第六話「乱入者」
「ベラ機、トビア機共に配置完了しました」
「ご苦労様。ミネルバはこの場所に固定。オーブ向け回線の準備もしておいて。それにしても……本当なの?」
メイリンに指示を出し、タリアがぽつりと呟く。
ミネルバのモニタに映るのは、インパルス、二機のザク、そしてフリントとF91なるMS。
デュランダル曰く、ベラ、トビア、医務室にいるベルナデットはザフトの基地・カーペンタリア所属のザフト兵らしかった。
にわかには信じがたい話である。なぜ、そんな三人がオーブの小島に故障したMSとともにいたのか。
そして、ベラとトビアの乗機だというF91とフリントがその疑問をさらに深める。
聞いたこともない機体であるし、同じくオーブ領の別の小島で拿捕したとはいえ、三人からかなり離れた場所で回収したのだ。
「一体何者なの?そしてギル、あなたはなにを考えているの?」
再びモニタに目をやる。そこには、オーブ閣僚に混ざって、貴賓席に座るデュランダルの姿。
オーブにとって、"仮の"敵対国家であるプラントの長。
この一大イベントをするにあたって、わざわざ呼ぶほどの存在ではない。ただ国内に居るのなら、無視してよい存在でもない。
結果的には近隣のザフト軍総出で"祝福"をするという話になったのだ。
「全く、無鉄砲なんだから」
呆れたように呟くタリア。
あまりに無謀すぎると言えば無謀すぎる行動だろう。
なにしろ、オーブを牛耳る五大氏族のうち、アスハとサハク以外は明確な反プラント姿勢を打ち出しているのだ。
すぐにザフト軍による報復ができる態勢とはいえ、暗殺される可能性も否めない。
「本当に……なにを企んでいるの?」
馬鹿なことをした恋人を見るような目で、タリアは笑顔のデュランダルを見つめた。
ベラからすればあまりにもわからないことだらけだった。
ザフトなる軍の所属兵を騙り、結婚式の護衛につくことになったのはまだいい。
それ以上にわからないのは"同じ世界"のはずの、己の乗機だった。
ガンダムF91。サナリィの作り上げた傑作機にしてベラが元いた世界の地球連邦軍の主力MSの一つ。
元の世界で、直前までこれと戦っていた彼女は知っている。数だけならそこそこにいるはずだ。
「でも、これは」
コントロールパネルにそっと触れる。どこか懐かしいその手触り。
根拠はないが断言してもいい。これは量産型のF91ではない。彼女の運命を決めた一機のMS、愛する人の元愛機、試作型F91だと。
「キンケドゥ……いえ、シーブック、あなたは今どこにいるの?」
自分の頬を叩き、呟く。それは弱さゆえの言葉か。愛しい人の名を呼びながら、モニタに目をやる。
そこには金髪の少女と、青髪の青年がいた。
カガリ・ユラ・アスハとユウナ・ロマ・セイラン。彼女たちがこの式の主役であることは、デュランダルから聞いている。
そしてこれが政略結婚であることも。
「あそこにいるのは、まるで昔の私みたい」
ふと過去を思い出す。ロナ家の、バビロニア・バンガードの象徴としての自分。
もしもあのまま"シーブック"に救われなければ、自分もああいう結婚式を迎えていただろう。
血生臭い世界にその身を投じたとはいえ、愛しい人とともに戦えた自分は幸福なのかもしれない。
ベラはため息を一つして、パイロットシートにもたれかかった。
レーダーが高速で接近する機体を捉えたのはその時だった。
『コンディションレッド発令!ザフト所属機はオーブ機と連携して所属不明機の排除にあたってください!』
フリントのコックピットにメイリンの声が響いた。居眠りをしかけていたトビアが慌てて跳ね起きる。
「な、なんなんだよ一体!?」
操縦レバーを握り、急いで計器チェック。システムオールグリーンを確認すると、すぐにブースターを吹かす。
圧倒的な加速力を以てX字のスラスターを持つMS・フリントが飛翔する。
フリントは、ここに来て以来全く動かないX3と比べれば確かに劣る機体だが、その機動力は生半可なMSを遙かに凌駕する。
「あれか!たった一機!?」
空中で急制動をかけ、停止。視界に在るのは、地上に転がるムラサメとM1アストレイ、そして空中に一機のMS。
いわゆるガンダムタイプのMSで、背中に巨大な翼を背負っている。
「そもそもの状況はよくわからないけど、めでたい席でこんなことを!」
トビアは牽制に改良型ザンバスターを放つと、翼のガンダムに急接近する。
F98フリントは、元になったF97クロスボーンシリーズと同じように、格闘戦に秀でたMSである。
貫通力に秀でたザンバスターの特性を知るわけではないだろうが、翼のガンダムは、上方へと回避して牽制のビームライフルを放ってくる。
「そんなもの!」
ビームシールド・ブランドマーカーを展開してビームライフルを防ぐと、フリントもつれて急速上昇。
抜きはなったビームサーベルを翼のガンダムへと向ける。
「大人しくしてろ!」
ビームライフルを封じるために、右手首を狙って斬撃。しかしあっさりと回避される。
「こいつ……強い!?」
必殺のビームザンバーではなく、ビームサーベルを使ったのは少しでも命中精度を上げるためである。
なのにかわされた。
エース級のパイロットが乗っているのだろうか。ニュータイプの直感ではない。人間としての直感だ。
思わず冷や汗が流れる。操縦レバーを握り直す。それは僅かな、そして致命的な隙だった。
「うわああああ!?」
翼のガンダム、フリーダムはフリントの頭部に蹴りを放つと、結婚式会場目掛けて加速した。
嫌な汗が頬をつたう。
両親の、そして妹の仇。フリーダムはそういうMSだ。
憎むべき対象であり、今は倒すべき乱入者。
憎悪をぶつけてよかった、怒りのままに倒してよかった。
だが。
シンはそのどちらの感情も抱くことができない。フリーダムが抱かせてくれない。
「くそおっ!」
シンが吠えると同時にソードインパルスが大刀・エクスカリバーを振りかぶる。
「ぐあああっ!」
あっさりとかわされ、ソードインパルスの両腕が斬り落とされた。
「俺は……俺は!」
ブースターを全開にし、再び急浮上。
そして、それだけだった。
悪あがきとばかりにバルカンをばらまきながら地面に不時着するインパルスは、フリーダムの背中を見送るしかできなかった。
フリーダム乱入。
アスランはそれを薄々予想していたのかもしれない。
でも、わからなかった。なぜこんなことをしたのか、なぜこんなことになったのか。
「なぜだ!なぜこんなことをした!キラ!」
赤いムラサメを駆り、アスランが必死でフリーダムを追う。
高い機動力を誇るムラサメとて、フリーダムには追いつけない。徐々に差は広がっていく。
せめてものあがきのビームが、ミサイルが、虚しく空へと消える。
「キラあああああああ!」
遠吠えの如きアスランの声がオーブの空にこだました。
アスランの視界には、遠ざかるフリーダムが映っていた。
カガリを奪ったかつての愛機、イージスを追うキラの姿が映っていた。