スタートレックヴォイジャー in Gundam SEED_第17話

Last-modified: 2012-08-11 (土) 22:30:39
 

 スタートレックヴォイジャー in Gundam SEED
 第17話「秘密」

 
 

「……あれじゃ、まるで人質だよね」
「……うん」

 

 トールの言葉にミリアリアが頷く。
 いや、その思いはこの場に集まる誰もが感じていた。
 あの時のあの通信内容を聞いた者なら、軍のやる事の汚さに幻滅を感じるのは無理も無い。
 食堂で同じ食事をこうして取れることや休みが与えられた事は素直に有り難い事だが、何か納得が行かない良心の呵責を感じていた。

 

「……でも、あの場で大佐が言わなかったら、僕達どうなっていたんだろう」
「……」

 

 カズイの指摘はいつもながら的を射ていた。
 あの時にジェインウェイの通信が発せられなかったとしたら、ブリッジの指揮官達は打開策を見出せたとは思えなかった。
 少なくとも、ジェインウェイはブリッジクルー達より一枚も二枚も上手だったことは間違いない。

 

「そういえば、キラは?」

 

 ミリアリアがトールに尋ねたが、彼は首を横に振った。
 彼女の問いにはサイが答えた。

 

「さっきマードックさんに呼ばれて整備に向かったよ。
 ……キラも複雑だろうな。
 あいつ、口では助かって良かったとか言っていたけど、相当無理している。
 フレイの件以来塞ぎ込みがちだろ?
 いや、それ以前からMSに乗って戦うってこと自体が凄い負担だと思うんだ。
 それでも正義感……って言うのかな、あいつなりに信じてやってきたと思うんだ。
 それが今回はまるで悪者だろ」
「……悪かろうと、生き残らなきゃ意味無いじゃない」

 

 彼らのテーブルの横に、水の入ったコップを手にしたフレイ・アルスターが現れた。
 彼女はトレーニングウェアを着て、その首にはタオルがかかり顔は汗ばんでいた。
 コップの水を一口飲むと続ける。

 

「私は大佐の行動を支持するわ。
 使えるものを使わないで死んだって、誰も褒めはしないわよ」
「だけど、物事には……」
「あらサイ、なら……私達はあの場で正義の味方ぶって、悪役に大人しく殺されろとでもいうの。
 私は真っ平ごめんよ。悪者?上等よ。
 悪かろうが生き恥晒そうが、勝たなきゃ何も言えないもの。……パパの様に」
「……フレイ」

 

 サイはそれ以上言えなかった。
 彼女は言い終えると、カウンターの方へ歩いて行った。

 
 

 ―艦長日誌―
 先の戦いはクルー達に動揺をもたらしていた。
 彼らは若く正義感に燃えている。
 だが、戦争は時に残酷な状況に出くわすものだ。
 我々はヒーローごっこをしているわけではない。
 その場で悪魔と罵られようと、冷徹に決断出来ずに生き残る事は出来ない。
 そして、それを理解しつつも……人とはとても繊細な生き物だ。

 

「……大佐、思惑通りに時間は取れ、我々は順調に月艦隊へ向けて航路を進めています」
「……そう」

 

 バジルール少尉が現在の状況を報告した。
 普段はこの説明はトゥヴォックの仕事だが、彼は他の仕事に徹してもらっているので不在だ。
 保安部は機能し始めたのだが、職業武官と民間保安部の間の調整に時間を要しているのだ。
 だが、理由はそれだけではない。
 この艦で私に次ぐ階級を持つ彼の存在感は大きく、この場で必要以上に威圧的な状況を作りたくなかったのもある。
 私の返事の後、彼らは一様に押し黙っていた。

 

「……皆さん、納得が行かない様ね。まぁ無理も無いわ。
 でも、私達は正義の味方でも何でも無い。軍人よ。
 課せられた使命を遂行する事にのみ、その能力を使わないといけない。
 ただし、私も人道を理解している。
 貴方達が良心の呵責に苛まれるだろう事もまた。
 だとしても、誰かが悪者にならなければならない時もあるのよ。
 誰か一人が悪者になることでクルーが救えるなら、私は躊躇わず悪魔にでもなる。
 ただそれだけのことよ」

 

 彼らには少々辛辣かもしれないが、これまでの経験上、ここで引いては何も良い結果は生まない。
 そこにフラガ大尉が挙手し発言を求めた。
 私はそれを許可した。

 

「自分は大佐の行動は仕方ないと理解しています。
 自分も同じ立場なら、同様の指示を出します」

 

 彼の言葉にバジルール少尉も続く。

 

「私も大佐を支持します。むしろ、大佐に感謝しています。
 本来であれば、……作戦指揮を任された我々がしなければならなかったことを、大佐が代行してくださり、正直、安堵しています」

 

 バジルール少尉は自身でもその策を巡らせていた。
 だが、それを決断する余裕を見出せず後悔していた。
 ラミアス大尉もまた、彼女の言葉に続く。

 

「……私も、助かりました。申し訳有りません」

 

 まるでそれは雪崩を打つ様に、その場の参加者が皆感謝と支持を始めたのだ。
 さすがの私もこの状況には苦笑する他無かった。

 

「……もうやめて。ここは何かの宗教かしら。
 私は、やるべき事をしただけで、誰に感謝される話でも無いわ。
 もし何か悔いる事が有るなら、次は気をつけることね。
 さぁ、私達がすべき事をしましょう」

 

 私は彼らに議事を進めることを促した。
 彼らに必要な事はここで反省させることではない。
 どんな状況でも冷静に判断し決断することに慣れる事だ。
 先の戦闘は我々が完璧ではないことを認識させる上でも良い教訓だろう。
 危うい橋も渡れれば怖くないが、それに慣れると危険である事を忘れてしまう。
 それが結果的に『渡れない事もある』可能性を失念させ、重大な事態に至る。
 漫然と渡っているわけではないが、気分というものは怖いものだ。

 
 

 ZAFT軍ヴェサリウス内アスランの執務室には、アスランの他にグラディスとアデスの姿があった。
 彼らは椅子に座りコーヒーを手に会話を始めた。

 

「まったく、呆れる程間の悪い話ね。
 本国の要請通りにクライン嬢は見つけた。
 でも、敵に保護され人質にとられ、あの最高のタイミングで、……お陰でキグナスは大ダメージよ」

 

 そう口火を切ったのはグラディスだった。
 その表情は晴れやかとは言えないが、それも当然だ。
 この場で一番活躍しながら、一番割を食ったと言えるのが彼女の艦だった。
 損害を覚悟の上で攻撃を仕掛け、後少しという所で逃す結果となった現状は、腸が煮えくり返る程度では済まされない。
 クルーにも死者が出たのだ。
 怒らない方がおかしいくらいだ。

 

「グラディス艦長、……今回は本当に申し訳有りません。
 私に非情さがあったなら、……あの場で仕留めることも出来たと思います」
「アスラン!?」

 

 アスランの言葉に一番驚いたのはアデスだった。
 あの温和なアスランが、まかさこのような事を言ってのけるとは夢にも思わなかった。
 しかし、この言葉は彼女に対して十分な牽制となった。
 彼の言葉に同意すれば、彼女はクライン嬢を見殺しにする事に同意する様な話だ。
 軍人として忠実な彼女からすれば、上層の命令は絶対である。

 

「……良いのよ。結果はどうあれ見つかった。
 後はどのように奪還するか。
 ……でも、状況はより深刻よ。
 足付きを倒せば彼女が死に、彼女を生かせば足付きも無事。
 生きたまま奪還するとなると、当然白兵戦も視野に入れざるを得ない。
 私達の戦力に白兵戦要員なんていないわよ。
 まさか、鹵獲同様にあなたがやる気?」

 

 グラディスの言う通り、事態はより深刻な方向と言えた。
 彼女の奪還を考慮に入れると攻撃オプションが限られる。
 だからと出来ないと言って帰る事が許されるわけでもなければ、このまま足付きをジョシュアに行かせるわけにもいかない。
 だとすれば、彼らは「どちらも」遂行出来ないといけない。

 

「……クルーゼ隊長ならば、私にこう言うでしょう。
 『彼女を生かすのが難しいならば、その亡骸を抱き泣いて見せるくらいの芝居は求められる』……とでも。
 自分が泣いて済むのであれば、それでも構いません。
 ……だけど、問題はそこじゃない。
 見殺せば、父はシーゲル議長と事を構えることになります。
 そうなれば……ZAFTは」

 

 アスランの口調は淡々としたものだったが、その内容はその場に居るものを凍らせるには十分な内容だった。
 多少落ち着いたグラディスが言う。

 

「……国防委員長閣下の意図はわからないけど、少なくとも議長は彼女の生還を求めているでしょうし、国民もそれを望んでいるというのが本国の声でしょうね。
 まったく、足付きを倒しても倒さなくても、火に油を注ぐ様な話よ。
 ……あなた、この戦いは何処まで行けば良いと思っているの?」
「……そんなことわかりません。
 もう来る所まで来てしまった。現状は我々がまだ押しています。
 その間になんとか出来れば良いのですが、そもそも、私は政治家じゃない」
「あら、いずれは貴方もお父上の様に立つことになるんじゃないかしら?」
「……そんな先のことはわかりませんよ」

 

 アスランはそう言ってカップを口に運んだ。
 彼の言う通り、彼らが何を考え行動しようと、事態は意図するものとは逆の方向に進むばかりだった。

 
 

 ジェインウェイはいつものシャトルアーチャーでの定例会議を招集した。
 ドレイク級の改修作業も終わり、艦隊が月へ向かって全速で航行を始めた事で余裕ができたのだ。
 表向きはいつもの様にお茶会としてお菓子を持ち寄っての座談会だ。

 

「セブン、トゥヴォック、エンジン改修作業ご苦労様」
「社長、礼には及ばない。
 我々はすべき任務を全うしたまでだ。
 だが、感謝は受け取ろう」

 

 セブンの言葉に私は思わず笑った。
 その反応に彼女は訝しげにしていたが、そんな反応がまたおかしかった。
 トゥヴォックがそこに咳払いをして状況説明を始めた。

 

「……我々は現在、月軌道に向けて航行しています。
 到着はこの速度であればそう時間は掛からないでしょう。
 しかし、問題は到着してからです。
 いくら我々が偽装しようとも、本物の軍部との接触は少々危険を伴うことが予想されます」
「それは承知しているわ。
 でも、出来れば向こう側の上層と話が出来ると良いのでしょうけど、現状ではヴォイジャーとの通信も出来ないから、出たとこ勝負になるでしょうね」
「いえ、ヴォイジャーとの通信は確立しました」
「なんですって、いつ?」

 

 彼の発言は唐突で、さすがの私も目を丸くした。

 

「暗礁宙域離脱後にチャネルが開けました。
 ただ、チャネル発信元はヴォイジャーではなく、シャトルコクレーンからのものでした」

 

「で、どうなって?」
「話によれば、副長が連合軍の大西洋連邦の上層との接触に成功したそうです。
 彼らは我々の救出に乗り気で、援軍を派兵する用意があると告げたそうです」
「援軍ね。で、その上層の人間とはどんな人物なの?」
「副長からの話では、ムルタ・アズラエルという、いわゆる主義者の最高幹部とのことです」
「ブルーコスモスね。信用に値する人物なのかしら?」
「それは何とも。
 ただ、副長はそう考えられる人物だと見ているようです」
「そう、わかったわ。
 後で私の方からも通信をしてみる。以上、解散」

 

 主義者の最高幹部が我々に興味を示したというのは話が早い。
 私は副長との通信の上で彼の情報を頭に入れた。
 彼らはいまだ劣勢にある軍の立て直しに躍起になっている。
 そして、我々の元にやってきた3隻の艦も彼の指示によるものらしい。
 彼は軍とは別の独自の情報網があるらしく、不明のはずのアークエンジェルの位置をある程度推定出来ていたという。
 ……でなければ援軍などやってくるわけは無いが、その背景は気になった。

 
 

 アークエンジェルの展望室で一人涙を流す少年の姿があった。
 キラはこれまでの様々な出来事を思い出し、胸を詰まらせる思いを感じていた。
 人を殺してしまった事、フレイの父を守れなかったこと、同じコーディネイターである少女を人質にして生きている事。
 そのどれもが彼の脳裏を埋め尽くし、安息させる暇を与えない。
 普段は作業に没頭することで何とか堪えていたが、先日の一件はそうした緊張の糸が切れる出来事だった。
 現在の自分は悪役としての役回りで、これに人殺しで役立たずとくれば最悪ではないかと自問自答していた。
 そんな自分に耐えられず涙が溢れてきて、それを止めたくても止められずにいると、様々な感情が堰を切って押し寄せてきて、いつの間にか声を出して泣いていた。

 

「……まぁ、どうなさいましたの」
「テヤンディ!」

 

 そこに現れたのは、桃色の髪の少女だった。
 彼女の周りをハロがポンポンと跳ねる様に漂っている。

 

「あぁ!何やってんですか、こんなところで……」
「お散歩をしてましたら、こちらから大きなお声が聞こえたものですから」
「お散歩って……、だ、駄目ですよ。
 勝手に出歩いちゃぁ……スパイだと思われますよ?」

 

 キラは涙を拭いながら彼女のもとへ寄る。
 彼女はそんな彼に悪戯っぽく微笑んだ。

 

「ふふ、このピンクちゃんは……」
「ハロー」
「……お散歩が好きで…というか、鍵がかかってると、必ず開けて出てしまいますの」
「ミトメタクナイ!」

 

 彼女の言うピンクちゃんと呼ばれるロボットが場違いな言葉を発している。
 この場違いな言動センスは確かにアスランのものと内心思いつつ、彼は溜息をついて彼女の手を握る。

 

「あぁ……とにかく、戻りましょう。さぁ」
「ふふ、戦いは終わりましたのね」
「……えぇ。まぁ、貴方のお陰で」

 

 キラの顔をにこやかに覗き込むラクス。
 しかし、彼の表情は晴れない。

 

「……なのに、悲しそうなお顔をしてらっしゃるわ」
「……僕は、僕は、本当は戦いたくなんてないんです。それに、アスランは……。
 貴女も僕と同じコーディネイターなのに、人質に、するなんて……」

 

 キラは思い詰めた表情を再び始めた。
 彼女は彼の苦悩の深さを感じ取り、自分の手を取る手にもう片方の手を添えた。
 彼はそんな彼女の手の温もりを通じて安らぐものを感じていた。

 

「……気に病む必要はありませんわ。
 私は、私の存在が誰かの命を救うのであれば、それで構いませんわ。
 命に亡くなって良い命なんてありませんもの。
 出来れば誰もが笑って暮らし、話し合える方が幸せですわ」
「……でも」
「……貴方は出来る事をしたのだから、それを気に病む事はありません。
 それより、貴方がこうして無事で私とお話して下さる。
 ……そんな事実の方が、ずっと大事な事だと思いますわ」
「……貴女は」

 

 彼がそう言いかけた時、彼女は彼の手を引いてその身体を引き寄せる。
 無重力下で難なく引き寄せられた彼の体は、ふんわりと抱きしめられた。
 柔らかな感触と温もりが伝わる。
 彼にはその暖かさが何か特別なものの様に感じられた。

 

「……私は、誰でもない、ただの一人の人ですわ」

 

 キラは彼女の胸で再び涙をこぼしていた。
 その姿をそっと廊下の影から覗く視線が有るとも知らず。

 

 ハンガーはこの艦の中で一番忙しい職場だ。
 その中で連合の整備士は勿論、救出された民間人の技術者も一緒に作業している。
 この混成部隊のまとめ役を事実上しているのは、意外な事にセブンだ。
 彼女は元々男だらけの整備士達には人気が有ったが、民間技術者達もまた彼女を信頼している。
 ヘリオポリスからの救出者の中には当然ながらコーディネイターもおり、幸いな事に高度な技術知識を持つ者も居た。
 そんな彼らは当然のごとくプライドは高く、当初は連合クルーとの間で衝突も絶えなかった。
 だが、彼女の機械的な姿勢が意外な調和を生み出す。
 彼女はコーディネイターではない(厳密には調整されているが)のに彼らを超えている。
 その絶対的な知識と技術力を知った彼らは、純粋に彼女に対する尊敬の念を持った様で、彼女が調整することで全てが効率的に働くこととなった。
 現在では彼女に間違いを理路整然と指摘されることに快感を感じているクルーもいる。
 新しく加わったドレイク級の整備士達にも絶大な人気を誇っているようだが、本人はそれを意に介する様子も無く、至って平然と全てのフラグを折るそつなさも学習した様だ。
 いや、当初は彼女にも苦労は有った様だが。

 

「セブン、見たわよ。
 随分と派手にやっているようじゃない」
「どういうことだ」

 

 私は珈琲カップを片手に彼女に話しかける。
 彼女の方はクルーから上がってきた作業情報を、普段通り脇目も振らず処理している。
 彼女の良い所は、この姿勢を常に崩さない事だ。
 そのお陰で普段通りの会話を装う事が出来、我々が目立つ事も無い。
 尤も、私の存在はそれなりにインパクトを与えるに至った為、今後は気を付ける必要はあるが。

 

「マードックさんが随分困っていたわよ。やってくれたわね。
 あんなオーバーテクノロジー、いくらシャトルを利用出来ると言っても、
 整合性を持たせるのは頭痛の種よ」
「あぁ、そのことか。それなら問題無い。
 彼らの技術は特異な進化をしている。
 バッテリー、ロボット、そして神経接続型インターフェース。
 彼らのガンバレルというシステムは、我々の神経接続型インターフェースとは違う進化をしている。
 確か、要は我々の技術でなければ良いのだったな。
 ならば彼らの技術が『進歩』する分には問題ないはずだ。違うか?」

 

 これは予想外の答えが返ってきた。
 あれは彼女なりに状況に合わせ、論理的に判断した結果の産物だというのだ。
 確かに彼女の設計は我々の技術的アプローチとは異なっていた。
 それが地球連合の技術をベースにしているとすれば、この地球もなかなか侮れない。

 

「……なるほど、だからあんなに大規模な神経リンク経路を設計したわけね。
 でも、あの設計は普通の人間が操縦出来るものではないわ。
 ガンバレルは特異な空間認識能力を要求される。
 そうした意味では、フラガ大尉は特別な存在よ」
「あぁ、その通りだ。この設計は操縦者を選ぶ。
 だが、それは問題無い。幸いな事に適合者が2名いた」
「2名も?……まさか、あのテストで残した?」
「……どうやらこの世界の人間には、我々の知らない進化の道がある様だ」
「……その様ね。で、このロボットは操縦者を選ぶのかしら?」
「いや、目標はストライクと同等のスペックを目指す以上、誰にでも動かせる仕様にする。
 ガンバレルの様な特殊装備は別として、使う分には問題無い」
「それを聞いて安心したわ。
 正直、使う人間を選ぶ装備は増やしたくないもの。
 キラ君を見たでしょう?……彼は無理をしている。
 いえ、私達がさせているのよ」
「……そうだな」

 

 我々の視線の向こうに開発中のそれが見えている。
 まだ組み上げ途中ではあるが、その姿が徐々に出来上がりつつ有った。

 
 

 ZAFT軍、ザラ隊旗艦ヴェサリウスの執務室では、アスラン・ザラがキグナス艦長タリア・グラディスと通信していた。

 

『……本当に不本意だけど、私達の艦はこのままの戦闘継続は無理ね。
 我々の方から移せる人員はそちらに移したから、彼らの事はくれぐれも宜しく頼みます』
「はい、グラディス艦長」
『悔しいけど、アスラン・ザラ、期待しているわよ』
「はい」
『また会いましょう。ZAFTの為に!』
「ZAFTの為に!」

 

 グラディスとの通信が切れた。
 執務室の椅子に背を深く沈めると、彼は思索に耽た。

 

 グラディスのナスカ級キグナスは左翼部の損傷の程度が酷く、戦闘継続は困難と判断し本国へ帰投することとなった。
 戦力の減少は痛いが、これまでの働きを考えれば十分な戦功を立てている。
 彼女は本国に帰投後昇格することが決まっており、内容としては凱旋帰国と言える。
 また、アスランへも唐突なフェイス昇進ではあったが、それに見合った結果を出しているという判断のもと、本国からネビュラ勲章の授与が伝えられた。
 そして、新たな援軍が派遣されることが決まった。
 日程的には連合の月艦隊への攻撃に合流させるというものだったが、近傍宙域にそのような事が可能なほどの船速を誇る船は存在しないため、単なるリップサービスと割り切り溜息をつくのだった。

 

「……ラクス、何であんなに嬉しそうだったんだろう」

 

 不可解な程ににこやかな彼女の表情は、誰かに強制されて言わされているという感じは受けなかった。
 どちらかといえば、とても自然に寛いでいる様な印象を受けた。
 ただ、不可解という言葉を使いつつ、彼女にとってはそれが普通の様にも感じられ、自分自身で何を言っているのだろうと自問自答する様な話でもあった。

 

 思えば彼女との関係は仲睦まじいとは言えなかった。
 勿論、喧嘩する程の険悪さはない。
 だが、喧嘩する程お互いを深く知っているわけでもなかった。
 有るのはぎこちないながらも彼女との関係をとろうと努力する自分と、それをにこやかに受け取ってくれる健気な彼女。
 正直な感想を言えば、こんなものは「ままごと」の様なもので、彼女の方がそれをずっと上手く演じていた。

 

 それでも、あれ程自然に寛いでいる顔を見た事が無い。
 彼女の身辺には四六時中SPが付き、外出するにも自由が有るわけではないことは知っている。
 アイドルとして、親善大使として、彼女は公私ともに拘束された生活を送り、いわば現在の状況は初めての外泊くらいの勢いなのだろうか。

 
 

「キラ」

 

 シミュレーターの置かれた訓練ルームに入って行く彼を見て、イチェブが彼の名前を呼んだ。
 彼は呼ばれた方を振り向いて立ち止まる。

 

「訓練するなら、一人より二人の方が良いだろう」
「あ、うん。そうだね」

 

 訓練ルームはセブンの手直しで、シミュレーターがこれまで1台のところが2台に増設されていた。
 しかも彼女の特別調整済みの設計で、……その鬼畜設定振りに定評が有る。
 今後更に2台の増設が計画されているらしい。
 二人は特別なシミュレーション用パイロットスーツに着替えると、その中に入った。
 シミュレーターはGAT-Xに模したコックピットになっており、先程のスーツは機体の操作時のGを擬似的に発生させる様に出来ている。
 それによりこれまでのシミュレーターより高度な体験が可能で、二人は実際に使っている機体とほぼ同じ操作体験が出来る。
 訓練モードは普段のセブンの鬼畜練習メニューではなく、二人での模擬戦モードを設定した。
 全てのモニター情報が実際の戦場をシミュレートする。
 それは目立ったデブリも無い現在の宙域に近い情報が再現されていた。
 そこにエールストライクとデュエルが対峙する。
 ストライクはシュベルトゲベールを、デュエルはビームサーベルを手に、互いの間合いを計る。

 

「……イチェブ、君は何で戦うの」

 

 仕掛けたのはストライクからだ。
 ストライクはエールのスピードを武器に真っ直ぐに突進してくる。
 ストレートな突撃だからこそ、身構える側としてもシンプルに構えられるが、真正面からのエールの加速も加わった重い一撃は、ビーム同士の衝突による衝撃も加わり一際大きな力となって返ってくる。
 ストライクはその衝撃を振り払う様に更にエールを噴かして、姿勢を崩したデュエルに食らいつく。

 

「……僕は、命を守る為に必要な行動をとる」

 

 冷静に姿勢制御を進めるイチェブは、キラの攻撃を正確に予想して受け止めると、その勢いを借りて反撃に転じる。
 ビームサーベルがストライクの盾に防がれ火花を散らす。

 

「じゃぁ、僕と戦う事になったとしても?」
「そうかもしれない。キラは僕を撃つのか」
「……わからない。でも、撃ちたくないよ!」

 

 盾で受け止めたストライクは、イーゲルシュテルンでデュエルのカメラを攻撃する。
 デュエルは視界を遮られるのを避ける為に間合いを取ろうとした所を、ストライクに蹴り上げられ、後方に投げ出された。
 不意打ちを食らったイチェブだが、目視に頼り過ぎたことを反省し、センサー情報を加味した思考計算に切り替え、更にセンサー情報自体をも補正する。
 OSの操作もコマンドラインに切り替え、全ての情報を手打ちで打ち込んで行く。

 

「そう。なら、僕は撃たなくても済む道を探すよ。
 それが例えどんなに不可能に近くても、可能性は必ずあるんだ。
 僕は僕の道を進むよ。それが人としての生き方なんだろう?」
「……そう…なのかな。だったら、僕はどうして戦わなくちゃいけないんだろう。
 僕も、ラクスも……同じ人間なのに、イチェブやみんなとは…違うんだ。
 それは僕が望んだわけでもなく、みんな知らずに生まれてくるのに。
 生まれた時には決まっているんだよ。そんなのって、なんか……」

 

 デュエルの機動が突然高速化した。
 OSの各種サポートを必要最低限以外打ち切り、命令をイチェブ自身の手打ちコマンドで打ち込み始めた事で、デュエル本来が持つ性能を引き出し始めたのだ。
 これはいつも使いたい手ではないが、キラはそうせざるを得ない相手だ。
 彼の様な優秀な技能のある操縦者には、お決まりの命令は対応されてしまう。

 

「……キラ、僕の秘密を一つだけ教えるよ」
「秘密?」
「あぁ、僕は厳密には君達の言うナチュラルじゃない。
 僕の両親は、僕にある特別な遺伝子操作をした。
 それによって生み出された僕は、生まれついて身体の中に毒を持って生まれてきたんだ」

 

 デュエルはエールの持つスピードを打ち消すため、最小限の動作で最大限相手の行動を阻む様に動作パターンを指定。
 エールがスピードを出す前にデュエルがその軌道を阻んだ。

 

「え……」
「その毒を使って、ある組織を壊滅させる遺伝子兵器として作られたけど、計画は失敗に終わり、僕は両親にも捨てられたまま彷徨う事になった。
 そこを拾って救ってくれたのがジェインウェイ社長だ」
「……それじゃ、イチェブもコーディネイター?」

 

 キラが相手の行動パターンの変化に対応する為にキーボードを取り出す。
 不規則機動パターンを幾つか組み、それに対する回避運動を作成する。
 迫るデュエルをエールのスピードで振り切らなければ、イチェブに捕捉される。

 

「……コーディネイターという程の操作はされていないよ。
 僕の身体の中に、特定の条件下で発動する遺伝子を付加しただけだから、それ以外は普通の遺伝情報を引き継いでいるよ」

 

 ストライクがデュエルを突破する。
 デュエルの背後を取る事に成功したストライクは、急反転させて切り掛かる。
 強制制動を掛けた為に、強力なGがキラの身体に重くのしかかったが、それにも歯を食いしばって耐えた。

 

「……イチェブは、それを隠しているんだよね!大佐はどこまで知っているの?」
「全部知っているよ。ジェインウェイ社長は僕の毒性情報を無毒化する為に、遺伝情報の再操作をしてくれた。だから、僕はここに立っていられる」

 

「え、ちょっと待って!
 遺伝子の再操作って、……そんな高度な技術が確立されているの?」
「毒性情報を不活化するだけだから、難しいことはしていないよ」

 

 デュエルが振り向いてストライクの攻撃を受け止めようと動くが、一歩遅く、デュエルの右腕がシュベルトゲベールによって切断された。
 しかし、イチェブはその行動を予測した様に、すぐさま切断された右腕からビームサーベルを左手で取ると、
振り返る遠心力を利用して切り掛かる。
 ストライクの頭部が切られ、メインカメラの表示が消えた。
 それでもキラは諦めなかった。
 しかし、シミュレーター側はシステムフリーズと判定した。

 

 キラは溜息をついた。
 そして、ヘルメットを脱いでシステムをリセットし、通信オンリーにすると背もたれに身を預ける。

 

「……そうなんだ」
「キラはコーディネイターと戦うのが嫌?」
「……僕も一つ秘密を教えるよ。
 あのZAFTの司令官。僕の小さい頃の友達なんだ」
「え……」
「頭では分かっているんだ。……もう昔の彼じゃないって。
 でも、連合にいると、僕等の事をよく思わない人は沢山居るでしょ。
 僕等が命がけで戦っても、そんなの当然のことだって言っちゃう人とか。
 そんなにまでして、僕はここに居るべきなんだろうかって。
 それでもさ、ここにも友達が居て、僕等が戦わなかったら、たぶん、みんな生き残る事なんてできないじゃない。
 僕がナチュラルだったら、こんな思いを抱かずに済んだのかな……」

 

 デュエルのモニターには、エネルギー残量ゼロの表示が出ていた。
 キラ側のシステムフリーズに助けられたが、この様な幸運は続かないだろう。
 運も実力の内と言うが、そんな不確かなものに身を預けるのは御免だ。
 しかし、まさか敵の司令官が彼の友人だとは思わなかったイチェブは、戦闘から頭を切り替えて暫く考えていた。
 自分自身はまだ友達との交流はおろか、普通の人間との交流もそれほど経験しているわけではない。
 これまで様々なホロプログラムで社交的関係を勉強してきたが、生身の人間、特に自分と同じ世代の仲間との関係というものが上手く想像出来なかった。
 それでも彼には一つだけ揺るぎない答えが有った。

 

「……遺伝子は全てを決定しない。
 設計図は設計図に過ぎないよ。
 どんなに精緻な設計を作っても、どんなに完璧な形を模索したとしても、それはそういう形や機能に出来上がったものに過ぎなくて、たぶん僕等はこの先どんなに姿形が変貌を遂げたとしても、人としての心を忘れちゃいけないんだ。
 それを忘れてしまったら、その時が本当の別れの時なのかもしれない」
「……僕は、人なのかな」
「大丈夫。キラは人だよ」

 

 イチェブはOSの隠しコマンドを出して通信記録の全削除を命令した。
 その命令は受理され、艦内のデータベースから完全に削除された。

 

 二人はハッチを開けて外に出る。
 ヘルメットを脱いでいるキラを見て、イチェブも脱いだ。
 そして、徐にイチェブが右手を前に出し、親指を上に立てて拳を握って見せる。
 キラも静かに手を前に出して彼の真似をし微笑んだ。
 イチェブも彼の動作を見て口元に笑みを浮かべていた。

 
 

 ―つづく―

 
 

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