第四話「後悔か暴走か」
「か、艦長、大丈夫でした?」
「ええ……大丈夫よ。あなたたちこそ大丈夫?なにかされなかった?」
心配そうに見てくるベルナデットとトビアに微笑みかけ、答える。
ベラ・ロナは己の失策を呪っていた。
正直に言えば、自分たちを"救助"したのは連邦軍か、もしくは木星帝国の人間だと決めてかかっていたのだ。
自らの身分を明かし、トビアとベルナデットを捕虜と言い張ることで、彼らの身の安全を確保する。
それが彼女の考えだった。
その狙いは、デュランダルの"説明"によってすぐに崩された。
ザフト。ベラの知らぬその軍は、"プラント"なる勢力の自衛軍であり、今は地球"連合"軍と対立中であるらしい。
共に聞いたことのない組織であるが、デュランダルが嘘を言っているとは思えない。なぜなら、この場に至って連邦や木星帝国が嘘をつく必要がないからだ。
とっさに思いついたのは、異世界。
彼女の知る限りSFの中にしか存在しないはずのそれは、確かなリアリティを伴って脳裏に浮かんだ。
ならば。
(全てを隠しておくべきだったかもしれない)
知らない者同士、ましてや敵か味方かもわからない者との最大の交渉材料は情報。
僅か二時間ばかりの対話で、ベラはその交渉材料を全て吐き出してしまったことになる。
トビア、ベルナデット、ごめんなさい。
胸中で二人に謝罪し、ベラは艦の外へと目をやった。
「ふん、雑魚が」
つまらなさそうに呟くと、ザビーネはX2カスタムのビームザンバーを軽く振った。
牛刀でバター……どころか、伝説の名剣で豆腐を斬るかのように、敵MSを真っ二つにする。
「確か、地球連合軍のウィンダムとかいうMSだったな。あまりにも弱すぎる」
ついさっきまでMSだった鉄屑に目をやり、吐き捨てる。
「お疲れ様、ザビーネ」
最後の"敵"が墜ちたのを確認し、X2カスタムに隣接する赤いMS。その手には巨大なライフルを持っている。
「トールか。貴様の援護がまともにあれば、こんな連中に五分もかける必要などなかったとは思わないか?」
「あはは、ごめんよザビーネ。流石のイージスでも、"バスターパック"で格闘戦に対応はできないからね」
苦笑しながらトールが言う。確かに右手に巨大なライフルを持ったままで大立ち回りを演じろというのは酷と言えよう。
「まあいいだろう。しかし、こんな馬鹿な真似をしていれば出てくるのか?ラクス・クラインは」
ザビーネの問いに、トールはにやりと笑った。それは少年のような微笑みだった。
「あの偽善者ども戦争が始まれば出てくるさ。そしてキラは俺たちと同じようなことをするだろうな。反吐が出るような理由で」
X2カスタムのモニタに微笑みを貼り付け、トールは答えた。その目に笑みは一切なかった。
海沿いの道を、一台のスポーツカーが走っている。
「アスランはそれでいいの?」
「所詮、違うんだよ。彼女と俺の住む世界は」
「でも」
「キラ、これ以上はやめてくれ。俺だって悔しいわけじゃない」
キラの言葉がいらつくのか、アスランは車のギアを乱暴に変更すると、一気にアクセルを踏み込む。
「うわっ!?」
突然の加速に耐えられなかったのか、シートに叩きつけられるキラ。
シートベルトがなければ、ずり落ちていたかもしれない。
「で、でも。ムラサメに乗って護衛をさせられるなんて嫌がらせ以外のなにものでもないじゃないか!」
風圧に押されながらも、必死に反論する。
と。
「わわっ!?」
なにかを感じたのだろうか。アスランは車を急停車させた。
そして、
「キラ、馬鹿な真似はするなよ。後悔か暴走かの二択なら、俺は後悔を選ぶ」
キラを睨みつけながらそう言った。
マリュー・ラミアス邸は、その海岸にそびえ立っていた。
風の全くない静かな夜である。
一瞬、なにかが光った。それはモノアイのようにも見えた。
海中の魚の群れが、なにかに驚いて広がった。
海岸は、何もなかったかのように静かだった。