デカルト漂流記 in Cosmic Era 71_13話

Last-modified: 2013-08-26 (月) 20:58:16
 
 

7日後、US艦内第27医療室

 

「大尉、術式終了です。お疲れ様でした」
「…いや、ありがとう」
デカルトが新たな左腕を動かしながら、医務官に礼をする。
「…存外早く済むものなんだな。1ヶ月は掛かるものかと思っていたが…」
「大体の施術はナノマシンの仕事でしたからね。尤も、軍等の管轄の下の施術は16年ぶりの筈ですが…」
「…聴かなかった事にしておく…」
施術は、殆どが出血を伴わないものだった。
施術期間の殆どが右腕に繋がれた筋電探知機によるデータ集めであり、BMIの術式は接続部の移植以外は初日の注射数本で終わり、義手・義眼の移植も神経節や皮膚の定着も含め3時間の施術で終了してしまった。
尋常な医療技術ではない。
「随分インチキじみた医療技術じゃないか。こんなのが一般に出回っているのか?」
「いえ、むしろこの施術は真っ黒と言っても過言でもありません。16年前にナノマシン絡みらしいバイトハザードが起こってて、それ以来生物実験も何もかもがタブー視されてしまって…」
「バイトハザード…一体どんな?」
「詳しくは知りません、国連レベルでの情報統制が敷かれていて…噂では生物兵器のようなバケモノが出たとか言われてますが…まあそのお陰で他の技術立証も出来ず、足止め状態なのが今の医療技術の現状ですね。」
国連レベルで情報統制を敷くとなると、さぞ大規模な実験だったのだろうか。
「…成る程な。術後は安静が第一か?」
「今日1日比較的安静にしていれば大丈夫でしょう。組織定着進度もクリア済みですし、このまま即実戦行きも可能です。まあ、義手に慣れるものと考えてもいいですね。あと、機体担当の技師が後で第7ハンガーに来て欲しいそうです。だいぶ形になったみたいですよ」
「了解」「お大事に」
医務官に軽く会釈を交わし、デカルトは医務室を後にした。

 

「お!やっと来なすったか、マイカスタマー」
「待たせたな。機体が形になったと聞いたが?」
デカルトがハンガーに着くと、色黒に近いアジア系の技師が迎えてくれた。
今まで作業に当たっていたのだろうか、体からは鼻を摘みたくなるような汗と機械油の匂いが漂ってくる。
「…おっと申し遅れちまった…R&Lテクノロジー第二技術部MS研究部長、アレックス・イノウエであります!機体のほうは7割方上がっておりますが…」
イノウエがハンガーの下のほうを見ると、そこに横たわっているであろう機体の上に、保護用であろう黒いシートが掛けられていた。その下では数人の技師が作業に携わっている。
「おいスティーブ!さっさと邪魔なシートを片付けろ、機体との顔合わせだ!!」
イノウエの怒号が飛び、技師達がシートを片付け始める。どうやら足はまだ組み上がっていないらしく、足周りのシートはそのままだ。
「…大きいな。4mはデカくなったか?おまけに外観も大きく変わっているが…」
「何せパーツ共有率は10%止まりですからねぇ…02から引き継いだのはフレームと一部内装、それにマニュピレータ程度でさぁ」
頭を掻きながらイノウエがごちる。その手元には部品の一覧らしき本がある。厚さからして尋常な枚数ではない。
「ま、変わったのは外観や部品だけじゃないんでね。運用自体も02とは別モンだ」
言いながら、デカルトにフォロスクリーン端末を手渡す。その中に入っていたのは、「P02-C1LWSP」すなわちこの機体の運用マニュアルだった。
「02デュエルは白兵仕様に近かったが、こいつは完全な奇襲・電撃戦仕様だ。機体はNジャマー領域の如何を問わずのステルス性を与える為、前面を中心にRCS低減をさせてある。
全身だと数分って制限付きだがミラージュコロイド展開も可能だ。フライトユニットはロケットとジェットの統合型を採用、宇宙大気圏問わず運用可能だ」
「RCS低減?Nジャマーでレーダーを無力化出来るのにか?」
「あんたの上司、アズラエルの兄ちゃんからの要求さ。俺らはそれに合わせてこいつを調整してんだ。…ザフトの連中は専用のNジャマー搭載MSを持ってるが、地球にゃNジャマー領域下に無い地域も多いからな。
海洋なんかは敷設したNジャマーが地熱を得られず稼働出来ずに転がってるって噂もある」
Nジャマーを包む削岩ユニットとそれの原形になった対隕石用破砕兵器「メテオブレイカー」は堅い地面に接地した上で掘り進む事が前提になっている。
ところが海底は柔らかい海洋堆積物に包まれている影響でユニットが安定せず、横転ないし空回りし易い。おまけに余りに高い地熱を持つ地形や地震が多発する地域にも適応出来ない。
結果として太平洋の孤島や海浜地帯はNジャマーが効果を発揮出来ない事が多く、日本やアイスランド、カリフォルニアやオーブ等はNジャマー領域下にある国土が非常に少なくなっている。
「つまりは非Nジャマー領域下の不穏分子に対する先制攻撃と施設破壊がこいつの運用方法か」
「そういうこった、要するに一番槍の機体そのものだな。ま、それに特化し過ぎたせいで対MS戦闘は不得意になっちまったがな…」
そう言いながらまた頭を掻く。その理由は、マニュアルの次のページに込められていた。
「こいつのメインアームは70口径8インチ砲Mk.47、18連エンブロッククリップ給弾方式で総弾数が予備も合わせて二丁で108発。 対艦戦闘と空力補正用に大型のブレードを装備してるんだが、そのせいで一丁15t近い大物になっちまった。こいつでMSを撃つのは正直無茶ってもんだな…」
「…まるで長槍だな…」
「対MS用には副腕とアンカー兼用のヒートブレードを装備してるが、むしろそれしか無いってのが実情だ。それ以外だと対地対空迎撃用の散弾ロケットしか無い。 おまけに重量削減の為にバイタルパート以外は耐候カバー程度の装甲しか張られていない。全く極端な機体になっちまった」
イノウエの言うとおり、手足等の装甲は悉く20mm程度に抑えられており、耐弾性は期待出来そうにない。ただ、フレーム強度はかなりのものであり、空中分解の危険は無さそうだ。
「つまりは、パイロットの腕に全てが懸かるという訳か…」
「そういうこっですな。ま、旦那の許可が降りるなら、あのデカブツの資材を使って構造を強化するのも可能ですが?アレの装甲、見たところかなりの強度っぽいですが?」
「…」
ガデラーザは軍の機密の塊だ。無闇やたらに探られるのは拙い。かといって、ただ置かれていてもいずれ調べられるだろう。ならばいっそ…
「…こいつの完成と調整が完了次第、お前の云うデカブツ、ガデラーザから使える部品を抜き取る。Nジャマー領域下でも使えるものがあるかも知れない。」
「ほうほう…そいつぁ面白そうだ…!技術屋としちゃあね…」
「但し、調査中は俺の指示に従え。こちらにはこちらなりの事情がある。」
どうやら、うまく乗せることが出来たららしい。GNドライヴが気懸かりだが、この脳量子波の伝わり難さからいって、既に稼働状態ではないだろう。
どの道、ガデラーザの装甲素材たるEカーボンは元は建設資材だ。GN粒子を浸透させなければ機密レベルの技術には及ばない上、こちら側の技術レベルを向上させる事が可能かも知れない。
それが出来れば、もし連邦軍と連合が接触する事になった際の友好の始点にも成りうる。これは悪い話ではない。
「どの道、一度下見をしてみないことにはどれだけの資材を再利用出来るか解らん。ガデラーザは今どこにある?」
「あのデカブツなら…確か第8艦船ドックに収容されてたなぁ。全長700m、全幅300m、高さ100m、この船最大の空間だ。艦内図を見ればすぐ判ると思いますぜ」
「分かった。今日はありがとう。お陰で機体に乗る心構えが出来た」
会釈もそこそこに、デカルトは足早にハンガーを出た。以前より妙に軽くなった左腕を鬱陶しく思いながら。

 
 
 

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