クロスSEED第10話

Last-modified: 2007-11-09 (金) 23:21:50

ガンダム。
 一年戦争でアムロ・レイが駆り、驚異的な戦果を挙げたその機体の名は、彼女たちの世界で重大な意味を持つ。
 グリプス戦役で、二度のネオジオン紛争で、その名を持つMSは圧倒的な力に対する反逆の象徴として君臨した。
 彼女の乗るF91も、ガンダムの名を冠するMSである。
 そして眼前に悠然と佇む、翼のMSもそのガンダムタイプに見えた。
 その威厳は、王者のガンダムと呼ぶに相応しい。

「これは……あの時の……」

 結婚式に突如として乱入したMS。ベラの記憶中枢がおかしくなっていなければ、それは眼前のガンダムとイコールで結ばれる。

「……うっ!?」

 瞬間、翼のガンダムの雰囲気が変わった。甲冑を纏う狂戦士は、こんな雰囲気を醸し出しているのだろうか。
 間髪入れず、両肩のビームキャノンをこちらに向け、撃ってくる。
 とっさに避けなければビームライフルごと右腕を持っていかれただろう。

「こんなところで!」

 ベラの声と同時に、牽制のビームライフル。大きなシールドに弾かれる。
 これはあくまでも牽制。懐に飛び込んだF91がビームサーベルで斬撃を放つ。フリーダムが慌ててかわす。
 カウンター気味に放たれたレールガンを、ビームシールドを展開して防ぐ。
 反動で距離を取り、腰のV.S.B.Rを速射モードで放つ。
 さすがにモーションが大きかったためか、弾速の速いビームもあっさりかわされる。
 火力、防御力はF91が圧倒的に上。さらに"全力の"F91の機動力ならば、フリーダムすら圧倒するであろう。
 だが、F91は全力を出してくれない。己の認めたパイロットが乗っていると判断しない限り、その力を見せてはくれない。
 バイオコンピューター。F91とフリント、格納庫に眠るX3に搭載された、次世代型cpu。
 X3が復活できない理由は、このバイオコンピューターにあった。
 ベラがX3の解析を渋ったのだ。MS戦のプロとは言えない彼女から見ても、この世界のMSのOSは発展途上であった。
 拙い回避能力、高いとは言えないロックオン能力。
 そんな中、元の世界ですら上位スペックであるX3の全容が知れたらどうなるだろうか。
 待っているのは一方的な虐殺。
 デュランダル、ユウナ、アスランという男たちを疑うわけではないが、彼らがその力を殺戮の手段としない保証などない。
 それに、手数が多ければこの異世界で生き残る確率があがる。
(もちろん、そのためには……)
 胸中で呟き、ベラはきっ、と翼のガンダムを睨んだ。
 他のMSとは違う、侮れない機動力を持つMS。

「キンケドゥ……見てて!」

 バイオコンピューターの、本当の力は借りられないかもしらない。
 けれど、今は目の前のMSを討たねば生きて帰ることなどできないだろう。
 ビームシールドを全力にして展開。ブースターを吹かすと、F91は一気に青い翼のガンダムへと突っ込んで行った。

 キラは戸惑っていた。
 かつてのように、戦いを止めるために乱入した戦場。
 そしていつものように、フリーダムの手で戦う手段を削がれてゆくMSたち。
 そこに、規格外のMSが混じっていたのだ。
 規格外とは言っても、彼のフリーダムと同じように圧倒的な機動力と、凶悪な火力が特徴の機体ではない。
 それにプラスして、ビームでできたシールド、強力なだけでなく、弾速の変わるビーム砲。
 フリーダムと比べてすらオーバースペックのMS。
 オーブでこんな機体が開発されてるだなんて、カガリから聞いた覚えはない。

「やっぱり新しい議長は危険だ……」

 ラクスの言葉で、キラは確信していた。
 "犯人"はザフト。ラクスを狙ったのもザフト製MSであり、眼前のMSもまたザフト製MS。
 邪魔者のラクスを消そうと企み、自らは過剰とも言える兵器を作り出す。
 ラクスの言った通り、デュランダルという男は危険だ。
 ビームシールドの機体から距離をとり、ライフルを構え。
 そこで入った通信に、フリーダムは動きを止めた。
 そして海が動いた。

「なんだよ……これは……」

 海がせり上がってくる。いや、海の中からなにかが浮上してくる。
 二本の"足"が見え、徐々にその巨体を晒してゆく。

「ホワイトベース……?」

 一年戦争下、"ニュータイプ部隊"の母艦となった、白い戦艦。
 いつか読んだ月刊MSに掲載されていた戦艦の勇姿が、眼前の艦と重なる。

『すぐに戦闘を中止し、武装を解除してください!』

 間髪入れず、機関砲による牽制射撃。そして声が響く。若い女の声だ。若い女が、あまりに場違いなことを言っている。

『なんなんだあんたは!』

 動いたのは、シン。フォースシルエットを装備したインパルスが、戦艦に向けて突撃する。
 艦橋に向けて、ビームライフルを構え。その時だった。

「シンさん!危ない!」
『え……?うわああああ!?』

 トビアの警告から一瞬遅れ、シンの絶叫。
 おそらくF91を振り切ったのだろう。
 モニターには、両腕を失ったインパルスと、ビームサーベルを持って威嚇する翼のガンダムが映っていた。
 不殺。それは彼女にとって、ある意味で夢だった。
 死人を出さず、戦争を終わらせる。
 だとすれば、戦艦から聞こえる言葉は彼女の本音でもある。
 それでも、違和感があった。
 翼のガンダムはこの戦艦から出撃したのだろう。
 戦闘を止めに入った者が、自己防衛のための戦力を持つことは否定しない。
 戦場で、非武装の人間は撃たれないなどというのは幻想に過ぎないのだから。
 しかし、しかし。
 戦艦から放たれた機関砲がMSを捉える。翼のガンダムの放ったビームライフルがMSたちの四肢を奪ってゆく。
 敵味方問わず撃墜されてゆくこの光景は、滑稽な喜劇にしか見えない。
 これは一体なんなのか。
 自ら拳を振り上げて、戦闘を停止しろなどと言うのは、寝言にすらなっていない。
 レーダーに、ちらりとなにかの反応が見えた。だが、今はそれを気にする余裕はない。

「こんなのは……間違っています!」

 彼女が全周波通信で叫んだとしても、それは責められない。
 声に、翼のガンダムが動きを止め、浮上しきった白い戦艦も停止する。
 ただ一つ、上空から迫る黒い影を除いて、全ての機体がその動きを止めた。
 白い戦艦の"左足"を、高出力のビームが貫いたのは、次の瞬間だった。