クロスSEED第14話

Last-modified: 2007-11-09 (金) 23:22:24

連合艦の集中砲火は、クルーのほとんどが経験したことがないほどに苛烈だった。

「シンはまだ戻らないのか!」
「だめです!連絡とれません!」

 ブリッジで苛立ちながら、アスランがメイリンに叫ぶ。
 シンさえ戻れば、すぐにでもここを離脱できるのだ。
 無論、これはシンのせいではない。外出許可を出した自分に責任がある。
 それはわかっているのだが、苛立ちだけが先立つ。

「……プラントへ入電。ドックの管理者に謝罪をお願いします」
「……え?」

 艦長席に座ったベラの指示に、アスランが振り返る。
 マザーバンガードの特殊な形状のおかげで、MS発進口は完全に埋まっている。
 ドックを破壊して発進ルートを作れということか?だがそれは、あまりに時間を食いすぎる。

「入電後、ビームシールド展開。シンを迎えるルートだけは確保してください」
「……!りょ、了解!デュランダル議長へ入電後、ビームシールド展開!」
「はい!アプリリウスに入電!入電確認後、ビームシールド展開お願いします!」

 ビームシールドを展開して、前方からの攻撃を全て防ぐ。
 最悪、MSがこちらに向かってきたら、ビームシールドで確保された発進ルートを使えばいい。

「それにしても……」

 肝の座った女性だ。そう思い、アスランはベラを見る。
 F91のビームシールドでさえあの性能なのだ。艦サイズのともなれば、艦の主砲とて無力だろう。
 だが、あくまでそれは理論的な話だ。
 砲が直撃ルートで向かってくる中、動かずにいるのは、心理的にはあまりにも恐い。
 まして、背後からは一機の巨大MSが迫っている状況なのだ。
 しかし、目の前の女性は、動じることなく戦闘指示を出し続けている。
 なら、自分はなにをすればいい?自分はなにが出来る?

「……各パイロットに伝達!コンディションイエローのまま待機!そして俺も出撃する!セイバーの準備をさせろ!」

 ベラが驚いたように振り向く。
 アスランに、今できること。
 それは艦の守りを万全にすること。
 アスランは、にこり、と笑ってベラに敬礼をした。
 黒い山が動いている。
 最初、シンはそう思った。そして、すぐにその認識を改めた。
 それは、巨大なMS。黒いMSが、破壊と混沌をまき散らしながら進んでゆく。
 その先にあるのは……

「マザーバンガードか!」

 所属ははっきりとはわからないが、わざわざ攻撃しながら進むということは、少なくともザフトのMSではない。

「急がないと……ステラ!」
「……え?」
「行くぞ!」

 呆けているような、或いは驚いているような表情を見せるステラの手を掴む。
 マザーバンガードまでこの少女を連れて行くのは気がひけるが、ここに置いて行く気にはなれなかった。
 難しいことは後で考える!
 そう思いながら、シンはステラの手を握って走り出した。

「……おいおい、あんなの聞いてないぞ」

 待機する紫のウィンダムに転送されてきた映像は、あまりに非現実的なものだった。
 なんの理由があるかは不明だが、動かずに艦砲射撃の雨にその身を晒す戦艦。
 それはいい。戦場に出れば、珍しい光景ではない。
 だが、艦前方を覆うビームのバリアは一体なんなのか。
 出鱈目なそのビームの壁は、敵艦に対する全ての砲撃を、完全に遮断していた。

「……撃ち方やめ」

 スピーカーに向け、ネオが指令を飛ばす。
 これ以上の砲撃は、弾の無駄遣いに他ならない。

「さて……どうする?ネオ・ロアノーク」

 己に問い、思案を巡らせる。
 再度の砲撃は愚の骨頂。ビームの"壁"がいつまで保つかは不明だが、その前にあの艦が動き出さないとも限らない。
 デストロイとの挟撃の形にしてから本格的に動き出すのも難しい。
 確かにデストロイの主砲なら、あの"壁"を打ち破れるかもしれない。
 が、用心のためにデストロイを遠目に回り込ませたのが災いしたようだ。
 挟撃の形にするには、あと十数分はかかる。
 ならば、採りうる手段はただ一つ。

「全軍に伝達。MS隊発進だ」

 ステラの手を引き、シンが走る。
 遠く後方に見えるのは、黒い、巨大なMS。

「……っ!ゲイツか!やめろ……そいつは……!」

 ザフトから横流しされた機体だろうか。東アジア共和国軍の基地から、ビームライフルを携えたゲイツが何機か飛び出してくる。
 一体、何度見た光景だろうか。
 黒いMSへと放たれたビームが弾かれ、無造作な反撃がゲイツを貫く。
 力の差は歴然としていた。ただ、戦力が浪費されているだけだった。

「スティ……ング……?」
「ステラ!こっちだ!」

 呆然となにかを呟いたステラを、シンが引っ張る。
 艦砲射撃に耐えるマザーバンガードの姿が見えてきた。

『とにかく、各パイロットはマザーバンガードを守ることに集中してください』
『了解!これ以上好き勝手やらせるもんですか!』

 ベラに答えたルナマリアの声とともに、両腕をザクウォーリアのものに換装されたアビスが一歩前へ。

『ルナマリア、暴れすぎてシンまで巻き込むなよ』
『レイこそね。まずは生き延びることが先決よ!ルナマリア・ホーク、アビスウォーリア出るわよ!』
『レイ・ザ・バレル、ブレイズザクファントム行くぞ!』

 アビスウォーリアが、白いザクが、ビームシールドによって作られた発進ルートから飛び出してゆく。

「今は生き延びるだけ、か」
『そうだ。生きることが戦いだからな』
「……ザラ副艦長?」

 フリントのコックピットで呟いたトビアに、突然かかる声。
 ふと横を見れば、そこには赤いMS――確かセイバーと言ったか――が立っている。

『カガ……ある人が言ってくれた言葉だよ。俺も出る。シンが帰るまではこの艦を守らなければいけない。
そして、カガリを見つけるまでも、な』

 形式上とはいえ、オーブを解雇になった前大戦の英雄。
 彼は、愛しい人を見つけるにはあまりに追い詰められている。
 それでも、その瞳だけはまっすぐだった。
 進むべき道を得た者は強い。そういうことだろうか。

『アスラン・ザラ、セイバー、発進する!』
「トビア・アロナクス、F98フリント、出ます!」

 二人の声が、ホンコンの空に響いた。

「見えた!」

 今まさに、四機のMSが飛び立ったばかりのようだ。
 だが、後方がゆっくりと迫る黒いMSに警戒した様子はない。
 あるいは、前方からの攻撃に、警戒する余裕もないのか。
 だが、早く対処するべきはあのMS。それを早く伝えねば、待っているのはマザーバンガードの撃沈だろう。

「ステラ!」
「え……シン……?」

 疲労の色を隠せなくなってきたステラと一緒に走るよりも、こちらが早いと判断したのだろうか。
 強引にステラを背負うと、再び走り出す。
 間に合え、間に合え!
 あと少しでマザーバンガードに着く。
 まだ馴染みのない艦とはいえ、自分の所属する艦が沈められて気分がいいわけがない。
 今はあのMSの危険性を知らせるのが急務。
 ふと、黒いMSが自分たちに指を向けた。シンたちは、それに気付いていなかった。
 地獄絵図とはまさにこのことだった。
 肉塊に変わった親を前に泣き叫ぶ子供、巨大MSの生んだ炎に焼かれる者。
 川は炎から逃れた者たちの溺死死体で埋まり、街は生存者を許さぬ不気味な沈黙に染まっている。
 コックピットに転送されてくる映像は、"地獄"という言葉以外の何も思い起こさせない。

『"敵"の火力を甘く見ちゃだめよ。気をつけて』

 沈痛の表情で映像を見る少年に、声がかかる。
 気をつける?なにを?こんなことは止めなきゃいけない。気をつけるより先に、こんな戦いを続けさせてはいけない。
 連合にも、ザフトにも、だ。
 だから、王者は行く。不毛な戦いを止めるために。

「キラ・ヤマト、フリーダム、行きます!」

 翼を広げ、自由の名を持つ王者は飛び立った。