられない。
ザフトは、DXの補給時間、その隙を縫って、コロニーを落とすしかないからだ。

しかし、そううまく行くかと、疑ってもいる。それは当たり前の考えで、想像通り戦争が進むわけがないだろう。
だからこの戦術を基本線に、あらゆる想定をしてきた。
意表を突かれても、ある程度までは対応できる。

問題は、戦術どうこうではなく、戦力差だった。
タカマガハラの疲労も、想像以上に早い。

「大西洋連邦はまだか」

何度もつぶやいたことを、改めて口にする。

最悪の場合は、タカマガハラの全軍を退かせ、新兵を投入する。
新兵が盾になっている間に、タカマガハラのMSを補修し、パイロットの疲労を取らせる。
そうすれば、タカマガハラはよみがえるだろう。
だがその時、新兵たちは全滅しているはずだ。

そんな外道を、やりたくはなかった。それでも決断しなければならないのが、指揮官だった。

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ジョゼフ・コープランドは、腰を落ち着けていた。
みだりに動いてはなるまいと、自分へ言い聞かせていた。

大西洋連邦軍はすぐに動けるようにしてある。
地球本土と、月基地に、大きく二分して待機させてあった。
月基地は、いつでもプラントを突ける構えで、本土にある軍はザフト主軍を追い返せるほどの物量がある。

大西洋連邦の物量は、やはり世界でも図抜けていた。だから、手広く作戦を展開できる。

「DXによるサテライトキャノンの発射を確認! コロニー第一波の落下は、防がれました!」

大統領府で、報告が為される。場に集っていた政府高官、並びに軍指揮官たちは一様にざわめき始めた。

「ダブルエックス、か。これで二度目か」

地球を救ったのは。そこまでは、ジョゼフの立場上言えなかった。
言えば、大西洋連邦がDXに借りを作ったことを認めねばならなくなる。
それは、ひいてはオーブへの借りという形になる。

判断は慎重にやるべきだと、ジョゼフは思っていた。
参戦については連邦議会にも、軍人たちにも、すべて意見を出させている。
意見を総合すると、半々という形だった。

ザフトと正面からやって、勝てるか。何度もジョゼフは自問していた。
同じ問いを、軍人にすれば、勝てるとしか返ってこないだろう。物量ならば、確かに圧倒的なのだ。
ジョゼフも、負けるとまでは思っていなかった。ただしそれは、コロニー落としがないという前提で、だ。
コロニーを落とされれば、なすすべもなく負ける。

思えば、本拠が宇宙にあるというのはかなりのアドバンテージだった。
制空権、制宙権を取るのが、たやすいのだ。
それにこういうやり方を取られたら、地球の国は抗いようがない。

「四者同盟か」

アメノミハシラのことを、少しだけ考えた。
発想そのものは、卓抜ではない。誰もが考えるようなことで、ジョゼフの胸に感慨は無かった。
こういう志めいたものに、熱くなるには、あまりに大人の世界で生き過ぎていた。

胸にあるのは、打算だけだ。

「大統領!」

机を、叩かれる。腹心の、赤い2連星の顔がそこにあった。
アカイの額には、脂汗が浮いている。どちらかと言えば沈着な、ニレンセイもどこか落ち着きを無くしていた。

「どうした、アカイ大佐?」
「なんで出撃しねぇんですか!」

もう一度、アカイが大きく机を叩く。

「まだ待て。議会も世論も、見極めなければならん。私は、選挙で選ばれた大統領なのだからな」
「なら、出撃すりゃいいでしょうが! 民衆が、コロニーでぶっ殺されることを望みますか!?
 そいつを防ぐのが、それこそ大統領の仕事ってヤツでしょうが!」
「コロニーは落ちん。もし、大西洋連邦への落下コースを取るなら、もっと早くわかる。
 今のコロニー落としは、ただの脅しだ」

すると、いきなりアカイが胸ぐらをつかんできた。

「そうやってのんびりしてりゃ、手遅れになりますぜ!
 あんたは、落下するコロニーってのがどんなもんがわかっちゃいねぇんだ!
 ありゃ、核爆弾が生やさしく見えるようなシロモンで、どれだけ人を殺せるモンか……!」

アカイがさらに言いつのろうとしたが、さすがにSPが止めに入った。
つかまえられた胸のシワを、手で払う。

「……」

部下に恥をかかせられた格好なのかもしれないが、そんなことはどうでもよかった。
取り押さえられたアカイを、じっと見つめる。
しょせんは、政治の駆け引きをしらない男だ。

いま、軍を発するより、アメノミハシラが落ちてから動いた方がいい。
もしもアメノミハシラが健在のまま終戦となれば、戦後のイニシアチブをオーブとプラントが握りかねない。
大西洋連邦が、世界の覇者であるためには、今は動くべきではないのだ。

アメノミハシラが落ち、デュランダルとユウナが死ぬ。
しかしザフトの傷も浅くあるまい。そこを、月基地と本土からの軍で挟撃すれば楽に勝てるはずだ。
後の世界で、リーダーシップを取れるのは大西洋連邦だけだ。
ジョゼフ・コープランドは、大西洋連邦最高の大統領に数えられるだろう。

そのために、今は我慢だった。安っぽいヒューマニズムや、理想に、踊らされるべきではない。

「軍は、待機だ」

はっきりと告げる。

「それは大統領命令ですかい!?」
「そうだ。反すれば、処罰する」
「せめて……
 せめて俺の第17艦隊だけでも出させてくだせぇ!
 コロニーは、1つも地球へ落としちゃならねぇんだッ!」
「待機だ」

はっきりと言い切って、執務室に戻った。
背中でアカイがさらになにか言い募っていたが、無視した。

「お疲れ様です」

秘書が、ミネラルウォーターを差しだしてくる。
受け取り、一気に飲んだ。
冷たくて、うまい。緊張で全身が乾ききっていた。

「まったく、ザフトめ」

イスに全身を預け、ため息をついた。
とにかくこの危機さえ乗り切れば。
自分へそう、言い聞かせた。

ふと、コールが鳴った。大統領への、直通電話だった。
秘書が、目配せをしてくる。

「取ってくれ。緊急入電かもしれん」

秘書が、電話を差し出してくる。それを受け取る。

「ジョゼフ・コープランドである」
『私だ』

嫌な声が、聞こえた。地球で、高位にある者なら避けては通れない男の声だった。

「これは……ミスター・アズラエル」
『で、どういうことなのだ。大西洋連邦は、出撃しておらぬようだが』
「いえ、私もすぐに駆けつけたいのですが。
 なにぶん、世論と議会の調整がうまく行って居らず苦慮しております。
 軍も一体というわけではありません、ですから……」
『フン……。
 カトリーヌと言ったかな?』
「え……」
『あと、ジョアンナ、アンヌ、マリー、ステファニー、リンダ、ティナか。おう、全員、貴様と比べれば娘のような年頃だな。
 若い女が好きか、コープランド』
「……あ、アズラエル」
『ロデオプレイが好きだそうだな。女を上にまたがらせるのが。
 テキサスでカウボーイをやっていた頃を、思い出すのか?』
「い、いや……」
『これを、貴様の妻が知ればどう思うかな。愛人の1人や2人は男の甲斐性とでも言って切り抜けるか?
 とはいえ全部で7人か。作りに作ったものだな』
「な、なぜそれをあなたが知っているのですか!」
『アズラエルを甘く見たな、貴様。
 いいか、私がその気になれば、貴様をその座から引きずり降ろすことなど造作もないのだ。
 ベッドのトークから、ブリーフの色までばらされたくなければ、すぐに動け。
 もしわずかでも遅れれば、貴様の妻君にすべてを伝える。マスコミ各社にも、だ』
「あ……の」
『世界中が血を流している最中、ロデオにいそしんでいた最悪の大統領として、名を刻めジョゼフ』

無情に、電話が切れた。
全身から、一気に血流が引いていく。
深呼吸を、2度した。

「大統領!」

謁見室に戻った。軍人と、政府高官が一斉にこちらを見る。

「軍を発しろ、今すぐにだ。全軍で行け」
「は……え?」
「国防軍をのぞく、全軍だ! 私もアメノミハシラへ行く」