中身 氏_red eyes_第37話

Last-modified: 2010-04-26 (月) 01:29:19

「そんな約束を?」
「ああ、何かやらかす奴が出てきたら、それに立ち向かう事。別に直接戦場に出る必要は無いらしいがな」

 

アスランのデスクに、窓から夕日が差し込む。
長話になると踏んだ大尉が、自分の分もコーヒーを淹れて空いている椅子に腰かけた。
「二つ目は?」
「これがアイツらしくてな。約束というより、勝負だな。
 誰が一番他人を幸せに出来るか、だそうだ。期限は死ぬまで」
「ははっ、何ですかそれは」
何とも無茶な勝負である。方法も結果の出し方も、期限さえ出鱈目な決め事。勝負など成り立たないだろう。
「そうだろう?そんな約束を、これからプラント議長になる男と、
 オーブ軍司令官に返り咲く予定の男にするんだから、アイツは正真正銘の馬鹿だよ」
左遷された身でありながらまだ返り咲くつもりでいるこの上司も相当馬鹿だと思うが、
しかし本当に返り咲いてしまいそうなのがアスランの魅力だ。
「その勝負、勝つ自信があるので?」
「無論だ。俺は、オーブの国民を、アスハ首長を守る。例えどんな事が起きてもな」
真剣な顔でそう言い切るアスランに、罪滅ぼしという言葉が浮かんだ大尉は首を振る。
彼がその罪のあまり自棄になりそうになったら、それを止めるのが副官である自分の仕事だ。

 

「と、いう訳で俺は今からシンとの勝負の為に帰る」
時計を確認したアスランが、先程の真剣な表情とは打って変わって緩々な表情になる。
顔の筋肉がこんな素早く緩むものなのかと呆れる程の変化だ。
大尉もそれに釣られて時計を見ると、勤務時間が丁度過ぎた所だった。
戦闘時かと見紛う素早い動きで、アスランが帰りの準備を済ませる。
アスランがそんな動きを見せる理由は、大尉の知る限り一つだ。
「そういえば議会が昨日閉会したんでしたね。この雑誌にカガリ様と一緒に載るのだけは勘弁して下さいよ」
コートを羽織っていたアスランの動きが止まる。
もしこれが漫画なら、「ギクッ」という擬音が表示されているだろう。
「どうして、分かった」
これだけあからさまな変化で分からない奴はいないだろうとは思ったが、大尉は律儀に答えた。
「私も木の股から生まれた訳ではありませんから、それくらい分かります。
 後、オールバックは止めた方が良いですよ。老けて見えます」
「・・・角刈りのお前に言われたくないぞ」
ボソッと呟いたのを最後にアスランは執務室から出て行く。

 

足早に車に乗り込み、国防総省から出たアスランは、急いでいるにも関わらず車を止めた。
夕日が沈んでいく。
その姿は、美しいの一言だ。プラントでは見られない光景。
祖国を想って感傷に浸るなど、全く自分は勝手な男だ。
「・・・今度キラの様子でも見に行ってやるか」

 

本来なら、ザラの性を持つ自分が責任を取らねばならない立場なのだと、
戦いが終わった後アスランはキラに言い寄った。
ラクスを自ら殺してしまったキラが、とても不安定に見えたから。
これ以上、親友を傷つけたく無かったから。
しかし、アスランの言葉に返ってきたのは、鬼神の鉄拳と、「カガリをお願い」という親友の一言だった。
今思えば、相当思い上がった、見当違い甚だしい申し出だった。赤っ恥にも程がある。
だがせめて、ワイン持参で会いに行くぐらいは構わないだろう。
その時は、今日も何処かで、誰かの為に戦っているだろう元部下も呼んでやろう。
「そうだ花束買うのを忘れてた!」
物思いに耽っている内に、太陽は完全に沈み、約束の時間が迫っていた。
今の彼女にとって、フリーの時間は何より希少な物だ。一分一秒でも無駄にしたくは無い。
カーナビの目的地を花屋に変更したアスランは車のアクセルを全開にした。

 
 
 

ユーラシア連邦領ベルリン。
メサイア戦役の際に、MAデストロイにより完膚無きまで破壊された都市は、
数年経った今でも復旧作業の途中だった。
そのベルリンの、まだ復旧の手が届いていない更地に一隻の艦船が駐留していた。

『はぁ、祭りに行ってる奴等は良いよなぁ。俺は油塗れだってのにさ』
「そう言わないで下さい。仕事をしてる貴方が、一番光ってますよ」
『ホントッ!?』

 

レッドアイズ地上本拠地であるグリッグス。
自由時間が言い渡され、仕事が残っている者以外は殆どベルリンの町に降りていた。
その為人員が半分以下になっているブリッジで、ここぞとばかりに甘い雰囲気を撒き散らしている
オペレーターに、艦長は溜息を吐いた。
「あのねアビー君、暇だからって通信でそういう会話しないでくれる?
 ヴィーノも、僕なんて自由時間無しなんだよ?」
『「だったら早く副長を決めれば良いじゃないですか」』
異口同音に言い返され、アーサーは肩を竦める。レッドアイズの副司令は実質シンだが、副長はいない。
確かに、副長がいればアーサーが休息を取っている間艦を任せられる。
しかし、自分が此間まで座っていた副長席に誰かを座らせる自信が、アーサーには無かった。
団員の中に本職の船乗りが自分以外いないという物質的理由もあるが。

 

「少し休んだ方が良いのではないですか?
 毎年恒例の警護任務、今まで敵襲にあった事なんて殆ど無いですし」

 

レッドアイズにとってベルリンは、今や毎年依頼を寄越してくれるお得意さんの一つであった。
その関係は、数年前に遡る。
味方である筈の地球連合に、壊滅的な被害を齎されたベルリンは、極度の連合嫌いになっていた。
大西洋連合の力は借りられない。しかし、当時のユーラシア連邦にもそれ程力は無く、
生産能力を失った都市を守るだけの戦力は無かったのである。
防衛力が無いというのは、メサイア戦役後治安が悪化した地球では致命的な事であった。
その時ベルリン市長が見つけたのが、当時傭兵団として駆けだしのレッドアイズだった。
デストロイを打倒した部隊だと知った市長は、直ちに都市の警護を依頼、
事情を知ったレッドアイズはそれを格安で請け負った。
今では治安も回復し始め、ユーラシア連邦の力も回復し、少ないながらも軍が駐留している。
それでも、毎年クリスマスの日にはこうして警護の依頼がやってくる。
依頼といっても雀の涙程の依頼料だが、レッドアイズは毎年欠かさずこの依頼を受けていた。

 

「思い出すよねぇ。創設直後でお金も無いっていうのに、
 シンが駄々捏ねて本来の依頼料より安く受けちゃって」
「でも彼らしいじゃないですか。後先考えないというか、なんというか」
『アイツは馬鹿なだけだよ、馬鹿』
三人揃って、大きな副司令を思い浮かべて笑う。
立場の弱い依頼人と見るや、片っ端から格安で依頼を引き受けようとするシンに、
何度困らせられたか分からない。
今は笑い話で済ませられるが、あの頃の貧乏生活には絶対に戻りたくなかった。
今でも金欠になる事はあるが、砂漠のど真ん中でグリッグスの空調を止めなければならない程では無い。

 

『シンの奴、上手くやってるかな』
「大丈夫ですよ。今の彼なら、きっとルナマリアも落ちます」
「なんだいそれ、女の勘?」
ニコニコしながら頷くアビー。彼女はモニターから注がれる視線に気付いているのかいないのか。
「二連続は止めてよヴィーノ」
「何の事ですか?」
『なっ何でも無いよ!ですよね、艦長!』
慌てふためくヴィーノの声を聞いて、アーサーはガックリと頭を垂れ、溜息を吐く。
若い団員を見ていると、自分はどうも負け組な気分になる。
ザフトで同期だった連中の中には、子供が出来ないと相談してくる奴すらいる。
こちとら独身だというのに、だ。
「若いって良いな~」
独り身中年男の切ない声が、クリスマスの夜の空に響いた。

 
 
 

雲一つ無くクリスマスを祝う賑やかなベルリンからMSを飛ばして少しの森の中。
MSから降りた二人の男女が、森の中を徒歩で進んでいく。
「シン、ホントにこっちで合ってるの?」
「もう何年も通いつめた道だ。体が覚えてるよ。もう直ぐだから」
先を歩く男―――シンは、右手に花束を、左手に懐中電灯を持って黙々と歩き続ける。
その様子に、後ろから付いて行く女―――ルナマリアは仕方ないなぁと溜息を吐いた。

 

「着いた」
「・・・綺麗」

 

延々と続いていた獣道が途端に終わり、視界が開ける。目の前には大きな湖が広がっていた。
辺りには雪が積もり、一面を白に染めている。
雲が無く、何も遮る物無く地上に届いた月明かりが、辺りを明るく照らしていた。
荘厳な絵画の様な風景は、獣道を歩いて来た疲れなど忘れてしまう程美しかった。
感動しているルナマリアを余所に、シンは懐中電灯を足元に置き、花束を二つの束に分けた。
「ルナマリアも頼む」
「うん」

 

普段人も寄りつかない、深い森の中に位置するこの湖は墓だった。
散々体を弄られ、デストロイの『部品』として戦い、
しかし最期はシンの胸の中で人として息を引き取った、一人の少女。
シンが守れなかった、二人目の大切な人。シンが彼女の亡骸をこの湖に沈め、墓としたのだ。
毎年、ベルリンの警護任務の際にはシンがこっそりと墓参りをしていた。
しかし、今年はシンの願いもあってルナマリアも同行していた。
今までは周りの目を憚る様に一人で行っていたというのに、
一体どういう風の吹きまわしだろうと首を傾げた物だ。

 

二つに分けられた花束の片割を受け取ったルナマリアが、マジマジとその花を見つめる。
薄いピンクと黄色の花々は、ディオキア付近に自生している物だ。
辺りの風景とは違った、温かみのある、しかし墓参りには些か派手な花。
「あの時は余裕が無くて、結果的にこんな寒い所に置いて行ってしまったから」
花を見つめるルナマリアに気付いたシンが訳を話す。
「だから、南国の花なんだ」
納得したルナマリアが、それを湖に投げ手を合わせる。シンも同じ様に花を投げる。
手を合わせて、どれぐらい時間が過ぎたか。
湖面に花が散っていく様を眺めながら、横目でシンの様子を窺うが、
彼はまだ目を瞑ったまま手を合わせている。
こんなに真剣になっているシンも珍しい。
ルナマリアも改めて前を向き、シンの気が済むまで手を合わせ続けた。

 

「ルナマリア」
「なに?」
祈りが終わり、合わせていた手を解いたシンが唐突にルナマリアを呼んだ。
シンがルナマリアを省略しないで呼ぶ時は、決まって重要な事を言う時である。
ルナマリアもそれに気付いて気を引き締め、シンを見る。

 

「その、さ。俺達も付き合って大分経つだろ?」
「そうね。メサイア戦役の時からだから、もう8年ぐらいかしら」
ぎこちなくシンが話し始める。右手を上着のポケットに入れ、ソワソワしながらこちらと目を合わせない。
その分かりやす過ぎる挙動に、ルナマリアはシンが今から何をしようとしているか察する。
しかしこうも典型的な挙動を取られると、ドキドキしようにも呆れの方が先に来てしまう。
溜息を吐きたくなるのを懸命に堪え、シンの言葉を待った。

 

「・・・沢山、色んな事があったよな。
 ザフトを辞めて、ルナマリアに下手っぴって言われて。
 キラ・ヤマトとタイマンして、ルナマリアに殴られて」
「おっ女らしくなくて悪かったわね!」
「アスランの馬鹿を止めて、ルナマリアに部屋を追い出されて。
 キラと組んでラクスを止めて、ルナマリアに土下座して」
「・・・あんた、何が言いたいのよ」
落ち着いて来たのか、月を眺めながら話し始めた内容は、ルナマリアが思っていた物と大きく異なっていた。

 

「いや・・・それでも俺は、ルナマリアの事好きなんだなぁと思ってさ」
「なっ」
突然放たれた不意打ちに、ルナマリアは自分の耳が熱くなるのを感じた。

 

「だからさ、その・・・やっと決心が付いたんだ。俺と・・・結婚してくれ!」

 

そう言って勢い良く突き出された掌サイズの箱には、小さな宝石がはめ込まれた指輪が収まっていた。
シンがベルリンの職人に頼んで造って貰ったそれは、月明かりに照らされて白く輝いている。

 

「シン・・・」
「今までは、こんな事考えられなかった。
 でも、SOCOM戦役の後くらいからか、自分に自信が出来たというか・・・」
シンの説明は歯切れが悪かったが、何故かルナマリアは自然と納得出来た。
昔のシンは、言動や行動に常に予防線を張っていた。
それは、何時死んでも良い様にというシンのスタンスを表している様で、ルナマリアの心配の種だった。
それが、SOCOM戦没後はパッタリと無くなったのである。
理由は知らないが、シンはあの事件を境に変わっていた。
人を護る事ばかりを追って、自分を顧みない男が、少しずつだが自分と向き合う様になってきたのである。
シンもルナマリアも気付かない、知らない事だったが、
それは、SOCOM戦没で<四人目>のキラ・ヤマトに言われた言葉が生きている証だった。

 

「で・・・その・・・答えは・・・」
指輪を突き出した状態で居心地を悪そうにしているシンが、おずおずと尋ねてくる。
少し考える様な素振りを見せるルナマリアだったが、もう答えは出ている。
「やーだ」
プイッとそっぽを向く動作と同時に、シンに「NO」を突き付ける。
それを見たシンはショックの余りか固まっている。

 

「ここに私を連れてきた意味がやっと分かったわ。ズバリ、一人で告白する度胸が無かったからでしょ」
「うっ」
「駄目よそんなんじゃ。ステラさんだって、良い迷惑よ」
「ううっ」
「・・・だから、一人で来る度胸が付いた時、もう一回受けてあげる」
「へっ、それって!?」
図星を突かれまくって縮んでいたシンだが、最後のルナマリアの台詞に目が生気を取り戻した
「はい、もうこの話は御仕舞。艦長に無理言って来てるんでしょ?早く帰らないと」
そう言ってシンに背を向けると、先にMSの方に歩き始めた。
心の中は、告白してくれた喜びと、シンの不甲斐なさに対する苛立ちで半々と言った感じか。
シンがステラを大切に想っていた事は知っているし、今もまだ引きずっている事も知っている。
それは受け入れていた。
しかし、ルナマリアからすれば、死んでもシンの心に有り続けるステラは少なからず嫉妬の対象である。
そんな彼女の前でシンからの申し出を受け入れるのは、女としてのプライドが許さない。
第一、墓の前で結婚を迫るというシンの神経が分からない。女心に鈍いのはこの先も治りそうも無かった。

 
 

「俺なっさけないよなぁ~。全部見透かされちゃってさ」
しゃがんだシンが湖面に話しかける。当然答えは返ってこなかったが、シンは満足気に微笑んだ。
「シ~ン置いてくよー!」
「ああ、今行く!」
先に歩き始めていたルナマリアに呼ばれて立ち上がる。
そのまま歩き出そうとして、湖の方にもう一度振り返った。
「今度来る時は、結婚報告が出来る様に頑張るからさ。・・・じゃあまた来年」
今度こそルナマリアの方に歩き出す。淀み無く、しっかりと。

 

今まで、「また来年」なんて言った試しがなかった。
何時死ぬか分からないのだから、そんな事を言ってはならない、そう思っていた。
でも、そんな事は無いのだ。
自分が生きる事に責任を持つ事、それが大事なのだ。死んだらその時、約束を破ってゴメンと謝れば良い。
シンは、今までそれが出来なかった。
何時死ぬか分からないという感情が、彼に自分自身の未来を描く事を許さなかったのだ。
今ならきっと、シンは自分の思い描く未来を描ける。それが、彼の身に付けた「自信」の正体だった。
(ルナとの子供は何人がいいかなぁ。そういえばレッドアイズって産休あるのか?)
真面目な顔をしながら、口に出したらルナマリアに張り倒されそうな妄想を膨らませる。
出生率の低いコーディネーターなのだから、そんなに子供が出来る可能性は零に近い。

 

しかし、未来に絶対は無い。

 

「シン、ホントに置いてくよ!」
「ちょ、待ってくれ~!」

 

人は、未来を描く力があるのだから。

 
 

  Red Eyes 完