中身 氏_red eyes_第7話

Last-modified: 2009-08-23 (日) 13:17:06

「うひょおおおおおっ!!」
オノゴロ島のモルゲンレーテ本社。
その奥にあるモニタールームで、ジョン・ソープが興奮で顔を真赤にしながら奇声を上げていた。
「落ち着いて下さいよ主任。何か良い事でも?」
「これが落ち着いていられる!?僕の《ウォルフガング》と《レイヴン》が戦闘してるんだよ!!」
コーヒーを2つ持ってきた研究員が、自分の上司の奇行に驚く素振りも見せずに対応する。
モニターには、圧倒的な戦闘能力でムラサメを屠る2機の新型機が映っていた。
その映像を見て、研究員は呆れ顔になる。
「これリアルタイムの映像ですよね。思いっきり非常事態なんじゃ・・・」
「ここで見られてるって事は、政府の方がとっくに対応してるよ。
 久しぶりの実戦を見れるんだから、楽しまなくては!」
依然鼻息が荒い上司に、研究員はこれ見よがしに溜息を吐いた。

 

ジョン・ソープはMSが戦う姿が大好きである。
MS開発でも、その試験でも、一定の情熱を見せるが、事が実戦となると子供の様に目を輝かせる。
全く不謹慎極まりない人物だが、ナチュラルの24でこの地位に昇りつめた頭脳は尊敬に値する。
・・・この奇行が無ければ。
「フフフッ、そうだろぅ。長距離砲がハンドフリーで使えて良かったろう。
 でも煙の中から出てくるドラグーンも最高だなぁ。もう一度見よう」
早くも録画した映像を何度も繰り返し見ながら、
その大きな体で手を上げたり椅子をガタガタさせたりしている。
何時もはちゃんとした社会人なのだが。
「さぁシン、この調子で狼の牙も使いこなしてくれよぉ」
モニターに向かって独り言を繰り返すジョン。その世界に入っていけず、手持無沙汰な研究員だった。

 
 

式典会場の裏で休憩していたカガリの元に、黒服が1人走り寄ってくる。
その口から、ミネラルウォーターを飲んでいたカガリの耳に、予期していた事態が伝えられた。
「クーデターだと!?規模は」
「南の領海ギリギリの海域に、空母1隻に巡洋艦3隻、輸送艦が2隻です。
先程そこからMS部隊が出撃した模様。それに先行して、この島の周りにも敵機が・・・!!」
黒服が喋り終える直前に、会場に爆音が響く。
音はまだ遠いものの、民間人の不安を煽るには十分な物だった。
「戦況はどうだ?」
「はっ、予め島の周辺に紛れ込んでいたクーデター側のMSは少数です。
迎撃している部隊の指揮はキサカ中将が取っていますから、撃破は容易です」
「だが敵の本隊が接近中なのだろう?そうなればここも危ない。会場の民間人を避難させなければ」
領海に侵攻しようとする勢力には強力な殲滅力を誇るハニヤスも、国民に不安を与えない為、
領海内に砲門を向けられない様になっているので使用出来ない。
「しかし、ここは都心部から離れていて、避難させようにもシェルターが足りません」
黒服の言葉に不思議な顔をするカガリ。
「シェルターならあるだろう?私が休憩に使っていた建物の下に。
 ここにいる民間人がゆうに入れる規模だ」
「なりません、あそこは代々アスハ家の持ち物で、民間人は・・・」
「文句は聞かない。民間人は全員、あそこに避難させろ。これは首長命令だ」
間誤付く黒服にイラついた声を残し、カガリは再び檀上へ上がっていく。
先ずは会場の混乱を抑えねばならない。

 
 

海上を高速で進む重騎兵の集団の先頭、深紅の騎士に通信が入る。
『コマンダーからナイト1、どうやら先遣隊が苦戦している様です。どうしますか?』
「彼らは、本隊が遠距離からの攻撃に晒されるのを防ぐ為の陽動だ。我々が突入するまで持てば良い。
 作戦に変更は無い」
『了解しました』
味方の危機にもナイト1、アスラン・ザラは涼しい声を出す。
実際、先遣隊には極端な思考を持つ、自分の命を喜んで投げ出す様な連中を選抜した。
そんな連中の命など、アスランにはどうでもよい事だった。

 

「よし、部隊を3つに分ける。アルファは左翼、ブラボーは右翼から侵攻しろ。ナイトは正面から仕掛ける」
『了解!!』
『御武運を!』
威勢の良い答えと共に、アルファ、ブラボーの部隊が左右に分かれていく。
「ナイト1からナイト各機、我々が侵攻する正面には『鬼神』がいる。私が相手をする。
 各機はその他の敵機を排除しろ」
鬼神の名が出ると、ナイトのパイロット達の士気が一気に高まるのが伝わってくる。
シン・アスカとデスティニーはメサイア戦を経験した者にとって悪夢以外の何者でもない。
人間は、そういう対象に出会った時怯えるか昂るかのいずれかの反応を示す。
オーブ解放戦線に参加しているパイロットに前者の反応を示す者は皆無である。

 

(悪いが墜とさせてもらうぞシン。そしてカガリ、君を・・・)
メサイア戦後、戦後処理に忙しかった自分は、
自分のせいで多大に傷付いてしまった後輩に何もしてやれなかった。
そして今、また新たな傷を負わせようとしている情けない自分がいる。
今度こそ関係は粉々に砕けるだろう。
自分がやろうとしている事を知ったら、カガリとも永遠に交わる事は無くなる。

 

そう、今から成そうとする目的が達成された時、アスラン・ザラの元には何も残らない。
全てを失うだろう。
それでも・・・。
決意を新たに操縦桿を握り直す。交戦距離に入るまで、後1分を切っていた。

 
 

「これで・・・、終わりだ!」
三度、狼の牙がムラサメを引き裂く。
既にシンは初めの交戦の後から数えて7機目のムラサメを撃破していた。
他のオーブ正規軍も善戦していたが、どうしても元同胞を殺すのに躊躇いが生まれているのか、
少数を殲滅するのに時間がかかっていた。
『シン、民間人が避難を開始したわ!』
「了解!まぁ、どっちにしても、上陸させない事に変わり無いけどな」
『そういう事!』
デスティニーと背中合わせにして戦う、深紅のレイヴンから通信が入る。
戦闘中、彼女の声を聞いていると安心する。
しかし、ぶっきら棒に答えた心情は複雑だった。
避難する速度が確実に速くなっている事は素直に評価出来る。
しかし、何故自分の家族の時にもっと早く対処してくれなかったのかという気持ちも当然の様に浮かぶ。

 

『デスティニー、インパルス、聞こえますか?敵本隊が接近中です。間もなく接敵すると思われます』
渦巻く感情を、アビーの涼しげな声が現実に引き戻す。
どうやら、まんまと本隊の接近を許してしまったらしい。
既に島周辺は乱戦の様相を呈しており、この混乱下ではそれも仕方無い事だった。
『それと、敵の中にはIジャスティスも確認されています。確証はありませんが、恐らく・・・』
「アスラン・ザラ・・・」
嘗ての上司であり、自分を打ち砕いた敵でもあった男。やはり、彼はクーデターに参加していた。
こちらが確認しているという事は、向こうもデスティニーを確認しているだろう。
『我が隊は3つに分かれた内の、中央の部隊と交戦する事になります。
 中央の敵戦力は、MSが25機、MAが8機確認されています』
「随分と大所帯じゃない。ん、このMAは?データに無いわ」
敵本隊の前面を奔るMAは、一言で言えば巨大な芋虫だ。
唯、ルナマリアが戦った事がある連合のMAより大分小さい。MSと大差無い大きさだった。
『その機体は、連合との技術交換で得た技術を用いた新型だと思われます。
 恐らく陽電子リフレクターを搭載しています。気を付けて下さい』
「うえ~、黒光りした楕円形で、しかもしぶといなんてどっかのGみたい」
露骨に嫌そうな顔をするルナマリア。
しかし、ルナマリアの印象は、そのMAの真の姿とは全くと言って良い程間違っていた。

 

侵攻するクーデター軍本隊に、ようやく迎撃のミサイルが発射され始める。
急接近するミサイルに、敵軍から迎撃の火線が上がる間も無く、彼らの機影は爆炎に呑まれる。
その光景を遠目に見ていたオーブ軍の兵士達の眼には、この戦いの勝利が確実な物になった様に見えた。
ルナマリアから見ても同様だった。大軍を包み込む程の爆炎である。
生き残っていたとしても、その数は両手で数えられる程度が精々だろう。

 

しかし、その喜びは爆炎を突き抜けてきた物体によって粉砕される。
「じょ、冗談でしょ?」
爆炎を抜けてきた先頭の機体は、8機の新型MA。
しかしその形は、ルナマリアがGに似ていると言った物とは、別の歪な形態をとっていた。

 

先端の部分が何本もの細い棒状に別れ、正面から見て円形に広がっている。
その別れた1本1本が陽電子リフレクター発生装置になっており、
機体の大きさからは想像出来ない広範囲をカバーしていた。
更に、棒状の発生装置は多関節になっており、攻撃に応じて細かくリフレクターの角度を変える事で
防御力を高めている。
その忙しなく動く発生装置はまるで触手の様で、見る者に嫌悪感を与えていた。
そのMA、オオイカの後ろから、損傷した素振りも見せないムラサメ達が次々と現れる。

 

「各機被害報告」
『ナイトE2がシールドを損傷、他被害無し』
あれだけのミサイルを受けて、被害はほぼ0。オオイカの防御力は、事前評価通り大したものだ。
「オオイカを盾に、一気に乱戦に持ち込む!」
乱戦、接近戦に持ち込めば、数の差など質の違いでいくらでも覆る。
しかしアスランには遠くに見える1機のMSしか眼中に無かった。
(あれからどれ程強くなったか、見せてもらおうかシン!)

 

猛然と突き進む光の壁に向かって、目が眩む程の量のビームが撃ち込まれる。
クーデター軍本隊が、MSの交戦距離に入ったのである。
しかし、懸命に撃ち続けるビームの雨も、8機のオオイカが作り出す量電子リフレクターの前では
豆鉄砲に等しく、MS1機撃ち落とす事が出来ない。
「くそ、駄目か」
デスティニ―も例外ではなかった。耳が麻痺しそうな程長距離砲を咆哮させているものの、
一向に光の壁は破れない。
出力が上がっているとはいえ、流石にタンホイザーを防ぎきるリフレクターを、
たかがMS1機の砲撃で破ろうとするのがお門違いなのだ。
『まるで猪だね。あのままこっちの防衛線に突撃されたら、それだけで大損害だ』
他人事の様に呟くアーサーだが、突撃されて最も被害が出るのは艦船だ。
組織の長として、レッドアイズの地上の拠点を失う事は頂けない。
かつての母艦ミネルバなら、艦首に備えられた陽電子砲タンホイザーでMAは撃破出来ないまでも、
他のMSを撃破して大きく後退させる事が可能だ。
しかし、この旧式艦であるグリッグスにはそんな芸当は期待出来ない。
「・・・俺が行きます、行けばいいんでしょ」
『おっ、やってくれるかいシン君?』
モニターの中で白々しい笑顔を浮かべるアーサー。
実は、シンの乗機であるデスティニー《ウォルフガング》には、陽電子リフレクターだろうが
ビームシ-ルドだろうが、全く歯牙にもかけない最終兵器がある。
ジョン曰く、「ハンガーが壊れる」代物である。
マニュアルに書いてある出力の桁を見て、ヴィーノも呆れていた。
自分の下に置く機体の事だ、アーサーもこの馬鹿げた最終兵器の事を知っているのだろう。
確かにあのMA群を破壊するにはこれが1番早くて確実だ。しかし。

 

(あそこに突っ込めって・・・?)
依然、オオイカにはオーブ軍の集中砲火が降り注いでいる。
そして、デスティニーに搭載された最終兵器の有効射程は、至近距離に限定される。
要は、MAを目指して殺到している火線の中に突っ込めという事だ。

 

「オーブ軍に砲撃を止めてもらう事って」
『出来ないね。今は回線がパンク寸前らしくて、雇われ者の話なんて誰も聞いてくれないよ。
 ここは男らしく、ほら!』
「・・・了解です。ルナ、ドラグーンで援護してくれ」
『ホントにやるの!?』
ルナマリアの悲鳴にも似た声がコクピットを揺らす。
そんな事を言われても、今の所打開案がこれしか無いのだから仕方無い。
「なんなら機体はそのまま、ドラグーンだけで援護してくれても構わない。遠距離からでも動かせるだろ?」
『そんな遠距離からの操作なんて出来ないわよ、レイじゃあるまいし。私も行く!』
クーデター軍を前に、オーブ軍を背にする形で2機のMSが火線の中に飛び込む。
インパルスがデスティニーの真後ろに付きバレット・ドラグーンを展開。オーブ軍からの砲撃をガードする。
「ルナ、大丈夫か?無理して付いて来なくても・・・」
『今更それ言う?こんな時に。ホント男の神経って分からない』
呆れ顔のルナマリアがモニターに映る。これ程信頼して後ろを任せておけるパートナーはいない。

 

突っ込んでくるデスティニーに、オオイカは全く動じない。
衝突したとしても、一方的に轢き潰すのが目に見えているからだろう。
しかし、オオイカのパイロットの予想は、すぐさま覆る事になる。
デスティニーがドラゴンキラーを取り出した。
それと同時に、コクピットに新しく取り付けられたスイッチをONにする。
モニターに『BASTARD』の文字が表示されると、それに伴いドラゴンキラーの柄に変化が生じる。

 

柄が伸び、先端の部分が2つに割れて横に伸びて幅広な鍔を形成。
鍔の両端の尖った部分が鍔に対して垂直に立ちあがった。
それを両手で保持したデスティニー本体にも変化が生じる。
ツインアイを守る為にダガータイプを細くした様なバイザーが降り、
手を守る様に大型のハンドガードが展開される。
そして、機体色がPS装甲の黒に染まった。
ジョンが「PS装甲を搭載していない」と言っていたが、これは正確には間違いであった。
しかし、そのPS装甲は敵の攻撃から身を守る為の物では無い。
それは、自らの業火に飲み込まれない為の鎧。
ドラゴンキラーが起動する。
デスティニーの全長と変わらぬ長さとMSをすっぽり覆い隠す程の幅を誇る両刃の大剣が、
通常の起動時とは比べ物にならない大咆哮と共に形成される。

 

鼓膜が破れそうになるそれに、後方のインパルスがビクリとする。
PS装甲を張っても尚機体を軋ませるその大剣の総出力は、通常のビームサーベルの凡そ16本分。
高出力のビームであることの証である、蒼白い光の中に赤い色の入った刀身が、狼の牙の真の姿であった。
その馬鹿げた出力に加え、PS装甲を張る必要がある事から、核動力でもエネルギーが間に合わず、
ヴォワチュール・リュミエール以外の全ての兵装が使用不能になる『BASTARD』モード。
破壊の化身と化した黒い狼が大剣を正面に突き出した体勢で奔る。
異常な大きさの剣が形成されたのを見て、正面のオオイカが一瞬躊躇する様な動作を見せるがもう遅い。

 

「はあぁぁぁぁぁっ!!」

 

コクピットに響く咆哮に負けじと叫ぶシン。
一切の迷いの無い刀身が、陽電子リフレクターに触れたのは一瞬。
切っ先が触れた瞬間、リフレクターはあっさりと白旗を上げた。
そのまま正面から貫かれたオオイカは、パイロットの断末魔をも巻き込み爆発した。
「後7機!」
突き刺した体勢から、横を突破しようとするオオイカを真横に両断する。
大振りしたその軌跡が途中でムラサメを捉えたが、刀身の速度が衰える事も無い。
「後・・・6機!」
『シン、正面!!』
ルナマリアの警告と共に、デスティニーを紅い衝撃が襲う。

 

『こいつは私が相手をする!ナイトAは赤いインパルスを包囲。他は防衛線へ。
 以後はナイト2の命令に従え』

 

接触回線から懐かしい声が響く。嘗ての上司であり裏切り者でもある・・・。
「アンタ、アスラン・ザラか!」
莫大な推力をそのままに体当たりを仕掛けてきた機体、Iジャスティス。
デスティニーの胴体を完全に捉えたそれは、シンを主戦線から大きく引き離す。
『それがどうした。お前こそ何故ここにいる?カガリに依頼されたのか』
「そうだ、アンタの馬鹿な行為を止める為にな!」
取り付く紅の機体を引き離す様に、デスティニーがドラゴンキラーを振り切った。
Iジャスティスはバックステップを用いて大剣の一撃を軽くよけると、
お返しとばかりに蹴りをデスティニーの胴体にみまう。
「うあっ!」
『対艦刀を持つと大振りする癖は変わってないな。
 いくらその武器の威力が高くても、当たらなければ意味が無いぞ』
追撃する素振りも見せず、Iジャスティスは悠々と海上に滞空している。
その間に「BASTARD」モードを解除し、灰色に戻った狼が再び騎士に挑みかかった。

 

「いつまでも先輩面して、この裏切り者!!」
振り降ろされるドラゴンキラーをビームサーベルが受け止める。両機の間に、鍔迫り合いの火花が咲く。
「今度はアスハを裏切るんだな。その裏切り癖は性癖かこの野郎!」
怒りをぶつける様に、新たに抜いたドラゴンキラーで横から斬りつける。
しかし、それもビームシールドに防がれた。
「何とか言えよ!!」
黙りこくるアスランに、シンの怒りのボルテージは上がり続ける。
鍔迫り合いでは埒が明かないと踏んだIジャスティスは、ドラゴンキラーを弾くとビームライフルを構える。
それを見たデスティニーがミラージュコロイドを起動し、放たれた光線を易々と回避した。
「裏切った理由はなんだ?また『何か』間違ってると思ったか?それともプラントが裏に絡んでいるのか?」
現在、プラントとオーブは昔の馴れ合い関係では無い。
友好国ではあるものの、普通の国家間の関係だった。
これは両国のトップが良い意味で政治という物を理解した証であった。
「答えろ!」
デスティニーもビームライフルを構える。お互いに銃口を向け合い、微動だにしない両機。
暫くの沈黙の後、アスランが口を開いた。

 

『違う、俺は・・・確かにカガリを裏切った。だが、それは彼女の為なんだ!』
「・・・どういう事だ?」
アスランの不可解な言動に、今にも食ってかかりたい気持ちを抑えてシンが続きを促す。
『カガリは国の為に、政治に身を捧げるつもりなんだ』
「良いじゃないか。それがあの人の責任だし、国民にも人気がある。
 今日の演説だって大成功だ。アンタはどこが不服なんだよ」
捲し立てる様にシンが喋る。彼は焦っていた。
ルナマリアと大分離れてしまった。彼女が簡単にやられるとは思わないが、心配なのに変わりは無い。
何よりも、アスランの真意も知りたかった。
それに、もしルナマリアの元に行こうとしても、目の前の騎士がそれを許さないだろう。
アスランが再び口を開く。
『カガリは、政治には向いていない!俺は見てきた、父が政治に身を浸して、壊れていく様を!!
 あの時俺は何も出来なかった。だから、カガリには、カガリにだけは政治に関わって欲しくない。
 彼女なら、もっと別の生き方も出来る筈だから・・・』
「・・・それでクーデターかよ」
『彼女は、一度自分で決めた事を意地でも変えない。言葉では、止められないんだ』
悔しそうに項垂れるアスラン。彼も後悔していない訳では無い。
しかし、カガリには幸せになって欲しい。自分が地獄に堕ちたとしても、彼女だけは。

 

「それが理由かよ・・・ふざけんな!!」
叫んだ勢いをそのままに、狼が再び騎士に牙を剥く。
振り下ろされる二刀の刃を、Iジャスティスはビームサーベルを連結させて受け止める。
再び、両機の間に火花が散る。

 

「アンタ、全然気付いて無いみたいだから言ってやるぜ。
 自分の女がやりたい事を、黙ってやらせてやらないのは、
 そいつをパートナーとして信頼してない証拠だ。
 そんなの、男として最低に格好悪いぜ、アスラン!!」

 

デスティニーがIジャスティスの右肩を蹴り飛ばす。
『ぐっ、お前に、お前に何が分かる!本当に人を愛した事も無いお前が!!』
シールドに装備されたビームサーベルを起動させて、Iジャスティスが斬りかかる。
足を狙うそれを紙一重でかわしたデスティニーだったが、そこに叩き込まれた蹴りが腰を抉る。

 

「へっ、俺には月の女神がいるんでね!毎晩毎晩、彼女を喜ばせるのに必死なんだ。
 アンタと違って、なっ!!」

 

ほぼ零距離で、長距離砲を起動させる。それを見たIジャスティスが回避運動に入るが、
放たれた咆哮にシールドが消し飛んだ。
しかし長距離砲を畳む寸前、その右側の一門をビームサーベルでもぎ取る。

 

『おっ、俺だってな、カガリともっと逢えたなら、逢えたならな・・・!!』

 

そして三度鍔迫り合いを演じる騎士と狼。
赤面しながら悲痛な叫びを上げる元上司に、シンは勝ち誇った意地悪い笑顔を向ける。

 

「はっ、そんな事したってアンタじゃ凸が広がるだけだぜ」
『この・・・、減らず口を!』

 

ドラゴンキラーを弾き、デスティニーから離れたと思うと、Iジャスティスとファトゥム01が分離する。
ジャスティス系MSの真骨頂である、単機での高機動連携殺法。
Iジャスティスがビームサーベルを構え、ファトゥム01が両翼のビームブレイドと
機首のビームサーベルを起動。
Iジャスティスは正面から、ファトゥム01が後ろから回り込んで突っ込んでくる。
対するデスティニーは不自然な行動に出た。ドラゴンキラーを収納して無手でそれを迎えたのだ。
それを不可解に思いながらも、アスランは踏み込みを緩めない。
『これで、終わりだ!!』
Iジャスティスが連結させたビームサーベルで、一片の隙も無い突きを繰り出す。
シンはデスティニーを屈めて、これを回避。
しかしこれはアスランの思惑通りだった。ファトゥム01が後方から迫る。回避する暇など無い。
どんな動きをしてもビームサーベルの餌食だ。しかし狼の本能は、騎士の知性の上をいった。
身を屈めたデスティニーは上半身を捻り、あろう事かビームサーベルが展開しているファトゥム01の
機首を掌で受け止めたのだ。
当然の如く破壊される筈の腕は、しかしメサイア戦を経て生まれ変わり、
出力を無理やり上げられたパルマフィオキーナによって、逆にファトゥム01を押し返していた。
「終わりは、アンタだ!!」
それでも尚拮抗するファトゥム01のビームサーベルを無理やり掴むと、
大剣と同じ要領で機体ごとIジャスティスに向けて大振りした。
横から迫るファトゥム01の、翼に装備されたビームブレイドを間一髪、
バックステップで回避したIジャスティスだったが、翼の切っ先が頭部に当たって軽く吹っ飛ぶ。
『くっそ・・・!』
予想以上に強くなっているシンに、アスランは苦虫を噛み潰す。
メサイア戦後、ザフトのSOCOMの前身に当たる対外強襲部隊に所属し、
傭兵になった後も常に戦い続けてきたシン。
対して、操縦桿をペンと口に変え、戦後処理と奔走したアスランでは
戦闘力に差がつくのは当たり前かもしれない。
目の前で無残にも狼の牙に掛かり、機能を停止したファトゥム01が海に捨てられる。

 

「これで武器は殆ど無い。逃げる足も壊れた。まだ続けるのか?」
シールドとファトゥム01を失ったIジャスティスは、量産機と変わらない装備しか残されていない。
圧倒的不利な立場に立たされたアスランはしかし、不敵な笑みを浮かべる。
諦めた者のそれではありえない笑みに、シンの全身の肌がざわめく。

 

『・・・知っているかシン。
 本来ジャスティスは、装備を換装する事でどんな作戦にも対応するべく開発された機体なんだ。
 そう、丁度インパルスの様にな』

 

「それはどういう・・・」
意味だ?と続ける筈だった声は、沖の方から高速で飛んでくる飛来物の駆動音にかき消された。
飛来物の存在を認めたIジャスティスは、それ目掛けて残された全バーニアを吹かした。
「まさか!?」
アスランの言葉の意味に気付いたシンは、デスティニーにIジャスティスを追わせる。
ファトゥム01を失ったIジャスティスなら、デスティニーで直ぐに追いつける。
しかし、追ってくるデスティニーに気付きたIジャスティスが連結を解いたビームサーベルを投擲してくる。
「こんな物で」
難なくそれらを弾いたデスティニーに、更にビームライフルが投げ付けられる。
流石に射撃武器が飛んでくると思わなかったシンはそれをもろに食らう。
「くっ、小賢しい事を」
よろけた機体を立ち直させた時には既に遅く、ジャスティスは飛来物と合体を果たしていた。
「なんだ、あの機体は・・・」
唖然とした風にシンが呟く。シンが驚いたのも無理は無かった。
目の前のIジャスティスだった機体は、前の機体の面影を全く残して無かったからである。

 

インパルス《レイヴン》より遥かに巨大なバーニアを背負い、胴体には追加装甲が被さっている。
腕は駆動系内臓の追加装甲に覆われ、脚部と肩にはバーニアが新たに取り付けられている。
何より変わったのは頭部で、槍の切っ先の様に尖った兜がガンダムタイプの頭部をすっぽり覆っていた。
象徴とも言える長い大型センサーが兜から生える様にそそり立ち、その頭部はさながら一角竜の様である。
その全てが、ジャスティスを以前より一回り大きな存在にしていた。
以前が軽装の華麗な聖騎士なら、ゴツくなった今の姿は分厚い鱗を纏った竜である。
その紅き竜が、バックパックから二振りの実体剣を引き抜く。
トツカノツルギ。1本がアロンダイトと同等の重さのそれは、
実体剣の重量とビームの切れ味を融合させた実験作であった。
長さはジンの実体剣とエクスカリバーの中間といった長さで、
分厚い片刃の刀身は隈なくビームで覆われている。
その重量から、片手で扱うには核駆動MSであっても特別な腕部駆動系が必要となる。
『これが俺の新しい機体、ナイトジャスティスだ』
竜の眼に当たる位置に入った横一線の細いスリットから、ツインアイの光が漏れる。

 

「・・・ナイトって言うかドラゴンなんじゃ」
『問答無用っ!!』
シンの呟きが聞こえているのかいないのか、
ナイトジャスティスがデスティニーに向けて一直線に突っ込んできた。
以前の倍の重量があるにも関わらず、凄まじい速度で迫るナイトジャスティス。
「同じ手を食うかよ!」
シンはデスティニーにビームライフルを連射させると、ナイトジャスティスの進行方向より退避する。
速度が速くなったといっても、重量が増して大きくなった機体では小回りは効かない筈である。
しかしその予想は次の瞬間脆くも崩れ去る。
放たれた光線が、さけられるでもガードされるでもなく追加された装甲に当たり、傷1つ作る事無く消える。
そして回避運動を取っているデスティニーに向けて、
肩に増設されたバーニアを吹かし無理やり方向転換した。
デスティニーは迫りくる竜を避ける暇も無く、正面から突進を食らう羽目になった。
「じょ・・・だんだろ?」
そのまま凄まじい速度で引き摺られるデスティニーの中で、与えられる莫大なGに意識が飛びそうになる。
ビームライフルでは傷1つ付けられない装甲に、Iジャスティスを軽く上回り
更に小回りまで効く機動性を持つ機体。
全く手の付けられないMSを作ったものだ。幸い、今は攻撃してくる気配が無い。
最大速力時は攻撃に転じられないのかもしれない。
だからといって、デスティニーにはナイトジャスティスを振り解く程の馬力は無い。
とりあえず意識が飛ばない様にするのが精一杯のシンだった。