クロスデスティニー(X運命)◆UO9SM5XUx.氏 第126話

Last-modified: 2016-02-28 (日) 00:44:43

第126話 『俺を導いてくれ』
 
 
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今、CEのMSはほとんどがビーム兵装だった。
だから、ラミネート装甲のアークエンジェルはそうそう沈まない。

それでも、アークエンジェルが大きく揺れた。

「うっ……隔壁降ろせ! 機関部へのダメージだけは避けて!
 場合によっては、居住区は犠牲にしてもいいわ!」

マリューが、艦長席で叫んでいる。
ラクスは、それを他人事のように見つめていた。

『もうこの距離からなら届くはずだ! アークエンジェルはありったけの火砲でコロニーを攻撃しろ!
 私もメガソニック砲で援護する!』
「わかったわ! 全砲門開け、火力を前面に集中!
 て—————ッ!」

アークエンジェルとヴァサーゴが、すべての力を押し出す。
コロニーの残骸が、その火力を受け止める。
光と衝撃で、艦が揺れる。

攻撃で、大きな穴が空いた。しかし、それがどうしたと言わんばかりの威容をコロニーは見せている。
大きすぎる。4機のMSと、1隻の母艦ではどうしようもないのではないのだろうか。

艦が、揺れる。敵の攻撃だ。
ラクスは、とっさに手すりへつかまった。
全身が重い。食事を取らなかった無理が、たたっている。

「なにを、しているのでしょう……」

つぶやいた。
自分の姿を、想像する。
今までのラクス・クラインなら、立ち上がって指揮をしたはずだ。
コロニー落としという非道にも、立ち向かって行ったはずだ。
それが、声を張り上げる力も残っていない。

ただ、苦しい。苦しみだけが、まるで病のようにラクス・クラインの中で残っている。

「……ッ」

声を、張り上げようとする。けれども、声は形にならず、うめき声が漏れるだけ。
喉を、かきむしりたくなる。もう歌声すら出そうにない。

怖い。なにもかも。まるで世界をすべて敵に回したような気がする。
世界が変わってしまった。もっと、可能性に満ちあふれていたと思えた現実が。
空間に満ちているこの酸素ですら、ラクス・クラインを否定しているような妄想に襲われる。

「……ィ」

死にたい。意味も無くそう思う。
この苦しみから逃れられるなら。
この惨めさを忘れられるなら。

何度も、アークエンジェルが揺れた。
ザフトの包囲は厳しくなってきている。

「このままでは退路をふさがれますッ!」
「こちらへの増援を確認! 5分後に到着!」

操舵のノイマンと、通信士のミリアリアがほぼ同時に叫ぶ。

「構わないわ! いざとなったら、残骸を攻撃しつつ大気圏へ降下する……そのつもりで!」
『エエッ! ちょっと待って!
 それじゃあもしコロニー破壊できなかったら、俺たちもオダブツじゃないの!』
「みんなその覚悟で戦ってるのよ、ロアビィ三佐!」
『チッ、ここは命を捨てるステージではないぞ。ヤケはゴメンだ……ッ!
 せめて、核かなにか無いのか!?』
「あったら使ってるわ!」

マリューが、ロアビィとシャギアに怒声を飛ばしている。

『万能艦ぐらいは持って帰らねば割に合わんが……。
 敵の数が多すぎる……』

『うるせぇ、黙って戦えシャギア!』
『やっている!
 貴様に説教される筋合いは無いぞ、ロアビィ・ロイ!』
『……敵、前!』
『くッ……!』

4機のMSは、襲い来るザフトをさばくのに精一杯のようだった。

なにかを、言わなければならないはずだった。
こういうとき、意識をしなくても言葉は、口から流れ出た。
今は叫び声をあげることさえ出来ない。

私は。

理想のかけらも見つからない。
目前にはただ暗い風景だけが広がっている。
どこを探しても、砂、砂、砂。
空へ、投げつけるための石ころすらない。

誰かを救いたいという意志がない。
世界を平和にしたい意志がない。
あれほどあふれていたものが。
泉は、一晩で枯れてしまった。
今はもう、暗く濁った水のそこで、惨めな私がいるだけ。

それでも。

見上げた。その、1機のMS。
私と同じ敗北を抱いたその人。
つぎはぎだらけのMSで、まだ世界に立ち向かっている。

キラ。
あなたは。
まだ戦う理由がありますか。

ジン・デルタが、ビームを放つ。
アークエンジェルに取り付こうとしたMSが一機、撃墜される。

あるんじゃない。キミが、教えてくれた。
世界は、変えられると。望めば、かなうと。
人は、救えるのだと。

私たちは間違っていましたか。

それを聞くことそのものが、間違っていると僕は思う。
戦う人間は、ためらってはならないと。
それも君が教えてくれた。

『あああああああッ!』

抗うんだ。

キラの、雄叫び。ジン・デルタは、性能そのものはストライクと同程度だという。
しかし、すでに彼は鬼神だった。
ストライクフリーダムよりも強いのでは無いかと、思うほどに。

「どうして……理想を失っても、まだあなたは……」

立ちすくみながら、じっとキラを見つめた。

彼は光輝を背負っている。
燃え尽きる前のろうそくは、激しく火を吹くという。
その比喩すら生やさしく思えるほど、今のキラは激しく、雄々しい。

「艦長! 通信です!」

再び、ミリアリアの声。

「どこから!?」
「DX、ガロード・ランです。到着まであと10分。
 到着後は、サテライトキャノン発射まで護衛を頼む、と!」
「……良し。意外と活路は開けるものね」

皮肉を感じた。
自分が、否定しきったDXに、助けられたということに。
皆もこの状況下、DXに対するわだかまりは無いだろう。

いつまでも、自分だけがつまらないことに囚われている。

喉を押さえ付けた。声を、絞り出したかった。

「ミリアリアさん、通信をください」
「ラクス、さん?」
「わたくしからザフト軍兵に呼びかけてみます。
 わずかでも、攻撃がゆるむかもしれませんから」

ささやくような声しか出せない。
しかし、まだラクス・クラインの中に光が残っているなら、わずかでも役に立てるはずだった。

「ダメよ」

マリューが、切り捨てるような言葉でさえぎっていた。

「ラミアス艦長……わたくしも……」
「ダメよ。ミーアさんはあなたの身代わりになって、死んだのよ。
 今、ザフト兵に呼びかけたりなんかしたら、その死も無駄になるわ」
「それは……でも、いまここで……!」

言いながら、言葉が弱くなっている感じがする。
人に、意志を伝えることが前ほどうまくできない。

「キラ君がなんのために戦ってると思ってるの!」

マリュー。普段温厚な彼女にしては、不似合いな怒鳴り声。

「あなたを生かすためよ、ラクスさん。それぐらいわかってるでしょう!」
「……」
「今の状況、死ねたら楽でしょうね。でもあなたは生きなくてはならない。
 ラクス・クラインは確かに私たちの将だったのだから。
 あなたが死んだら、本当になにもかも無駄になって終わってしまうわ」
「……」
「私たちだって、こんな惨めな敗北に終わったけど、戦ったことが無駄だなんて思ってないわ。
 あなたの下で戦ったことも、悔いは無い。
 その将兵たちの想いを無駄にしないために、あなたはどんなに辛くても生きなくてはいけないの」
「……」
「勝手なことを言ってるわね。私は、フロスト兄弟にスカウトされてるから、まだ行き場所がある。
 そんな私が、こんなこと言っても説得力無いでしょうけど……生きて。
 一人でも、どんなに惨めでも」

言って、マリューが艦長席を降りた。
そのままこちらに寄ってきて、ラクスの肩を軽く押す。

「ラミアス艦長?」
「もしまだラクス・クラインが私たちの指揮官たり得るのなら、そこに座って。
 それだけでいいわ。きっとそれが、私たちの自然な姿よ」

マリューが、笑う。呆然としたまま、少しだけうなずいた。
きっと自分は、ひどくバカな顔をしているのだろうなと、ちらりと思った。

艦長席に座る。目を閉じる。大きく、息を吐く。

「突撃隊来ます。左舷は弾幕厚く。
 MS隊は、一機も艦に接近させぬよう。
 ビーム兵器装備のMSは捨て置いてください。
 接近するMSにのみ、照準を絞ります」

一気に、声をはき出す。そうしながら、まだ膝が震えている。
マリューが、ラクスの言葉を復唱する。
4機のMSが、迅速な動きで敵の来襲に備える。

断続的にアークエンジェルは揺れた。ラクスは、歯を食いしばって耐えた。
どうしてか泣きそうになる。戦争は、こんなに怖かったのか。

「ガロード・ランが来るまでなんとしても持ちこたえるのです」

前みたいに、毅然と言えていないかもしれない。
それでも、全身の力を振り絞る。

『了解、ラクス』
『OK,歌姫さん! アークエンジェルはそうでなくちゃな!』

「フロスト兄弟は、敵部隊の来襲に備えてください。
 ロアビィさんは、アークエンジェル防護のための弾幕を。
 キラは、敵隊長の狙撃に専念。敵情報は随時こちらから送ります」

『……フン、私が指揮官なのだがな』
『まぁ、いいじゃない兄さん』

フロスト兄弟が、敵部隊の足止めに向かう。レオパルドが、アークエンジェルの艦首に乗って砲門を解放する。
ジン・デルタは、やや離れて狙撃の体勢を取っていた。

吐きそうになる。世界はこんなにも悪意に満ちあふれていたのか。
そして、私というものは、これほど悪意にさらされていたのか。

しかし全員が、全員、全力を尽くしていた。
誰も悪意は愚か、この絶望的な状況でなにひとつ諦めてはいない。
死んでいたのは、ラクス・クラインだけだ。

自分の手を、腹にそっと持って行った。

あと少し。この戦いの間だけ。
世界が称えた平和の歌姫でいる。

「バリアント大破! ミサイル発射管、7番まで使用不能!」
「レオパルド、装甲ダメージ上昇、出力2割減!」
「ジン・デルタ、エネルギーパック射出します。補給後、そのまま戦闘を続行してください」

ザフトの圧力は、凄まじいものだった。
敵兵の群れを、泳いでいる。そんな比喩が、大げさではないほどだ。
ラクス・クラインは死んだことになっているはずだが。
なんとしてもコロニー落としを成功させたいのか、何度も煮え湯を飲まされたアークエンジェルをここで墜としてしまいたいのか。

歯を食い縛りながら、前を見た。

『待たせたな、ガロード・ランだ!』

いきなり、アークエンジェルに通信が飛び込んでくる。
支援戦闘機と合体したDXが、ブリッジのモニタいっぱいに映る。

『遅いよガロード……! こっちゃもうヘトヘト……!』

ロアビィの声も、通信に混ざってきた。

『それどころじゃねぇ、ロアビィ!』
『お、ウィッツもいるのね?』
『ああ、俺ァGファルコンに乗ってる!
 それよか、ザフトが多すぎて射線が取れねぇ。
 このままコロニー撃ったら、地球をサテライトキャノンで撃つことになっちまう。
 今、アークエンジェルがいるとこまで行けば、なんとか射線も取れるんだけどな』
『だとさ、聞いたフロスト兄貴?』

『迎えに行けということか!?
 この状況で!?
 アークエンジェルの守りは!?』

シャギアは、はき出すような声をしていた。相当切羽詰まっている
こうしている間も、ザフトは攻撃をかけてきているのだ。
それも、MSパイロットたちは疲労しているのか、明らかに迎撃の精度は悪くなっている。

そう思っていると、ブリッジにグフが肉薄してきた。ヒートロッドを持っている。
電磁のムチが、振り上げられる。次の瞬間、横から飛んで来たビームが、グフの横腹を貫く。

グフが、爆散する。衝撃で艦が揺れ、ラクスはとっさに手すりを掴んだ。

『ダメだ、この状況じゃ……僕らの誰か1人でも欠けたら、アークエンジェルは守りきれない!』

キラの、ジン。
ビームマシンガンを手に、アークエンジェルの前に立つ。

『ガロード・ラン!』
『なんだよ、オルバ! どうすんだ、俺たちゃ特攻するしかねぇのか!?』
『なにか悪知恵は無いのかい?
 こそこそセコイ手思い付くのが、君だろう……!』
『るせぇ! てめぇに言われるまでも無く考えてら……クソッ! ここまで来て!』
『やっぱりティファがいなきゃダメなのか!
 どこまでも情けないね君は!』
『てめ、ケンカ売って……ん、ティファ?』

いら立っていた、ガロードの声が少し変わった。
とんとんと、なにかを叩く音が聞こえてくる。多分、DXのマイクを指先で叩いたのだろう。
なぜかそんなことを、ぼんやりと思った。

『おい、アークエンジェル。聞こえっか?』
「聞こえてるわ、ガロード・ラン。私は艦長のマリュー・ラミアス。
 救援を感謝……」
『あいさつはいらねーよ。それより、そこにアホのラクスは居るか?』
「アホって……」

マリューが目を点にする。なぜか、ラクスはくすっと笑ってしまった。
アホのラクス。そう言われると、いっそ楽しいような気がした。

「ガロード・ラン、わたくしです」

艦長室の通信を使って、直接DXとコンタクトを取る。

『おう、まだくたばって無かったかクソ女。
 いいか、時間がねぇから手短に言う。
 俺を導いてくれ。
 ティファと、おまえは同じだって言うから……多分できるはずだ』
「導く? わたくしが?」
『言葉じゃうまく説明できねぇが……とにかくやってみてくれ!
 なんとなく、カンで、俺たちがどう動けばいいか! テキトーに指図してくれりゃいい!』
「……」

いきなりそんなことを言われても。

『ラクス、大丈夫』

キラ。
いつもこの声が、知らず知らずのうちに私を生かしてくれていた。
その優しさを、感じる。

『君なら出来る』
「はい」
『信じて』
「わかりましたわ、キラ」

目を閉じる。世界の喧噪を忘れて、おびえも閉じ込める。

頭の中で、『種』が割れる。
同時に、世界を認識する範囲が、急速に広がっていく。

アークエンジェル。地球。宇宙。認識する範囲が、大きくなり、そして小さくなる。
頭が、なにかかき回されていく。意識がどこかへ飛びそうになる。

怖い。

自分がどうにかなってしまいそうな感覚に耐えながら、DXを探した。

居た。DX。ザフトの大軍の、少し外で戸惑った風に立ち止まっている。

意識を移す。
ザフトのMS隊、その空間を急速な勢いで把握していく。
これは、いったい。
自分に驚く間も無く、作業を続ける。

ルート。頭に浮かぶ。
もっとも安全で、敵の目を欺き、そして早くたどり着ける道。

「ガロード・ラン!」

目を開けて、艦長席備え付けの宙図を手でなぞる。
それを、そのままDXに送る。

『おし、上出来だぜラクス!』

嬉々とした、ガロードの声。不思議な感じだった。

大量破壊兵器を抱いている少年なのに、まるで心の闇がない。
底抜けに明るく、そして野放図だった。
理想のようなものも抱いておらず、どこまでも純粋だった。

こんな人間も、いる。それがラクスには新鮮だった。
そして、ガロード・ランならDXを持っていても仕方ないな、と思った。
そのあたりが、デュランダルがDXの存在を許した最大の理由なのかもしれない。

ちょっと頭が、ぼんやりする。自分の手を、じっと見つめた。
急速に世界を把握する感覚。自分が自分で無くなりそうだった。

自分を、振り返る。

デュランダルがカガリを暗殺した。そう決めつけた。
今なら、その理由もわかる気がする。確かに、デュランダルがカガリを暗殺したのだ。
しかしそれは、すでに入れ替わったデュランダルが、カガリを暗殺したと『無意識に悟った』のだ。

自分は、どういうわけかこういう力があって、それに振り回され続けていたのだろうか。
だとすれば、喜劇にもならなかった。

DXが、突破してくる。ザフトの群れ。世界のなにより恐れられた悪魔を、止められもしない。
これが、きっと世界を変える存在なのか。
理想を持たなくても、世界は変えられたのか。
ガロード・ランに聞きたいことが、たくさん思い浮かんでくる。
でも、もうそんな時間も、運命も無いだろう。

『ハッ、どういう風の吹き回しだフロスト兄弟?
 極悪非道のてめぇらが、今さらになって人助けか?』

DXが、アークエンジェルの前でリフレクターを広げる。
ザフトのMSが、それではっきりと動揺する。

『黙れガロード・ラン。私は手土産が欲しいだけだ』
『それに君もずいぶん、人がいいと思うけどね?』

フロスト兄弟が、DXに肉薄しようとしたグフ隊を蹴散らす。
本当に蹴散らす、という感じだった。

『へっ、そうかもな!』

光を放つ、DXのリフレクター。
光輝。
間近で見る、DXの禁忌。
まるで一箇の芸術品がごとく、美しかった。

DXの砲身が光を放つ。キラのジンがその隣に来て、軽く手を挙げた。

DXが、正面を向いたままガッツポーズを返す。
そのまま視界が、光に包まれていく。

「……ありがとう」

コロニーが、撃ち抜かれていく。
破壊を目の当たりにし、口から漏れた言葉は、感謝だった。