ヤマトを殺せ_第02話

Last-modified: 2007-11-17 (土) 18:40:12

「こちらレイヴン。……作戦失敗だ、回収を回してもらいたい、嫌な感じがする」



投げ捨てたヘルメットを拾い、土を払ってそれを被りなおし、顎ひもを留めつつメットの通信機を作動させる。

ヘルメット側の通信機は作戦前に緊急時通信用に指定された周波数に元から合わせてあり、出力は弱いものの、コア側のアンテナを経由して増幅して連絡を行うようになっている。

しかし、帰って来るのは空電と、ニュートロンジャマーの影響で乱された電波のノイズのみ。

ため息をついて、開けっ放しになっているコアに潜り込んで通常モードを起動。

頭部AIの音声もサポートも存在しないが、彼は強化人間、借金の清算のためにキサラギによって改造されたプラスである。

脳とコアのコンピュータを接続するケーブルを取り出し、うなじの辺りに増設されたジャックに接続。

瞑目して機体の……いや、コアの状況を確認する。

左腕の信号は生きているが、落下時の衝撃でまるで使い物にならなくなっている、つまるところ、グズグズに溶かされたキャノンと大差が無い。

コアの通信機は生きているが、おそらく、ヘルメットの通信機とのハイパーリンカが破損している。

さらには、極単純な構造の増幅回路も完全に焼ききれている、これはおそらくキャノン発射時に被弾した事の影響に、落下時の衝撃が影響したようだ。

おそらくはコンデンサーが異常放電をしたのだろう。

このようなコア側からの情報を受け取ってみれば、正直なところ、ほかの機能が生きている事自体が奇蹟に近い。

これは修理するより、予備機に乗り換えた方が早いな、とレイヴンは判断する。

同じヴィクセンだがモスボール保存をしていたので、それを解くことにも時間も金もかかるだろう。

が、ここで生き残れない限りは、金など何の価値も持たない。

金に五月蝿いのは事実だろうが、彼とて命あっての……ということは理解しているし、何より。





―ここはやばい、早く逃げる算段を立てないと。







―ヤマトを殺せ 第二話:Ravens‘Ark









『予感は的中した』



まさに機械の如き正確さを持つ強化人間らしからぬ一言だったが、帰投途中のガンダムタイプのMSにコアごと拾われたお陰で命拾いをしたのである。

通信に対する返答は無かったが、こちらのノイズの酷い通信を拾い、所属艦に伺いを立てたようである。

何が原因で、危うく死に掛けたのか。それは、カグヤを含めた周囲の自爆。

追い詰められたオーブが己の国の理念を守るために元首が自爆を選択したのだと言う。

後にこれを聞いた際には、それは責任放棄と世間一般的には言われるんじゃないかね、これだから主義者は。とレイヴンは切って捨てた。

もとより、金にならない依頼しか回してこないオーブを彼は嫌っていた。単にそれだけと言えばそれだけの話なのだが。





ともかくも、自爆が観測された瞬間には命拾いをしたという思いと、己を殺さず、生き恥を晒させたMSのパイロットへの怒りが彼の中に充満していた。

確かに彼は生き汚いし、生き残って報酬を手に入れるためならば味方や民間人も平気で盾にする。

しかし、命を己の力で拾ったのならばともかく、相手のお情けで生き残る、などという経験は絶無であった。

力が無ければ、レイヴンは叩き落される。

それが戦場の原則であり、当たり前の事であった筈だった。

次に挑みかかってこられても困るし、深追いでない限りは消す、レイヴンに対しての当たり前の戦場の原則を破られたと言う事が、彼のプライドをいたく傷つけたのである。



同時に、お情けで生き残ってきたわけではない、という彼の自負をも、同様にズタズタにされたのだ。

このまま、奴を生かしてはおかない。どんな手を使ってでも八つ裂きにしてやる。と思うが、しかしそれでは金にならない事にレイヴンは思い至った。



「……まあ、どうせ連中のような反逆者を消す依頼には事欠かないだろう」



そう一人ごちて、ため息をついた。

現実的な問題、強化人間になる原因となった借金を背負うまではクレスト・インダストリアルの私兵軍に所属し、

クレスト製ACを使っていたのだから、軍の裏切り者に対する苛烈さは良く知っていた。

さらに言えば、間違いなくあの艦は機密の塊である、戦歴はともかくとして、スペックデータ、搭載武装、レーダーの有効範囲、その他アビオニクスも黒塗りばかり、

当然と言えば当然とはいえ、ならばこのような資料を渡してくれるな、とは思う。

と同時に、このような機密書類を渡せるだけの権限があるとも思えないあの男、すなわちムルタ・アズラエルから、これが出てきたという事実に戦慄すら覚える。

ここまであの『お綺麗なコスモス様方』に軍が侵食されている、と言うことである。そもそも、もっと早くに思い至るべきであった事だ。

下手をすれば、アークの保護の無い俺は消されかねない。

くそ、金に釣られてとんでもないところに足を踏み入れてしまった、とレイヴンは毒づく。

が、無常にも抱えてくれているMSの着艦時に加わる衝撃がコアに伝わってきた。



「……逃げるか?」



映画では有るまいに、そのような事が可能とも思ってはいないが、レイヴンは思わず呟く。

その瞬間、外部からコクピットコアの強制開閉ハンドルを引かれたことを自覚し、止むを得ん、と呟きながらコアに蓄積された戦闘データを増設された人工脳内部に引き上げ、

椅子の下に忍ばせておいた一丁しか持っていない強化人間用50口径拳銃と、ACを起動する際に用いる起動キーとを引き抜き、

拳銃は腰のホルスターに、起動キーはGスーツの胸ポケットに押し込む。

拳銃は無いよりマシだと判断したのもあるが、そもそもこれはアークからの貸与品である。無くせば請求書が回ってくるのだ。





「レイヴン!両手を上げて速やかに出て来い!」



音割れの酷いスピーカーから、ハウリングの音とともに野太い男の声が響く。

あまりありがたくも無い歓迎団だな、と思いつつ、両手を上げてコクピットから外に出る。



「こちらに戦意は無い!雇われがわざわざ雇用主に手を上げるとでも思ったか?!」



口の端をゆがめ、皮肉な笑みを漏らしながら外に出る。

突きつけられたライフルは五本、しかし海軍にしても、まさか取り囲むような愚を犯すとは。軍も質が落ちたな、とレイヴンは思う。



「保護はしてもらえるんだろうな?」



近くに居た、救命胴衣をつけた下士官に声をかけるが、その男は銃の銃床でレイヴンの顎を殴打し、それに数人の男が加わる。

腹に一撃されたかと思えば次は右足、さらに頭を殴ったのちに、サンドバッグを蹴るかのような調子で蹴り続ける者すら居る。

全員がにやにやとした笑みを浮かべている、上官も止める気は無いらしく、同様に笑っている。

気色の悪い笑みだ、こいつらは暴力に酔っていやがる。歯を折られないようにかみ締めた歯がぎしりと鳴る。



「お前のせいで仲間が死んだんだ、どうしてくれる!」



ごきり、という音がした、見れば右腕が不自然な方向に曲がっている。まるで鳥の足のよう。

呼吸が荒い、どうにかこうにか左腕で体を起こそうとするが、例の上官がげらげらと下品な笑い声を上げて横腹に蹴りを入れる。

その痛みのあまり絶叫しそうになるが、歯を噛み締めてこらえ、搾り出すような声で言った。



「は……別に貴様たちの護衛を依頼されたわけじゃ無い。……知ったことか、馬鹿め」



その声に一人の男がしばらく硬直するが、やがて顔を歪め、レイヴンの腹を蹴り飛ばす。

その数秒後にレイヴンは酸っぱい物が込み上げてくるのを感じた。たまらず胃の中身を吐く。

ゲロ以下の味のレーションと、前日に飲んだワインで真っ赤である。

全身が痛い、何で俺がこんな目に遭うんだ。くそったれ。くそったれ、とレイヴンは呪詛を吐き続ける。

それを聞いた下士官は、激昂し再び蹴り上げようとして叫ぶ。



「……ッ!……ふざけるなよ、薄汚いレイヴン風情が人間の言葉を喋るな!」

「止めないか!貴様たちの任務は捕縛であってリンチではないのだぞ!」



騒ぎを聞きつけて、慌ててやってきた士官二人のうち片方がレイヴンを助け起こし、軍医を呼ぶ。

そしてもう片方の神経質そうな士官がレイヴンを蹴り飛ばした下士官に営倉入りを命じた事を聞いた。





殺してやる。





そう呪詛を吐こうとした瞬間、レイヴンの意識は途絶えた。









「我々はいつも誤ちを犯す。そうは思わないかレイヴン。……我々には管理する者が必要だ。我々は我々だけで生きるべきではないのだ。

レイヴンの国…私はそれ程愚かではない。全ては理想のため……復活のため。消えろ、イレギュラー!!」



いつだったかはもはや記憶に無い。子供の頃に見たレイヴンを主役としたアニメを見ていた記憶が、ただ映像のように流れる。

その中でレイヴンの外見はアラブ系にしては色の薄い肌を持ち、蒼い瞳。母が白人であったからだ。



……子供でしかなかった彼にとって、そのレイヴンとはヒーローの一人のようなものだった。



ある日、母親と父親が、レイヴンによって、乾いた砂の地の家ごと吹き飛ばされるまでは。





成人してから、クレストの人脈を使って調査した結果によれば、どうも母と父はミラージュ系のテログループの一員だったらしい。

抜けようとして粛清された間抜けが、自分の父母であった。

復讐を決意した彼は、情報を得るために必死で勉強をしてクレストに入社し、程なくして彼の男がミラージュの専属レイヴンであり、強化人間である事を知った。

状況は順調に推移した、彼の男を消す寸前まで行った。……引き取られた親戚に嵌められるまで、彼の復讐は順調だった。

彼はキサラギに売られた。実験材料として扱われ、人間性という単語を徹底的に無視され、苦悶の叫びを上げても無視され

栄養だけは豊富な人間の食べる物ではない食事を与えられ、たっぷりと内部に機械とナノマシンとを増設された後、実験材料として価値を失った彼は放り出された。

ACのオプショナルパーツを開発する部署が、OP-INTENSIFYを開発した。

かつてのムラクモ・ミレニアム系列の企業が進めていた強化人間計画など、検討にも値しなくなったからだ。

ともあれ、彼は自由を手にし、レイヴンズ・アークに入り、復讐を果たした。それだけの話だった。







「……起きたかね?」



細面の男が、笑いもせずに目を覚ましたレイヴンに声をかけた。



「……天使にしちゃあ、不細工だな?」

「ふん、減らず口を叩く余裕があるならさっさと消えうせろ、アークの連中が貴様を引き取りに来た。……貴様の雇用主のあの男は、沸騰しそうな勢いだったらしいがな」



右手はきちんとした方向に接ぎなおされているから、体内に注入されたクソ益体も無いナノマシンがそのうちに直してくれるだろう、

と判断してレイヴンは軍医の医者としての忠告を聞いてから、立ち上がる。

歩こうとすれば全身がギシギシと軋む。しかしともかくも歩いていく事は出来るので意地になって歩いていく。



「……ミドハト・ナスル。相変わらず虚勢だけは一人前のレイヴンね?」



そうして、通路の外に出たと同時にアークの担当オペレータである女が壁に寄りかかり、氷よりもはるかに冷たい目線を投げかけているのを感じた。







どうにかこうにか、アークのヘリにワイヤーでACのコアを下部に接続すると、レイヴンことミドハト・ナスルは担架に乗せられてヘリの中に運ばれた。

あの後、一気にバランスを崩して顔から倒れこんだ挙句に気絶と言う、何とも間抜けなことになってしまった為である。

あれだけの暴行をされておいて、歯の一本もかけてない辺り、流石は強化人間だな、と人事のようにナスルは思った。それに対して、担当オペレータは渋い顔をし通しである。

当たり前だ、自分の担当したレイヴンが直接契約を行い、さらにはAC・ヴィクセンを大破させ、挙句の果てに大怪我を依頼主の側からさせられた、となれば冗談ではない。



「怒っているのか?大沢」

「当たり前です、何をのんきな事を言っているんですか、この馬鹿」



大沢と呼ばれたオペレータはこの馬鹿を殴ってやりたい、という顔をしているが、流石に大怪我をしているから悪態だけで済ませてやった、と言う顔をしている。



「……今回の貴方は、正規の契約をしてここに来た、と『いうことになっています』……いいですね?」

「……どういうことだ、俺を放り出さないのか?」

「いいですね?」



ジャック・Oの野郎が裏から手を回したのか?

とナスルは考えるが、しかしあの男は一度ミラージュと癒着していたメンバー全員と、クレストと専属契約を結んだ阿呆どもを放り出している。

となれば、わざわざナスルを特別扱いする理由は無い。



「……だれが……?」

「貴方の依頼主に好感を持っている人たちですよ、命を拾いましたね?レイヴン」



なるほど、ブルーコスモスか。と思い至る。どうせ俺もその派閥だと看做されてしまったのだろうが、迷惑な事この上ない。誰とも群れないのが主義だったのだが。



……ジャック・Oと個人的な親交は無くは無いが、しかし彼の派閥にも属していないし、属す理由も無い。



その他の派閥も同様で、特にキサラギ派は叩きのめしてやりたいほど嫌悪していたのである。ブルーコスモスも同様である。

結局のところ、群れている連中が、ナスルは一番嫌いなのである。



「……そうか……ところで、宇宙に行く依頼は来ているか?」



あの艦を追いかける、いや、叩きのめしてやる。金がもらえれば一番だが、もらえないならそれはそれで別に構わない。

ちょっとした『裏技』という奴もあるからだ。と思いつつ、ナスルは目を閉じた。









―ヤマトを殺せ 第二話 了






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