中身 氏_red eyes_第20話

Last-modified: 2009-12-06 (日) 02:08:54

歌姫の騎士団が敗北した事実は、ヤキン・ドゥーエⅢの司令室にも直ぐ様伝わっていた。
しかし気落ちしている暇など許されない。
それは全員の共通認識であり、司令室は先程と同じ喧騒を取り戻していた。
歌姫の騎士団が撃破されたからといって戦闘その物が終わる道理は無い。
戦っているのは彼らだけでは無いのだ。
部屋の中央に座る司令官の肩には、万を超える兵の命が乗っているのである。
それこそ、司令席の足を折ってあまりある重さが、である。

 

「司令、どうしますか?歌姫の騎士団が撃破されるのは予想外でした。包囲も崩れてきています」
「そうだな」
横から参謀が、各所から集まってくる情報を取り纏めて司令に耳打ちする。司令にもそれは分かっている。
参謀の言う通り、歌姫の騎士団が撃破されたのは予想外だ。
いけ好かない連中であったが、あの柔和な薄皮にプライドの塊を隠す彼らが敗れるとは。
「やられたなぁ」
「司令?」
「普段から存在感が頗るあって、腕も自信も超一流。
 そんな奴等と共に戦ったら、兵達はどう思うか分かるか?」
「華やかなエースの存在は、我ザフトにとっては他の軍以上の意義があります。
 司令官は安心して指揮が出来、兵は士気が鼓舞される」
参謀の模範的な解答に頷くと、彼の方に顔だけ向ける。
「その通りだ。ザフトにとって、エースの存在は勝敗を決する重要なファクターに成り得る。
 実際、歌姫の騎士団が撃破されてからの我艦隊の動きは頗る鈍い」
「では・・・」
そう、エースの撃破は勝敗を左右する。今回の戦闘のMVPを決めるとしたら、
間違い無く彼らに勝利したパイロットにその栄誉が贈られる事だろう。
しかし、予想外は他にもあった。
1つはSOCOMの高い士気である。

 

造反の理由は知らないが、ラクス・クラインと違ってキラ・ヤマトは口が上手い男では無い。
国に造反するという事は、祖国を捨てる様な物である。
そんなネガティブな理由を背負って戦う兵を鼓舞するのは至難の業である。
狂信者の集団ならば楽であるが。
しかし、SOCOMはその性質上主義、信仰に染まり難い人間が配属されている。
即ち、前者とは全くの逆なのである。
だからこそラクス・クラインに反旗を翻せるとも言えるが、
そんな集団をキラが言葉で鼓舞出来るとは思えなかったのだ。
しかし、その謎は2つ目の予想外が答えになっているのかもしれない。
陣形を見れば分かる事だが、今現在包囲が破れそうなのは、
包囲の外側から強襲してきたMS隊による所が大きい。
SOCOMの中でも選りすぐられた者達なのだろう。
しかし、何もそれだけでボロボロにされる程司令官が育てた防衛艦隊は脆くは無い。
しかし、2つ目の予想外がその想定を打ち砕いた。

 

外側から攻撃しているMS隊とは真逆、ヤキン・ドゥーエⅢ側の防衛艦隊が
ほぼ1機のMSによって完封されているのである。
キラ・ヤマトの駆るフリーダム。
司令官である筈の彼が敵の矢面に立ち、後方の艦隊への攻撃を許さない白き守護天使。
周りにMSが数機いるだけで、他のSOCOM艦隊は後方をフリーダムに完全に任せているのだ。
その完璧なまでの任せっぷりは、キラ・ヤマトがSOCOMで1番信頼されている者と認めるには
十分過ぎる物だった。
包囲の戦法は、敵軍を文字通り四面楚歌にする事こそが最大の目標である。
三面楚歌になっては意味を成さないのだ。
当然、その分SOCOM艦隊の負担は減って包囲を破る原動力となっている。

 

「・・・新造艦の発進準備は出来ているか?」
「使いますか、あれを」
「いや、使わん」
起死回生のカードをやっと切るかと思っていた参謀は、司令官の言葉に意表を突かれた様な顔をする。
「本国から許可が下りていないからですか?貴方らしくも無い」
「ふん、お前のそういう物言いが好きだぞ。それでこそ、ワシの後釜を任せられる」
1番出来の良い弟子は、師の不穏な言葉に珍しく感情を顔に出す。
「どういう・・・事でしょうか?」
「中佐には、新造艦の艦長として本国に帰還してもらう」
「なっ!?」
普段けして表情を崩さない参謀もこの時ばかりは動揺する。
納得出来ないと、司令官に詰め寄った。

 

「何故ですか!?あれを使えば、まだ挽回は可能です!撤退には早すぎる!」
声を荒げる参謀を初めて目にした司令室の面々がこちらに振り返る。
その顔には一様に不安が張り付いていた。
「お前もまだまだ青いな。指揮する人間は、闇雲に声を荒げるもんじゃない。
 それと、撤退は何も早すぎやしない。大局はもう決してるんだ」
司令官の決定的な一言に、司令室が凍り付く。その中で司令官は淡々と言葉を続けた。
「ここで無暗に足掻いてあれを失うんじゃ、本末転倒だ。腕を守る為に、頭を犠牲になんか出来ないんだよ。
 SOCOMの性質から言って、降伏した者をどうしようって事は無い筈だ。
 大局が決した今、ワシの考えるべき事は兵を生きたまま家族の元に帰す事だ。
 それに、多大な犠牲を出してSOCOMから本国を守ったからといって、そこで終わりでも無い。
 その時点でプラントが致命的に弱体化していたら、連合が黙って見逃す筈が無い」
久々の師の講義に、参謀は沈黙以外の返しを思いつかなかった。

 

「そこで重要なのがあれなのは、お前も分かっている筈だ。ここが降伏する寸前に、
 新造艦をラクス・クライン議長の元に届けろ。それがプラントを救う事になるんだ」
「ならば、司令が!」
「トップってのは、責任を取る為にいるんだ。
 降伏した後ワシがいないんじゃ、兵達が何をされても文句は言えんからな。
 だから、ワシが1番信頼するお前に任すんだ」
「司令・・・」
司令席に座る巨躯が、艦と運命を共にする艦長のそれに重なり、参謀は言葉に出来ない悔しさに拳を握る。
ザフトの次期総司令と言われながら、結局は見ている事しか出来ないのかと。

 

「・・・分かりました。アベル・オーランド中佐、新造艦と共に本国帰還の任に就きます!」
悔しげな顔をしながらザフト式の敬礼をする弟子が、任務を果たす為に司令室から出ていく。
これが最期かも知れないという事を、彼は知っているのだろう。
指揮をする人間はけして自軍に悪影響を齎す様な表情を見せてはならない。私情を挟んではならない。
常々そう言ってきたのだが、それを完璧にこなせる者は中々いない。
出来の良かった彼でさえ、無表情を貫く事が精一杯で、兵を安心させる事は頗る下手であった。
だからこそ、出ていく瞬間に見えた頬を伝う物を、司令官は頭の隅に追いやる。
「よし、降伏する事が決まったからといって、まだ気を緩ませるなよ!
 中佐がヤキンの裏口から本国へ向かう。 この距離なら、敵もそれに気付く筈だ。
 しかし、1艦たりとも通すな!ザフトの意地を見せろ!!」
「了解!!」
この瞬間から、防衛艦隊の戦いはヤキン・ドゥーエⅢ防衛から、
新造艦脱出までの時間稼ぎに移行していった。

 
 

『大佐!ヤキンの向こう側、我々の反対側に大型熱源を確認・・・、大きい・・・これは!?』
「どうしたの!?」
歌姫の騎士団撃破の報を聞き、一安心していたキラの耳にまたも未確認情報が飛び込んでくる。
『大佐、これは戦艦だ!例の新造艦と思われる艦がプラントに進路を向けている』
オペレーターの要領の得ない言葉にイラついたのだろう。同じ回線からイザークが報告を寄越した。
「大きさは?」
『・・・熱源の大きさは、ミネルバ級の2倍以上!しかも速い、船速はミネルバ級と同等です!』
「そんな!?」
ヤキン・ドゥーエⅢ突破のついでという感じで、あまり重要視していなかった新造艦が、
そんな化け物だった事にキラは動揺する。
プラントの次期旗艦である新造艦、としか情報が無かったとはいえ、これは大きな誤算であった。
戦闘に参加させずに、この戦況で脱出させるとなると、プラント防衛の切り札と成り得る戦力、
という可能性が高い。
追撃に向かうべきだが、SOCOM艦隊にも多大な損害が出ており、
新造艦を追える程損傷が少ない艦は殆ど残っていない。
思案している間に、今度はディアッカから通信が入る。
『キラ、連中の陣形が!』
両足を喪失したゲルググイレイザーがフリーダムの横に機体を寄せた。正面にいた敵部隊が後退して行く。
キラのいる位置では分かり辛いが、戦場を俯瞰して見れば包囲網を解き、
ヤキン・ドゥーエⅢに戦力を集めているのが分かっただろう。
こちらを殲滅しようと取られていた包囲網による攻撃的陣形から、
防衛を主とした防御的陣形に艦隊を組み直そうとしている。
新造艦を守ろうとしているのは明白であったが、自分達にはそれを阻止する戦力は無い。
包囲網の中、艦隊の後方を死守していたフリーダムと他数機のMSの損傷は、
最早限界に達しようとしていた。
全機が四肢の何処かしらを失っており、フリーダムもレールガンの弾薬は尽き、
ビームライフルは銃身が焼き付いて使用不能、
ドラグーンも残り2基を残すばかりで、防衛艦隊を突破して新造艦を追撃するなど自殺行為の状態である。
SOCOM艦隊自体、防衛艦隊を壊滅させる事は出来たとしても、
それに新造艦を追撃せよ、という条件が付いたら確実に被害が拡大する。

 

「・・・仕方ない。中佐、新造艦追撃は諦める。艦隊は残りの防衛艦隊を撃破して。
 但し、味方の消耗は最小限に」
『了解した。総員、敵艦隊と正面からやり合う。陣形をS32に変更!』
キラは気付いていた。新造艦を逃がすという事は、ヤキン・ドゥーエⅢを諦めたという事だ。
逆に言うなら、新造艦を逃がしてくれたら降伏するぞ、という合図でもある。
そう断する理由は、キラの師である司令官は次の戦いに備える事の出来る軍人であり、
無駄な犠牲を嫌う人であるからだった。
「アレス、こちらのMSは殆どが限界だ。整備と補給がいる。
自力で着艦出来ない機体もあるから、緊急用ネットを用意していてくれ。今から向かう」
『了解!』
1番近い位置にいるナスカⅡ級に整備と補給の準備をさせる。
飛び交う光が少なくなった戦場に漂う冷たい躯を背に、キラ達も後退を開始した。

 
 

ギャズの艦内、チューブに入った飲料水を飲み干すとシンは痛ましい姿になった愛機を見上げる。
その横には、レイヴンとナイトジャスティスが並んでいる。
ウォルフガングと同様に、2機も相当なダメージを受けてここに収容されていた。
「でもなぁ、ギャズではナイトジャスティスに応急処置を行う事も出来ませんよ?
 あの機体は使ってるパーツが特殊ですから」
「そこをなんとか頼む」
遅れて主戦場に到達した陽動艦隊の内、バデスとアイレスは既に主力艦隊に合流している。
ギャズはというと、流石に型落ちで他の艦と連携を取る事は難しい為、後方で待機していた。
ドラグーンに大型バーニアを捥ぎ取られたナイトジャスティスは、
長距離移動が出来ずにギャズに収容される事となったという訳だ。
「無理です!パイロットには誤解している人がいるけど、メカニックは魔法使いじゃ無いんです。
 パーツが無ければ治せませんよ」
手を合わせて頼み込むアスランを、ヴィーノは無理の2文字で突き放す。
しかし、ヴィーノが無理と言うのも仕方の無い事だった。
ナイトジャスティスに使われているパーツは、内部がザフト製、外部がオーブ製と、
彼の言う通りかなり特殊なパーツ構成をしている。
SOCOMは優秀な装備を世界中から仕入れて運用しているので、そちらでの修理は可能だが、
少し前までグフしか所有していなかったギャズにそれを要求するのは些か無理がある。

 

「オーブ軍中佐殿、後は俺達に任せてどっしり座って戦況を見てれば良いんじゃないですか」
そんなアスランの姿が可笑しく、ついつい意地悪な事を言うシン。
その横ではルナマリアが笑いを堪えている。
「・・・お前らもだぞ。特にシン!!」
「おっ俺っ!?」
「こっ酷くやられやがって・・・。この装備いくらするか、お前分かってるのか?」
「・・・すまん」
並んでいるMSの中で1酷い損傷なのはウォルフガングである。
武装を尽く喪失し、特殊兵装であるヴォワチュール・リュミエールも破壊されていた。
レイヴンも、ウォルフガング程で無いにしても損傷が酷い。
バレットドラグーンは全損し、機体自体も所々被弾した後が痛々しい。
「でも・・・」
「無理か?」
「ここにあるMSでこの戦闘中に直せる機体は無い!全員大人しく座ってろ!」
しつこく絡む男共に嫌気が差したのか、他のメカニック達の方へ勢い良く飛んで行ってしまうヴィーノ。
メカニックの戦場に取り残されたパイロット3人は、ただチューブを啜るしか無くなってしまった。

 

「お前がしつこいからだぞシン」
「はぁ!?アンタが出来もしない修理頼むからだろ?」
良い歳だというのに睨み合う両者の間で溜息を吐いたルナマリアは、
とりあえず2人の足を思いっきり踏ん付けた。
一拍置いて、男共の情けない悲鳴がハンガーに木霊する。
「何すんだルナ!?」
「痛いじゃないか・・・」
「2人共、さっき機体の中で聞いたでしょ?ヤキンはもう陥落寸前だって。なのに何でそんなに急ぐのよ?」
ルナマリアの言う通り、ギャズに着艦する直前、この戦闘が佳境に入った事を知らせる通信が
プライスから届いていた。
もう強力なエースが暴れる局面は過ぎたのである。

 

「俺は、戦闘ってのは何時どうなるか分からないからと思って・・・」
「はいはい、何時もの病気ね」
「俺は・・・」
「アスランは言わなくても分かります。お友達が心配なんですよね」
口を開く前に言いたい事を言われてしまい、アスランは1人口籠る。
前線にはキラ、イザークにディアッカと旧友が揃っているのだ。
心配性のアスランに落ち着いていろという方が無理かもしれない。
「私達頑張ったんだから、一足先に休憩させて貰えばいいじゃない」
実際、ここにいる余所者3人の戦果は素晴らしい物である。
シンとアスランは敵エース部隊を打ち破り、ルナマリアは包囲網突破の切っ掛けを作った1人なのだから。

 

「こういう時、嫌でも実感する物だな。自分達が、MSが無ければ無力な存在だという事に・・・」
「それは・・・」

 

シンの言葉は最後まで続かなかった。
SOCOM艦隊からヤキン・ドゥーエⅢが降伏したとの連絡が入って来たからである。