スタートレックヴォイジャー in Gundam SEED
第23話「司令」
保安主任日誌補足
私は連合軍の応援艦隊と合流した。
アーチャーは権限で立ち入りを禁じたが、この状況を続けるのは好ましくない。
艦長は地球に降下されたが、無事との連絡は無い。
宇宙では連合軍第八艦隊とプトレマイオス応援艦隊が合流していた。
プトレマイオス基地応援部隊を指揮していたのは、旗艦と言ってもドレイク級であるディファイアント艦長カルロ・ロッシ少佐だ。
基地司令部は直前の組織改編でハルバートン准将を少将へ昇格することで宛てる昇進人事がされていた。
彼の昇進理由はXシリーズ開発計画の推進者としての先見性を評価されてのものだが、結果的には彼の死亡によりやり直しとなってしまう。(死亡により大将に昇進)
司令部は彼の配下の幹部を充てる人事を考えるが、低軌道会戦でメネラオスと共に彼の参謀は全て死亡し、直属の部下となっている人物で佐官クラスのトップに立つのはシャノン・オドンネルのみとなっていた。
しかし、彼女はアークエンジェルと共に降下し連絡が取れない。
そこで、彼女の部下であり階級が中佐であるトヴォックに、彼女の代理として基地指令官として指揮する辞令が下っていた。
……という話を彼はバーナードの会議室で知る事となった。
「…というわけです。我々はオドンネル大佐指揮下に入ることになりました」
ロッシ少佐は小太り赤ら顔の人の良さそうなラテン系で、年齢は55歳と退役していてもおかしくない…いわば窓際族だ。
とはいえ少佐であるのは事務方としては優秀な人物で、善くも悪くも従順に任務をこなす流され型なのだろう。
トゥヴォックはパッドに出ている辞令に目を通すと、暫く目をつぶって考えてから口を開いた。
「ロッシ少佐、失礼だが司令部には他に適任の幹部はいなかったのかね」
「いやはや、これは連合司令部直々の命令です。
何でもハルバートン閣下のやり易い様にという話でしたので」
彼の問いにロッシは陽気な顔でゆったりと返してくる。
年齢の上では自分の方が上だが、彼の方がずっと年輩に思える程度には冴えない笑顔だ。
それでも、窓際族という立場を卑下する事も無ければ、そのまま受け入れているのかもしれない。
「しかし、彼は殉職された。確かに論理的には直属の部下が代行することは理解出来るが、……大佐は復隊されて間もない。他により経験のある指揮官を配置することはできたのではないのか?」
彼女の復隊扱いはヘリオポリス崩壊時点からとなっているものの、実際の正式な着任はつい昨日の低軌道会戦時点からだ。
彼女が軍部の中で新参といっても良いブランクが有るのは否めない。
それも「本物」ならばの話であって、連合ではなく「連邦」の人間である彼女にとって正しくは入隊なのだ。
だが、そんな疑問にも彼は何ら抵抗も無い様だ。
「そこら辺は私の与り知る範囲ではないですな。一つ言える事は…連合司令部の命令は絶対です。
この命令に逆らって良い結果を引き出した指揮官は、…私の記憶にはありませんなぁ」
終始陽気に話してはいるが、その言葉に含まれる意味は読み取れる。
彼から言わせれば「そんな些末な問題は無意味だ」ということなのだろう。
「…ふむ。わかった。この命令は確かに受け取った。
私が指揮官として就くことには各々異論はあるだろうが、オドンネル大佐の考えは私が一番理解している。
彼女が来るまでの間の組織固めはしっかりとやらせてもらう。
私の命令は彼女の命令と思って受け取って欲しい」
トゥヴォックは正式に基地指令代理に就任し、プトレマイオス基地の総司令官として全権を掌握するのに着手する。
就任早々に始めたのは、この指令を「誰が出したのか」だが、それはすぐに明らかになった。
ムルタ・アズラエル本人が彼のもとに連絡をつけ、その謎解きをしたのだ。
彼とトゥヴォックのビデオ会談は淡々と終わり、アズラエルからすると煮える前に終わった印象だが、トゥヴォックからすれば必要充分以上の情報のやりとりは望まなかった。
それによるリスクを避けたかったからだ。
特にアズラエルの様な欲望を持った人物と対峙するのは、彼自身もあまり好むところではなかった。
アズラエル側からは、ジェインウェイの無事を知り安堵したことと、GAT-Xがアークエンジェルと共に地球に降下したことを知り、早急に対策をとることが伝えられた。
そして、基地の采配については「自由にやって欲しい」と笑顔で言われ、何か問題が有ったらとホットラインまで教わる事となった。
どうやら軍の誰よりも彼の声は大きい様だ。
ならば必要に応じてカードとして利用すれば良いと理解してからは、彼は自由に組織改革に手をつけた。
彼の新体制は基地参謀として先程のロッシ少佐の他に、グライン/ブライトマン少佐の二名も入れ、その他数名の優秀な大尉クラスの事務官を揃えた総勢12名とした。
基地事務方トップにロッシ少佐を、武官代表はグライン少佐に、そして開発部トップにブライトマン少佐を据え、彼らにそれぞれ補佐として大尉を3人ずつ付けた。
全ての業務はアーチャーのコンピューターで監査し、不正な事例が出た場合は即座に処分した。
これにより綱紀粛正され、かなりの無駄が省かれるはずだった。が、そう事は簡単ではなかったのだ。
このプトレマイオス基地は月軍の本部がある基地であり、連合の中で最大級であることは勿論、作られてからの歴史も古い。
故に沢山のロッシ少佐の様な「窓際族」がいた。彼らは政治的に閑職へ追いやられた人物もいれば、拘って自らの研究開発の為にやって来た人物もいる。月の基地は軍事基地であると同時に開発拠点なのだ。
その為というか、基地の人間にも把握し切れていないくらいの膨大な量の開発計画が進行し、それらが上手く行くのか行かないのかも分からず続行され、無駄に資金が垂れ流されていた。
基地を有効に運用する為には、セブンではないが効率を上げる必要がある。
トゥヴォックが目を通しただけでこれだけの計画があった。以下にそれを挙げる。
※()内はトゥヴォックのコメント。
1,「光波防御シールド開発計画」(同朋に技術が有るのに融通しあわないのは無駄と言える)
2,「無線式ガンバレル開発計画」(順当な進化とはいえ、兵器としての信頼は低いままだ)
3,「大型MA開発計画」(メビウスをそのまま大きくしているだけで、弱点の克服に至っていない)
4,「対Nジャマー開発計画」(研究する努力は認めるが、彼らは考える方向を変えた方が良い)
5,「モビルスーツ開発計画」(GAT-Xとは違うが、ベースは似た設計のものがこちらでも作られている様だ)
6,「小型核融合炉開発計画」(方向は悪くないが、完成はいつになるのか)
7,「新型合成金属開発計画」(基礎研究は正しい)
8,「ジン研究部」(敵を知ることは正しいが、その後が肝心ではないのか)
9,「メビウス友の会」(…彼らは一体何をしているのだろう。地球人の考えることは理解に苦しむ)
これらの開発部門を最終的に3つに絞る事にした。
まず、1と2と6と7を統合して兵器開発部とした。次に3と5と9を統合してMS開発部とした。
そして最後に残る4と8を統合して情報部と改名し、それぞれの部門の行動目標も定めた。
兵器開発部には新しい装甲素材の研究をさせ、PS装甲の代替素材の開発に重点化した。
MS開発部にはアズラエル氏の資金援助もあることから、集中投資し量産化を目指す事とした。
情報部には何かと撹乱されるNジャマーを無視出来る通信の確立を急がせる事とした他、様々な情報収集を専門的に行う専門集団として特化した。
また、基地内部でのブルーコスモスは厳禁とし、アズラエル理事ともこの件では折り合いをつける。
彼の答えは「使えるものは使ってください」だった。…言われる程主義者ではない様だ。
この件の言質を確保したのはコーディネイターを堂々と使う為だ。
地球人の言葉にある「毒をもって毒を制す」は、なるほど良い言葉だ。
地球人との関わりは極力避けたいと考えていたトゥヴォックだが、結果的に彼が一番彼らに接することになろうとは思っても見なかった。
しかし、そういう立場に立たされた以上、それを拒否した所で何の意味も無い。
彼は論理的正しさだけが正義とまでは考えない。論理的正しさはそれが必要条件に当てはまる範囲での話だ。
不可能を可能にするほどバルカン人は傲慢でもなければ、可能を不可能とする程融通がきかないわけではない。
どんな物事も合理的に実現出来なくては意味が無いのだから。
さて、月軍の戦力については、現状はドレイク級が数隻ある程度しかない。
旗艦と呼べるものはバーナード/ローのハイスピード型ドレイク級が2隻あるだけで、月軍には満足な艦艇は残されていない。これは深刻な問題で、MS開発どころではない。
まずは現行ドレイク級のハイスピード型への転換を進める事とし、
それと平行して現行ドレイク級を二隻分を繋ぎあわせたMS用コンテナ搭載型の建造を始める事とした。
…まずはこの一隻だけでも用意しておく必要がある。
アークエンジェル級の開発にしなかったのは単純にコストだ。
月軍に与えられている予算は限られている。
しかも、地球からの物資の搬入はパナマのマスドライバーからの定期便に限られ、その本数自体も戦況の悪化でかなり減り、場合によっては届く前に撃沈されている。
この補給路の確保の為にも手っ取り早い高性能艦を開発し、防衛に出せる体制を確保するのは急務なのだ。
その他はメビウスが百数十機ほどあるが、それらをそのまま浮かべた所でZAFT相手には棺桶同然だろう。
そのためフライへの改修を急がせることにした。現有の兵器数は半減するとしてもフライは使える兵器だ。
また、フラガAI-OSをベースにMS用のOSも用意する事である程度操作性を共通化し、いつでも即座にMS配備へ対応出来る様に計らう事にした。この開発は勿論VSTに発注を出している。
彼が様々な改革プランを提示した中で、スポンサーであるアズラエル側が強く求めたのがコスト削減だ。
しかし、コストを下げてやられていては話にならない。当然そのことを理事側へ反論するが、アズラエルもほいほい出せる程資金的な余裕が有るわけではない。
米国は大西洋連邦の盟主で確かに巨額の資金力があるが、だからと量産しなくてはならない兵器を無尽蔵に作れる程の余裕が有るわけでもなく、いくらデトロイトの工業王である彼らの一族にも出来る事には限界があった。
ブルーコスモスを纏めたのも本来の理由は「資金力不足」故の苦肉の産物であり、諸外国に付け回す事でなんとか帳尻を合わせているのだ。
幾ら資源と量を確保出来る許容量があるといっても、現実とはなかなか自由にいくものではない。
無い袖は振れないということだ。
何はともあれスポンサーの要求は絶対である。
彼らの要求するコストに見合わなければ量産化には至らないのも現実だ。
そのためGAT-Xの半分程度のコストにするくらいの簡易化案は出した。要は帳尻が合えば良いのだ。
トゥヴォックはこの場の開発部門を任せる為のチームを選定しヴォイジャーから派遣させる。そして、
セブンが研究開発していた装甲素材「カーボンド」の生産ラインの立ち上げに入らせる事にした。
これに先立ち、アズラエル理事とは月軍の予算確保の策として、部門ごとの独立採算を打ち出す。
つまり、開発部門を営利企業として一部独立させ、半官半民の第三セクター扱いではあるが商売を出来る様にしたのだ。
こうする事で開発コストを削減すると共に、営業利益を得る事も出来る。
アズラエル側も開発物からの利益を早く手に出来ることもあり、この提案は了承され、連合政府50%/アズラエル社29%/VST21%という出資比率で引き当てられた最初の企業、マテリアルナ社が設立される。
このような形にした真意は「我々」のコントロール下に置くという意味合いもある。
出資比率上は議決権最低限しか保持しないが、この技術がVSTの技術力によって生まれることを考えれば、一定の影響力を行使出来る状況を確保しておく必要がある。
何よりこの権益によりVSTにも巨額の利益が入る。
このカーボンドが完成すれば大幅なコストダウンと高性能化の両立が出来る。
現行のチタン合金系ラミネート装甲ではなく純カーボンの採用は当初驚かれたが、理事側もその高性能振りに色めき立ち、この新しい装甲素材の可能性を、
他のロゴスを除外して独占出来るのは大きいと判断した。
アズラエルとしてもVSTとの協力路線により利益を得始めていた。
既にVSTのシステム開発力は、アズラエルグループの所有する様々な機械製品の性能を上げている。
省電力高性能を売りにした製品開発力は、現行製品に「単純適用」しただけでも効果が上がったのだ。
それほどの技術力を誇る技術集団「VST」を自陣営に引き込み離さない為にも、この提案にVSTへの優遇を表明するのは利益になるとの判断が働いている。
補足となるが、セブンがアーチャーに残した資料によると、このカーボンドは本来の性能を出すには連合の技術力では無理の様だ。
彼女は本来のカーボンドの性能を、およそ8割削ることでこの時代の技術水準に適合させている。
本来の仕様通りに作った場合は確かにデュラニウムに近い高性能振りを発揮するが、その代わり素材の精密な均質性を要求するなどの繊細さが高いコストとなってのしかかる他、期待値程には高性能ではないという評価がボーグではされた様だ。
それでも、この世界の技術レベルであれば最強と言っても過言ではないが。
この装甲はフェイザーならばハンドフェイザー程度でも簡単に破壊出来ると考えられる。
だが、彼らのビーム兵器であればラミネート装甲程度の強度は確保出来るだろう。
こうして開発される装甲を纏った新型機には「ダガー」という名が付くそうだ。
完成予想のモデルは、全体が鏡面仕上げの黒で覆われた黒いダイヤモンドの結晶だ。
命名の由来は地球の歴史上に登場する主にアジア地域に普及した曲刀をさすが、それが使われた時代は汎用性で世界を席巻していたという。
なるほど、…汎用機には相応しい名前なのだろう。
艦長日誌
アークエンジェルでは、気を失っていたキラ少年とイチェブが目覚めた。
彼らは共にかなりの重力に押し付けられて全身打撲の様な状態だったが、二人とも医者が驚異的と感想を漏らす程に早く回復した。
キラ少年はコーディネイターだが、イチェブは違う。
医者もさすがにイチェブの生命力には驚かされていたが、彼はボーグ故再生能力は高い。
ただ、ここにきてさすがに彼らに必要な「再生サイクル」の問題が出てきた。
イチェブは目覚めた後でその事をセブンに告げる。
セブン自身も再生していないことで全体的な負荷が蓄積して来ていることを自覚していた為、イチェブの申し出はすぐに私の耳に入る事となった。
とはいえ、問題はシャトルも無いこのアークエンジェルではどうしようもないということだ。
私は自室に彼ら二人を招き話をした。
「どの程度動けそうなのかしら」
彼女にこの質問をする自分はどうかと思うが、それでも限界は知っておかなくてはならない。
本来であれば休ませてあげなくてはならないが、忙しさに失念していた自分の愚かさを呪いたい。
「…イチェブも私も本来の再生サイクルの限界を超えている。
その限界を超えて動いている時点でも充分といえる状況で、イチェブは身体に大きな負荷をかけた。…不完全なドローンの行動は不確定要素を伴う。
しばらくMSを操縦させるのは控えるべきだろう」
彼女は落ち着いてい話してはいるが、幾分疲労を感じさせる表情を見せた。
彼女も我慢して来たのだろう。そこにイチェブが彼女の言葉に反対する。
「社長、僕はまだいけます。以前の遺伝子再配列でかなりの部分は生命活動で補えています」
確かに彼はセブンよりはずっと生体組織に移行している。彼と彼女では中身が違うことは間違いない。
それでも全くのゼロではないのだ。彼もまたボーグインプラントに支えられているのだ。
「……イチェブ、あなたの気持ちは嬉しいけど、ここはセブンの言葉に従うべきね。
あなた達の再生サイクルをどう回避するべきかだけど、このままではどんどん悪化するばかり。
シャトルとの通信はとれないの?」
「地球軌道上にはいない様だ。周回軌道上に居るならば転送で帰還する事は可能だろう。
だが、転送収容後にヴォイジャーまで戻るには、ワープを使用しないのであれば時間を要するだろうな」
私達の問題はもう一つある。ワープを迂闊に使えないということだ。
もし使えば、それを辿って新たなる「我々」を誘き寄せる結果になりかねない。
それだけは出来るだけ避けなくてはならないのだ。
「アステロイドベルトまではスラスターの最大船速でも7日はかかるかしら。
その間にヴォイジャーと通信が繋がれば、シャトルごと転送してもらう事は可能ね」
「あぁ。しかし、そうなるとここにはあなた一人だけとなる。……良いのか?」
健気な彼女は私のことを心配してくれる。本来は自分の方がよっぽど辛い筈なのに。
以前から彼女は決して弱音を見せない様に行動しているが、人は支えあうもの。
困っているときや辛いときは、出来れば素直に認められる人間関係を築いて欲しいものだが、彼女がそれだけ人間性を取り戻した事で喜んでおくべきなのだろう。
私は苦笑する他無かった。
「……良いも悪いもそれしかないのだから、仕方ないわ」
「あの、良いですか?」
「なに?イチェブ」
「一つ方法が有ります。アークエンジェル内に再生ルームを作るんです」
「ここに?どうやって」
「セブン、ナノプローブをプログラムしてアークエンジェルの一部を同化すれば、
上手く再生ルームを形成する事はできないかな」
彼の提案は確かに出来れば手っ取り早い話だ。
だが、この時代の技術水準でそもそも彼らの再生ルームを形成させる事は可能なのだろうか。
我々の時代と同レベルのエネルギー供給能力の無い文明を同化しないのは、そもそも彼らが活動出来ないからだろう。
ボーグにとってのワープ未満文明に対する見方は、活動可能限界と脅威度と未発見技術とのレア度に由来している様に考えられる。
彼らにとっては同化しても、再生可能なエネルギー供給が受けられなければドローンは死滅する。
つまり、ドローンを維持可能な文明レベルが最低限無くては同化しようがないのだろう。
勿論、スフィアやキューブで赴いてレア技術が有れば吸収することも有るだろう。
しかし、それには彼らのコスト感覚からするとロスが大きく、育った段階で刈り取れば良いと判断する為に、ワープ未満文明への介入は無視されるのだろう。
これから推測すると、彼の提案はかなりの困難が伴うと考えられるが…。
当の振られた側のセブンはしばし考えていたが、徐に口を開く。
「……上手く行くかはわからないが、ナノプローブはその文明の技術に合わせた形で同化できる。
だが、それを確実に完成させる事が可能かどうかまではわからない。そして、
お前の言う通りにやれたとしても、この方法は船にどのような結果を招くか予想出来ない」
イチェブの提案は彼女の言う通り不確定要素が強過ぎる。
かつての『ワン』はボーグがどのような技術も同化できることを示す一つの事例と言えるが、あれはプログラム無しのいわば「野生のボーグ」だ。
プログラム後のナノプローブが思惑通りに動く保証は無い。
特にヴォイジャー程のテクノロジーが無いアークエンジェルが同化された場合、それを遮断する技術も無いのだ。
賭けるには随分と大き過ぎる賭けと言える。しかし、彼らが再生サイクル無しで活動出来る限界もまた来るのだ。
この先彼ら無しで戦い抜いたとしても、彼らの再生自体は必ず考慮しなくてはならない。
時間が経過すれば、かつてセブンがなった様な複製の困難な『ボーグパーツの故障』が発生する危険が出てくる。
定期的な再生サイクルは彼らの健康維持は勿論、寿命という点でも重要なことなのだ。
「……セブン、ナノプローブのプログラム変更は可能かしら?」
「やるのか?……この環境でのプログラムはかなり難易度が高いが、不可能ではない。
ただ、成功しても同化プロセスが正常に範囲指定した通りに出来るかは分からない。
失敗すれば……全てが同化されるだろうな」
「……そう」
さすがに艦全体を危険に晒すわけにはいかない。
だがその時、イチェブが言った。
「……デュエルを、同化してはどうでしょうか」
「デュエルを?」
「はい。僕が操縦している間にコックピットを同化します。
これによりデュエルに入ることで再生サイクルを受けられるようになります」
「……そうか、上空ならば同化はMSのみに限られる。
それならば仮に同化範囲指定に失敗しても問題無いな」
「はい。デュエルのバッテリーでは足りないことを考慮し、ナノプローブに融合炉を設計する様プログラムを組めれば、それでなんとか出来るかもしれません」
なるほど、彼らの技術は何もその時代の技術水準に合わせる必要はないわけだ。
24世紀の我々の時代のボーグの知識がこの世界の技術を導く事も出来るのならば、この問題は解決可能かもしれない。
「……フフフ、ボーグのことはボーグに聞くべきみたいね。
でも、デュエルの同化は少し問題ね。
もう使わないものを使ったらどうかしら。大尉のメビウス・ゼロなんてどう?」
「飛ばすだけなら飛ばせるが、ただ飛ぶだけだ。……だが、必要充分だろう」
私は決断した。
少佐の使わなくなったメビウス・ゼロを同化し、再生ルームとして利用することにしたのだ。
事を決めると行動は早い。少佐からはゼロの解体許可を取り、セブンが流体力学の実証実験のために使うという口実で、パラシュートを付けて打ち上げ準備をした。
しかし、まだ敵地のど真ん中。
打ち上げが居場所を教えるに等しいだけに、タイミングが問題だ。
とはいえ、いつでも実行出来る様準備だけは終えさせた。
日が落ちる手前、アークエンジェルからデュエルで外に運び出されたメビウス・ゼロ。
その作業を元の搭乗者であるフラガ少佐が名残惜しそうに見ていた。
「…承諾したとはいえ、実験台に使うとはなぁ」
彼は開かれたハッチから外へ運び出されたメビウスを見ていた。
私も彼の隣でその状況を見ていた。
「この実験はあなたの新しい機体の開発用データにも活用されるそうよ。
全くあなたと無関係というわけじゃないし、あの機体自体も無くなりはしないわ。
何事にも試行錯誤が付き物。良い未来が待っていると思って見送ってはどう?」
私の言葉に彼は頭をぽりぽりと書きながらこちらを見た。
その表情は苦笑いといったところだろうか。
「いや、惜しいとかってのは正直無いんですが、相棒との別れってのは辛いもんですね」
「そうね。私も……自分の船との別れは辛かったわ。ごめんなさい。
あなたの気持ちを考えたら、とても辛い決断をさせてしまったわね」
「いえ。大佐の仰る様に、良い未来のために使ってください」
「有り難う」
私達がそんな話をしている頃、砂漠に下ろされたメビウスではセブンが作業していた。
その作業をデュエル上で見守るイチェブ。
同化の際のメビウスにはセブンが乗って作業することになっていた。
「(セブン、僕が代わろうか?)」
「(心配するな。この作業は私の方が慣れている)」
セブンは一通りの作業準備を終えると、私にコミュニケータでそれを知らせた。
あとは、タイミングを待つだけだ。私は少佐と共に艦内に戻った。
キラ少年は回復してからは、アルスター嬢が新型の訓練で忙しい事もあり、ラクス・クラインの世話係を引き受けている。彼も彼女の事を気に入っているらしい。
本来であれば問題視すべきことだが、彼のこれまでの貢献を考え不問にしている。
彼女との交流が彼の精神的負担の軽減になるのであれば構わないとも言える。
「まぁ、キラ様。お体の具合はいかがですか?」
「はい。もう良くなりました。食事、持ってきたので、一緒に食べませんか?」
「はい!」
彼女は満面の笑顔で彼の提案を受け入れた。
その笑顔に彼の顔が赤らんだ。
月面、連合軍プトレマイオス基地。
ヴォイジャーからプトレマイオスへ派遣されたクルーは全部で7名になった。
その内3名はシャトルを帰還させる任務に就くが、残りの4名は基地のVST社員として働くことになる。
選ばれたのは以下の通り。
基地開発部門
ジェニー・メーガン、デラニー・メーガン、モーティマー・ハレン
司令補佐
ウォルター・バクスター
シャトル・アーチャークルー
ヴォーラック、ジュロット、マーラ・ギルモア
基地開発部門向けに呼び寄せた3人の内訳は、メーガンの双子姉妹は科学士官であることから、開発任務の主任として引っ張ることになる。
また、ハレンは引きこもりクルーとして以前艦長が問題視していたが、彼の頭脳はとても有能で、アーチャーが使えなくとも対応出来る能力の持ち主と判断し呼び寄せた。
司令補佐として呼んだバクスター大尉は私の補佐として働いてもらう事になる。
アーチャーの操縦クルーについては2名で良いが、彼らには軌道上でヴォイジャーの監視に当たってもらう事にした。
私は早速アーチャーを出発させる許可を出した。
『こちら司令部、トゥヴォックだ。君達にシャトルは預ける』
「アーチャーよりヴォーラックです。了解しました。あと、例の件ですが、実行に移されるのですか?」
『…これは私の推測に過ぎないが、どこかで可能性があるならば、選択肢から外すべきではない。
君の意見はどう考えている」
「…推測ですか。天体測定ラボでの全地球スキャン結果では、その兆候は見られないとのことです。
まだその起点となる技術開発も為されていない以上、一足飛びに結びつくとは考えられません」
『だが、既に幾つかの一致はあり、タイムライン上の誤差は収束する可能性もある。
何より我々がこの場に居る事自体が不確定要素だ。それが引き金になる可能性もある」
「…留意しておきます。では、少佐、長寿と繁栄を」
彼らはお互いにお決まりのジェスチャーをし、双方の無事を祈り通信を終えた。
シャトルは軌道上に留まらず、一度ヴォイジャーに帰還してから任務に就くことになるが、彼らは地球の空を改めて眺めていた。
「……嘘みたい。でも、違うのよね。あぁ、地球」
U.S.Sイクワノックスのクルーだったマーラ・ギルモアはこのシャトルの中では唯一の地球人だ。
彼女は罰として階級を降格され、現在は一般クルーとして働く身であるが、元は有能な士官だ。
トゥヴォックの抜擢は、彼女の有能さに挽回の機会を設ける配慮と言える。
アークエンジェルの食堂ではカズイ・バスカークが訪れていた。
「いらっしゃいませ~」
「あ、どうも」
食堂を取り仕切るのは民間女性達だ。最近は制服まで作っての念の入れ様で、ここの主任として働く美白の調理人ソノッコ・スズキさん(50)さんの料理は絶品だ。
これまで宇宙空間での調理は制約があったが、地上では制約無しに調理が出来る。
地上に降りてからの彼女は、まさに水を得た魚もといスズキである。
ちなみに彼女は元は化粧品会社をされていたそうだが、ダイエット料理が当たり調理人として働いている。
しかし、その会社もヘリオポリスと共に消えてしまったのだが。
彼女は見るからにスリムボディで、一見すると中華鍋なんて扱えない様に見えるが、和洋中なんでもダイナミックにこなすその調理は、傍目にハラハラドキドキさせられる程だ。
とは言っても、具体的に何にハラハラさせられるかは秘密だ。
新たに作られたカウンター席に座るカズイは、スズキさんに話しかける。
「スズキさん、何かお勧め有ります?」
「……えぇ、今日はミネストローネが有るわよ。砂漠の乾燥はお肌の大敵だから、コラーゲンたっぷりのゼラチンで固めた煮凝り風にして冷やしてあるわ」
彼女は冷蔵庫の中から固まったそのミネストローネ煮凝りを出してくれた。
「はい。召し上がれ」
「ありがとう、スズキさん」
カズイは早速スプーンで角を切って口に運ぶ。
「う、まぃ~~~~」
「をほほ、遠慮は要らなくてよ。まだ、幾らでもありますから」
彼女はそう言って冷蔵庫を開いた。そこには本当に売る程沢山の完成品が入っていた。
彼はそれに苦笑しつつもその味をゆっくり楽しんだ。食べ終えると冷えた氷水が渡された。
彼はそのコップを両手で握ると、しばし俯き加減で考え込む様な表情をしていた。
コップから伝わる冷気が気持ちよいが、彼の心中は色々な意味で暑いままだ。
ソノッコは食器を片付けながらチラチラと見ていたが、気になって話しかける。
「お兄さん、どうなさったんです。わたくしで良ければ、お話になりませんこと?」
「あ、すみません。暗いですよね」
「いいえ、いいわよ。遠慮しないで。誰にも考えたい時はあるわ。
こんなおばさんで良ければ、聞かせてくれないかしら」
「ソノッコさん…。笑わないで下さいよ。僕、パイロットになるんですよ」
「あら、凄いわね」
「…うん、でも……」
「……怖いわよね。戦いたいなんて思わないものね。でも、貴方達が戦ってくれるから、私達は生き残ってこれた。それは紛れも無い事実よ。私は貴方達の勇気に感謝しているわ。
だから、私は私の出来る事で戦うことにしているの。大丈夫、貴方1人を逝かせないわ。
逝く時はみんな諸共吹っ飛ぶんですから。心配するだけ損よ」
「え"……あ、あはは、あ~、確かに。そ、そうですね。負けちゃったらみんなで逝けますよね?
あは、あははは、はぁ……」
ソノッコさんは自分の台詞の決まり具合に一人喜んでいた。
カズイは正直話す相手を間違えたと思ったが、それもまた人生と割り切る事にした。
車の上で双眼鏡で覗く視線があった。彼らの視線の向こうはアークエンジェルだ。
砂漠の夜はとてもよく冷える。
コートを着込んだ彼は双眼鏡を片手に、もう片方の手には暖かい湯気の揺らぐ珈琲カップが握られていた。
「どうかなぁ、噂の大天使の様子は」
「何かハッチを開けて運び出しているのが確認されましたが、それ以外は何も」
彼の副官は運転席でハンドルを握りながら彼に答える。
赤い髪をした年齢的にも若い士官だ。
「地上はNジャマーの影響で、電波状況が滅茶苦茶だからなぁ。
彼女は未だスヤスヤとおやすみか。ん!?」
上官が突如不審な声を発したの聴き、副官は驚いて彼の顔を見た。
「うっ!何か?」
「いや、今回はモカマタリを5%減らしてみたんだがね、……こりゃぁいいなぁ」
「あぁ……」
何を言うのかと思えば珈琲の感想だ。
この上司は頭は切れるし、とても有能であることは誰もが認めるが、ちらほら見せるこのマイペース加減には少々調子を狂わされる。
だが、そのまま調子を狂わされたままでは彼の副官は務まらない。
彼の上司はこの瞬間も冷静に物事を分析しているのだ。……と、唐突にその上官は双眼鏡を彼に放った。
「あ、あぁ!?」
副官の青年は慌ててそれを受け止める。
無事に受け止めたのを横目にニヤリと微笑む上官は、後方に待機する兵達を見た。
「ではこれより、地球軍新造艦、アークエンジェルに対する作戦を開始する。
目的は、敵艦、及び搭載モビルスーツの戦力評価である」
上官の命令に一人の兵が質問した。
「倒してはいけないのでありますか?」
その言葉に他の兵達が思わず笑い声をあげる。
質問した兵には悪いが、受けた上官も苦笑しつつ話す。
「ん~、その時はその時だが、……あれはクルーゼが敗退し、遂にザラ隊も仕留められず、ハルバートンの第8艦隊がその身を犠牲にしてまで地上に降ろした艦だぞ?
……それを忘れるな。一応な。では、諸君の無事と、健闘を祈る!」
「総員、搭乗!」
彼の命令下、兵士達が自身の愛機へと乗り込んでゆく。
澄み切った夜空に輝く星空を見上げながら、彼らの上官は珈琲を口にした。
「ん~、コーヒーが旨いと気分がいい。……さ、戦争をしに行くぞ」
夜の闇夜にモノアイの光が蠢く。
―つづく―