中身 氏_red eyes_第8話

Last-modified: 2009-08-30 (日) 02:56:09

『ふん、良く保つものだな』

 

ヤラファス島から少し沖へ出た海上に、深紅の鴉が舞う。
降りかかる光の群を巧みにかわすその姿に、ムラサメのパイロットの1人が忌々しそうに呟いた。
「その台詞、大人数で女を取り囲む男が言っても格好悪いだけよ」
深紅の鴉、インパルス《レイヴン》を駆るルナマリアは、
クーデター軍の一部隊である『ナイトA』との戦闘を続けていた。
遠くに見える光は、港周辺で繰り広げられているオーブ正規軍とクーデター軍の激しい戦闘の光である。
アスランがシン、部隊の一部をルナマリアが引き受けているだけあって
戦況は若干オーブ正規軍に有利だった。

 

(それにしても・・・強いわねコイツ等)
アスランがルナマリアに当ててきた部隊は他の部隊同様にムラサメ3機にオオイカ1機の編成である。
傭兵として対多数戦は慣れていたルナマリアだったが、
それがクーデター軍随一の精鋭部隊では話が別であった。
クーデター軍本隊は大きく、ナイト、アルファ、ブラボーに分類される。
その中でもアスラン・ザラ率いるナイトは精鋭部隊だ。
アスランのIジャスティスを『ナイト1』とし、その護衛にオオイカの中の1機、
副官である『ナイト2』がつく。
その下に『ナイトA』から『ナイトH』までの部隊がつくという形である。
Aから順に部隊の戦闘能力が下がる様になっており、必然的に『ナイトA』が最も高い錬度という事になる。
ルナマリアの周りを華麗な連携で飛びまわる3機のムラサメはどれも撃墜マークを大量に付けており、
2番機が7つ、3番機が5つ、隊長機に至っては11つも付けている。
要は、これまで相手をしてきたゴロツキとは比べ物にならないエース部隊であるという事だ。

 

『鬱陶しい蠅め!』
インパルスの隙を狙って放たれた光弾がバレット・ドラグーンに弾かれる。
すかさずそのムラサメ目掛けて放たれたインパルスのハンドガンも、
割って入って来たオオイカによって防がれる。
「お互い様でしょ、このイカもどき!」
割って入ったオオイカに、ハンドガンから発振させたビームサーベルで斬りかかる。
しかしオオイカは水中に潜る事でそれを回避した。そこにムラサメ3機からの集中砲火が降り注ぐ。
その光の雨も、バレット・ドラグーンの鉄壁の防御によってインパルスへは届かない。
互いに攻め手を欠いた戦いは、既に泥沼の様相を呈していた。
「こんのっ!!」
インパルスが何度目か分からない上空への突破を試みる。高度を取れば、オオイカの防御が届かないからだ。
『何度も何度も性懲りも無く・・・、やらせん!!』
それに反応して、隊長機、2番機が可変し、戦闘機形態となってインパルスを追い抜いた。
そして3番機とオオイカが下からミサイルを発射、それをバレット・ドラグーンが防ぐ。
その間にMS形態に戻った隊長機と2番機が、上空からガラ空きになったインパルス本体に斬りかかった。
バレット・ドラグーンがミサイルの防御にまわっている以上、
上空からの斬撃はインパルス自体で防ぐ他無い。
インパルスはビームハルバードを抜き放つと、2機の斬撃を受け止める。
しかし、核動力となって出力が上がったとはいえ、MS2機を同時に受け止めるだけの力がある訳では無い。
結果、インパルスは再び低空に押し戻されてしまった。これでかれこれ4回目の失敗である。

 

『アスラン殿の元部下と聞いたが、技術はまだしも、頭の方はイマイチの様だな』
11つの撃墜マークを持つ隊長が嘲笑する。
彼はメサイア戦の際にはアスラン、ムゥ・ラ・フラガがレクイエムの砲門に飛び込んでいる間、
1機で退路を死守してみせる大仕事をこなし、その後もアスランの指揮下でエースとして働き、
アスランからの信頼も厚い。
この戦いにも、アスランに付いてきただけで、主義主張がある訳ではなかった。
「言ってくれるわね」
実際、ルナマリアは敵の布陣を突破する方法が思いつかなかった。
敵ながら称賛を贈りたい程の連携である。
バッテリー切れを狙う事も考えたが、他もさる事ながら、隊長機は自分と同等クラスの腕である。
とてもそれまで待ってくれるとは思えない。

 

(一か八か・・・賭けてみるか)
こちらに分があるとすれば、新兵器であるバレット・ドラグーンの存在である。
これを上手く使えば勝機はある。とは言え、ルナマリアはドラグーンを使った事が無い。
レイが操っていたのを数度見た程度だ。
一瞬で多数のMSを藻屑へと変えるその姿に、当時は力付けられたものだがその彼は最早いない。
ルナマリアは大きく深呼吸すると、バレット・ドラグーン全基をマニュアルに切り換えた。
マニュアルにしたといっても、第2世代ドラグーンであるバレット・ドラグーンは、
初期のドラグーンと違って空間認識能力が高くなくても扱える。
それでも訓練が必要で、向き不向きもある。
実際、シンには合わないらしく、レイに笑われていたのを覚えている。
「見ててねレイ。行け!!」

 

気合い一発、命令を受けたバレット・ドラグーンが弾かれた様に天高く跳び出す。
それと同時にインパルスをムラサメに向けて突進させた。
狙うは1番海面に近い所に滞空している2番機。
『ドラグーンに気を取られた隙に格闘戦に持ち込む魂胆か。しかし、稚拙!!』
垂直に上昇するドラグーンに目もくれず、ビームハルバードを構えて突進してくる深紅の鴉にミサイルを放つ。MS3機から、計12発のミサイルが迫る。
インパルスがバルカンで迎撃するものの、2発避けそこなって肩に爆炎が上がる。
PS装甲で無傷とはいえ、突進力が殺がれた。
「くっ!」
バレット・ドラグーンの位置を気にするあまり、インパルスの操縦が疎かになった。
自分の不甲斐無さにルナマリアは唇を噛みしめる。
しかしそれでも突進を止めない。大出力のバーニアを再度吹かし、2番機に一直線に迫る。
『はっ、そんなもの』
隊長機とは違う、耳障りな声がコクピットに響く。
その声が示す様に、目の前の2番機は何の回避行動も取らずに海面ギリギリを滞空していた。
しかし、その舐めたツラにビームハルバードを突き立てられる距離まで後少しという所で、
海中からオオイカが現れる。
2番機を庇う形で展開されたリフレクターに、インパルスの突進はあっさり止められてしまった。
『やはり唯の能無しか。殺らせてもらうぞ!』
動きが止まったインパルスに、3機のムラサメが一斉にビームライフルを向ける。
この距離、タイミングで外れる事は万に一つ無い3つの銃口を前に、まだルナマリアは諦めていなかった。
「今だ!」
号令と同時に放たれた3本の光は、しかしインパルスに届く前に掻き消された。
防いだのは上空から急降下してきたバレット・ドラグーン。
それ自体先程から何度も見た現象だったが、今までと違う事がある事に隊長機は気付く。
『しまった!!』
ビームを防いだ5基のドラグーンとは別に、他の3基のドラグーンが上空からオオイカを襲撃したのだ。

 

オオイカの前部、リフレクターを張る触手がある方に、ドラグーンが体当たりを仕掛ける。
バレット・ドラグーン自体に攻撃能力は無い。
しかしPS装甲が施された物体がバーニアを吹かしながら落ちてくれば、
それは相応の衝撃を伴う打撃武器となる。
3基のドラグーンの体当たりを真上から受けたオオイカは、梃子の原理で後部が高々と海上に持ち上げられ、
逆に前部は大きく海中に沈みこむ。
必然的に、ビームハルバードを受け止めていたリフレクターも海中に没し、
オオイカは無防備な顔面をインパルスに晒す形になった。
「ドラグーンには、こういう使い方もあるのよ!!」
『くるなぁっ――――――!!!』
最後の抵抗である近接防御のバルカンが、インパルスの胴体に弾ける。
それを意に介さず、インパルスはオオイカの顔面に片足を押し付け、そこにビームハルバードを突き立てた。

 

『殺りやがったなっ!!』
『待て!』
戦友が撃破された事に激昂した2番機が、隊長機の制止を振り切ってインパルスに向けて
ビームサーベルで斬りかかった。
インパルスは未だ、オオイカに突き刺さったビームハルバードを握った状態である。
対して、こちらは既に斬撃のモーションに入っている。
ドラーンの動きも自機の動きに追いついていない。
確実に自分の刃の方が速く敵のコクピットを貫く筈である。
しかし、激昂のあまり彼は失念していた。
ビームハルバードを握るインパルスの手に存在する、ハンドガンの存在に。

 

ハンドガンはその特殊な形状から、ビームハルバードを保持した状態でも手に装備している事が出来る。
前のめりに倒れる様にビームハルバードから手を放したインパルスは、
そのままの勢いで両手に装備されたハンドガンからビームサーベルを発振させた。
2番機のビームサーベルと、インパルスのビームサーベルが交差する。

 

一合を制したのはインパルスだった。
その差は紙一重、インパルスのコクピットギリギリの所で、
ビームサーベルの光が深紅を明るく照らしている。
機体ごと斬りかかった2番機と、限界まで腕を伸ばしたインパルスのリーチの差だった。
間を置かず、主を失った2番機とオオイカが爆発し、深紅の鴉を覆い隠しす。

 

『・・・撤退するぞ』
その光景を見ていた隊長機が、生き残った3番機に指示を出す。
『しっしかし少佐、それではあまりにも!!』
『2機では奴には勝てまい。バッテリーも残り少ない。意地に殉するのは誇れる事では無いぞ』
『・・・分かりました』
エースとしては若い、才能溢れるコーディネーターである3番機に厳しい口調で諭す。
渋々といった様子で了解した3番機。
2機のムラサメは爆炎が収まる前に、戦闘機形態に変形し、戦闘空域を離脱していった。

 

「・・・行ってくれたかぁ」
爆炎が晴れた海上で、ルナマリアは息を吐いて脱力する。
ドラグーンの操作がこんなに難しいとは思わなかった。
本当は3機のムラサメがビームライフルを撃つ前に、
彼らの頭上にもバレット・ドラグーンを降らせる筈だった。
しかし、配置が安定せず、動かすのが遅かった為に防御が精一杯だった。
オオイカにぶつけられただけラッキーである。
「もっと練習しなきゃいけないわね」
この依頼が終わったらシミュレーション漬けになるだろう事を考えながら、インパルスを主戦場に向ける。
通信が混乱していて交信出来ないが、あの艦長の事だ、きっと上手い事生きているだろう。
シンの事は心配だが、相手はあのアスランだ。
彼の事だ、過去に惨敗したから尚更意地で気張る筈である。
加えて、傭兵になって成長したシンはあの時より数段強くなっている。
ルナマリアはシンを信頼した上で、グリッグス護衛の為にインパルスを奔らせた。

 
 
 

「ぐううううううっ―――――・・・・!!」
未だに終わりの見えないG地獄に、シンは歯を食いしばって耐えていた。
タイマーを見れば、体当たりを食らって間もなく1分になろうとしていた。
自身にとっては何時間にも感じる長い時間に、シンは絶望しかける。
後どれくらい続くかも分からないこの地獄は、ザフトのアカデミーで受けた行軍試験より精神的に辛い。
しかし、その大袈裟な絶望は唐突に終わりを告げた。
ナイトジャスティスが突然減速し、デスティニーを離したのである。

 

「うぉっ!?」
突然の事態に急いで機体を制御するシンだが、間に合わない。
そのまま海面に叩きつけられるかと覚悟したが、デスティニーが衝突したのは地面だった。
衝突のエネルギーを殺しきれなかったデスティニーが、勢い良く木々を薙ぎ倒し、
地面を滑りながら山肌に衝突してやっと止まった。
衝突の衝撃から頭を晴らそうとするシンの目の前に、ナイトジャスティスが降り立つ。
尻餅をついたデスティニーに攻撃する素振りを見せず、アスランが通信を入れてきた。
『この機体は速度は出るが、・・滞空能力は無いに等しくてな。済まないが、移動させてもらったぞ』
息が上がってる所を見ると、アスランもG地獄を味わっていたようだ。
モニターの地図を見ると2人がいるのは、ヤラファス島の近くに位置する小島であった。
島の半分を占める山以外には平地に木々が点々とあるだけの無人島である。
「成程、男らしく地に足踏ん張って勝負しようって事か」
『そういう事だ』
息を整えながらデスティニーを立ち上がらせるシンに、アスランは仕掛ける事無く距離を取る。
見た所射撃武器も装備していない乗機にも関わらず、である。相も変わらず、変の所で律義な男だ。
実際、その律義さが軍部内で人心を惹き付けるのに一役買っているのだが。
そんな事を知りもしないシンも、アスランに従ってこちらから突然仕掛ける事はしなかった。

 

一定の距離を保って動かない狼と竜。
そこに、先程地面に激突したデスティニーが折り損ねた枝が、
今度こそ自身の自重に耐えきれずに折れて落下した。
何者も動くのが憚られる一種聖域とも言える空間に、地面に落ちる枝の音が響く。
それを合図に、両者が同時に動いた。

 

小細工は不要と言わんばかりに相手の機体目掛けて突進する両者。
バーニアを吹かしたのは一瞬、次の瞬間にはパルマフォルキーナとトツカノツルギが激突していた。
デスティニーの掌が上げる狼の咆哮と、
ナイトジャスティスの増設された腕部の動力が上げる竜の咆哮が辺りに響きわたる。
力比べに興味が無い両者は、すぐさま次の動作を取る。
空いている右手でドラゴンキラーを腰から引き抜くデスティニーに、
ナイトジャスティスは左手に装備されたもう1本のトツカノツルギで斬りつける。

 

「我慢出来なかったのかよ!彼女の傍で、支えるって選択肢もあった筈だ!」
『カガリは明るくて、嘘が吐けなくて、正義感が強くて、人を利用しようなんて考えもつかない奴なんだ!
 それがどうやって政治家としてやっていける?』

 

ドラゴンキラーでトツカノツルギを受け止めたデスティニーが竜の腹に膝をめり込ませると、
お返しとばかりにナイトジャスティスの頭突きが狼の額を削った。

 

「それでこのクーデターを成功させて、その後アンタはどうするんだ!
 仕方無かったって、ノコノコあの人に会うのか?」
『そんな事・・・出来る訳が無いだろう!唯、彼女の生活と、自由は保障する、それだけだ。
 お前の前にも、2度と現れない!』

 

足を止めた、斬撃と打撃、言葉の応酬が続く。
お互いに致命傷は無いものの、一撃必殺の剣戟はお互いの機体を削り、辺りに金属の雨を降らせる。

 

「だからなんだ!それで誰が幸せになる?アンタがしてるのは覚悟じゃない、唯捨ててるだけだ!
 痛くても、苦しくても、持ち続けなきゃならない物があるんじゃないのか!?」
『シン、なんで分かってくれない!カガリを守るにはこれしかないんだ!!』
戦場でいくら無敵の力を誇っても、愛する人1人を守るのにこんな方法しか思い付けない男の、
悲痛な叫びが木霊する。

 

「そうやってアンタは、1人で答えを探して、勝手にそれしか無いって決めつけて、それを相手に押し付けて、 
 もっと周りを見ろよ!
 アスハもいる、キラ・ヤマトも、ラクス・クラインもいる!俺達だって・・・!!」
今度はシンが悲痛な叫びを上げる番だった。
あの時、アスランが一言でも相談してくれれば、ルナマリアやメイリンの心は傷付か無かったかもしれない。
シンも、少なからず信頼し始めていた上司を殺したなどというトラウマを抱える事は無かったかもしれない。

 

『じゃあどうしたら良い!カガリが壊れていくのを、唯見ていろというのか!!』
心の内を吐き出す男の声は、既に泣き声といって差し支えない程辛い響きを湛えていた。
その間にもデスティニーの肩が、ナイトジャスティスの膝が弾け飛び、辺りに散らばる。
それは両者の汗であり、血であり、涙だった。

 

「知るかよ!俺が言いたいのは、捨てる事より持ち続ける方が、戦いだって事だ!!」
『!?』
シンの言葉にアスランの動きが一瞬止まる。血塗れの狼は、その一瞬の隙を見逃さなかった。
左手のパルマフォルキーナが、竜の頭を噛み砕かんと迫る。
しかしその一撃は、咄嗟に身を屈めた竜によって角を砕くに留まった。
『お前がなんと言おうと、もう後戻り出来ないんだ、俺は!!』
屈んだ状態から、竜の爪が天に向けて振り抜かれる。
その一撃は、ものの見事に狼の左腕と左脚を斬り飛ばす。
誰が見ても致命傷と分かる一撃。竜と狼の戦いは、竜の勝利で終わったかに見えた。

 

しかしアスランは見た。
崩れ落ちそうになる狼の身が、灰から黒に変わるのを。
そして見上げる、高く掲げられた右手の先に輝く、常識を超えた大剣を。

 

「俺はアンタが嫌いだ。でも、馬鹿な奴が馬鹿な事をし続けるのを見るのは、もっと嫌いなんだ!!」

 

狼の最後の一撃が振り下ろされる。
回避が不可能と判断したアスランは、ナイトジャスティスにビームシールドを張らせた。
しかし身を防ぐ筈の竜の翼は、意図も容易く牙の貫通を許した。
ビームシールドを左手ごと斬り飛ばしたその牙は、デスティニーが倒れる過程で軌道がズレ、
そのままナイトジャスティスの下半身と上半身を引き裂く。
遅れてドスンッという大きな地鳴りが大地を震わせて、2人の決闘の終わりを告げた。

 

「ハァ、ハァ、・・・ナイトってのは、主人に忠義を尽くして守り抜くのが仕事だろ。
 ・・・機体が泣いてるぜ」
『・・・・・・』

 

地に伏した機体のコクピットで、シンが実にクサい台詞を吐く。
本人もそれが分かっているのだろう、少々顔が赤い。
しかしその台詞に返事は無く、代わりに沈黙が返ってくる。
「あ~あ、引き分けか」
黙られている事に恥ずかしさが倍増したのか、ワザとらしくヘルメットを取りながら呟くシン。
デスティニーは左半身がほぼ全壊しており、ヴォアチュール・リュミエールも破損して地に伏している。
対するナイトジャスティスはもっと酷かった。
上半身と下半身が完全に泣き別れしており、左腕は肘から先が無い。
どちらにせよ、両者戦闘不能な事は明らかだった。
しかし、そこに先程まで死闘を演じていた男から異を唱える通信が入る。
『いや・・・、俺の負けだ』
「どうして?」
アスランはシンの問いにまたも答えなかった。

 

そう、負けたのだ。MS戦でも戦略でも、ましてや知略などでもない。
もっと単純な、男として、愛する者を持つ1個の雄として完膚無きまでに、負けたのだ。
ヘルメットを取ると、衝撃でぶつけた額から血が滲んだ。それを手で拭う。
汗にしてはやけに感情的な雫と共に。

 

「しゃーないな、ホントに」
アスランの心中を察したシンは、静かに通信のスイッチを切ると、モニターに映る島に目を向ける。
あれ程盛大に海上を彩っていた火線は、今や殆ど見られなかった。