ティアナ日記_第01話

Last-modified: 2007-11-17 (土) 17:44:24

「ティアナ・ランスター、ガナーザク・ファントム! 出るわよ!」

と……私ことティアナ・ランスターは何時も通り叫んだ。だが他は何時も通りには行かない。
なにせ今はプラントの内部であり、船もドッグ入りの真っ最中。カタパルトで射出なんてする意味も全く無い。
私の操る赤みの強いオレンジ 黄丹色をメインに塗装されたザクファントムは静々と歩いて外へと出た。
機体を巡らせば一つ目のカメラアイが捉えるのは炎上する格納庫であり、MS規模の銃撃音と爆発音が僅かに届く。

「派手にやってるみたいね……」

ふと横を見れば軍事式典の目玉であり、進水式の主役である新造艦ミネルバの艦首につけられた特徴的なカタパルトから戦闘機のようなモノが連続して飛び立っていく。
母艦と合わせた画期的な運用システムとかで、進水式でデモストレーションをやる予定だったはずだ。
どうやらミネルバは戦闘艦として、司令部としてチャンと動いているらしい。迷わず私は通信機を叩いて呼びかける。

「ミネルバ、聴こえますか!? 当方はグラム所属のティアナ・ランスターです。現在の状況を教えて欲しい」

戦場で大事なモノは自分の腕と情報だ。自分の船は未だに戦闘状態には程遠く、情報も無い。
返事はザフトでは珍しくない若いオペレーターの少女の声で直ぐに来た。

「こちらミネルバ。奪われたのはセカンドシリーズのカオス、ガイア、アビスの三機。
 現在三機ともハンガーを中心に破壊活動中、迎撃のMSが出ていますが戦況は思わしくありません
 現在の戦闘地点は……」

そうだろうな。最新鋭の三機が周りを気にせずに攻撃してくるのだ。此方は自分の陣地と言う事もあり、派手な事は出来ない。
しかも式典用装備がごった返していて戦力的にも不足が考えられる。

「了解、情報感謝します」

「ちょっと待って、私はミネルバ艦長のタリア・グラディウスよ。貴女、新人じゃないわね?」

不意に通信に割り込んできたのは成人を超えて久しい女性の声。こちらは落ち着きと威厳に満ちたベテランといった印象。

「ヤキンを生き抜いたので、新人ではないつもりですけど……」
「では部隊違いも承知でお願いするわ、今からデータを送る機体への指示をお願い」
「なっ!?」

それは確かに部隊違いどころか例外中の例外。しかも非常時とは言え、そちらは命令系統も生きている。
一人で飛び出してきた私にそんな事をさせる必要があるのだろうか?

「先程見たと思うけどインパルスを初め、ウチのMSは新型が揃っているけどパイロットがアカデミーを卒業した新人ばかりなの。
 実力は保証するけど戦場での経験はゼロ。故に貴女には経験に基づいた助言をお願いしたいわ」

そういう事ならば仕方が無い。これからは本来の仕事場であるグラムでもMSを指揮しなければならないのだ。
この程度で怖気づいていては話にならない。何よりも目の前で起きている事態に、最善の策を尽くさないのは許し難い怠惰だし。

「わかりました、微力ながら全力を尽くします」

送られて来た情報を見れば確かに気体の性能は申し分ない。これならば私は何時も通り後方から指示と援護射撃をしていれば良い筈だ。
ちなみに私が乗っているザクファントムは、ザクウォーリアと呼ばれるMSの指揮官用。
この機体を任されるのは指揮官であり、エース級。その為かウィザードは高機動用のブレイズや接近戦重視のスラッシュが選択されることが多い。
だけど私は「やっぱり射撃だよね!?」の信念の元、ガンナーを使っている。正直な話、指令を出すならちょっと後方に居る方が都合がいいと思う。
え? 執務官になる為に一人で戦える射撃型を目指していたんじゃないかって? 
あんな事ができるのは魔法だけよ……少なくとも私は無理。同期生は優秀な奴ばかりだったから解らないけど。

現場に到着したティアナが見たのは、まさにピンチなインパルスの姿だった。
反射的にガナーザクのメインウェポンである、オルトロス高エネルギー超射程ビーム砲を構える。
照準は今まさにインパルスに飛び掛り、砲撃を加えようとする強奪機体の射線上。
直撃すれば戦艦すら一撃で轟沈させるエネルギーの奔流に気がついて、強奪機体達がとっさに距離を離す。
今はじめて乗った機体を動かしているとは思えない反応の良さに、思わず私が顔を顰めていたらインパルスから通信がきた。

「助かった! こちらはミネルバ隊のシン・アスカだ」
「どういたしまして、私はティアナ・ランスターよ。グラディス艦長から臨時指揮権を貰っているわ。以後私の指示に従うように」
「なっ! そんなの聞いてないぞ!?」
「当然よ、知っていたら臨時じゃないわ」
「そりゃそうだけど……」

映し出されたのは確かにトップガンである紅いパイロットスーツに身を包んだ、赤い瞳と黒い髪が印象的な少年だった。
もちろんこんな会話を交えている時も、強奪機体 ガイア・カオス・アビスを相手に銃撃戦を演じているのだが。

「戦場では上司の命令には服従よ。これでも君よりは先輩なんだから」
「解った……で? どうすれば良い」
「とにかく時間を稼ぐ……なんでそんな時間を稼げなさそうな装備なのよ……」

奇襲を受けてガタガタだがココは間違いなくザフトの軍事基地だ。時間が経過すれば持ち直した部隊が増援として現れるだろう。
そして何よりも敵にはこの内部でバッテリーを補充する術が無い。上手くすればエネルギー切れで無傷で確保可能。
だと言うのに……インパルスの装備は男の子の浪漫が詰まったような二本の大剣。
これでは倒すにしろ、倒されるにしろ、逃げられるにしろ短期決着が目に見えている。

「そんな事言われても……」
「まあ、良いわ。とにかく私が射撃で敵の足を止める。貴方は敵の一気に密着して攻め続けて」
「? それじゃあ逃げられるんじゃ……」
「射撃が得意なアビスに近接戦闘を挑み続ければ、アビスはお得意の重射撃は行えないわ」
「なるほど……流石は先輩!」

威勢の良い返事とともに、インパスは連射していたビームライフルをウェポンラックに収め、男の子の浪漫を構えて突撃。
その潔さと度胸はかなりの物。無茶しすぎて死ななければきっと伸びる。あとこの子は多分スバルみたいに単純だと確信した。

「……結局ミネルバに着艦してしまった……」

若干ドンヨリとした表情でザクファントムのハッチからミネルバのMSデッキに降り立ち、ティアナ・ランスターは呟く。
本来ならば自分はグラムの所属であり、非常時と言う事で指示まで出したが、まさか着艦までする事になるとは思わなかった。
まあ、エネルギーが残り少ないのだから仕方が無い。補充が終了したらお暇しよう……なんて思っていたティアナの予定は色々と狂う事になる。

まずは……緊急着艦と言う形になった為、挨拶に向かったタリアの言葉だった。

「当艦はこれより強奪部隊母艦に対して追撃任務に入ります」
(まあ、当然よね。これを取り逃がしたまた戦争なんて事に……)
「貴方には文字通り乗りかかった船と言う事で、引き続きMS部隊の指揮をお願いしたいの」
「なっ!?」

続いてはそんな艦長よりも偉そうにブリッジでふんぞり返っている人物が話しかけてきた。

「私もぜひ君を推薦したいね」
「議長!?」
「ハッハッハ~昔のようにギルと呼んでくれて良いのだよ?」

そこに居たのはギルバート・デュランダル。紛れも無いプラント最高評議会議長であり、難民として入国したティアナの後見人でもある。

「むっ昔は何も解りませんでしたし、今とはお互いの身分が違います!」
「そうかい? ソレは残念だ。ならばその身分の上でも頼みたいのだがね?」
「うっ……」

自分で昔を否定し現在の身分を引き合いに出した以上、ソレを否定することは出来ない。むしろ最高評議会議長の『お願い』を断れる人間などそう存在しないだろう。
ちなみにタリアが『ちょっとギル! その娘にも手を出しているの!?』みたいな視線を向けている気がしたが、気のせいだと思いたい。

「謙遜する事は無い。君の実力は同期たちの中では目立たないものだったかもしれないが、あの世代のパイロットコースは特に優秀なものが多かった」

そんな事を言われるとティアナとしては色々とへこむ。
基本的に一番を狙い続けている体質であるゆえ、コーディネーターではないという裏事情を考慮しても、自分よりも上位の赤服四人との差は広かった。

「緊急時の臨時移動だが最新鋭艦であるミネルバのMSの指揮を執る事になるわけだ。これは栄転だよ? 私は君に期待している、閃光のランスター」
「はぁ……了解しました。謹んでお受けします」

いつの間に付いたのか解らない二つ名を出され、しかも「栄転」なんて言う無言の圧力まで加えられて、ティアナはあっけなく要求を呑んだ。

「はぁ……シン達になんて説明しよう」

パイロットが集まっているだろうレクルームに歩を進めながら、私ことティアナ・ランスターは大きくため息をついた。
グラムに馴染むのも時間がかかったのに……アァ、ため息が多い。ふと通路の角でおかしな人物と遭遇する。
まずこの軍艦であるミネルバにおいて軍服を着ていないことがオカシイ。そしてありえないセンスの大きなサングラスがオカシイ。
さらに服のセンスもオカシイ。ついでに年のワリには髪の生え際がオカシイ。つまりハゲだ。
数秒にらみ合いの後、その男が呟く。

「……ティア?」
「ティア言うな!!」
「グホッ!?」

はっ!? 思わず右ストレートを炸裂させてしまった。私をティアと呼ぶのは此方の世界ではある人物を除いて居ない。
と言うかティアと言うのは親しい人間が使って良い愛称なのだ。ソレを乱用する生え際がヤバいコイツはやっぱり……

「なにやってんのよ、こんな場所で……アスラン・ズラ」
「ズラじゃない! ザラだ!!……はっ!? 違う、私はアレックスだ」
「ネーミングセンスも死んでるのね?」

どうやら予想していた人物だった。本名はアスラン・ザラ。私のアカデミーの同期であり、表現するのも面倒なほどの有名人。
若気の至りとは言えアカデミー時代にこんな奴と付き合っていたとは、我ながら恐ろしい過去だ。
もちろん口では言えないことはしてない。まあ本当に若気の至りだったんだ。アカデミーの卒業でなし崩しに別れる位だし。
当時はラクス・クラインと婚約関係にあっただろうに……私を破滅させる気だったの!?
戦後はオーブに身を寄せているという話だったけど……まさか!?

「アンタ……アーモリーワンに居たんでしょ? なにをしに来たの?」
「えっと……」
「まさか……観光?」

尋ねて来られるのはオーブに逃げ出したコイツ位だと思っていたが、どうやら本気で暇らしい。
こんな奴に追いつく為に私は必死に努力したり、付き合ったりしていたのかと思うと腹が立ってきたぞ。アスランが弁解を述べる前に、反射的に動いていた。

「歯を食いしばりなさい! ニートなザフトのエースなんて……英雄なんて……修正してやるわ!!」
「ちょっとま……」

打撃音。

修正はオーブのカガリ代表が『それくらいで勘弁してやってくれ。帰ったら職を探させる』と言ってくれるまで続いた。