デカルト漂流記 in Cosmic Era 71_2話

Last-modified: 2013-04-18 (木) 19:19:15
 

『…くぅ…ふぅ…』
眠り心地の良くないベッドで迎えた筈の、しかしとても心地良い眠りから、一時間は掛けてその身体を起こした。
こんな心地良い眠りは久しぶりだ。その眠りのせいか、小さい窓から僅かに見える空は既に昼下がりの陽気を纏っていた。
「デカルトさーん、起きてますかー?」
昨日の、あの人を小馬鹿にしたような声と同時にその声の主がドアを開けて現れる。
少々不機嫌そうな脳量子波から察するに、どうやら相当待たせていたようだ。
『良い眠りをさせて貰った、監視を解いてくれた事に感謝するべきか』
「それは何より…。別室に食事と着替えを用意してますから、本題はそこで話しますか」
言いながら、男が別室から立ち去る。さっさと動け、とでも言いたげな態度だ。余程時間が惜しいのだろう。
デカルトからしてみれば気に入らない事この上ない態度だったが、彼の意識は別の方向に向いていた。
なぜなら、彼の思考の中に「戦争」「兵士」という、その姿に似合わない言葉が入り乱れていたのだから。

 

「…成る程、自身の秘密への不介入、人権の保証、情報の提供ですか。意外と安い御用ですね?」
『…だから何だ?』
―別室、といっても今まで居た部屋と大して変わらない部屋だったが、いくらかは過ごしやすいそこで「交渉」は始まった。
男の名はムルタ=アズラエル、国防産業連合の理事長とのことだった。どうやら政治家ではなかったらしい。
―だが、そんな部署が連邦政府にあるとは聞いたこともない。が、デカルトはまず交渉を先に進めることにした。交渉が成立すれば、情報は自ずと入ってくるのだから。
『で?受け入れるのか?』
「ええ、これぐらい不法移民にも認められてますから。既に情報はある程度は纏めてありますよ」
言うなり、一枚のファイルを渡してきた。受け取るなり拝見するが、一ページ目から早くも大きな難題にぶち当たる。

 

『これは…年表か?』
「見て分かりませんか?」
そう、年表だった。だが様子がおかしい。
コーディネイター、ナチュラル、プラント、コペルニクス、オーブ、ザフト―
訳の解らない単語が軒を連ねている。それどころか年号すら異なる。それよりも、もっと大きな違和感が彼の思考をフリーズさせていた。
―なぜ年表が渡されているんだ?
ページをめくっていく度に、それらに綴られた情報が、逃れられない現実として襲ってくる。
そして、最後のページ―2枚の写真に写っていた、銀の結晶に包まれた赤紫の巨大な機体と、そのコックピットの中の写真が、アズラエルの言葉とともにトドメを刺しにくる。
「―300メートル以上の金属塊の中にいた、金属塊に飲み込まれかけたヒト。そんなヒトをこの世界の存在と思えますか?あなたは」
―300メートル以上、金属塊、金属、ELS―
少しずつ、しかし鮮明に、「あの時」の記憶がフラッシュバックする。
壊滅する連邦先遣艦隊、孤立した自分、侵食される機体、叩き込まれる脳量子波…
戦友は、仲間は、司令は、地球は、自分は―
「…大丈夫ですか?」
アズラエルの言葉で我に還る。どうやら、知らぬうちにパニックに陥っていたらしい。体中が脂汗だらけだ。

 

―現実を受け入れる。
その行為は言葉では簡単だが、実際にこなすとなると途端に難しい行為となる。厳しい現実となればなる程、その難しさは加速度的に上昇していく。
それでも、まだ一人だと決まった訳ではない。
『…他に…同じような奴は…』
僅かな、ほんの僅かな期待に賭けて、絞るように言葉を発する。
誰でもいい、誰でもいいからこの苦しみを共有できる仲間が欲しかった。一人でも、一人でも仲間が居れば―
「存在するならば、3ヶ月も掛けてあなたを調べる事も無いでしょう?」
非情な現実が、デカルトを打ち倒す。
―また、また一人なのか―
望みもしない現実に一人で立ち向かわされる、そんな経験は一度経験していた。
自分が人類初のイノベイターと知らされ軍の実験施設に収監された時も、自分はたった一人だった。今度は、たった一人で異世界に放り出されるというのか―
『…結局は…俺はまた一人か…』
呟くように独り言る。その精一杯の、されど小さすぎる悲鳴は、誰の耳にも届かなかった。
今度は、アズラエルも言葉を掛けない。むしろ、この異世界よりの来訪者の反応を楽しんでいるようにすら見える。
しばらくして、デカルトが重い口を開く。
―理性ではなく、本能に従って。
『―お前は俺に何を求めるんだ…』
「はい?」
『利用しようとして俺を留めているんだろう?思考が見え見えだ』
そう言ってアズラエルに向けられたデカルトの瞳は、金色の光を放っていた。それは、脳量子波を使っている証にして、イノベイターの証。
その脳量子波を一点に集中させる。強引に、思考の悉くを読み尽くす。
脳量子波を扱えないアズラエルにも、その脳量子波は気迫となって確かに伝わり、アズラエルが無意識のうちに半歩退いていた。
「な…何をいきなり…」
『解るんですよ、あんたの思考。読みやすくて助かる』
デカルトの意識に、既に機密も何も無かった。
在るのはただ、やり場の無い怒りと悲しみと、「生きる」ことへの執着のみ―
『やりますよ。来訪者の力、知りたいんじゃないですか?』

 
 

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