シロ ◆lxPQLMa/5c 氏_毒持つ蝶よ 棘持つ華よ_後編

Last-modified: 2009-07-07 (火) 20:19:52

 屈強な男たちが自ら作り出した血だまりの中に伏している。
穏やかであったこの場に、数時間前まではまるで予想できなかった光景がさらされている。

 

「ラ・・クスさ・・ま・・・お逃げ、ください・・・」

 

 終始掌の上で踊らされた。
たったひとりの男に・・・小さな拳銃に負けたのだ。
用意してあった装備を生かす機会などまるで与えらなかった。
それでもせめて倒れ伏したままでもなお忠義を尽くそうと声を絞り出・・・

 

   ガスッ...

 

「まだ生きているのがいたか・・・大したもんだな。
 まあ、あんたらの敬愛するラクス様なら大丈夫だ。ここでは殺さないってさっき言ったろ?
 あんたらはただの犬死だよ。」
グリグリと頭を踏みつけていた足がはなれ男性の上に持ち上げられた。
「生き残ったついでにちょっと付き合ってくれよ。」
そういった青年はあげていた足を猛烈な勢いを持って踏み下ろし、男の四肢を砕いた。
「ゲゥ・・アアア・・」
四度、生理的嫌悪感を催す大きな音をたて男の手足は用をなさなくなった。
そして屈んだ青年は男の髪の毛を掴み自分の顔の前まで片腕で持ち上げた。
青年と死にかけの男の視線が交差する。

 

 「ウッ!?!」

 

思わず息をのんだ。男は知らなかった。こんな瞳は知らなかった。
濁った血の色、その奥にあったのは熱すぎて熱すぎて必ず自身も焼き払うだろうタガの外れた意志。
きっと彼は自覚してなお止まらないだろう。
この瞳を前に勝てる道理などどこにも見当たらなかった。
なぜ自分たちは・・・

 

「大丈夫だ・・・もうあんたに手足は必要ないから。」
「あ? あ・・・?」

 

 青年は手首だけで髪の毛を乱暴にひねりあげる事で、開いた口に新たに拾った銃を突っ込んだ。
信頼していた同僚の愛用の銃、今から自分はそれを冒涜した犯罪者にあっさりと殺される。
明晰な頭脳による理解は彼に何一つとして安らぎをもたらさなかった。

 

 ・・・ガチ・・・ガチガチ・・・

 

歯と銃身がかち合って音を立てる。

 

 ポタリ・・・

 

銃身に涙が一粒落ちた。
その涙が悔しさか? 恐怖か? 知るすべはない。
ただ一つの事実は青年の表情はまるで動かないということだけ。

 

  クイッ
トリガーがゆっくりと引かれた。

 

 音が聞こえる・・・
 ファイアリングピンが弾丸を叩く音までが知覚できる・・・できてしまった。
 体の機能がすべて奪われた今、知覚だけが加速して恐怖をあおる。

 

 たった今弾頭が分離した。薬莢が吐き出される。
 弾頭を回転させる事で命中精度を向上させるためにバレル内に備えられたライフリング(溝)、
 そのライフリングによる旋条痕が刻まれる音までがこの耳には聞こえてくる。

 

 音が…音が…

 

   タァァァァン・・・
             グチャァ・・・

 

 乾いた音と水っぽい音が同時に弾け、抉られた肉片がボタボタと地に落ちた。
 マズルフラッシュが舌を焼き焦がし、銃弾が口内の柔らかな肉を喰い荒した。
 ただ一直線に駆けた銃弾、そのあり方は彼のあり方にも似て・・・

 

 青年が軽く手を開けば、支えられていた物体は重力に逆らう事無く落下した。
 銃も、人であったものも。
「フン、マガジンの交換も必要ない相手だったな。」

 

                       ***

 
 

 ゆっくりと歩くシンの視線の先にいる彼女。
ラクスの顔には男から飛び散った温かな血がべったりと付着していた。
 「そっちの方が似合ってるぜ。」
狙ってやったのだろう男は酷薄に嗤う。

 

 惨劇・・・此度の惨劇は夜へと移り変わる瞬きの時間に起きた。知っているだろうか?
 この時間こそは魔が潜む時間だという、人が魔に会う時間だという。
 然るに古来より人はこう呼びならわす。

 

 すなわち “逢魔ヶ時” と

 

 実に正しい呼び名だろう。まさに今ここに極上の魔がいるのだから。
 移ろう時代よりまた一つ這い出できたもの。それが彼なのだろう。

 

 ならばきっと今こそが “逢魔ヶ時代”

 

                       ***

 
 

<大胆不敵は歌姫か>   一人で出歩くと見せかけ、自らを餌におびき出すその度量。

 

<大胆不敵は魔たる獣よ> 罠と知りつつ飛び込むは、喰い破る自信が成せる業。

 

   カラン・・・
 ラクスのショールを止めていたブローチが砕け、地面に落ちる。
 ひらりと風に舞うシルクのショール。
 彼女の美しい肌には傷ひとつついていない・・・否、与えていない。

 

 自身の安全は確保されていた・・・はずだった。
それが、今はどうだ? 何の冗談? 子供だってもう少し現実的に考える。
だが現実、世界の中心たる歌姫の守りのすべては剥がされた。
丸裸にされ、紅い瞳に射抜かれている。
今はただ一人の女とただ一人の男。

 

 無力な女 獣のような男

 

血と硝煙、そして人を焼く紅く紅い炎が彼の存在を引き立て主張している。
それは美女と野獣の邂逅 ひとつの形

 
 

  カツカツカツ・・・
 甲高い靴音と共に青年は女性に歩み寄る。その手には何も持っていない・・・
いないが先程の戦闘行為を逐一見せつけられた女性には何の安心材料にもなりはしない。

 

 目の前まで歩み寄った青年は無造作にクイと顎を持ち上げ覗き込むように言い放つ。
「あんたは計算高い・・・怖いくらいな・・。残念だったな、今日は単純な計算ミスだ。」
そう言って女性の頬を濡らす血を指ですくいその唇に塗りつけた。
何より紅いルージュの口紅・・・その姿はこの硝煙にまみれたこの場においてさえ彼女を神秘的に見せた。
「死化粧にはもってこいだろ。」
青年は戦った事で多少気分も晴れたのか満足気につぶやくとくるりと身を翻した。
「じゃあな戦乱の歌姫殿。これからはもう少しましなのを飼っとくんだな。」
去りゆく背中、興味も失せたかのように青年の歩みに滞りはなかった。
もうその背中を追う者はいない、術もない。
今度こそその歩みは止まることはなかった。

 

                       ***

 
 
 

 夕日はもうすでにその姿を消した。
警護の者を焼いていた炎もすでに消え去り辺りは薄闇に沈んでいた 
男が去ってそれなりの時が過ぎた。それでも女性は静かに立ち尽くす。
あくまで表面上は・・・

 

             ・・・見逃された・・・

 

 守りのすべて剥がされ、丸裸にされなお見逃された。
このラクスクラインが・・・たかが一人の男に・・・僕たるコーディネーターに・・・

 

 年若くも今や世界の中心にいるといってもいい女性。
彼女が行動を起こす時、自らの安全は常に保障されていた。
当然のことだ。わが身を顧みない勇気ある行動? 
馬鹿な、まず先に勝算あっての行動、
そしてそこに安全の確保は鉄則。
できないもの、読み違えたものから消えていく。
彼女の計算が違ったことなどない。結果としてあるのが今の立場。
称賛は常の事。称賛を浴びるのではない、浴びて下さいと請われるのだ。
誰もが彼女を必要とした。

 

 認めない者たちはことごとく消えていった。

 

        仕方のない事です・・・世界のためなのですから。

 

 彼女の自慢のナイト達が彼女が望む以上に事を成してくれた。
時に虐殺とも呼べるような行動にさえ手を汚してくれた。

 

 でも・・・彼は生き延びた。
粛清の地獄さえ潜り抜けて、それどころかその地獄の炎さえ纏って・・・

 

 (彼は私を認めていない。これからもきっと認めてくれることなどないのだろう。)

 

 女性は両の腕でそのか細い体をかき抱く。
 耳元によみがえるのは彼の一言 

 

“残念だったな、今日は単純な計算ミスだ。”

 

 「残、念・・・?」

 

うわごとの様に彼の言葉を繰り返す。
その様は普段の毅然とした彼女からはまるで程遠いものだった。
そんな彼女の胸に去来したものはなんだったのだろう? 

 

 恐怖? 
      怒り? 
           それとも焦燥?

 
 

                 ――シン・アスカ――
             今まで出会ってきたどんな人間とも違う人間

 

 自分の思い通りにいならない人間に出会って
        ラクス・クラインは・・・微笑んでいた・・・穢れなく無垢に、惑う程妖艶に

 

 何ら問題なかったはずの布陣。その計算のことごとくを乱したイレギュラーを前にして、
 自分の中にも“イレギュラー”が生まれた。 
 それは恋とも愛とも違った突然の高鳴り。
 情熱的な視線を思い返すだけで意思とは無関係に口元はほころぶ。

 

 「予想とまるで違うというのも楽しいものなのですね。」

 

<あなたは私を認めない・・・でも気付いていますか? あなたと私の関係性>

 

射抜く瞳 痛みを伴う程に激しい激しい感情を内包した あの紅蓮の瞳

 

 「アハ…」
小さな戦場の中心でその胸は弾んだ。

 

        <私の存在こそがあなたを・・・その瞳を産んだのですよ>

 

「今日は本当に計算違いなことばかり・・・
  でも10人程度の命でこんな素敵なものに気づけたのなら安いものです。」

 

          紅い世界でなお紅いあなた あなたと私二人きり

 

 「シン・アスカ・・・忘れませんわ。
   あなたが私の存在によって生まれたというなら、
     あなたは私の子供。
       私はあなたの母ですわ。」

 

 そう言ったラクス・クラインの白く細い指が紅い唇をなぞる。
 ホゥ…と脳髄を溶かすほどに甘い甘いその吐息。
 そしてその蕩けた視線は壊れ地に落ちたブローチに注がれた。

 

 「そうですわね・・・今度のブローチは紅い紅いルビーにしましょう。」

 
 

           あの瞬間あなたが私を変えたのです 焼けた鉄の地肌で

 

            母は受け止めましょう 子供の叫び、そのすべてを 

 

             いらっしゃい いらっしゃい 愛しい子供。

 

                  私を焼きにいらっしゃい
                いつでも抱きしめてあげましょう

 

                 次会う時はどんな関係かしら

 

                    ひざまずく?

 

                  彼が? それとも私が?

 

                  どっちが楽しいかしら

 

          ・・・クス・・・・・クスクスクス・・・・・・ああ・・楽しみ・・・・

 
 

                  今宵を飾るは 魔が2匹

 

             闇に沈んだモノクロの世界で2人の瞳だけが色を放つ

 

              その色 禍々しく神々しく狂気に濡れて慈愛に満ちて

 

                   ああ聖なるかな 邪なるかな
                    血にまみれた世界の縮図

 

                       ああ 今宵

 

                     月が照らすは 人 2匹

 
 

                        FIN