スタートレックヴォイジャー in Gundam SEED
第13話「大佐」
「……くくく。大物を釣りたければ、相応しい餌が必要だ」
仮面の男はゆったりと応接椅子に背を預け、ワイングラスを傾けていた。
彼の対面に座るのは漆黒の艶やかな髪を伸ばした男だ。
「君が釣りをするとは知らなかったよ」
不敵に笑う彼の視線の先には精巧なガラス細工で作られたチェスのセットがあった。
ブロンドの仮面の男はニヤリと笑みを浮かべ、コマを一つ進める。
「……釣りは楽しい。燃料を投下してやれば、勝手に炎上する。
炎上したあとに残されるものは、消し炭になった愚か者の末路。
それを眺め、最後に笑うのは……楽しいじゃないか」
黒髪の男は呆気にとられた表情で彼の事を見ていた。
「(おいおい、そっちか)……火遊びは程々にした方が良い。
何より、釣りに撒き餌は御法度だ。本来はその腕で釣ってこそのものだろう」
「フフフ、分かっていないなぁ。私は端から釣果には興味が無いのさ。
釣りは釣れるまでが良いのであって、釣り上がってしまえば終わってしまう。
料理を楽しむほどに女々しくもなければ、食事を楽しむつもりも無い。
獲物がじたばたと釣られ苦しむ姿にこそ、釣りの醍醐味があるのさ」
ブロンドの仮面は背もたれに預けていた身体を起こし、グラスをテーブルに置くと、盤面の自陣営にあるクィーンを手にとり、
それを上に上げて光にかざす様に見ていた。
端から見れば、薄暗い部屋の中、大の男が二人で陰気なものである。
「モビルアーマー、発進急がせ!ミサイル及びアンチビーム爆雷、全門装填!」
「熱源接近!モビルスーツ4!」
地球連合第八艦隊先遣隊旗艦モントゴメリ艦橋では、艦長コープランドがクルー達に矢継ぎ早に指示を出していた。
しかし、敵側の攻撃は猛烈な物で、彼らは勿論、彼らと合流するはずのアークエンジェルにも砲撃が向けられていた。
「……くぅ!」
「一体どういうことだね!何故我々に攻撃を仕掛けてくるのだ!」
ジョージ・アルスター外務次官は突然の戦闘状態突入に焦っていた。
月艦隊にも近いこの宙域では、これまでZAFTは無闇な攻撃をしてくる事も無く、どちらかといえば連合軍の領域と考えていた。
しかも、彼は特命を帯びてここに出向いている。
仮にわざわざここへ自分を誘き寄せたところで、ZAFTには何らの得になる事も無いはずだ。
元々は彼らが提案したことであり、連合が意図するところではないのである。
そのような状況でのこの攻撃だ。
戸惑わない方がおかしいというものだ。
「艦首下げ!ピッチ角30、左回頭仰角20!」
コープマンは彼の話を聞いている余裕は無かった。
そもそも誰がそんなことを予測出来るか。
もし可能であれば、この戦力で十分等とは思わないだろう。
だが、軍とはそうだとしてもやらねばならない時が有る。
時に危険な賭けをしてでも遂行しなければ活路を見出せない事が有る。
そして、この時の軍の至上命題はアークエンジェルを無事に迎え入れる事である。
それ無くしては軍の未来は厳しいのだ。
「うぉぉ!」
敵側の攻撃が右舷方向を擦る。
強い衝撃が艦内全体を揺らした。
コープマンの額から汗が滴る。
「アークエンジェルへ、反転離脱を打電!」
「なんだと……それでは……」
コープマンの命令にアルスターは驚いた。
その意味する事は……
「この状況で、何が出来るって言うんです」
「合流しなくてはここまで来た意味がないではないか!」
「あの艦が落とされるようなことになったら、もっと意味がないでしょう!」
「だが、それとこれはっ……ぐぅぅ」
身を盾にしてでもアークエンジェルを守る。
コープマンの鬼気迫る決意に、アルスターの額からも汗の雫が滴った。
―艦長日誌補足―
アークエンジェルは地球連合との合流の直前というタイミングでZAFTの攻撃に遭った。
地球連合の艦艇は、アークエンジェルと比較すると旧式の艦の様で対応能力に限界がある。
それに対して、ZAFT側は火力も有り足の速いナスカ級が二隻だ。
このままでは撃沈は時間の問題だろう。
私は急ぎブリッジに入った。
「状況は?」
私は艦長席の隣に立ち、彼女に尋ねる。
「ジェインウェイさん、はい、今は艦後方からナスカ級2隻が、我々と先遣隊双方を狙い撃ちする位置取りで攻撃してきています。
我が方は現在MS隊の出撃準備を、友軍からはモビルアーマー隊が展開を始めました」
ラミアス大尉の説明に、私はアークエンジェルと連合艦艇、そしてZAFT艦の主だったもののスペックを思い出し比較した。
状況的には後方からの高速艦2隻による砲撃は痛打であるが、アークエンジェルは彼らの主砲に耐える装甲をしている。
「ラミアスさん、モントゴメリに全軍砲撃停止を打電、私達はアンチビーム爆雷散布の上で、艦を反転させながら先遣艦隊とZAFT艦の間に入って」
「え!?……それでは我々が集中的に攻撃に晒されます!
それに我々にその権限は……本隊の命令に反してます!」
「……良いのよ。責任は私が取ります。
これでも私は予備役付。
そして今は……一時的にせよ復隊扱いよね?
ナスカ級の主砲はモントゴメリは貫けても、アークエンジェルは貫けない。
装甲の耐久性能を逆手にとってこちら側の陣容を立て直す時間を稼ぐのよ。
私達は盾になって徐々に後退しながら先遣艦隊と合流。
MS部隊は相手艦へ特攻よ」
「と、特攻!?」
その時、サイ・アーガイルが叫んだ。
「あ!?!……そんな。
……旗艦、モントゴメリ撃沈」
「!?!」
モントゴメリーは相手の砲撃に耐えられず、我々が対応する前に火を上げて沈んだ。
私はその姿に、異世界の艦隊とはいえ友軍の最後を敬礼で見送った。
それに習う様にブリッジのクルー達が敬礼する。
……遂に彼女の力を使う時が来た様だ。
「……ラミアス大尉、友軍にシャノン・オドンネルの名で打電なさい。
旗艦撃沈に伴い、本艦が指揮をします。私の前でやってくれた代償は……高くつくと思い知らせてあげなくちゃいけないわね」
私の言葉にラミアス大尉は勿論、艦橋のクルー達も驚いて私の方を振り向いた。
彼らの反応に私は微笑んで言葉を訂正した。
「あ、言葉が過ぎたわね。勿論、やるからには勝つということよ。
大佐として命じます。命令を遂行して貰うわよ」
クルー達は私の言葉に半信半疑ながら行動を始める。
ヴェサリウスでは敵艦の新たな動きに困惑していた。
「隊長、足付きが連合の援軍と我が方の間を横切り始めました」
アデスが敵側の大胆な行動に驚く。
「……相手が腹を見せるというなら、こちらは喜んで叩くまでです。
MS隊全軍出撃!私も出ます。
不在時の艦隊指揮はグラディス艦長へ委任します。
しかし、別命あるまでは、両艦はこの位置を維持して射撃に専念してください」
スクリーン越しにグラディスが頷いて通信を切った。
「しかし、足付きの艦長は命知らずですね」
アデスは敵側の判断に驚かされた事は事実だが、実の所はこの若いアスランの冷静な判断にも驚かされていた。
そんな彼が相手に対してどんな感想を持っているのか気になった。
「……戦争をやり慣れているというのは、ああいうのなのかな。
矢面に立って戦うのは、いくら戦争屋と言っても嫌なものじゃないですか。
……甘いのかな。では」
アスランの中では友と戦う葛藤や味方を失った不甲斐無さが鬩ぎあっていた。
分かり合えるはずの友と戦い、守るべき仲間を守れない戦闘に意味は無い。
父が常々言う戦うからには勝たねばならないという言葉は、悲劇を繰り返さない割り切りとしての必要悪かもしれない。
でも、その気で友を失って、仲間を失って、その果てには何が残るのだろう。
そんな思いが過っていた。
「キラ・ヤマト、ストライク、行きます!」
「イチェブ・オドンネル、デュエル、出撃します」
アークエンジェルからエール・ストライクとデュエルが発進した。
ストライクはエールを装備し、デュエルはストライクのシュベルトゲベールを持って出る。
「俺のメビウスは何とかならねーのか!」
「無茶言わないでくださいよ。
大尉のゼロのガンバレルなんて特注品の部類ですよ!
この艦は元々Gの為に作られたんです。
本体は直せてもガンバレルの修復は無理ですよ。
先遣艦隊ならメビウス積んでますから、部品から改造して何とかってこともあるでしょうけど」
フラガ大尉のメビウスは、ガンバレルの部品が無いために修理が出来ずにいた。
出られずに苦って居たとき、彼はふとあるものに目が向いていた。
それは、ハンガーの一部区画に白い布で覆われた区画が作られていたのだ。
彼は気になってその幕の向こう側を見に行ってみる事にした。
「イザーク・ジュール、ゲイツアサルト、イクゾー!」
「ニコル・アマルフィ、ゲイツステルス、出ます!」
キグナスから飛び出して行ったのは新型試作機ゲイツの二機だ。
ゲイツアサルトはデュエルを参考に武装を改造した高機動戦闘対応機であり、ステルス型はミラージュコロイドを搭載した機体だ。
しかし、アスランはあえてこの戦闘でミラージュコロイドの使用は採用しなかった。
敵に無闇に新装備を見せるのは得策ではない。
特にミラージュコロイドはその存在を知られる事自体がリスクになる。
敵が開発した技術とはいえ、「新型」が装備しているはずは無いと思わせておくだけでも十分な利益なのだ。
この二機に遅れてキグナスからシグーASとジンASが出撃した。
ジンの部隊を指揮するのはオロールだ。
彼らは迂回して連合の先遣隊を目指す。
そして、最後にヴェサリウスより出撃したのがバスターとイージスだ。
「アスラン、俺達は後方支援型だが、このままここらで高見の見物か?」
「……そうだな。それも良い。
相手は2機だが指揮官は頭が良い様だ。
俺達はこの戦場を見ている必要がある」
ディアッカは思わず口笛を吹いた。
アズランと呼ばれていたあのアスランが、最近は増毛した様だ。
いや、そんなことはどうでも良い。
元々頭が良い奴であった事は間違いないが、ここに来て彼は化け始めてきた様に感じていた。
「このぉ!」
ニコルのビームライフルが執拗にキラを攻撃する。
最初は被弾していたキラだが、徐々にニコルの攻撃を読み始めると回避を始めていた。
「(このパイロット、この短時間で僕の動きを読んだ!?)
…そんなこと、認めません!」
左手のビームシールドからビームランサーを出して突撃する。
キラはシュベルトゲベールを構えてその攻撃を受け止めた。
彼の脳裏にはつい先刻の出来事が回想されていた。
「……戦闘配備ってどういうこと?先遣隊は?」
フレイはストライクへ向かうキラの足を止め、必死に尋ねてきた。
「……分からない。僕にはまだ何も……」
「大丈夫だよね!?」
正直、何も知らない自分が強く言い切れる事ではない。
でも、彼女の必死さはわかる。
自分自身もヘリオポリスで両親がどうなったか分からないことは不安だ。
彼女の場合は近くに来ていて攻撃に巻き込まれている状況だ。
より不安に感じるだろうし、肉親の安否を気遣うのは無理も無い感情だろう。
「パパの船、やられたりしないわよね?ね!?」
「……大丈夫だよ、フレイ。僕達も行くから」
みんなで生きて帰る。
彼女の笑顔の為にも、キラはここで押されるわけにはいかなかった。
「うぉおおおおおおお!!!!」
キラはゲイツを蹴り上げると、ブーストを掛けてシュベルトゲベールでシールドを突き上げる。
ゲイツのシールドは重い突撃に耐えられず、ひしゃげて中のビームジェネレータが破壊され爆発。
その爆発で左手首が吹き飛んだ。
ニコルは努めて冷静に構えながら後退。
キラは後退しようとする相手へ更に攻撃を仕掛けようとするが、
そこに一筋の光が走る。
「!?」
バスターから発されたアグニの精密な牽制射撃に引かざるを得なかった。
その頃、イチェブはイザークと対峙する。
イザークのゲイツはビームサーベルを構えて接近戦を仕掛けるが、彼の攻撃をデュエルはひたすら回避していた。
必死に攻撃を仕掛けるイザークだが、何度打ち込んでもまるで先読みされている様に、ひらりひらりと受けて流して行くデュエルに苛立ちを隠せない。
「おにょぉれぇええ!!ちょこまかとぉぉ!正々堂々と打ってきやがれ!!」
「……そうか」
イチェブはそう呟くと、イザークのビームサーベルを正面から受け止めていた。
ビームの衝突が強烈な閃光を発して互いを引き離す。
「ぐぁっ!……な!?」
イザークは焦った。
前方に居たはずの相手が見当たらない。
周囲を見回すが、警戒警報は鳴っていても姿が見つからないのだ。
「チ!(ミラージュコロイド搭載型なのか!?……熱源反応から探るのみだ。
……いない。というより熱源だらけじゃねーか!)って、うへぁ!?後ろだと!?!」
なんと、イチェブはイザークを通り越してヴェサリウスの方へ迫っていたのだ。
相手は艦の防衛を空にして、あえて敵へ特攻しようというのか。
あまりの戦術に虚を突かれた格好だが、それならばこちらも同様に攻撃するのみとばかり、イザークはイチェブを追うのを止め、代わりに近くにいたストライクを攻撃した。
グリーンを退けたのも束の間、敵の新型ブルーが高速接近してくる。
ビームサーベルが輝きながら光を増して行く。
「……ストライクのパイロット、まだまだ甘いな。
こんな腕でぇ!!!」
「ぐぅっ!!!」
なんとか受け止めるには受け止めたが、強い衝撃がキラの身体を激しく揺さぶる。
第二撃も体制を立て直しながら受け止めたが、防戦一方に回るストライク。
しかし、ストライク後方から砲撃が走る。
「何!足付きが射ってきた!?
……合流を済ませやがったのか!?」
アークエンジェルを中心に後方に布陣した連合艦が一斉にジンへ砲撃を始めた。
それを合図とする様にその後方で潜んでいたメビウス部隊も、砲撃から逸れたジンを一斉に狙い撃ちし始める。
「……潮時か。収穫はあった」
アスランは風向きが変わった事を悟った。
相手側は完全な布陣を完成させ、こちら側は編成されたばかりの部隊の初戦であり、統率も完璧ではない。
無理をすれば何とかなるかもしれないが、何とかなるでは損害が大きくなる事は否めない。
ここで損失を出して結果的に落とし損なっては意味が無いのだ。
「全軍後退!!!」
アスランは全軍へ撤退命令を出した。
その時イチェブが迫る。
デュエルはシュベルトゲベールを構えて突進した。
アスランは彼の攻撃を受け止めると、絶妙のタイミングでディアッカが砲撃。
デュエルは左手を失った。しかし、その攻撃の姿勢は怯まない。
「深追いをしたお前が悪い!」
「……抵抗は無意味だ」
次の瞬間、イージスのシステムが急に言う事を聞かなくなった。
そして、その時を狙ったかの様にコックピット目掛けてデュエルのビームが飛ぶ。
強い衝撃を伴ってイージスは後方へ飛ばされた。
「ぐあああ!?くぅ……これは!やはり。
……プログラム強制削除。
サブ回路オンライン、スペアコアカーネルからシステム構築、コアへドライバインストール、プログラム起動、オールパラメータセットアップ、リブート!
……多少性能は落ちたが、これでもう動かせる!!!」
しかし、デュエルは迫って来なかった。
素早く体制を立て直したイージスを見て、イチェブは冷静に引いた。
いや、セブンの声が彼に引く様に命じたのだ。
「ふぅ、やばかったぜ。
やっぱりトラップが仕込まれていたか。
アスラン大丈夫か?」
ディアッカのバスターも同様の症状に陥っていたのだ。
だが、彼らは予めサブ回路を設けることでこの事態に備えていた。
全く弄る事の出来ないOSはソフト的削除も不可能なため、物理的に記憶領域を排除し、AFTで組んでいたスペアシステム回路に切り替えられる様にしていたのだ。
「ディアッカ……あぁ。帰投する。君は先に入って良い」
「ん?……後方支援は最後まで見守りだろ?」
「……そうだな」
アスランは内心驚いたが、素直に受け取った。
これまでディアッカはイザークと仲が良く、自分とは距離を置いている様に感じていたが、
彼はそうした拘り無く自分を受け入れてくれている。
仲間が居て良かったと素直に思うのだった。
ディアッカはイージスと共に前方から帰還する味方を支援し、最後の一機が帰還したのを見て後退した。
アークエンジェルもまた無駄な追撃は禁じ、全軍を引かせた。
「……これは、なんなんだ!?」
フラガは幕の向こうにある物に思わず息を飲んだ。
それは、まだ骨組み程度の物しか組まれていないが、MSらしき物が組み立てられようとしていたのだ。
―つづく―