クロスSEED第09話

Last-modified: 2007-11-09 (金) 23:21:41

第九話「二つの剣」
「カガリを攫った、トールっていうパイロットに会った」
 アークエンジェルに戻るなり、キラはブリッジに居る全ての人間に言った。
 その顔には確かな動揺の色が浮かんでおり、額からは汗が滲み出ている。
 マリューが、ノイマンが、バルトフェルドが、そこに居る全ての人間がうつむく。
 ただ一人、ラクスだけがキラの目を見て微笑んでいる。
「彼は何者?なぜ僕のことを知っているの?」
 母親に対して問うように、ラクスに問いかける。
 ラクスは答えず、微笑みを浮かべたままでキラを抱きしめる。
「あなたは前大戦の英雄ですから。知っている人間が居てもおかしくありませんわ」
「そうか……そうだよね……」
 抱きしめられ、キラが安堵の表情を浮かべた。
「今は休みなさい。戦いを止める術は、わたくしが考えますから」
 ラクスがぱっ、と離れ、キラの目を見つめて言う。
「ありがとうラクス。大丈夫、いつでもフリーダムが出撃できるよう、調整を手伝ってくるよ」
 笑顔で言って、キラはブリッジから去った。
「いいんですか?トール君のこと」
「キラに知らせるわけにはいきませんわ。知れば彼はきっと壊れてしまいます」
 心配するマリューに、ラクスはそう答えた。その目は、どこか寂しげだった。

「やれやれ。大変だね、オーブの軍人も」
 近づく高速艦と、護衛の赤いMAを見ながらネオが呟く。
 MAは可変型MSなのだろうか。ビームライフルを機首の横に装備している。
 もちろん赤いMAは奇襲をかけてくる様子もなく、高速艦に至っては非武装である。
 もちろん奇襲とはいえ、こんな状況下で仕掛けてくる馬鹿もいるまい。おそらく、同盟の意思を告げる使者であろう。
 高速艦がJPジョーンズに隣接して止まる。一瞬間を置いてネットワーク通信が入る。
「ご苦労様です。我々はオーブの代表としてあなたがたに歓迎の意を……」
「前置きはいいから入港許可を出してくれ。兵は疲れてるからな」
 仮面をつけ直しながらネオが答えた。
 一瞬、画面にザフトの軍服を着た男が映った気がした。
「え……?これは……ウイルス侵入!システムがダウンしていきます!」
 オペレーターが叫んだその瞬間、艦首で爆発が起きた。

 眼下には必死で逃走する高速艦が見える。
 連合艦隊は呆然としているようで、全く反応を示さない。
 逃げろ、逃げろ!
 余所者の自分を信じてくれたオーブ軍人、裏切り者の自分を信じてくれたザフト軍人。高速艦が射程外へと逃げる。
 あと少し、あと少しで彼らの命は助かる。
 ムラサメのビームライフルが敵艦を沈める。一隻、また一隻。
 射程外まであと1キロ、あと500メートル。
 アスランが胸をなでおろしかけたその刹那。
 どん、と音がした。
「ぐっ……くそっ!」
 遅れて、黒い煙が上がる。魚雷が高速艦に当たって爆発した音だった。
「くそっ!沈めえっ!」
 アスランが叫ぶと同時に、赤いムラサメからミサイルが発射される。避ける間もなく、魚雷発射口を開いた駆逐艦が沈んでゆく。
 それが合図だった。
「……っ!来たか!」
 後方に展開した空母から艦載機が発進するのが見える。
 数十秒置いて、ムラサメのモニタを、飛来する連合MS・ウィンダムの群が埋め尽くしていた。

『全機発進!海上で敵部隊を掃討してください!』
 フリントのコックピットにオペレーター、メイリンの指示が飛んだ。
 全力で飛び上がったフリントが風を裂き、空を舞う。
「ベラ艦長やベルナデットと一緒に帰るまでは死んでたまるか!行っけええええ!」
 トビアが叫ぶ。ザンバスターから放たれた数条の光がウィンダムたちを貫いてゆく。
 ブランドマーカーを除けば強力な防御力を持つわけではないフリントだが、その機動力は生半可なMSを圧倒する。
 現に、機動力に優れたはずのウィンダムの群は、フリントの動きに置き去りにされていた。
「別の世界でも、こんなくだらない戦争をするなんて!」
 ビームサーベルが一閃する。通り過ぎざまに切り捨てたウィンダムが大爆発を起こす。
 フリントが次の獲物へとザンバスターを向け、
「しまった!?」
 叫んだのはトビア。ただでさえ突出しすぎていたのに、さらに敵陣深く切り込みすぎていたらしい。
 周囲を無数のダガーLが、ウィンダムが取り囲んでいる。
 そして。
『トビア!』
 ベラの声と同時に、フリントに銃口を向けていたダガーLが爆散した。

「やるしかないのね……」
 沈んだ表情で、ベラが呟く。
 できれば殺したくはない。命を失うことを願って生きているものなどいないからだ。
 けれど、現実は甘くない。
 元の世界でそう願っていた頃。回収したパイロットの何人かは大人しく降伏した。
 たが、救おうとしたMSが、眼前で自爆するのを見た。舌を噛みきったパイロットがコックピットにいるのを何度となく見た。
 MSという、相手を殺すための機械を相手にした時点で、不殺なんて血迷いごとでしかない。
 まして異世界。なんの権限もない彼女に救うべき手段などない。
 ならば方法は二つ。大人しく降るか、圧倒することで犠牲を抑えるか。
 無論、デュランダルやユウナ、アスランの言葉を信じるなら、大人しく降ったところで連合軍が戦争をやめるわけがない。
 嬉々としてプラントに攻撃を仕掛けるだろう。
「キンケ……いえ、シーブック。力を貸して。私がすべてに絶望しないために」
 呟くと同時に出力全開、背部のスラスターが発光する。
「今はやるべきことをやります。トビア!」
 フリントを囲むダガーLにビームライフルが直撃する。
 慌てて連合のMSたちが振り向く。
 冷静に、次のウィンダムをロックオン。腰から突き出した大砲、V.S.B.Rが火を吹き、ウィンダムを、構えた盾ごと貫く。
 ビームライフルが、ミサイルが放たれるが当たらない。
 逆に、ミサイルを放ったウィンダムがF91のマシンキャノンを受けて、海に墜ちてゆく。
 フリントを囲んでいた連合MSたちの撃墜を確認すると、ベラはトビアとともに、追い付いてきたムラサメ部隊の元へと飛んだ。

「すげえ……」
 F91が、腰の"ビームキャノン"を受け、ダガーLやウィンダムが墜ちてゆく。
 ムラサメの群れから飛び出したフリントが、ビームサーベルでダガーLを叩き斬る。
 シンにとって、それは衝撃的な光景であった。
 インパルスやザクよりも一回り小さいMSが、その二機を遙かに上回るパワーとスピードで連合軍を翻弄しているのだ。
「……そ、それより!とにかく今は目の前の敵を討たないと!行けえええ!」
 気を取り直したシンのソードインパルスが"エクスカリバー"を振るう。
 不意を突かれたダガーLが両断された。
 続けてその大振りな剣が宙を舞い、破壊をまき散らす。
 その時だった。
「……ちっ!」
 海中から放たれたビームライフルをシールドで受け、シンは舌打ちした。

 オーブ・ザフト連合軍は地球連合軍を圧倒していた。
 それでも物量に勝る地球連合軍の優位は揺るがないだろう。
 少しでも戦力を削ぐため、ムラサメが疾る。ミサイルが飛び、ビームが空を斬る。
 それは、アスランが十三機目のダガーLを墜とした時だった。
「なにっ!?」
 乱射されたビームに、赤いムラサメが動きを止めた。ツインアイが海へと向けられる。
「まさか……」
 アスランの背筋を冷たいものが流れる。
 そしてそれは浮上した。
「なにをしに来た……キラ!」
 答えず、アスランのムラサメに対峙するように、フリーダムは翼を広げた。

 それは広い、開放感のある部屋の中で。
「議長、ロールアウト完了しました。いつでも行けます」
 オレンジ色の髪の、いかにも軽そうな男がひざまずく。
 声をかけられたギルバート・デュランダルが振り向く。
「ありがとう、"剣"が遂に完成したか」

「あまり、ごてごてした機体は好きじゃないんだけどね」
「ふ……だが、性能は確かだ」
 嫌みのように呟くトールに、仮面の男は関係ないとばかりに言った。
 二人の眼前には、改修を受けるイージスが、いやイージスだったものが立っていた。
「いい物だろう?これが君に与えるイージス改……いや、"剣"だ」
 それは同時であったが、意図的なものではなかっただろう。

 プラントに居るデュランダルが、
「名は……そうだったな」

 デブリに潜む鉄仮面が、
「イージス……盾はこの機体に似つかわしくないな。敢えて名付けるとすれば」

『セイバーだ』

宇宙は静かだった。戦火の飛び交う地球と対象的に。