リリカルZERO_第01話

Last-modified: 2007-11-17 (土) 18:26:50

「ごめんなさい」
 繰り返す悪夢に、少年はずっと苦しんできた。
「ごめんなさい」
 炎に照らされる紅蓮の世界に、生者は少年唯一人。
「ごめんなさい」
 少年は、今も謝り続けている。
「ごめんなさい」
 あの日、失ってしまった家族に。
「ごめんなさい」
 一人生き残ってしまった罪を。
「ごめんなさい」
 それを償うために。
「ごめんなさい」
 あの日失くしてしまったものを。
「ごめんなさい」
 取り戻すために。
「ごめんなさい」
 少年は、禁忌へと手を伸ばす。

 世界と世界を繋ぐ次元の海。
 無限に広がるその海を一隻の次元航行艦が滑るように進んでいる。
 青と水色の細長い船体を持つその艦の名はクサナギという。
 次元世界群、コズミック・イラのオーブという小世界が近年開発した次元航行艦であり、その性能はミッドチルダでも高い評価を得ている。
事実、その艦に乗艦した人間は皆口を揃えて快適という感想を漏らしていた。
 その噂に違わぬ快適さ、清潔さに感心しながら、レイ・ザ・バレルは相棒の寝ている自分達の個室へと歩いていた。
数分もしない内に部屋の前に辿り着いたレイは静かにドアを開けた。
 流れるような金髪に端正な顔立ちと、まさに美少年を絵に描いたような少年であったが、
その表情が、その場にいるもう一人の少年を捉えたところで微かに歪む。
「呆れた奴だ」
 決して嫌悪からきている訳ではないことが分かる、親しみの籠められた口調でそう言うと、レイは寝ている少年の肩を揺すり始めた。
「起きろ、シン」
 レイはシンを何度か軽く揺するが、シンの起きる気配はまったくない。
『間もなくオーブへと到着いたします。乗艦されているお客様は、席にお座りになってください』
 レイが再度揺すろうとした時、綺麗なソプラノのアナウンスが艦内に響いた。
 それを聞いたレイは、先程よりも強くシンを揺すり起こそうとする。
「起きろ、シン。もうオーブに着くぞ。降りる準備をしておけ」
 シンの眉が、オーブという部分で微かに反応を示した。
 それを皮切りに、口を動かし、寝返りをうち、目を擦り、そしてようやくシンは眠りから目覚めた。
「……ん、ああ。もうオーブなのかよ?」
「もうすぐオーブだ。シャキッとしろ。そんな顔を彼女達に見られたらマスターとしての威厳もなにもなくなるぞ」
 レイの言葉に、シンはまるで嫌なことを思い出したかのような、そんな表情を示した。
「あいつらは?」
「一応、見回りという口実を与えてその辺をぶらつかせている。今はその方が互いに楽だろう」

 シンの紅の瞳にレイの顔が映る。
 シンは、普段から口数が少なく、冷静沈着な親友のこういう気配りや心遣いに敵うと思ったことはない。
 レイの言葉がシンを何度も救ってきたのだ。
 二人がコンビを組んでから八年という月日が流れたが、トラブルを起こすのはいつもシンの方であり、レイはそのフォローにあたってきた。
 今回の件も、シンの迂闊な一言が問題の火種になったのは言うまでもない。
「気にするな。その問題は模擬戦という形で決着がついた筈だ。向こうも子供じゃない。分かっている筈だ」
 その言葉に、シンは些か表情を弛める。
 今回の件は、両者にとって大きな意味を持つ大事であり、流石のシンも反省するばかりだった。
 だが、今の言葉の限りでは、レイは今回の件をそれほど問題としていなようだった。
「だが」
「え?」
「当面は信頼関係を強めることに専念した方がいいな。このままではいざという時に効果的な連携がとれないだろう」
 無表情な顔からは判別しにくいが、シンは確かにレイの表情の中に見え隠れする怒りを見つけていた。
 長年付き合ってきたシンだからこそ-分かる些細な表情の変化であり、常人には普段との判別は難しいだろう。
「ごめん」
「いい。これからは気を付けろ」
 そう言うと、レイは静かに目を閉じた。
 恐らく今後の予定の最終的なチェックをしているのだろうレイの邪魔をしないように、シンは静かに立ち上がる。
「座れ、シン。アナウンスを聞いていなかったのか?」
「すぐに座るさ。喉渇いたから、そこにある飲み物でも飲もうかと思ってさ」
 シンは対面のテーブルに置いてあった飲み物を取ると、容器の半分近く入っていた飲み物を一気に飲み干した。
 空になった容器を握りつぶすと、手首のスナップだけでそれを放り投げた。
 あさっての方向に飛んでいった容器は、仄かに光ると、上に下にとあり得ない軌道を描いてゴミ箱へと吸い込まれていった。
「シン」
「何だよ?」
 今の様子を見ていたレイが、ため息を付きながらシンに言う。
「今の飲料は、ヴィータが後の楽しみにと取っておいたものだぞ」
 その一言に、部屋の空気は凍りついた。