「モビルスーツとアーマードコア、二つの兵器の違いは、何ですか?」
目の前で煙草の煙をくゆらせ、力を抜いて椅子に寄りかかっている男に、男は慇懃にそう聞いた。
男はにこりともせずにこう答えた。
「さあね、MSは汎用性と生産性に勝るが、ACに対するにはACしかない。
だからこそこの二つの兵器は生き残っている。ACを部隊ごとに調達するとなるとアセンブルを統一する必要性があるが、それではACのメリットを殺すからな。
……そこで、俺達レイヴンが、やる」
「世界を混迷に導いても?」
その男の一言に、レイヴンたる煙草を吹かした男は哄笑しながらこう返した。
「上等だ、仕事が増えるからな」
男は瞑目し、ため息をついた。そして、本来はコンコードなりネストなり、アークなりを通さなくてはならない依頼を、この男に直接依頼すべきかどうか逡巡する。
このレイヴンは、平地に乱を起こす事に喜悦を覚えるタイプなのだろう、しかし。
「……良いでしょう、ナチュラルである貴方こそ、この作戦には相応しい」
そうして、ムルタ・アズラエル口の端をゆがめ、レイヴンに書類と報酬を提示する。
30万コームを超える報酬を示され、レイヴンは目の色を変えて書類をひったくる。それをみて、その依頼がなぜ高額であるのか、それを膚で理解した。
なぜなら、その依頼内容は一隻で戦況を覆し得る能力を持つ、オーブに逃げ込んだアークエンジェルを襲撃し、破壊せよ、という依頼であったからだ。
―ヤマトを殺せ(元ネタはパブロを殺せ)
「……フン、この俺がお綺麗なコスモス様方の手先ね……」
彼は確かにナチュラルである。それは間違いないし、純然たる事実である。
が、彼は事によるとコーディネーター以上に異質な者である。人によっては彼を物呼ばわりするだろう。強化人間であるが故に。
「いいさ、報酬分は働いてやろう」
どちらにせよ、規約に違反した契約をしたのだから所属しているレイヴンズ・アークからの支援は期待できない、輸送機の手配、情報収集、
さらにはオペレータによる誘導も無し……となれば、30万コームでも安すぎる、という思いがある。
というのも、情報屋に情報収集を依頼するたび目減りしていく自分のコームを見て不機嫌になっているからだ。
ここから弾薬費を引けば、自分の取り分が幾ら残るか、という計算をブツブツと呟きながらしている。
受けてしまったからには仕事をやる、その実行能力にこそ彼の依頼主は期待して依頼したのだし、その自負があるからこそ彼は仕事を請けた。
「……とはいえ」
渡された資料を見て、レイヴンは内心驚きを隠せない。まさしく殊勲艦と呼ぶに相応しい。
現実的な問題として、搭載されたMSとこの艦をAC一機で殲滅する事は不可能に近い。
支援はおそらく得られるが、呼びつけられたとはいえ、個人的にあの男が接触して来たと言うことは、まともな支援を期待するだけ無駄だ、と判断してよい。
アークを通さなかったと言う事は、何らかの狙いが存在する、と見て良いが、しかし、とレイヴンは考える。
「……アークが依頼を拒否した、と言う線は……」
無くは無い。どちらかに肩入れをして、扮装を長期化させるか。上層部の中に親オーブ派が居るかのどちらかだろう。とレイヴンは判断する。
問題はアセンブルだ。いつもどおりのアセンブルならば、ヴィクセンの脚部をCR―LH89Fに換装し、右手にクレスト・インダストリアル製CR―WR73RS、
左手はシールドを兼ねたヴィクセンが標準で持っているブレードYWL03LB-TAROS、肩にはECMに強いタイプのレーダーとロケット砲であるWB07RO-ORTHOSを搭載している。
そしてハンガーユニットにはFINGERを積んでいるが、アークエンジェル相手に戦闘をするとなると少々火力不足である。
(いっその事、グレネードランチャーでも積むか?)
しかし、重量を計算してみると重量過多の文字が光り輝く、妥協してWB1SL-GERYON2を積む事とした。
-数日後
「…………」
レイヴンは非常に不機嫌である。仕事を引き受けたのはいい、
しかし後になって、必死になって情報を収集したのと同じレベルの情報を渡され、その挙句にチャーターしたACを投下できる輸送機をキャンセルさせれた挙句に、
軍の船にACを立たせたまま載せられている。
目の前にはMSが同様の状況で積載されているのだが、その頭すら鬱陶しくなってきている。それもこれも、金がどんどん目減りしていくからだ。
くそ、こうなったら被弾しないようにしないと……呟く。その瞬間にムルタ・アズラエルから通信が入った。
「見えたぞ!……早く行け!」
はいはい、了解。
と呟きながら戦闘システムを立ち上げ、被っているヘルメットの顎ひもを引いてから、操縦桿を握り締める。
どうやら、状況はそれ程単純でも無さそうだ。
オーブのマスドライバー『カグヤ』を確保したいようだが、そこにどうにか侵入して宇宙に向かおうとしているアークエンジェルを破壊せよ……と言う事らしい。
「……まあ、足止めが出来れば問題は無いだろう、破壊自体は連中に任せれば良い」
何より、そっちの方が『安上がり』だ、と呟いて、ブースターを作動させて飛び立つ。
足場が少なく、作戦領域に到達する前にコンデンサの容量が切れてしまうため、甲板にMSを積載しうる艦の甲板伝いにカグヤに向かう。
水中でも機動は出来ない事は無いが、しかしそのような用途を想定していない兵器に無理はさせられない。
「おい!そこのレイヴン!早く降りろ!」
「甲板がへこむ!何を考えてるんだ!」
「このクソボケ!さっさと退け!」
無線から流れてくる罵声のマーチを聞きつつ前進し、どうにか戦闘を開始する。
『敵機を確認。フリーダムです。敵は核分裂炉を搭載、その他の詳細は不明。注意してください』
ヘッドパーツのAIが敵の情報を脳髄へ送り込む、赤外で見ればかなりの高温を発している事が見て取れる。なるほど、これがザフトご自慢の新型機か、と思考する。
その周囲を三機のガンダムタイプのMSが包囲し、積極的に攻撃を加えている。
当該機の情報はないが、味方だと聞いているので、支援を開始。
まるでキャノンを打つように膝を立て、トリガーを引くとノーウェイトでスナイパーライフルから轟音を立てて弾が飛び出す。
それと同時にブースターを吹かして立ち上がりながら移動。
「っ……?!」
フリーダムが回避しながら応射、そのスキを突いてガンダムタイプのうち、トゲ付きの鉄球を振り回したガンダムが突撃するが、しかしそれをサーベルで弾き返す。
「くそったれ……弾代が!」
いっその事レーザーライフルでも持ってくれば良かった、と舌打ちをするが、しかしジェネレータのコンデンサ容量に余裕は無い。
おそらくはフリーダムとやらの後方にある羽に似たものは大出力のスラスターだ、と判断したが故に、スピードを落とせないのだ。
いっその事、ブレードで切りかかって見せるか……?と思うが、しかし近接戦闘ではMSとはACでは相性が悪い。
レーザーブレードではいわゆる干渉による鍔迫り合いなど起きないからだ。
複数回ビームや砲弾らしきものが付近に着弾するが、回避行動を織り交ぜ、スナイパーライフルによる狙撃を繰り返しているがために、狙いが少しずつずれている。
たとえフェイズシフト装甲と言えども、衝撃が殺せるわけではないのだ。
しかし、致命的な損傷を与える事はやはり出来ない。
関節狙いも出来ない事は無いが、少なくとも戦闘機動を停止させる必要性がある。
それでは、奴の抱えている砲にやられる、ではどうするのか。レイヴンは奥歯がぎしり、という音を立てるまでかみ締める。
折りたたんでいるキャノンを、使うか?とレイヴンは考えるが、しかしそれでコンデンサ容量が底をついてしまえば、やはり同様に機動が停止してやられてしまう。
しかし、やるしかない。そう判断して武装を切り替える。
右腕が下がり、肩に接続され折りたたまれていたキャノンが展開、一瞬ぐっと下に押されるような感覚がし、砲が発射体制に入る。
正面にフリーダムを捉え、一瞬機動が直線的になる。そこを突かれた。
コアに衝撃が走る、ヴィクセンの象徴ともいえる鋭角的なコアの一部が、命中したビームの熱で赤熱しているのだ。
「……は、クソッタレめ、喰らえ!」
弾代がタダという事もあり、レイヴンは叫びながらトリガーを引く。
殺った、と確信するが、信じられないほどの急速な機動で回避され、さらには全ての砲がレイヴンのACを捉えている。
背中にぞわり、とした冷気が流れ、レイヴンにとっては時間が停止したように感じた。
舌打ちをして背部のキャノンをパージ。ブースターを狂わんばかりの勢いで急速に吹かす。
そして後方を意識すれば、先ほど立っていた場所にはその砲が全て叩き込まれ、パージした砲を飴のようにぐずぐずに溶かし、弄んだ。
「このクソ野郎!幾らすると思ってやがる!」
激昂し、スナイパーライフルを砲身が赤熱するまで撃ち続け、そして使い物にならなくなったと同時に同じくパージした。
ビームの雨を掻い潜り、近距離に持ち込み。FINGERと名づけられたマシンガンを乱射。
それに対し、フリーダムはシールドを構え、その弾薬を受け止める。
そして後退をしながらサーベルを抜き放ち、構えて見せた。その瞬間に、全ての弾薬を吐き出したFINGERを投げつけ、ブレードを展開。
蒼い二本の光条がブン、という音ともに発生し、そのままの勢いで、ブレードを振りぬく。
シールドを切り裂き、これで収支はトントンだな、と思いつつ、加速を続け、発生した黒煙を潜り抜けてみれば。
そこに、ブレードに切り裂かれた筈のフリーダムが存在した。
「……く……?!」
回避行動を取ろうとするが、しかしACは加速しきっている、停止できない。すり抜けるべきだ、と己の体に残っている本能の部分が訴えかける。
しかしエクステンションになんらのブースターを搭載していない以上、回避は不能である、と強化人間の判断能力が無常にも告げた。
「何でこんなところにっ!」
そう叫んだフリーダムのパイロットの声が聞こえた瞬間に、右腕を切り落とされ、返す刀で右脚を切り裂かれた。
空中でバランスを崩し、錐もみ状態に陥るが、さらにそこにビームが襲い掛かる。
狙い過たず頭部を吹き飛ばし、かろうじて繋がっているだけの左足が消し飛んだ。
コアが地面に叩きつけられる、ディスプレイのパネルが砕ける、コクピットはどちらが上か下かすら分からなくなっている。
しかし、それでもレイヴンは生きていた。否。無残にも生きていた。
コクピットの緊急開閉用のハンドルを、保護プラスティックを叩き割ってから引き、コアから這い出る。そして怒りのあまりヘルメットを叩きつけて絶叫する。
「殺せえええええええ!」
長い傭兵人生の中で、ここまでの敗北は味わった事がなかった、その屈辱が、彼をしてここまで言わせた。
それに対し、フリーダムは一瞥をくれると、まるで今まで戦ってきた彼の姿など見えないように飛び去った。
その悠然と飛ぶ背を、そして目標であった大天使を、燃えるような怒りをこめた目でレイヴンは睨み据えていた。
―ヤマトを殺せ 了