デカルト漂流記 in Cosmic Era 71_14話

Last-modified: 2013-08-26 (月) 21:05:50
 
 

「いやー、酷いなこりゃ。バラすのも一苦労だ。」
翌日、技術部の殆どが、ELS漬けになったガデラーザに群がっていた。
目的はNジャマー領域下でも使用可能な筈のファング管制用量子通信機の摘出、なのだが…
「本当、何なんだよこの金属体はよぉ!?」「判っていたとはいえ、やり切れないよなぁ…」
ELSの侵食が胴体部や動力部に集中し、厚い金属体に阻まれて未だに本体に辿り着けない状況になっていた。
「…仕方ないな…。機首砲口のほうはどうだ?」
溜め息をつき、デカルトが指示を出す。あそこを通るということはGNブラスターの機関部に触れられるという事になる。そこにGN粒子が残ってでもいれば…
(…その心配は…無さそうか?)
しかし、そのGN粒子の気配が全く感じられない。それどころか、ELSが発する筈のあのけたたましい脳量子波の叫びも聞こえない。感じられる脳量子波は、作業従事者の未知の技術に対する好奇心と興奮程度だ。
(機関部単体なら、機密レベルは低い…大丈夫そうか)
最新技術の結晶に見えるガデラーザだが、実は脳量子波技術以外はそうでもない。コスト削減の為、各部Eカーボンの質や、武装のパーツ単位の質をGN-XⅣよりも低く抑えている他、各パーツの40%近くをコストの安い民生品に置き換えている為だ。
GNブラスターも機関部はGN粒子兵器にはあまり向かないプラズマキャノンの機関部を集積多層化したものに過ぎず、その大威力を叩き出す超大型GNドライヴもかつて行われていた対反政府勢力に対する通信妨害に用いられていた大容量可変出力型の流用である。
それらの工夫もあり、300mを超す超大型MAにも関わらず一機あたりの建造費はブレイヴ試験飛行隊所属の6機編隊の6割増しにまで抑えられており、パイロットの条件が非常に厳しいガデラーザがブレイヴと次期主力の座を争う事が出来たのはこれあってのことである。
「大丈夫そうです!皮膜も疎らです!」
どうやら侵食された際に閉じていた為か、砲口部はかなり状態がいいらしい。内部の侵食状態にもよるが、メンテナンス用の通路は問題無さそうだ。
「よし!全員砲口から内部に侵入、量子通信機を探せ!無重力下での整備が前提の機体だから足元には注意しろ!」

 
 

「…で、頑張ったこれかい?大尉」
「…悪いな」
2時間後、デカルトは「また」技術研究室に足を運んでいた。
「替えがある腕だからって無理させるのを悪いとは言わないが、もうちょっと丁寧に扱ってくれないかな?制御部以外は安上がりだからまだいいけど…」
そうぼやきながら、技師が押し潰された左腕の配線を外していく。傍らには同じように壊れた義手が二つ、無残な姿を晒していた。
メンテナンス用の通路であっても、ガデラーザの内部は意外と狭い。普通であればメンテナンスハッチを解放する事でユニット毎の交換も可能な設計にはなっているが、そのハッチがELSまみれではどうしようもない。
砲口部は侵食が軽度であったが、やはりと言うべきか内部はELSに所々が侵食されていた。
そのELSを作業に先んじて撤去していたのだが、剥がれてくる破片から作業従事者を庇った結果、瞬く間に義手を破損してしまったのだ。
「…生身の命には代えられん。連中が無事なら壊した甲斐はあるさ。」
「…それはそうなんだがなぁ…そんな危険を冒すなら本体を一回ポッキリと折ったほうがいいんじゃないのか?」
「…あれだけの大物を折るって発想がどこから出るんだ…?…それより」
ふと、デカルトが義手着用時から不満に思っていた事を口に出す。
「この義手、何でこんなに軽いんだ?付けないよりはマシだが、ここまで軽いとバランスが取れなくて困るぞ」
「あー、バラスト入れとくべきだったか」
技師が思い出したように引き出しから鈍色に輝く物を取り出し、義手の前腕を外部信号で操作する。すると前腕の片側のカバーが跳ね上がり、内側に色々物が入りそうなスペースが現れた。
「普通じゃ普段は何も入れないんだが、お前さんの場合は片腕だってのを忘れてたよ」
「…何やら訳ありのブツとでも言いたげだな」
「いやいや、こいつはもとより純正の軍用品さ。これならどうだ?」
瞬く間に配線を繋ぎ直し、デカルトに伺いを立てる。義手は先程とは段違いに重くなり、生身の腕と変わらない程の重さになっていた。これならば日常的な違和感も解消されそうだ。
「こいつは元々はアメリカ海兵隊の兵士強化計画、HBMSPの産物だ。四肢を機械に置き換えることによる総合的戦力の強化の、な」
技師は説明しながら端末を操作し、あるファイルを開く。そのファイルに入っていたのは、HBMSP計画の概要だった。
「発案は今から60年は前になる。日本の如月生体工学研究所のキサラギ研究員の論文が初出だった筈だ。全く、あの国はタブーってもんを恐れないから怖いもんだ。ま、あの大戦の後じゃ仕方ないって面もあるがな」
別のウィンドウで今度は年表を表示する。時期は―西暦の終わりとコズミック・イラの始まり、その狭間の時期である。
「再構築戦争、もとい第三次世界大戦。アレで出た死傷者は尋常じゃなかった。それが連中を刺激したんだろうさ。特に四肢の銃創が原因で失血死した兵士は多かったからな…」
この簡素な年表からは何があったかは読み取れない。しかし、人類史上最大規模の戦争であった事に変わりはないだろう。
「四肢の一時的サイボーグ化によるバイタルパート以外の出血の根本的阻止、腕部への緊急医療品収納による即時救命環境の向上、被弾時のパーツ交換による早期復帰。世界の一番槍たるアメリカ海兵隊にとっては有り難いものだっただろうさ」
「切除した四肢は保存、退役時に再接合、か…。ということはこれも?」
「ああ、アメリカ海兵隊制式軍用義手MA-24E-7。今も海兵隊の、さらには各国兵士や民間人の命をも救ってる、ヌアザの銀腕(アガトラム)さ。お前さんの場合は本当にヌアザの銀腕と同じだがな」
「…仕事を全うするまではミアハはお預けか…」
「そりゃ違いないな、デカルト」
いつの間に入ってきたのか、ハイネマンが何やら指令書のようなものを持って後ろに立っていた。実に一週間ぶりだろうか。
「…久しいなハイネマン。用は自分にか?」
「ああ、お前の機体の試験飛行命令みたいだ。ちょっと覗き見してみたが、なかなか面白そうな内容だぞ?」
「…?どういう事だ?」
「…ま、こういうこったよ…」
ハイネマンは、その指令書の一枚で紙飛行機を折り、わざとらしく高い仰角で放り投げた。
紙飛行機はぐんぐんと高度を上げ、少し滞空したと思うと一気に高度を下げ、元の場所に戻っていった。
「素晴らしく、ファンタスティックな眺めだと思うぜ?」
ハイネマンの視線は、ただただ天井の先へと注がれていた。

 
 
 

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