中身 氏_red eyes_第21話

Last-modified: 2009-12-13 (日) 03:56:56

要塞ヤキン・ドゥーエⅢにとって、戦艦を外縁に駐留させる事は何時もの事であったが、
今日ばかりはその様子も違っていた。
降伏して武装解除した防衛艦隊を囲む様にSOCOM艦隊が配置され、
その上でヤキン・ドゥーエⅢの外縁に駐留しているのだ。

 

降伏宣言を受諾したSOCOMは、司令官であるキラ・ヤマトと共に他数名が護衛と共に要塞内に入っていた。
本来、勝利者側であるキラが降伏した司令官を呼び出すのが通例なのだが、
敵とはいえ師を呼び出す事に抵抗があったらしいキラがこの形を希望した。
「しかし、本当に正規軍の基地かこれ?」
要塞内に入ったメンバーの内の1人であるシンが、率直な感想を漏らす。
機体も出撃出来ない状態の彼は、その白兵戦能力を買われて護衛としてメンバーに加わっていた。
その彼の言う通り、ヤキン・ドゥーエⅢ内はまるで工事作業中の建物の中である。
MSハンガーやドックなどの、要塞として最低限の能力の確保を優先したが故の結果であった。
「あまり無駄口を叩くなよ。ここの連中の反感を無駄に買って、袋叩きにでもされたら終わりだからな」
シンの言動に釘を刺したのは、サングラスをかけて変装した「つもり」のアスランである。
彼も、シンと同じ理由で護衛としてメンバーに参加していた。
今から会談する相手は、自分の父の盟友である。
正体がばれてもおかしくはなかったが、それでも古巣であるザフトの内情がどんな物か、
その目で直接確かめたかったのである。

 

「シン、これから会う人は僕の先生でもあるんだ。だから、あんまり乱暴はしないでね」
「あんたなぁ・・・そんなに俺はアホじゃねぇよ」
恐る恐る言うキラに、頭を掻きながら溜息を吐くシン。
その会話に、副官として同行していたイザークが鼻息を荒くしながら割り込む。
「大体、何故こちらから出向く必要があるんだ?
 確かにあの大将は礼節を尽くすに値する人物だし、貴様の師ではある。
 だが、これは戦争だ。あまり間抜けな事をしていると、兵が付いて来なくなるぞ」
あからさまにキラを非難するイザークに、それを自覚しているのか、キラは苦笑いで返した。
司令官を平気で貴様呼ばわりする副官に、案内役であるザフト軍士官は目を丸くする。
「ちっとも変わらないなお前は。上官を平気で罵るんだからな」
「・・・フン」
アスランの言葉に、イザークはここがオフレコが通じる場所で無い事を思い出したのか、
バツが悪そうに顔を背ける。
能力的には順調にスキルアップしているイザークだが、性格がまるで変わっていないのが珠に傷であった。

 

「会談場所はこちらになります」
話している間に、指定された会談場所に到着する。
扉が開かれると、そこには落ち着いた内装の部屋が広がっていた。
恐らく要塞に来訪する要人を通す部屋なのだろう。
広過ぎるとも狭過ぎるとも感じない丁度良い広さの空間に、横長な革張りの椅子が2つ、
間にテーブルを挟んで向かい合っている。
キラ達が入って来た扉の向かい側に位置する方の椅子には、
軍帽を目深に被り巨躯を軍服に無理矢理収めた老人が座っていた。
その横には秘書であろう女性士官が直立不動の姿勢で立っている。

 

「せんせ・・・」
「貴方がヤキン・ドゥーエⅢ司令官で間違い無いな」

 

口が滑りそうになるキラを目で制し、イザークが老人に向けて確認の言葉を投げる。
「そうだ。私がヤキン・ドゥーエⅢ司令官に相違無い」
「早い決断に感謝します。私達も、無益な犠牲を出すのは本望では無いですから」
気を取り直したキラが、先ず降伏に感謝の意を表する。
こういった会談では常套句とも言えるが、この決断で防衛艦隊、SOCOM共に救われたと言えた。
「・・・会談は席に着いて行うのが礼儀。大佐殿はそんな事も知らぬのか?」
「こっこれは失礼」
何時までも扉の前に突っ立ているキラに、軍帽の鍔から司令官の鋭い眼差しが向けられる。
司令官の向かい側に位置する席に腰を下ろした。
降伏した立場でありながら、師である司令官はキラより1枚上手であるようだ。
ここが正念場だぞと、アスランが共に視線を投げかける。
イザークも副官として、この会話にはハラハラしている様だ。
シンからしてみれば、何時も上から目線なキラが頭を低くしているのが面白かったが。

 

「降伏を受諾するに当たって、ヤキン・ドゥーエⅢの人員の生命、尊厳は保証されます。
 細かい事柄に付いては、こちらの書類に記載されています。確認した上で同意のサインを」
キラの横に控えていたイザークが書類をテーブルの上に置いた。
それを手に取り、一通り眺めた司令官が鋭い眼光を再びキラに向ける。
「書類内容は問題無い。しかし、私が知りたいのはそんな事では無いのだ」
「・・・どういう意味ですか?」
司令官の剣呑な雰囲気を漂わせる司令官に、軽く動揺しながらもキラが先を促す。
「私は諸君等が何故プラントに反旗を翻したのかを知らない。そこを、説明願えるかな?」
「・・・・・・」
下らない理由ならこの場で刺し違える事も厭わぬ眼光に、キラとイザークに目配らせする。
副官が頷くと、キラは静かに話し始めた。
「少々長くなりますが・・・」

 

ラクス・クラインへの疑惑、「コーディネーター再生計画」
キラの口から語られた事実は、ザフト陣営に十分な衝撃を与えた様だった。
司令官の横で書記に徹していた秘書も驚きに口を押さえ、目を丸くしている。
「今語られた事が真実だとして、戦った後はどうする?
 クライン政権を倒した後の明確なビジョンが、大佐殿には御有りかな?」
キラの話したラクス・クラインの所業を聞いても全く動じず、司令官がキラに鋭く切り込んだ。
シンにはそれが、弟子を試している風に写る。
「私の政治のビジョンですか・・・」

 
 

キラが描くプラントの未来、それは先程よりも短く終わった。
しかし、その衝撃は先程の比では無く、長さと反比例してザフト陣営のみならず、
シンとアスランをも驚愕させた。

 
 

「・・・それがスーパーコーディネーターであるお前の答えか」
「はい」
黙ってそれを聞いていた司令官が、静かに、しかし唸る様な響きで弟子に問うた。
膝の上に置かれた拳が震えている。
当然だ。シンは司令官をザフトアカデミーに鎮座している胸像くらいでしか知らなかったが、
彼が黄道同盟のメンバーでありプラント創設メンバーでもある事は知っていた。
そんな司令官にとって、キラの政策は受け入れ難い物に違いない。
もしかしたらここで死ぬかもしんない・・・と青ざめていると、再び司令官が口を開いた。
「敗者は勝者に逆らう事は出来ない、文句を言う資格も無い。
 お前は、お前の道を進めば良いだろう。しかし、」
司令官が、怒りを押し殺した言葉と同時に、老人とは思えぬ俊敏さで懐から銃を取り出した。
身構えるSOCOMの面々。しかし、その銃口は彼らに向けられる物では無かった。

 

「しかし、ワシはもう疲れたんだ。若いモンに自分達が作った物を弄り回されるのに・・・」
「先生・・・」
頭に銃口を押し付けて喋る司令官は一気に老け込んだ様に見えた。

 

咄嗟に銃を抜き、司令官に狙いを合わせるアスランとシン。その銃口を見ながら、彼は更に言葉を続ける。
「今はもう、お前達の時代だ。ワシ等が理想に燃え、主義を掲げた時代は終わった」
引き金を引く指に力が篭る。秘書が思わず目を瞑り、耳を塞いだ。
その場の誰しもが、司令官の命を諦めた時、ただ1人動く者がいた。

 

  ドゥンッ!!

 

部屋に響いた銃声には、予想していた骨を貫き脳を破壊する湿った音は含まれなかった。
金属に当たった乾いた音のみである。

 

「貴様・・・」
「自ら命を絶つのは卑怯者のする事、じゃありませんでしたか先生」
キラが、銃を握っていた筋骨隆々たる司令官の腕を掴み、銃口を天に向けさせていた。
引き金を引く瞬間、腕の力が抜ける一瞬の隙を狙った物だった。

 

「口が過ぎる様ですが、貴方に死ぬ権利は無いんです」
「何っ!?」
無礼千万と言うに相応しい弟子の言葉に司令官は声を荒げる。
「貴方は、この国を創った。
 連合の1工場でしかなかったプラントを、世界の1国家にまで押し上げたんです。
 その事で沢山の人が幸せになって、それと同じだけの人が泣いているんです!」
キラの気迫を、司令官は呆気に取られた様子で見ている。

 

「貴方には責任がある。沢山の人に夢を見せた責任が。
 だから、プラントの行く末を見届ける義務があるんです。
 ラクスを旗印にして戦った僕にもその責任がある。だから、この道を選んだんです」
一切の油断が無い強い眼差しに、司令官は脱力した様に銃を下す。
掴んでいた手を離したキラが、再び席に座り直した。

 

「なら・・・ワシに何を求める?」
「貴方には沢山仕事をしてもらうつもりです。プラントの為に」
微笑む弟子に、司令官は苦笑いを浮かべる。
この男は勝つ気でいる。
倍以上の数を誇る艦隊を、プラントも国民も傷付ける事無く勝つ自信が。
ふと視線を上げると、銃声に駆け付けた衛兵に何でも無いと伝えるサングラスの護衛の他に、
ほっとした様に銃をしまうもう1人の護衛が目に付いた。
「君は・・・確かシン・アスカだったか。ネビュラ勲章を2度受賞した」
「そうですが?」
長身に赤い目、ぶっきら棒な言葉使いは否応無く相手に威圧的な印象を与える。
「君は最後までデュランダルの下で戦っていた筈だが、何故ザフトを辞めた男が今頃になって、
 敵同士の内輪揉めに付き合うのかね?」
シンが、元三隻同盟であるラクス・クライン、キラ・ヤマトに少なからず因縁があった事は彼も知っていた。

 

「決まってます。ザフトは俺の第2の故郷ですし・・・、
 ラクス・クラインよりキラ・ヤマトの方が少しはマシに見えたからです」

 

「貴様・・・!」
「がっはっはっはっはっはっ!!」
歯に衣着せぬ物言いに、イザークが怒鳴ろうとする。
それと同時に盛大に笑い出す司令官に、部屋にいる面々がギョッとした。
シンだけは、多少キめたつもりの今の台詞が何所かおかしかったのかと顔を赤くした。
「マシ、か。お前も変わったなぁ」
司令官の言葉は、シンに返した物では無かった。向かい合うキラは微笑んだまま頷く。
本当はキラがどれだけ鬼神を手懐けたかを見る質問だったのだが、全く持って当てが外れた。
だが、頷くキラを見ればそれも納得が行くという物だ。
昔のキラなら、自分に真っ向から反感を持つ人間を近くには置かなかっただろう。
それは行動が阻害される、邪魔だから、という性質の物では無く、
糾弾されるのを無意識の内に避けていた結果であった。
しかし、今のキラは後ろから見下されて「マシ」などと言われたにも関わらず、
一切表情を崩さず構えている。
器の広がった弟子に、満足気に椅子に座り直すと、懐からペンを取り出す。
そして、卓上に放置されていた会談の主役である書類にサインした。
「たっ確かに」
唐突に締結が完了した書類を受け取るイザーク。

 

「若いのがこんなに期待しているんだ。裏切るんじゃねぇぞ、小僧」
「はい、先生」
明瞭に答えた弟子が立ち上がった。
「少しでも時間が惜しいので、私達はこれで」
「ああ、ちょっと待て」
野太い声が、部屋を後にしようとドアを開けるSOCOM一同を呼び止めた。
「なんですか?」
「ネビュラ勲章3つ分の護衛なんてお前には贅沢過ぎる。もう少し部下を大事にしな」
「はい、分かりました」

 

一瞬言われた意味が分からずキョトンとするシン。対してアスランの顔は真っ青だ。
そんな親友の顔に忍び笑いをしつつ師に答えると、今度こそ彼らは部屋を後にした。