中身 氏_red eyes_第3話

Last-modified: 2009-07-27 (月) 00:09:15

自由の聖剣編3

 
 

「終わった」
地上で放ったフルバーストが再び土煙を巻き上げる。
そのせいでグフの撃破は確認出来ないが、シンは何故かフルバーストを避けようとしなかった。
フルバーストをまともに受けたMSがどうなるかは、キラが一番良く知っている。
コクピットは避けたが、グフの方は間違いなく戦闘不能だろう。
土煙が晴れる。
視界が晴れた中からは、モノアイから灯が失せ、スクラップとなったグフがいる、筈だった。

 

「ふぅ、ありがとなヴィーノ。こいつのお陰で助かった」

 

キラの眼前に現れたMSは、スクラップなどではなかった。
左腕が肩ごと無くなり、突き出していたシールドは無残に溶けかけているものの、
以前と同じ体勢でフリーダムを睨みつけるグフがそこにはいた。
ヴィーノ特製の強化シールド。
通常テンペストを収容している部分を丸ごとラミネート装甲にした代物で、
ビーム兵器に対して破格の防御力を誇る。

 

「あんた、自分が力の無い人の味方ってさっき言ったよな。じゃあ・・・
 なんで、この子が見えなかったんだ?」
シンの言葉にハッとなったキラは、グフの後ろにある影に気付いてカメラをズームさせる。
「そっ、そんな・・・」
そこには少女がいた。
シンのお陰で直撃こそしなかったものの、
バラエーナSの高熱に晒された小さい体は全身に火傷を負っていた。
キラが言葉を失っている中、何事か叫びながら1人の男が少女に走り寄ってくる。
この子の父親だろうか。彼がフリーダムの方を見る。
その時キラは確かに見た、男の表情が怒りに震える余裕も無く、深い悲しみと怯えに包まれているのを。

 

「まさか、本当に・・・」
キラが受け取った任務の内容は、この町はテロリストの基地になっており、
建造物、住人に至るまで全てが殲滅目標、…というものだった筈だ。
では目の前の光景はなんだ。
少女は勿論のこと、彼女を抱いている男も今までに捕えてきたテロリストとはまるで違う。
唯々絶対的な力の前に恐怖する命、まるで自分が見境の無い殺戮者に、テロリストになった様な・・・
「これでも違うのか。雑草を刈る筈で、少し間違えて一緒に花を刈っても、
 また植え直せばいいって。あんたはそう言うのか!」
シンが吠える。キラはそれを、どこか遠くで聞いている様な気分だった。
「ちっ違う、僕は・・・、議会が、ラクスがここは平和を脅かす奴らがいる所だからって、
 だから、僕は、僕は・・・!」
ぐったりとしている少女が、嘗て救えなかった、シャトルと共に消えた少女と重なる。
焦点の合わない目で、彼は何者へも向けられない言葉を紡いだ。
「やっぱり、あんたは自分で戦う相手を見てないんだな。
 あんたの自伝、読ませて貰ってずっと疑問に思ってたんだ。
 あんたは直接自分に攻撃してくる相手と、他人に敵だと言われた相手しか、撃ったことが無いんだろ?」
言葉を続けながら、グフが軋みを上げながら立ち上がり、フリーダムに向けて歩き始める。
それに反応してフリーダムが脇のバラエーナSを構えた。

 

装甲は所々溶け、脚が地を踏みしめる度に全身から悲鳴を上げている隻腕の鬼と、
羽は傷付いてはいるものの、本体に目立った傷は無く、武器を鬼に向ける天使。
一見して力関係が明白な2機は、しかしその外見を裏切り、天使が後退を強いられる。

 

「違う!僕は、僕は自分の意志で引き金を引いてきた。
 だからこれも、僕が決めた戦いで、この町を滅ぼすのも、僕の意志なんだ!!」
全身を声にして、キラが叫ぶ。それと同時にバラエーナSが火を噴いた。
後2歩も近付けばビームサーベルが届く、所謂至近距離。
回避不可能という字に限りなく近いその光を、グフは胴体を右に逸らすという動きだけでかわした。
「!?」
その無駄の無い動きに、キラの本能が警報を鳴らす。
こんな動きを可能にする方法を、キラは1つしか知らない。

 

キラやアスラン同様、シンが持っていると噂された力、SEED。

 

「あぐっ!」
次の瞬間、グフの膝がフリーダムの腹に食い込む。
「結局それが答えなのか、こんの・・・、あんたって人はー!!」
吠えると同時に視界がクリアになり、感情と、戦闘に必要な情報を処理する部分とが
分離するのをシンは感じた。
フリーダムの動きが手に取るように分かる。
「おおおおっ!!」
膝蹴りの衝撃から立ち直ろうとするフリーダムに、追撃のシールドを振り下ろす。
大きくくの字に曲がったフリーダムを、今度は回し蹴りで吹き飛ばした。
「うああああっ!」
殴打という原始的な恐怖が生み出す衝撃の連続に、キラは悲鳴を上げる。
しかし、蹴られた衝撃で悪鬼から離れられた。今の奴に射撃武器は無い。
このまま逃げれば・・・
そこまで思考してキラは気付く。モニターの下、自機の腹の部分から悪鬼の右腕へと延びる太い鞭に。
それが急速に巻き取られ始めた。姿勢が崩れたフリーダムは無様にグフの前に引きずられて行く。
その終着駅に待ち構えていたのは真赤に燃える単眼と、振り上げられた鉄拳。

 

「少しは自分の脳味噌使えよ、このクソスパコディッ!!」

 

シンの怒りと一体になったグフの鉄拳が吠え、フリーダムの顔面を捉える。
PS装甲によって大破は免れたものの、強烈な衝撃に耐えきれずにメインカメラとツインアイが割れる。
その破片は、天を仰ぎながら殴り飛ばされるフリーダムの軌跡を追い、
まるで涙の様でも、鼻血の様でもあった。
しかし経緯は兎も角、今度こそ悪鬼から解放されたフリーダムは、
こちらの様子を注視しながらジリジリと後退を始める。

 

(攻撃は・・・してこないな)
戦闘中の通信でシンには分かっていた。キラ・ヤマトは錯乱している。
そんな状態では戦闘続行は不可能だ。
何より、カバーが割れたフリーダムのツインアイは今や恐怖しか映していない。
グフに右腕を降ろさせ、臨戦態勢を解く。
それが合図となったかの様に、手負いの天使はバーニアを吹かして空に帰って行った。
「ふぅ」
体から力を抜く、シンも正直限界であった。正面から受けたフルバーストの衝撃で体中が痛い。
機体も限界だ。先程フリーダムに浴びせた殴打のせいで駆動系が限界だった。
『シン、大丈夫!?』
早速ルナマリアから通信が入る。
モニターに映る彼女の顔は、血相を変えているのに加えて、
長時間コクピットで放置されていたせいで汗まみれの酷いものだ。
しかし、自分の顔を確認して、直ぐに緩む表情はやはり愛おしい。
『またキラ・ヤマトに勝っちゃったね、シン。ザフトに目付けられなきゃ良いけど』
「まぁ、なる様になるさ」
ぶっきら棒に答える。先のことは分からない。
しかし全世界最強の聖剣を、1人の犠牲も無く退けられたのは僥倖としか言い様が無い。
何より、前々からキラ本人にぶつけたかった物を色々とぶつけられてシンは満足だった。

 

『シン・アスカ、ルナマリア・ホーク、聞こえていますか?』
「あっ聞こえています」
『はい、ルナマリア聞こえてます』
モニターに新しい画面が開く。そこにはアビーが何処と無く冷たい表情で映っていた。
『本艦は地形の関係でそちらを回収にいけません。
なので、体が動く様なら自力で本艦まで帰投して下さい。
各MSは後日町に住民の協力を得た上で回収します。
因みに、住民の避難で人員が割かれているので迎えはありません』
『「ええっ~!」』
2人が叫び終える前にアビーはモニターから消える。
四肢が破壊されたルナマリアのグフは勿論、駆動系を酷使し過ぎたシンのグフも
自力でグリッグスに帰投する能力は無い。
即ち、2人に徒歩で帰投しろという意味だ。

 

オペレーターに安否報告もしないで、恋人同士でだべっていたことに対する罰で
迎えの車を無しにされたということは2人共知らなかったが。

 

『はぁ~、じゃあ向こうでねシン』
「ああ」
ルナマリアとの通信を切ったシンは、コクピットを開きヘルメットを外す。
立ち上がって外を見渡すと、町は既に夜の帳が降りようとしいていた。
この地方は人口が少なく、高い人工物が無い為、星々が何者にも邪魔されずに夜空で輝いている。
その眼下に映える家々。町外れでの戦闘だったこともあり、大きな損害は無い様だ。
「守れたのか、俺は・・・」
ぽつりと確かめる様に呟いたが、直ぐに頭を振る。
脳裏に過るのは全身に火傷を負い、ぐったりとする少女。
「また、守れなかったな俺は・・・」
自嘲的に笑う。未だに誰も守れない自分に、
未だに犠牲が出ないなど、戦闘ではありえないと割り切ることも出来ない自分に。
どちらにせよ、医者でも聖職者でもない自分には、もう少女にしてやれることは無い。
そう思った矢先、視界を通り過ぎる光。主役の筈の星々が、夜空という舞台から退場する光。
「ははっ、俺にもあるな。やれること」
シンは頭を垂れ、両手を合わせて目を瞑る。それは流れ星に願い事をする時のポーズ。
昔父に教えてもらい、妹と一緒に何度もやったポーズであった。

 
 

同時刻、美しい星空を頑なに拒む様に頭を垂れる者がいた。
(ラクスが僕を騙した?ラクスが僕を裏切った?)
悪鬼から逃げ果せてから、キラの頭の上でそればかりが回っている。
自動操縦システムに切り替えているのだから、今の時間は星空でも見ながら戦闘の疲れを
癒すのに充てるのが妥当なのだが、今のキラはとてもそんなことをする気分ではなかった。
作戦を何度見直しても、非攻撃対象や、武装の制限などの記載は見当たらない。
あるのは殲滅という冷たい2文字。
折れそうな程操縦桿をキツく握る手に、既に感覚は無い。
今までも、知らず知らずに無実の人々を手に掛けてきたのではないか、
という疑念と恐怖が彼を苛んでいた。
脳裏に浮かぶのは、子供の頃見ていた怪獣映画。建物を、人を踏みつぶしていく怪獣。
あの怪獣が僕で、今踏みつぶしたのはあの少女で・・・。

 

「うあああああああっ!!!」

 

両手で頭を抱え、狂った様に叫び出す。叫ばなければ、壊れてしまう。
最愛の人に裏切られ、与り知らぬ所で無実の屍を積み重ねてきた心が、
怪獣に踏み潰され、バラバラになってしまう。
会わなければならない。ラクスに、ラクス・クラインに。
聞かなければならない。彼女の真意を。

 

手負いの天使だけが、主の悲しみを世界に伝えようとするかの様に、
駆動音を響かせ星の海を疾駆していった。